知識の森 コミュニケーションの心理学

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Vol.106 No.6 (2023/6) 目次へ

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知識の森

ヒューマンコミュニケーション基礎研究専門委員会

コミュニケーションの心理学

小森政嗣(大阪電気通信大学),松田昌史(日本電信電話株式会社)

本会ハンドブック「知識の森」

https://www.ieice-hbkb.org/portal/doc_index.html

1.対人コミュニケーションとは

 情報が一方向あるいは双方向に伝達されることをコミュニケーションという.情報の伝達は,人から人だけでなく,人と動物,人とコンピュータ,若しくは機械同士のような非生物,あるいはマスコミの報道のように組織から人へ,組織から組織へといったように様々な組合せで生じる.本稿では主に人から人への情報伝達及びその伝達が相互に行われている状況,すなわち対人コミュニケーション(Interpersonal Communication)を主に取り上げ,その心理学的な側面について述べる.

 コミュニケーションは,元々送り手側にあった内的表象を受け手の中に作り上げるプロセスであると考えることができる(図1).しかし,内的表象は直接やり取りすることができないので,何らかの物理的な実体に変換して相手に伝える必要がある.この実体化された情報をメッセージ(Message)と呼ぶ.そして,情報の送り手が内的表象を物理的なメッセージに変換することを記号化や符号化(Encoding)といい,メッセージを受け手が読み取って内的表象に変換することを解読や復号という(Decoding).このときメッセージが伝達される経路はチャネル(あるいは,コミュニケーションチャネル)と呼ばれる.チャネルには,後述するとおり,音声を用いた言語的チャネルだけでなく,表情や身振り,距離などの非言語的チャネル,抑揚などのパラ言語的チャネルなど多様なチャネルが存在し,これらのいずれか,若しくは同時に複数が用いられてコミュニケーションは行われる.つまり,送り手が意図や思考を適切に記号化し,これを受け手が適切に解読することでコミュニケーションが成立することになる.

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 対人コミュニケーションは,講義やプレゼンテーションのように送り手と受け手が固定していることもあるが,多くの場合は送り手と受け手の役割は固定的ではなくしばしば交代する.すなわち,自分からの情報伝達と相手からの情報獲得が連鎖する相互作用過程でもある.

2.対人コミュニケーションを構成する要素

 対人コミュニケーションは伝統的に言語的コミュニケーション(VC : Verbal Communication)と非言語コミュニケーション(NVC : Nonverbal Communication)に分類されてきた.言語は当該の社会やコミュニティで共有され慣習化されている記号と規則のシステムと理解することができる.他の動物のコミュニケーションとは対照的に,人間の言語は,抽象的な思考や時空間的に離れたものを伝達できる表現力の高さを持つ.言語コミュニケーションには,音声によるコミュニケーションだけでなく,文字によるものも含まれる.また日本手話などの手話も言語コミュニケーションの一つの形態である.一方,非言語コミュニケーションは,言語に依拠しないコミュニケーションを指し,多様な下位チャネルを持っている(図2(1).Duncan(2)は,動作的行動である身体運動(姿勢,身振り,顔面表情,視線の動きなど),近言語(アクセント,声の大きさなど),プロクセミックス(対人距離,身体の延長としての個人空間)のほかにも,嗅覚,温度や触覚など感覚の感受性,人工物の使用(服装,化粧など)をもチャネルとして列挙している.また,状況に規定されるものの,対面コミュニケーション場面では多様なチャネルが相補的に利用される.Mehrabian(3)はコミュニケーションを発話内容,声のトーン,表情の要素に分類し,互いに矛盾するメッセージを伝達される状況で受け手がどのようなメッセージを受け取るかを検討している.この実験の結果から非言語的情報(発話内容以外)が伝達に占める割合が93%に達すると結論付けている.同様に,Birdwhistell(4)も会話の中で伝達されるメッセージのうち65%は言語以外の手段(非言語的な音声やジェスチャーなど)によって伝えられるとしている.非言語コミュニケーションは通文化的であり,感情伝達に使われることや無意図的であることも少なくない.これらの研究は非言語コミュニケーションの重要性を主張するためのセッティングの下で示された結果であり,結果の一般化には注意が必要である.

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 非言語的情報を定量的に記述する手法は特に表情の分野で盛んに研究されてきた.EkmanとFriesenによって開発されたFACS(Facial Action Coding System)がある(5).FACSは非常に多くの心理学的研究で用いられてきただけでなく,機械による感情の自動判別を行うアフェクティブコンピューティングの分野においても中核的なツールとなっている.

3.対人コミュニケーションの機能

 対人コミュニケーションは,単に送り手から受け手への情報伝達という機能だけではなく,対人関係を運営する上で重要な機能を持つと考えられている.Festinger(6)はコミュニケーションの背景にある動機に着目し,道具的コミュニケーション(Instrumental Communication)と,自己完結的コミュニケーション(Consummatory Communication)に分類できるとした.道具的コミュニケーションとは,何らかの対人的な目標達成の手段として行われるコミュニケーションを指す.一方,自己完結的コミュニケーションとは,コミュニケーションを行うこと自体が目的となっているものを指し,自己開示することなどによる不安の解消や感情浄化機能(カタルシス)に動機を持つコミュニケーションを指す.

 コミュニケーションは対人関係を円滑に運営する重要な要素でもある.情報や理解の相違や態度の不一致は人々の間に認知的な不均衡を生じさせるが,コミュニケーションによってそれが解消し得る.Newcomb(7)は,コミュニケーションによって他者の行動予測が容易になることで,対人的な緊張を軽減する役割があると指摘している.また,Patterson(8)は非言語コミュニケーションの機能について,①情報の提供,②好意を表すなどの親密さの感情表出,③発言の交替を促すなどの相互作用の調整,④社会的コントロールの実行,⑤社会的役割に基づくサービスや作業目標の促進,と分類している.コミュニケーションには多くの機能があり,交換されるメッセージだけではなく,相互作用する個人属性(年齢やジェンダーなど)や対人的・社会的な文脈(文化)なども幅広く考慮する必要がある.

 円滑な対人関係を運営する適応能力を社会的スキル(Social Skill)と呼ぶ.社会的スキルは具体的な幾つかの要素から構成され,それぞれが訓練により学習が可能であると考えられており,実際に社会的スキル・トレーニング(SST : Social Skills Training)は臨床場面で広く用いられている.社会的スキルの定義は研究者によって様々であるが,例えば大坊(1)は,社会的スキルを構成する要素を,①コミュニケーション(記号化,解読),②察知・推測(メタコミュニケーション),③対人認知・状況理解,④自己表現(開示・提示)の仕方,⑤対人関係の調整(コントロール),⑥社会そして組織にある文化規範・規則,⑦個人属性(パーソナリティ,社会化の程度など)とまとめている.研究において個人の社会的スキルを測定する方法としては,複数の自己評定尺度が開発されている.日本人向けに広く利用されているものとして,KiSS-18(9),ENDE2(10),ENDOCOREs(11)などがある.

 また,対人コミュニケーションは,他者の行動を変容させ,他者との関係性を変化させる機能を有する(5), (12).それゆえ,対人コミュニケーション研究は,他者の態度や行動を変容させることに重点を置いた説得的コミュニケーション(Persuasive Communication)や,現実の問題の危険性と便益性についての合意形成を目的としたリスクコミュニケーション(Risk Communication)などとも密接に関連し,対象を広げている.更に,遠隔ビデオ対話や仮想現実,拡張現実,対話型AIなどのコミュニケーション技術の登場や発展に伴い,対人コミュニケーションのあり方が変化していくことも予想される.そのような変化や対象の拡大を適切に捉え,基礎研究や技術開発を通じ,社会への適切な応用を促していくことが必要であろう.

文     献

(1) 大坊郁夫,しぐさのコミュニケーション:人は親しみをどう伝え合うか,サイエンス社,1998.

(2) S. Duncan. Jr., “Nonverbal communication,” Psychological Bulletin, vol.72, no.2, pp.118-137, 1969.

(3) A. Mehrabian and N. Epstein, “A measure of emotional empathy,” J. Personality, vol.40, no.4, pp.525-543, 1972.

(4) R.L. Birdwhistell, Kinesics and context : Essays on body motion communication, Ballantine, 1970.

(5) P. Ekman and W.V. Friesen, “Measuring facial movement with the facial action coding system,” In Emotion in the human face (2nd ed.), P. Ekman, ed., pp.178-211, Cambridge University Press, Cambridge, UK, 1982.

(6) L. Festinger, “Informal social communication,” Psychological Review, vol.57, pp.271-282, 1950.

(7) T.M. Newcomb, R.H. Turner, and P.E. Converse, Social Psychology : The Study of Human Interaction (1st ed.), Psychology Press, 1965.

(8) M.L. Patterson, Nonverbal behavior : A functional perspective, 1983.

(9) 菊池章夫,思いやりを科学する―向社会的行動の心理とスキル―,川島書店,1988.

(10) 堀毛一也,“恋愛関係の発展・崩壊と社会的スキル,”実験社会心理学研究,vol.34, pp.3-18, 1994.

(11) 藤本 学,大坊郁夫,“コミュニケーションスキルに関する諸因子の階層構造への統合の試み,”パーソナリティ研究,vol.15, pp.347-361, 2007.

(12) J.L. Austin, How to do things with words, Oxford university press, 1975.

(2023年2月25日受付 2023年3月27日最終受付) 


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