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本会選奨規程第7条(電子工学及び情報通信に関する学術又は関連事業に対し特別の功労がありその功績が顕著である者)による功績賞(第84回)受賞者を選定して,2022年度は次の5名の方々に贈呈した.
上田修功君は,1982年に大阪大学工学部通信工学科を卒業後,1984年に同大学院通信工学専攻修士課程を修了し,同年4月に日本電信電話公社(現NTT)横須賀電気通信研究所に入所されました.1992年に大阪大学にて博士号を取得され,1994年から1995年の間,パデュー大学(アメリカ)にて客員研究員として研究に従事されました.1998年から現所属のNTTコミュニケーション科学基礎研究所にて,創発学習研究グループリーダ,知能情報研究部長,協創情報研究部長,コミュニケーション科学基礎研究所長を歴任し,2016年から同コミュニケーション科学基礎研究所上田特別研究室長/NTTフェローとして活躍しておられます.また,教育活動につきましても,1999年に奈良先端科学技術大学院大学客員助教授,2004年に同大学客員教授,2010年に国立情報学研究所客員教授,2010年に京都大学連携教授,2018年に神戸大学客員教授,2020年に明治大学特別招聘教授として,学生の指導にも大きく寄与してこられました.
同君は,人工知能システムの核技術である機械学習の基礎研究に関し,長年にわたり重要かつ先駆的な業績を挙げ,当該分野の学術発展と応用領域開拓に多大な貢献をされました.1990年頃,数理統計を土台とする機械学習の基礎研究が国内外で開始され,当時,複雑かつ多様なデータに対して複雑なモデルを用いると局所最適値に収束し,大域的に最適な解を求めることが困難であり,少数の学習データの場合には,未知データに対する予測性能(汎化性能)が劣化する過学習の問題がありました.同君は統計物理学や変分ベイズ理論に基づく新たな手法を考案し問題解決を図りました.更には,Web上のテキストデータなどの非構造化データに対する機械学習技術が未解決の中,同君は,一つの文書が複数のクラスから成る多重クラス分類問題を世界に先駆けて定式化し,世界初の多重トピックテキストモデルを考案しました.これら先導的かつ独創的な成果を数多く挙げ,後続研究に多大な影響を与えてきました.
機械学習の応用領域開拓に関しても,同君がサブテーマリーダを務めた内閣府最先端研究開発プログラム(FIRST)において,加速度センサで計測した約900万の実看護師行動の自動分析技術を開発しました.本成果は世界初の医療ビッグデータ解析の実現として高評価を得ました.また,NTT機械学習・データ科学センター代表として,人流データのような非定常な時空間データに対する時空間予測技術,学習型マルチエージェントシミュレータに基づくリアルタイムでプロアクティブな集団最適誘導技術の研究開発を指揮しました.東京大学との共同研究では,国立天文台のすばる望遠鏡撮像画像からの超新星自動検出・分類技術を考案しました.本技術は実運用され,多数の超新星検出に貢献しています.更に,2016年に設立された理化学研究所革新知能統合研究センターの副センター長に就任(兼務)し,防災・減災,医療,地震・気象へのAI技術開発をけん引し,津波浸水被害予報技術など重要成果を多数創出しています.
同君は,これまでの業績に対し,本会フェローの称号をはじめ,本会業績賞,文部科学大臣表彰など多数の学術賞を授与されております.また,日本学術会議連携会員,文部科学省情報科学学術委員会委員,内閣府PRISMプログラムディレクター,JST CREST研究総括,JSTムーンショット型研究開発事業副構想ディレクターを歴任し,日本の人工知能研究をけん引し続けています.
以上のように,同君の電子情報通信分野への貢献は顕著であり,本会の功績賞を贈呈するにふさわしい方であると確信致します.
斎藤 洋君は,1983年に東京大学大学院工学系研究科計数工学専攻修士課程を修了し,同年4月に日本電信電話公社(現日本電信電話株式会社,NTT)基幹交換研究部に入所されました.1992年に同大学にて博士号を取得,1994年にNTT通信網総合研究所特別研究員,2010年NTTサービスシステムインテグレーション基盤研究所上席特別研究員を経て,2018年4月から東京大学大学院情報理工学系研究科教授に就任.2023年4月から実践女子大学教育研究センター特任教授として現在に至っておられます.
同君は,NTTに入社以来,一貫して情報通信分野の研究開発に従事され,トラヒック技術に関する数々の優れた成果を挙げられ,先駆的な理論・方式の創出や普及推進を通じて情報通信サービスに革新をもたらしてこられました.
特筆すべき功績は,トラヒックの多様化に対応し,トラヒック研究の新たな方向性を世界に先駆け提唱したATMネットワークのトラヒック技術に関する研究開発で,従来の電話トラヒックのランダム性を前提とする理論モデルでは対応できない,様々なアプリケーションが加わるブロードバンドネットワークの研究開発において,いち早く新たな手法であるノンパラメトリックアプローチ(パラメータ化したモデルを用いない方式)を提唱し,新たな研究の流れを導きました.
これらの研究業績において,候補者が提案・構築してきた理論モデルは,常に実システムに関するものであり,応用数学に基づく理論を実システムの方式設計・制御・管理,並びに通信ネットワークの総合的な設計・制御・管理に反映し,トラヒック技術の研究と応用を実践してこられました.
更に,既存のトラヒック理論が時間軸上の確率過程論を適用し,個別システムに適用するための拡張であったところ,社会ネットワークを含むネットワークの空間的構造と性能関係等を明らかにし,ネットワークの設計・制御・情報の集約に関わる知見を得るネットワーク科学理論や空間情報数理応用の分野をけん引してこられました.
同君は上記の業績により,1994年電気通信普及財団賞システム科学奨励賞,1998年 日本OR学会文献賞,2003年 情報処理学会DICOMO2003野口賞,2008年 本会通信ソサイエティ功労顕彰状,2010年 電気通信普及財団賞テレコムシステム科学賞,2016年 ACM MSWiM conference best paper award,2020年 Arne Jensen Lifetime Achievement Award等を授与されており,これらの功績が移動通信関連の産業界,学術界へ大きく貢献していることが認められています.
加えて,本会では,2006年 情報ネットワーク研究専門委員会委員長,2008年 評議員,2011年 編集理事を務め,2006年にはフェローの称号を授与されました.また,2003年 日本OR学会フェロー,2005年 IEEE fellowの称号も授与されておりその活躍は各界で認められています.
以上のように,同君は,理論研究並びに実用化を通じて世界トップレベルの多くの研究成果を続出し,情報通信分野への功績は顕著であり,本会の功績賞を贈呈するにふさわしい方であると確信致します.
松山泰男君は,1969年に早稲田大学理工学部電気工学科を卒業後同大学院に進学し,1974年に電気工学専攻博士課程を修了して工学博士の学位を授与されました.同年,日本学術振興会・米国国際教育研究所・フルブライト交流事業の協同による日米人物交流計画に採用され,スタンフォード大学に派遣されて1978年に同大学院からPh.D.(EE)の学位を授与されました.これらの博士号は,神経系における確率的パルス密度変調(早大)と,確率過程のひずみ測度理論及び信号処理への応用(スタンフォード大学)という異なる分野におけるものでしたが,その後の学術的進展により,現在の機械学習分野に発展しました.
同君は,スタンフォード大学情報システム研究所助手,茨城大学教養部講師,工学部情報工学科助教授,教授,博士課程専攻長を務めています.そして,1996年に早稲田大学理工学部教授(改組後,情報理工学科教授)となり,2017年からは同大学名誉教授・名誉研究員となって現在に至っています.この間,アラバマ大学客員研究員,人事院上級職総合試験委員,早稲田大学メディアネットワークセンター所長を務め,更に世界の大学評価に関する仕事にも携わりました.
同君は,この過程において「不完全データ(生データ)を構造化する機械学習理論の構築とそのデータサイエンスへの応用」により,先駆的な業績を挙げています.これは,同君が二つの機関において独立に修めた神経系における確率過程の解析と情報理論における高能率情報圧縮であるベクトル量子化から出発して,それらが発展した成果となっています.なお,ベクトル量子化の国内基本特許は,同君が1979年に出願後12年にわたる審査を経て1991年に成立したものです.
ベクトル量子化の開発後,同君はその設計法を多目的かつ多重な最適化を可能にする一般化競合学習へと発展させました.これは.音声に加えて静止画像やビデオ画像の生成と知的検索,大規模巡回セールスマン問題への適用など,多様なデータ処理への応用を可能にしました.
一般化競合学習を確率と統計の面から考えると,この機械学習アルゴリズムは暗にデータが一様分布であることを仮定しています.ところが対象となるデータが大きくなると,そのビッグデータには一様分布ではない利用可能な分布の偏りが出現します.同君はこのことを捉え,従来法の上位構造として「アルファ期待値最大化アルゴリズム」を創成し,ベクトル量子化や平均法を下部構造とする縦の階層を確立しました.またこのことは横方向の一般化として隠れマルコフアルゴリズムや独立成分分析の高速手法も与えることになりました.そして,以上の成果は,音声や画像への応用に加えて脳信号による個人認証とヒューマノイド操作,データ評価者そのものを更に評価するブロックチェーンへの応用をもたらしました.
同君による以上の業績は,本会論文賞,IEEE Neural Networks Best Paper Award,IEEE-ACM Dote Memorial Best Paper Award等の受賞と,本会フェロー,IEEE Fellow and Life Fellow,情報処理学会フェローの称号の授与として認められました.
同君は,本会東京支部評議員などを務めるとともに,人事院上級職総合試験委員など数多くの国内要職を務め,更に世界の大学評価に関する職責も果たすなど,電子情報通信工学に基づく科学技術への貢献は誠に顕著なものであります.よって同君は,本会の功績賞を贈るにふさわしい方であると確信致します.
村岡裕明君は,1976年に東北大学工学部通信工学科を卒業後,1978年同大学院工学研究科博士前期課程,1981年同後期課程を修了して,工学博士の学位を取得されました.同年松下通信工業株式会社に入社,1991年に東北大学電気通信研究所助手,1993年同助教授,2000年に同教授に任用されました.2018年には東北大学から名誉教授の称号を付与されました.
同君は一貫してハードディスク装置などの磁気ストレージ装置の高密度化に取り組んで先駆的な成果を挙げました.特に,1977年に岩崎俊一博士により発明された垂直磁気記録の研究に注力して,記録再生理論の開拓を通じて垂直記録デバイスの設計指針を明らかにし,高面密度記録性能の向上と記録再生デバイスの実用化技術の開発に貢献しました.
垂直磁気記録ではそれまでの磁気記録とは大きく異なる記録再生デバイスが用いられるため研究当初はデバイス設計論が必ずしも確立されておらず,エラーレート等実用的な記録特性向上の設計手法の知見も不十分でした.同君は,早い段階でコアデバイスの磁気ヘッドと磁気ディスクの研究に取り組んで面記録密度向上のための指導原理を確立しました.更に,ディスク上に微小隙間で浮上する実用性の高いハードディスク装置用磁気ヘッドとして,高密度記録性能を達成した新しい垂直磁気記録デバイスの試作に成功しました.これにより先駆的な段階で高密度ハードディスク装置として実用的なプロトタイピングを行って垂直磁気記録の優れた高密度性能を実証して,垂直磁気記録への国際的な流れを加速しました.
更に,東日本大震災を契機に,情報化社会のインフラとして災害時においても継続した運転が重視される情報ストレージシステムに対して,データ喪失を防ぐ高可用性システムの開発に取り組みデモンストレーションを行うなどの成果を挙げました.
一方,ビデオ機器などのマルチメディアストレージでは様々なデータ間の適切な互換性が求められます.同君は有力な標準化機関である国際電気標準会議(IEC)において当該技術分野のTechnical Area Managerを務めて標準化に取り組み,多くの国際規格を策定しました.
同君は内外の学会及び公的機関でも積極的に活動し,本会エレクトロニクスソサイエティ磁気記録・情報ストレージ研究専門委員会においては永年にわたり幹事,専門委員,委員長,顧問を歴任して学会活動の活性化に尽力しました.日本磁気学会では国際化担当理事,IEEE Magnetics SocietyではAdministration Committeeなどの役員として組織運営及び国際会議役員としてのリーダーシップを発揮しました.また,文部科学省情報科学技術委員会主査代理,同国立研究開発法人審議会臨時委員,NHK放送技術審議会委員長,日本学術振興会磁気記録第144委員会幹事,などの公的な役職を通じて広く電子情報通信技術の発展に貢献しました.
これらの功績により本会業績賞,本会エレクトロニクスソサイエティ賞,NHK放送文化賞,日本磁気学会学会賞,同業績賞を受賞し,本会フェロー,日本磁気学会名誉会員,同ライフフェロー,IEEE Life Fellow等の称号を受けています.
以上のように,同君の電子情報通信分野の功績は極めて顕著であり,本会の功績賞を贈るにふさわしい方と確信致します.
横矢直和君は,1979年に大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程を修了して工学博士の学位を授与され,同年に通商産業省工業技術院電子技術総合研究所に入所されました.1983年には同所の主任研究官となられ,また同所在職中の1986年から1987年にかけての1年間はカナダ・マギル大学知能機械研究センターの客員教授を務められました.その後,1993年に奈良先端科学技術大学院大学の教授に異動され,研究とともに教育活動にも打ち込まれました.同大学では,情報科学センター長,情報科学研究科長,理事・副学長を経て,2017年からは4年間にわたって学長の重責を担われました.その後,同大学の名誉教授になられ,現在に至っておられます.
同君は,近年メタバースの入口としても期待されているXR技術(現実世界と仮想世界を融合した複合現実MR: Mixed Realityや拡張現実AR: Augmented Reality等)の研究に,1990年代のれい明期から取り組まれ,新技術の開拓をはじめとして同研究分野の発展に幅広く貢献されました.まず,ARに関しては,主として現実世界と仮想世界の幾何的位置合わせという基本問題に取り組まれました.その一環として開発されたカメラ映像からの特徴点の実時間検出・追跡に基づくカメラの位置・姿勢推定アルゴリズムは,ARの屋外利用への道を開きました.国営飛鳥・平城宮跡歴史公園等における一般公開実験では,既に消失している往時の建造物をCG合成したAR歴史コンテンツを現場で一般市民に提供し,AR実用化の可能性を広く示されました.次に,現実世界の仮想化(AV: Augmented Virtuality)に関して,全方位カメラを用いたテレプレゼンス(遠隔地にあたかも実際にいるかのような感覚を呈示するシステム)を世界に先駆けて提案されています.更に,AVとARと組み合わせた「拡張テレプレゼンス」や,時空を超える複合現実メディア(タイムマシンと千里眼)も実現されました.これらの技術は平城遷都1300年祭において一般公開され,平城宮跡での無人飛行船からの空撮全方位ビデオ映像を用いたシステムにより1300年前の平城京を上空から仮想体験する機会を参加者に提供しました.以上の基礎理論にとどまらずに常に実利用を意識した数々の研究成果は,現在の仮想現実市場の隆盛に大きく寄与しています.
同君はこれらの研究業績により,1989年度及び2006年度情報処理学会論文賞,2012年度日本バーチャルリアリティ学会論文賞,立石科学技術振興財団第6回立石賞功績賞などを受賞されました.国際的な貢献も顕著です.例えば複合・拡張現実感国際シンポジウム(ISMAR)では,2003年のGeneral Chairだけでなく,その後も長きにわたりSteering Committeeメンバーを務められました.それ以外にも,2007年のコンピュータビジョンアジア会議(ACCV)のGeneral Chair,2009年のコンピュータビジョン国際会議(ICCV)のProgram Chairなどを務められています.また国内では,2006~2014年の日本学術会議連携会員としての学術振興への貢献に加えて,2007~2010年度の本会情報・システムソサイエティ副会長,同次期会長,同会長,2001~2002年度のパターン認識・メディア理解(PRMU)研究専門委員会委員長を歴任されるなど,本会の発展にも貢献されました.また,本会並びに情報処理学会,日本バーチャルリアリティ学会,国際パターン認識連盟(International Association for Pattern Recognition, IAPR)からフェローの称号を授与されています.
以上のように,同君の電子情報通信分野における功績は極めて顕著であり,本会の功績賞を贈るにふさわしい方であると確信致します.
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