電子情報通信学会 - IEICE会誌 試し読みサイト
© Copyright IEICE. All rights reserved.
|
超伝導エレクトロニクス研究専門委員会
超伝導ディジタルデバイスとその応用
超伝導ディジタルデバイスの中で一番広く用いられているのは,単一磁束量子(SFQ)回路である(1).超伝導リングを貫く磁束は量子化され飛び飛びの値をとる.この量子化された磁束の最小単位が単一磁束量子(SFQ : Single Flux Quantum)であり,Wbの値を持つ.図1の回路図にあるインダクタンスの閉じた超伝導体リング中の磁束はで量子化される.が超伝導リング中にある場合には,の循環電流がリングに流れる.超伝導リングにはジョセフソン接合(JJ)が含まれており,JJを流れる電流がその臨界電流値を超えるとJJは一瞬だけ電圧状態にスイッチし,がリング中に侵入することによりが流れる.このときJJ両端にパルス状の電圧(SFQパルス)が発生する.図1の左端からSFQが到達すると,バイアス電流と加算され,その和がを超えるとJJはスイッチする.との積がの場合は,がを超えるため,リング右側のJJがスイッチしSFQは右側のリングに伝達される.の場合は,このリング中にSFQは保持される.これらの超伝導リングを様々な形に結合することによってSFQを媒体としたディジタル演算を行うのがSFQ回路である.
SFQパルスの電圧―時間平面上の面積はとなり,典型的なSFQパルスは高さ1mV,幅2ps程度であるため,極めて高速かつ低消費電力の演算が可能となる.また,半導体回路では配線の時定数で規定される配線遅延が高速化の妨げになっているが,SFQ回路ではゲートと配線のインピーダンスマッチングを取ることが容易であるため,基板上を光と同じ速さで信号伝達できるPTL(Passive Transmission Line)と呼ばれる超伝導配線を使った高速信号伝達が実現できる(2).これらのことからSFQ回路は半導体回路と比べて極めて高速かつ低消費電力演算が可能である.図2は横軸を動作速度,縦軸をDFF(Dフリップフロップ)回路の消費電力にとり,半導体デバイスと超伝導デバイスを比較した図である.SFQ回路は同じクロックで比較すると半導体回路より5桁以上低消費電力である.冷凍機の消費電力(約3桁)を考慮しても十分にメリットがある.SFQ回路の消費電力は動作周波数が高くなっても余り変わっていないが,これはSFQ回路の電力がほとんどバイアス抵抗で消費される静的消費電力であり,SFQパルスによる動的消費電力が極めて小さいことに起因する.近年SFQ回路の消費電力を更に下げるために静的消費電力を削減した省電力SFQ回路が幾つか開発されている(3),(4).
SFQ回路より1桁速度は劣るが3桁以上低消費電力で動作する超伝導デバイスとしてAQFP(Adiabatic Quantum Flux Parametron)回路が知られている(5).AQFP回路はSFQ回路と同様にJJを含む超伝導リングが主な構成要素となる.図3にAQFP回路の回路図と動作原理を説明するためのポテンシャル図を示す.二つある超伝導リングの左側にSFQが保持されると出力電流は下向きに流れる.これを“0”状態と定義する.SFQが右側の超伝導リングに保持され,が上向きに流れる“1”状態との間にはエネルギーバリヤが存在する.超伝導リングと磁気的に結合したACバイアス電流が印加されると,ポテンシャルの形が二重井戸から単一井戸型に変化しがゼロとなる.このときの入力電流の向きが上向きであれば,ほとんど電力を消費することなく“1”状態に遷移する断熱変化(Adiabatic change)が起こる.この現象を利用して極限まで消費電力を低減して“0”と“1”をスイッチすることが可能となる.また,多数のAQFP回路に対して,ACバイアス電流は直列に接続して供給できるため,回路に供給するバイアス電流量を大幅に低減できるという利点もある.
近年超伝導ディジタルデバイスに強磁性体を取り入れる試みが行われている.超伝導体は磁性に非常に敏感であり,強磁性体が不純物として混入すると超伝導特性が著しい影響を受けることから磁性材料は超伝導デバイスでは忌避されてきたが,意図的に強磁性体を使用することで超伝導デバイスに新たな機能を付加できることが実証されてきている.一例として,JJのトンネルバリヤに強磁性体を用いた接合は,JJの位相をシフトすることができ,接合を含む超伝導リングの特性を大きく変えることができる.この接合を含むディジタル回路の研究が進められている(6).
超伝導ディジタルデバイスの一番の応用先は半導体デバイスの限界を超える超高速かつ低消費電力コンピュータである.コンピュータを目指したSFQマイクロプロセッサの研究は2000年代初頭から始められ,100GHzを超えるプロセッサ動作やプログラムを内蔵したプロセッサの50GHz動作に成功している(4).2022年時点で動作が確認されている最大規模のSFQプロセッサは,JJを33,467個用いた8ビット汎用マイクロプロセッサであり,57.2GHzでの動作が確認されている.消費電力は11.2mWである(7).
最近量子コンピュータの周辺回路として超伝導ディジタル回路が注目されている.量子コンピュータを実現するためのデバイスとして最先端にある超伝導量子ビットの動作には数十mKの極低温が必須であり,量子ビットに書き込み,読み出し,制御を行うために多数のマイクロ波ケーブルが必要となる.このマイクロ波ケーブルを介した熱流入が大きな問題となっている.この問題を解決する手段として極低温で高速かつ極低消費電力で動作し,量子ビットを操作するマイクロ波の発生が可能な超伝導ディジタル回路が有望である(8).
ニューラルネットワーク,ストカスティックコンピューティング,リザバー計算などの新しい情報処理方式を実現するためのデバイスとしても超伝導ディジタル回路は期待されている(9).また,量子通信などに用いる超伝導検出器アレーの多重読出し回路としても研究が進められている.
(1) K.K. Likharev and V.K. Semenov, “RSFQ logic/memory family : a new Josephson-junction technology for sub-terahertz-clock-frequency digital systems,” IEEE Trans. Appl. Supercond., vol.1, no.1, pp.3-28, March 1991.
(2) Y. Hashimoto, S. Yorozu, Y. Kameda, and V.K. Semenov, “A design approach to passive interconnects for single flux quantum logic circuits,” IEEE Trans. Appl. Supercond., vol.13, no.2, 535-538, June 2003.
(3) O.A. Mukhanov, “Energy-efficient single flux quantum technology,” IEEE Trans. Appl. Supercond., vol.21, no.3, pp.760-769, June 2011.
(4) 田中雅光,藤巻 朗,井上弘士,“単一磁束量子回路に基づくマイクロプロセッサの動向と展望” 低温工学,vol.52, no.5, pp.323-331, 2017.
(5) 竹内尚輝,“超低電力マイクロプロセッサの実現に向けた断熱型磁束量子パラメトロンの進展,” 低温工学,vol.52, no.5, pp.332-339, 2017.
(6) T. Kamiya, M. Tanaka, K. Sano, and A. Fujimaki, “Energy/space-efficient rapid single-flux-quantum circuits by using -shifted josephson junctions,” IEICE Trans. Electron., vol.E101-C, no.5, pp.385-390, March 2018.
(7) I. Nagaoka et al., “A 57.2GHz 11.2mW 8-bit general purpose superconductor microprocessor with dual-clocking scheme,” Proc. IEEE Asian Solid-State Circuits Conf., Nov. 2022.
(8) 田中雅光,山梨裕希,“量子コンピュータ超伝導周辺回路の現状と課題,”電学論(A),vol.142, no.5, pp.175-182, 2022.
(9) K. Ishida et al., “Superconductor computing for neural networks,” IEEE Micro, vol.41, pp.19-26, 2021.
(2023年4月13日受付)
オープンアクセス以外の記事を読みたい方は、以下のリンクより電子情報通信学会の学会誌の購読もしくは学会に入会登録することで読めるようになります。 また、会員になると豊富な豪華特典が付いてきます。
電子情報通信学会 - IEICE会誌はモバイルでお読みいただけます。
電子情報通信学会 - IEICE会誌アプリをダウンロード