巻頭言 芸術

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Vol.107 No.8 (2024/8) 目次へ

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巻頭言

芸術 Art総務理事 大槻知明

  私事で恐縮だが,私の趣味の一つは美術館・博物館巡りである.お気に入りの美術館の一つは,上野にある国立西洋美術館だ.本館はル・コルビュジエの設計によるもので,「ル・コルビュジエの建築作品――近代建築運動への顕著な貢献――」の構成資産として世界文化遺産に登録されている.年間に幾つもの興味深い企画展・小企画展が開催されている.この会誌が発行される頃には,まだ印刷技術がなかった時代に膨大な時間と労力をかけて制作され,一級の美術作品へと昇華を遂げている写本の企画展や,西洋版画の主な技法の一つである「リトグラフ(石版画)」の小企画展が開催される予定である.これら様々な観点から企画される企画展は大変面白く,また学ぶことも多いが,私が特にお薦めするのは常設展である.常設展では,中世末期から20世紀初頭にかけての西洋絵画と,ロダンを中心とするフランス近代彫刻を堪能することができる.お薦めの作品は数多くあるが,日本人にも人気の高いピカソについて触れてみたい.国立西洋美術館が所蔵するピカソの作品は数多くあり,この原稿の執筆時点では,「小さな丸帽子を被って座る」や「男と女」が展示されている.皆さんはピカソというと,どの作品を思い浮かべるだろうか? 戦争の悲惨さを伝える「ゲルニカ」を思い浮かべる方も多いと思う.あるいは,幾何学的な形によって画面を構成するキュビズムの作品を思い浮かべる方も多いと思う.ピカソは,その生涯の中で何度も画風を変え,創造的な挑戦を続けた芸術家として知られている.「青の時代」から「バラ色の時代」,「アフリカ彫刻の時代」,幾つかの「キュビズムの時代」を経て,「新古典主義の時代」,「シュルレアリスムの時代」,「戦争とゲルニカ」,「ヴァロリス期」,そして「晩年」へと,その画風は変遷している.それぞれの時代や背景に応じて,様々な技法を取り入れ,また,時には新しい表現方法・技法を創造して,創造的な挑戦を生涯続けた.このように,画風を変えながら創造的な挑戦を続けた芸術家は,ほかにも多くいる.有名なところでは,セザンヌやゴッホ,デ・キリコが挙げられる.

 芸術の話が長くなったが,ピカソやセザンヌ,ゴッホ,デ・キリコらの,このような継続した,変化を恐れない創造的な挑戦は,電子情報通信分野に身を置く我々,そして電子情報通信学会が,今まさに必要としていることであろう.既に情報通信システムが社会インフラとなり,我々を取り巻く社会環境や社会課題・ニーズが急激に変化している現在,我々も変化を恐れず,それら変化に対応していかなくてはならない.そのためには,我々一人一人がリスキリングを通じて,創造的に変化していく必要があるだろう.電子情報通信学会は,そのようなニーズに応える様々な学びの機会を提供していく必要がある.既に,「電気・電子系高度技術者育成プログラム」や「IEICE先端セミナー」,「IEICE全集中シリーズ(トライアルコース)」等,幾つかのプログラムを提供しているが,会員の方々の多様なニーズや,様々な社会課題・ニーズに対応するためには,教育プログラムや議論の場を増やす必要があるだろう.また,他分野・異分野との交流も重要であるが,単に交流にとどまらず.変化を恐れず,社会が必要としている重要な分野を自分たちのものとする必要があるだろう.皆さんと一緒にそのような創造的な挑戦をしていきたいと思う.

 最後に日本を代表する芸術家の一人である葛飾北斎が亡くなる直前に残した言葉を取り上げて,この巻頭言を締めたいと思う.

 「翁死に臨み,大息し天我をして十年の命を長ふせしめはといひ,暫くして更に謂て曰く,天我をして五年の命を保たしめは,真正の画工となるを得へしと,言吃りて死す(天があと10年,いや,あと5年の命をくれたなら,本物の絵師になれる)」


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