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Web3という言葉は,まだ十分に認知・理解されておらず,ビットコイン等の暗号資産と同様に捉える人,また,Web3の一つの側面であるNFT(Non-Fungible Token,非代替性トークン)(注1)を単に高価格で取引されているディジタルアートと捉えている人は依然として多い.本稿では,可能な限り本質に沿う形でWeb3やWeb3で注目されている組織形態であるDAO(Decentralized Autonomous Organization,自律分散型組織)の概要や可能性について説明する.
昔から,技術の進化と人間社会の様式は,相互に密接に結び付き,影響を与えながら社会を形成している.例えば,約1万年前に農具の発展,灌漑技術,栽培技術等によって発展した農業は,人間の定住生活を可能にし,生物として生き延びるだけでなく,文化,芸術,宗教,社会的階層制度を含む人間社会を生み出した.また,18世紀イギリスの産業革命では,蒸気機関等の機械による圧倒的な労働生産性の向上が,資本家と労働者という新しい社会階級の時代を生み出した.注目すべきは,技術の進化が人間社会の様式に影響を与えるという一方向なものではなく,人間社会の様式の変化もまた技術の進化に影響を与えていることだ.例えば,産業革命では土地の私有化(所有権の明確化)が農地の囲い込み(エンクロージャー)をもたらしたことで,生活の基盤を奪われた余剰の小規模農民が労働力の供給を担った.その結果,新たな機械を操作,維持するためスキルや知識が必要となり,教育や訓練が重視されるようになって一層の技術の進化をもたらした.このような循環の下,人間社会では法制度,金融,自由貿易,株式会社等が次々と発明され,発展して現在我々が経験している資本主義が確立された.特に,個人や企業の所有権が法的に保護・保証されることになったことに加え,株式会社という新しい組織形態の誕生により集約的な資本形成とリスク共有が可能になったことで,人々の投資に対するリスクとリターンの評価が容易になり,資本主義的な社会は急速に発展した.現在,ブロックチェーン(注2)技術を活用した新しい技術と新しい組織形態が登場し,人間社会の様式に新たな影響を与えつつある.
最近,Web3と言う言葉を耳にする機会が増えたかもしれない.Web3とはブロックチェーン技術を活用した非中央集権型のネットワーク活動である.Web3が社会に大きな影響を与えると言われる理由の一つは,ディジタル資産の所有権の明確化である.Web2の時代には,Facebook,Google等の大手テクノロジー企業(Web2企業)がユーザのデータを集め,所有し,収益化するモデルが一般的だった.一方で,Web3ではブロックチェーン技術を用いて,ユーザが自身のデータを自由に管理し,どのようにそれを使用するかを決定できるようになった.その社会的需要の背景には,Web2企業に対して,プライバシーが保たれる形でデータが適切に保護・使用しているのか,情報の提示に偏向性はないのか(ユーザの意見や行動を操作していないか)というユーザの批判の高まりがある.過去の所有権の変容が,社会や経済に大きなインパクトを与えたことは述べた.このことから,Web3も,経済のインセンティブ構造を変える可能性を有し,更には,次で触れるWeb3ならではの新しい組織形態であるDAOの誕生も人間社会の様式の変化を加速させる可能性を秘めている.
DAOは,Web3で注目されている組織形態である.DAOはその名のとおり,株式会社に存在する経営陣のような中央集権的な管理体制なしに組織活動が推進されるという特徴(分散性)と,参加者間で提案,投票,意思決定され,設定されたスマートコントラクト(注3)に基づき,運営方法・収益分配等が自動執行されるという特徴(自律性)を有する組織形態である.
そのような組織形態によって形づくられる特徴は以下のとおりである.
(1)透明性:
ブロックチェーン技術によって,全ての取引や投票,意思決定の過程が公開されるため,透明性が確保される.これにより,権力の濫用や腐敗を防ぐことができる.
(2)全員参加による民主的意思決定:
トークン(注4)保有者であるDAOの参加者全員が投票によって意思決定を行い,DAOの運営方針を決定できる.これにより,参加者全員が組織の方向性に対して意見を持ち寄り,影響を与えることができる.
(3)効率性:
中央集権的な管理体制が存在しないため,意思決定プロセスが迅速かつ効率的に行われる.これにより,組織の内部コストを削減できる.
(4)平等性:
個人の背景,社会的地位,性別,国籍に関係なく,誰でもDAOに参加する権利を有する.これにより,社会参加の機会が平等に提供される.
なぜDAOが強力な組織構造を有すると言われるのか.政府,株式会社,合同会社,非営利団体等のどんな組織形態であれ,ほとんどの組織は,契約という概念的な約束事によって各人間をコーディネートしている.これらは,組織が大規模になるほど内部コスト(意思決定の遅延,情報の非対称性の発生,内部政治の増加,過剰な管理層の発生等)を増加させ,その結果,組織に非効率性をもたらす.一方で,DAOはスマートコントラクトによって,調整役となる契約が存在しなくても,複数の個人間で複雑な契約と同様の関係を形成できるため,参加者の増加が内部コストの増加に直結せず,組織運営を効率化できると考えられている.更に,その透明性(情報の開放性やアクセシビリティ)の高さも注目されている.現状では,政府や企業が不正なく効率的に運営されていることを監視・確認するために,多くの労力が投入されている.一方で,全ての取引等が公開されているDAOにとってこのコストを圧倒的に抑えることが可能となる.
そのほかに,DAOの参加者は,一般にトークンの所有者でもあり,DAOでの投票・意思決定に参加できるため,従来の組織における経営者と従業員の間における利益の非対称性を解消し,同一の目的に向かってより情報共有と協力を促進できる.しかし,現実にはDAOの設立時点で,簡単に分散性と自律性を有する組織ができるわけではない.例えば,DAOの設立段階においては,創業者がDAOの追求すべき目標やビジョン,それに基づいた投票プロセス,参加者の権利と責任,収益分配のルール等の全体設計を行うことが一般的である.一方で,DAOの情報は公開されているため,創業者の権限が強過ぎるとトークンを保有することが敬遠されてしまうため,創業者等の権力はある程度の時間をかけて分散されるよう力学が働く.
また,DAOは,コモンズ(共有財)の管理を行うことができる組織としても関心が寄せられている.コモンズ(共有財)とは,あるコミュニティや社会全体で共有され,利用される資源を指す.例えば,村人たちが共同で利用する牧草地,森林,水源等が挙げられる.コモンズの適切な管理において,共同体の境界を定めなければ,管理が無秩序になり,各個人が自分の利益の最大化を追求しコモンズが過剰に利用され,コミュニティ全体としての利益が失われてしまう過剰利用やフリーライダーの問題が存在する.これらの課題に対して,参加者の所有権や関与がより明確にできるDAOを活用することで解決に寄与できると考えられている.
続いて,一般的なDAOにおける各者・機能の役割を説明する.
(1)参加者:
参加者は,一般的に,Discordと呼ばれるディジタルツール上で展開されているオンラインコミュニティに入りDAOの活動を行う.この活動は,DAOの目的に応じてディジタルだけでなくリアルの場で行われることもある.例えば,伝統的な金融システムの分散化を目的とするDAOであるDeFi(Decentralized Finance,分散型金融)はほぼディジタルで活動が完結するものの,日本の新潟県旧山古志村のNishikigoiNFT(注5)で見られるような地方創生を目的として活用されるような場合には,リアルの場が必須となる.なお,Discordを通じて情報は公開されていることが多いが,トークンやNFTの購入・取得(注6)が情報へのアクセスの条件となる場合もある.DAOの活動に貢献した参加者は報酬として,DAOが発行するトークンを取得することでインセンティブを得る.一般的に,DAOに参加するハードルは低い.履歴書,面接等は不要で,DAOへの関心とどのような貢献ができるかが主に求められる.
(2)市場:
トークンの一部は暗号資産取引所に上場されており,それはトークンを取得しDAOに貢献したい人,またはトークンを手放したい人等の取引を円滑にしている.トークンは相対で取引を行うことも可能ではあるが,適正な価格の評価が困難であること,取引先相手の信頼の問題等から,市場が存在する場合には,市場を通して取引を行うことが一般的である.一時的ではあれ,金銭的価値を持つトークンによる2次流通や価格の上昇を含む変動がDAOのコミュニティの活性化に寄与する側面は否定できない.
(3)トレジャリー:
DAOには,トークンを管理するトレジャリーと呼ばれる中央銀行のような機能が存在し,トークンの需要と供給のコントロールをしている.なお,前述のとおり,トレジャリーを管理する中央集権的な管理体制は存在せず,参加者による提案と投票によりその運営はスマートコントラクトを通じてなされている.
次に,トークンノミクス(注7)について説明する.トークンノミクスとは,このような各者・機能の中で,トークンが構築する経済合理的な仕組みである.DAOで主に使用されるトークン(ユーティリティトークン(注8),ガバナンストークン(注9))は,様々な機能を有するが,更にそれらは市場で取引されること等を通じて金銭的な価値も有する.そのため,トークンの全供給量やインフレーションやデフレーションのメカニズムの設計に加えて,DAOに貢献した参加者に供給するトークン量とサービス利用料としてトレジャリーが参加者から回収するトークン量の需給バランス等,トークンノミクスを成功させるには無数のパラメータの設定・調整が必要となる.
補足しておきたいことは,その設計の自由度の高さである.ユーティリティトークンとガバナンストークンが別々に存在しているわけではなく,一つのトークンにそれぞれのトークンの機能を集約したシングルトークンモデルという形も設計可能であることに加え,その目的に合わせて例えば二つのトークンを別々とするデュアルトークンモデル等も設計可能である.例えば,デュアルトークンモデルでは,トークン価値が安定していてほしいサービスを利用する参加者とトークンの価値が上昇してほしい投資家等の利害関係をより調整できると期待されているが,トークンノミクスが一層複雑になることは明白である.
このように,貨幣のようでも,株式のようでもあり,更には,様々な権利を有するトークンをどのように設計して,運用するかはとても複雑であり,多くのDAOが試行錯誤を繰り返している.多くのトークンは,価格の安定や価格の上昇を目指しているが,時として大きな売りを仕掛けられたり,ぜい弱な設計によって,意図せず価格が限りなくゼロに近くなったトークンも存在する.これがニュースで大々的に取り上げられることでWeb3/DAOに投機的なイメージを与えている.
一つの経済圏としてトークンノミクスを機能させるために,DAOにとって収入は不可欠な要素である.DAOの収入として,サービス利用料として収入を得るほか,株式会社が行うようにベンチャーキャピタル(VC)やそれに類似する投資DAOからの資金調達,NFT/トークンの売却を通じた資金調達,助成金,クラウドファンディング,担保として購入した国債等の実物資産からの収入等が存在する.自律的で分散的な組織運営を目指すDAOは,上記で示したとおり,伝統的な企業のガバナンスの課題からは一定の距離を置くことが可能だ.しかしながら,人々の活動が貨幣経済の影響を受けていることから,経済合理性を重視したトークンノミクスからは完全には逃れられないことも事実である.
一方で,ドルや円等の通貨と互換性を持たないトークン設計も可能である.例えば,DAOが行うイベントに参加するための条件として一定量のトークンでの支払いを必要と設計したとして,そのトークンを通貨で購入できないようにする.そうすることで,参加者は事前にそのDAOに貢献してトークンを貯めなければならないことになる.つまり,通貨の経済圏と切り離されることで,お金で買えない価値をシェアし合い,真に熱量の高いコミュニティを生み出すような面白い取組みができることも一部では期待されている.
次に,DAOの種類や例を示す.例えば,DAOに必要な機能やツール(スマートコントラクトの発行,投票,資産管理システム等)を開発・提供するDAO Operating Systems(例:Aragon),プロトコルそのものを維持,運用,改良するProtocol DAOs(例:Aave DAO),コミュニティから寄付によって資金を調達し,ガバナンスを通じて社会をより良くすることや,プロトコルやソフトウェア開発者等への支援を行うGrants DAOs(例:Aave Grants DAO),DAOやプラットホームに投資するためのInvestment DAOs(The LAO),参加者が個々の専門性に応じて働き対価としてトークンを受け取る形を通じて,特定のサービスを提供するService DAOs(例:Lex DAO)等がある.ほかには,同様の関心を有する人たちのコミュニティ運営を目的としたSocial DAOs(例:Developer DAO),主にNFTのキュレーションを目的としたCollector DAOs(例:PleasrDAO),ニュースレター等のコンテンツを提供するMedia DAOs(例:BanklessDAO)や,ほかには,ウクライナへの支援を行うUkraine DAO等も存在する(1).
日本は,2010年代半ばまでビットコイン(Bitcoin)の取引量が世界1位であったことなどから分かるように世界の暗号資産業界をけん引していた.しかし,交換所への不正侵入者によるハッキング事件等のトラブルをきっかけに規制が強化され日本はその存在感を失っていた.そのような中,世界では幾つかの波乱を含みながらも,特に2020年から2022年にかけて暗号資産への熱狂が高まっていったが,米国の金利引き上げ等を契機にした暗号資産価格の下落,アルゴリズム型ステーブルコインTerra(UST)の破綻,暗号資産交換業を運営していたFTXの破綻等をきっかけに,暗号資産業界は冬の時代(クリプトウィンター)を迎えた.一方で,過去のトラブルを契機に,預かり資産の分別管理等消費者と投資家の保護に重きを置いた規制を強化してきた日本は,海外で破綻したトークンの多くが国内で上場されていなかったこともあり,市場の崩壊の影響をほとんど受けずに済んだ.そのような理由から,日本のWeb3は世界の中で相対的に存在感を示している.また,自由民主党デジタル社会推進本部Web3プロジェクトチームがNFTホワイトペーパー,Web3ホワイトペーパーを作成・発表する等,積極的な与党の関与が示されたことで,再び日本のWeb3業界は世界の注目を浴びている.しかし,依然として日本でも他国と同様若しくはそれ以上に法的制度が追い付いていないのも事実である.Web3ホワイトペーパーで触れられている日本におけるWeb3の課題をここでは紹介したい(2).
例えば,法的枠組みに関し,日本には法人格がある組織形態として株式会社,合同会社等の持分会社,社団法人や財団法人等が,法人格のない組織形態として有限責任事業組合,任意組合及び権利能力なき社団等がある.法人格がある組織形態の中においては,DAOの中央集権的な管理体制が存在しない,見知らぬ参加者同士が活動を行うといった特徴を踏まえると,合同会社の性質が近い.しかし,合同会社の設立に要する定款の記載事項として社員の氏名及び住所の記載が必須である.このため,参加者の匿名性や流動性を特徴とするDAOを合同会社にそのまま当てはめて実現することは困難となる.法人格のない組織形態の中においては,法人格はないが法人に類するものとして扱う解釈が進んでおり,総有財産のみが責任財産になること等に加えて,内部規則次第で,参加者の参加・脱退も比較的自由となる権利能力なき社団がDAOの性質と整合的と考えられる.しかし,権利能力なき社団は法律で定められた存在ではないため法的安定性を欠いており,裁判所の判断によって実体は任意組合であると判断されてしまうと,参加者は意図せずして無限責任を負うことになるリスクを有する(3).
また,そのような法的枠組みがぜい弱であることに加え,金融機関の暗号資産への偏った認識から自律性や分散性を重んじるDAOであればあるほど,銀行口座を開設することが難しく,活動のスタートにも立てていないDAOが存在することも確かである.そのような背景から,合同会社をベースにしたLLC(注10)型のDAO特別法制定の提言がなされている.
その他,個人の暗号資産取引に関する課税が他国と比べて厳しい点(最高税率が所得税と住民税を合わせて55%),短期売買目的でない保有する他社のトークンの期末時価評価課税,暗号資産交換業者が取扱いトークンを追加する際のJVCEA(注11)(Japan Virtual and Crypto assets Exchange Association,日本暗号資産取引業協会)の事前審査に時間を要していること,カストディ等暗号資産交換業の一部のみを行う場合の過度な規制等の様々な課題があり,それぞれに対して提言がなされている(2).
以上のとおり,DAOの法的枠組みから,税制,トークンの上場審査,民間企業の関与等のほぼ全方面において整備が不十分である.Web3を一つの産業と捉えた場合,起業家や投資家,企業をひきつけるためには,堅固な法制度による透明性,予見可能性の確保が必須である.日本がWeb3産業で世界をけん引していくためには,他国に先駆けた法整備が必要なのは言うまでもない.
ガバナンストークンによる投票は,今まで時間とコストを理由に,現実的に不可能と考えられていた全員参加による民主主義を実現できる可能性を有する.しかし,幾つかの課題にも直面している.
(1)有権者の無関心:
参加者が全員投票できることと,参加者が全員投票することとは異なる.全員投票を実現するためには,DAO内で起きていることを理解する時間,労力また相当の熱量が必要であるため,大規模のDAOでの投票率が15%程度というのは決して珍しくない.
(2)議決権の集中:
VC,他のDAO,創業者等がトークンを大量保有することで,議決権の集中が起きているDAOも存在する.これは,広範な参加者の利益と一致せず,少数派のトークン保有者の声を押し潰すことにつながりかねない.驚くことに取引金額が大きい上位のDAOでは全保有者の1%未満が議決権の90%を握っているケースも少なくないと言われる(4).
そのような課題を解決する手段の一つとしてAIがある.最近では,生成AIと呼ばれる人間と自然言語でやりとりできるAIが登場する等,目を見張るほどの進化を遂げているAIだが,DAOとAIは非常に相性が良いとされる.その理由は,DAOはブロックチェーン技術によって,全ての取引情報や決定が記録・公開されているが,AIがこのデータを解析することで,人間の意思決定をサポートできると考えられているためである.例えば,上述の課題について,AIが人間に代わって意思決定を行うというものではなく,参加者が投票を行う前にAIからの分析・提供する情報を参考にすることで,より効率的な意思決定が可能になることが期待されている.このように,内部コストが小さいというDAOの特徴に加えて,AIのサポートを得ることで,高いスケーラビリティを実現でき,今まで世の中に存在しなかった規模での組織の運営が可能になるかもしれない.一方で,AIの発展だけで全てが解決するわけではなく,ガバナンスとは何か,人間はどういう思考をする生き物かという本質的な問いも併せて考える必要はあろう.
また,技術の進化によって,今まで実現が難しかった概念の実装も加速している.例えば,リキッドデモクラシー(液体民主主義)である.リキッドデモクラシーは,代表制民主主義と直接民主主義の中間に位置付けられる.リキッドデモクラシーでは,個々の人々は自分自身で直接投票することのほか,他の信頼できる人に自分の投票権を委任することも選択できる.リキッドデモクラシーは2010年頃にドイツにて,選挙において候補者や政党の中から一つを選び委任する形式が,社会の価値観が多様化している昨今,必ずしも単一の政党や政治家の考え方や政策に一致しないという課題から生まれた概念である(5).DAOを構成しているブロックチェーン技術は,投票権の委任を容易に自動化できることに加え,また,全ての取引履歴を改ざん不能な形で公開されることで高い透明性と信頼性を提供可能であることから,DAOにおいてリキッドデモクラシーの実験が加速する可能性は大いにあるだろう.
各々のDAOはそれぞれにトークンを発行し経済圏を作る.各国の信用に裏付けされたドル,円等の通貨と同様に,そのトークンはそれぞれのDAOの活動の信用に裏付けされた通貨とも言えるかもしれない.そうだとすると,DAOを企業や非営利団体に例えるよりも,国家や経済圏として捉える方がより適切かもしれない.コンテンツやサービスの生産や投資等を目的に,小さな経済圏として出現し始めたDAOは,他のDAOのトークンを所有したり,双方のDAOのトークンを所有し合うこと等を通じて,重層的な経済圏を発達させている.一方で,DAOとAIが組み合わされることで,その複雑な構造は想像以上に容易に分析されるかもしれない.そして,それが更に,次の技術や社会の様式の変化をもたらす一歩を生み出すことになるかもしれない.
(1) (株)bitFlyer, “Blockchain「web3リサーチ2023」,” Jan. 2023.
https://blockchain.bitflyer.com/pdf/web3Research2023.pdf
(2) 自由民主党デジタル社会推進本部,“Web3ホワイトペーパー~誰もがデジタル資産を活用する時代~,”April 2023.
https://www.jimin.jp/news/policy/205802.html
(3) 長島・大野・常松法律事務所殿村桂司,近藤正篤,丸田颯人,“自律分散型組織(DAO)―その概要,近時の世界的動向と法的課題―,”April 2022.
https://www.noandt.com/publications/publication20220425-1/
(4) CHAINALYSIS TEAM, “Dissecting the DAO: Web3 ownership is surprisingly concentrated,” June 2022.
https://blog.chainalysis.com/reports/web3-daos-2022/
(5) (株)Liquitous,“液体民主主義とは何か,”April 2020.
https://liquitous.com/lisearch/2020041303
(2023年7月31日受付 2023年8月31日最終受付)
(注1) ブロックチェーン技術を通じて,一意性や所有権を証明することが可能であり,ディジタルアートや音楽等のディジタル資産の所有権を証明できることから注目されている技術.
(注2) ネットワーク上の全ての参加者が共有する分散型台帳であり,設計の特徴上,データの改ざんや偽造が極めて困難であり,その透明性と永続性によりディジタルの所有権を確立できる技術.
(注3) あらかじめ設定されたルール/プログラミング.
(注4) ブロックチェーン技術を用いて発行された電子的な証票であり,特にWeb3/DAOのサービスを利用するためやガバナンスに関与するためのディジタル資産として扱われる.
(注6) DAOが発行するNFTにユーティリティトークンやガバナンストークンの機能を実装させることで,当該NFTを参加者にとってより身近でコレクション性のあるものにし,DAOへの参加の敷居を下げるような工夫がなされている.
(注7) トークンと経済を意味するエコノミクスをかけ合わせた用語.
(注8) 権利や機能等の実用性を有するトークン.
(注9) DAOにおける投票権や意思決定プロセスへの参加を可能にするトークン.
(注10) 有限責任会社,Limited Liability Company.
(注11) 暗号資産(仮想通貨)の利用者の利益保護を目的として暗号資産業界の自主規制ルールの整備を行う一般社団法人.
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