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応用音響研究専門委員会
高臨場オーディオ
高臨場オーディオは,元の場所の音情報を遠隔地に伝えたときにできるだけ精密に再現することを目指した技術であり,100年以上にわたり研究開発されてきている.1881年には既に電話2回線を用いて遠隔地でオペラを両耳で受聴する体験が実施されており,その後も音質向上やチャネル数の増加など臨場感を高めるための様々な検討がなされてきた(1).近年では衛星放送NHK BS8Kの22.2ch放送(2)や,SONY 360 REALITY AUDIO(3)や,DOLBY ATMOS(4)など,三次元立体音響を体験できる機会も増えてきている(5).ここではオーディオの臨場感を構成する要素を説明し,それを向上させる実現方法の例について解説する.
オーディオの臨場感の定義方法の一つとして,オブジェクト臨場感とフィールド臨場感が挙げられる(6).前者は各楽器の音の明確な表現で,後者は演奏された場の雰囲気と考えることができる.言い換えると,直接音と初期反射音が関与するオブジェクト臨場感と,残響音や背景雑音が関与するフィールド臨場感と解釈することもできる.元の会場においてどの楽器がどの方向からどれだけの距離と音量で演奏されたか,その会場の大きさや座席に依存する音の響きはどういう感じなのかを遠隔地へ伝えることができれば高い臨場感を保ったままの音響提示ができることになる.ここで,臨場感の分類以前に最も影響力が大きいのは音質であり,Hi-Fiオーディオ(High-Fidelity Audio)も臨場感向上に貢献してきた.よって,まずは最低限の音質の確保が必要であり,無料で動画像を視聴するときのような低ビットレートで符号化され伝送される音質は臨場感が高いとは言えず,ハイレゾ配信はオブジェクト臨場感の向上に貢献しているとみなすことができる.
前方には楽器や話者が見えていることが多いため,その音の位置や動きは重要であり,オブジェクト臨場感を構成するためは多数のスピーカを配置することが望ましい.一方,後方からは音源の明確な定位よりも空間の大きさや環境を知ることが重要であるため,フィールド臨場感を構成するためには,ある程度の方向性や残響が提示できる程度の数のスピーカを配置する必要である.図1に示すように,前方にはオブジェクト臨場感を提示するスピーカを配置し,後方にはフィールド臨場感を提示するスピーカを配置することで音の臨場感を再現することができる.なお,従来のステレオ再生の場合は前方のオブジェクト臨場感向けのスピーカが二つ配置されているだけであり,後方からのフィールド臨場感向けのスピーカがなく,受聴している空間の特性に応じた残響の影響を受けるため,元の会場の雰囲気を再現することは難しかった.後方にもスピーカを配置する5.1チャネルサラウンド音響の普及とともにフィールド臨場感を表現するコンテンツが増えてきたと考えることができる.

臨場感を構成する要素としてどのような印象語が重要なのか調べられており,「実在感」「奥行き感」「迫力感」の寄与度が高いことが知られている(7).この研究によると,これらを構成する基本印象の中でも「周りを満たす」「拡がった」「強い」が上位にあり,また2チャネルのステレオ再生よりも,5.1チャネルや22.2チャネルのようなサラウンド再生の方が高い評定値となることも実験的に示されている.よって,このことからもオブジェクト臨場感だけではなくフィールド臨場感も重要であることがよく分かる.
臨場感という言葉を都合良く使われる場合があるため,臨場感の尺度を規格化する検討も進んでいる(8).この研究によれば,音の動きや音量及び定位感が重要であることが示されている.音響特徴量のラウドネスやシャープネスなどを基にした臨場感メータが実現できれば,どのような方策により臨場感を向上させることができるのか検証を行うことができるようになる.
臨場感の高いオーディオの方式を検討するにあたり,スピーカの数及びスピーカ配置の角度や間隔など物理的な音響特性と包み込まれる感覚の関係性について調べられており,22.2マルチチャネル音響方式(以下,22.2chオーディオ)が妥当であることが示されている(9).22.2chオーディオは既に実用化されており,ほぼ毎日BS8K放送で楽しむことができるようになっている.つまり,テレビをつければ高臨場オーディオを受聴できる環境が日本では整えられている.視聴者を立体的に囲むように上層に9チャネル,中層に10チャネル,下層に3チャネルのスピーカをそれぞれ配置し,更に2個の低域効果用のスピーカを配置することで,22.2chオーディオは構成されている.これにより水平面だけではなく上方や側方からの音の到来を表現することができ,放送品質の要求条件を満たすことが確認されている.
22.2chオーディオのコンテンツは,立体音響に適した場所にマイクロホンを配置し,適切な種類のマイクロホンを選定し,リハーサル等で十分に確認しながら本番で適切に録音できるように入念に準備され制作されている.生放送でもリアルタイムでミクシングできるようになっており,コンサートホールや教会の臨場感を家庭まで届けられるようになっている(10).
また,楽曲のネットワークを介した配信においても高臨場オーディオを楽しむことができるようになってきている(11).対応するイヤホン・ヘッドホンを用いて三次元立体音響を体験でき,対応するコンテンツも増えてきている.主にバイノーラル技術が用いられており,これまでのステレオ受聴よりも頭外に広がった立体音響を提示することができるようになっている.頭の動きに追従することもできるようになってきており,臨場感の中でも「没入感」を増す体験が可能となっている.
更にライブ配信においても,視聴者側の臨場感の中でも「一体感」を向上させる試みが検討されている(12).通常は配信先から配信元への折返し通信は行われず,テキストやアイコンで配信元へ意図を伝えることが多いが,配信先の会場の音響的な盛り上がりを折返し伝送し,配信元で合成拍手音を提示することで,擬似的な双方向通信を実現している.配信先の視聴者は自分たちの意図が配信元へ届いていることが確認でき,配信元の演者や参加者も配信先でも盛り上がっていることが確認でき,双方の一体感を醸成することができている.
このようにオーディオの臨場感を向上させるために,様々な研究開発がなされてきており,生活の中で使われるものも増えてきている.
これまでは,ここまで述べてきたような片方向の放送やメディア伝送による高臨場オーディオの体験が多かった.最近では,ネットワーク品質の向上により低遅延で臨場感の高い音を伝送することができるようになってきているため,よりお互いの臨場感を高めることができる双方向の高臨場オーディオ技術が普及することが期待でき,その標準技術が完成したところである(13).これにより今後は,遠隔合奏や漫才の掛け合いなど,離れた場所でもお互いの臨場感をより高め合うコンテンツを楽しむことができるようになると考えられる.
(1) 鈴木陽一,トレビーニョ ホルヘ,坂本修一,“高臨場感空間音響技術の最新動向と将来展望,”信学誌,vol.101, no.8, pp.786-792, Aug. 2018.
(2) https://www.nhk.or.jp/bs/faq/(2025年6月アクセス)
(3) https://www.360ralive.sony.net(2025年6月アクセス)
(4) https://www.dolby.com/ja/technologies/dolby-atmos/(2025年6月アクセス)
(5) 安藤彰男,小澤賢司,亀川 徹,中原雅考,西口正之,青木秀一,杉本岳大,水町光徳,“特集―高臨場感オーディオ―誌上座談会,”音響誌,vol.78, no.3, pp.108-113, 2022.
(6) 安藤彰男,“高臨場感オーディオ技術の概要,”音響誌,vol.78, no.3,pp.114-120, 2022.
(7) 谷口高士,“高臨場感コミュニケーションにおける聴覚的臨場感の階層的印象推定モデル,”信学誌,vol.101, no.8, pp.804-811, Aug. 2018.
(8) 小澤賢司,“聴覚臨場感の定義と性質,”音響誌,vol.78, no.3, pp.121-126, 2022.
(9) 大出訓史,小野一穂,“高臨場感音響システムの評価,”信学誌,vol.101, no.8, pp.798-803, Aug. 2018.
(10) 亀川 徹,島嵜砂生,入交英男,長江和哉,“高臨場感オーディオの収音技術,”音響誌,vol.78, no.3, pp.127-134, 2022.
(11) https://support.apple.com/ja-jp/109354(2025年6月アクセス)
(12) 藤森朗穂,河原一彦,鎌本 優,佐藤 尚,西川萌恵,尾本 章,守谷健弘,“ライブビューイングの一体感向上のための拍手音フィードバックシステムの構築と評価,”信学論(A), vol, J101-A, no.12, pp.273-282, Dec. 2018.
(13) S. Bruhn, T. Toftgård, S. Döhla, H-Y. Su, L. Laaksonen, T. Moriya, S. Ragot, H. Ehara, M. Szczerba, I. Varga, A. Schevciw, and M. Jelinek, “3GPP IVAS codec-perspectives on development, testing and standardization,” Proc. IEEE ICASSP 2025, 2025.
(2025年7月8日受付)
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