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スマートインフォメディアシステム研究専門委員会
メタバース
メタバース(Metaverse)とは「インターネットを通じてアクセスできる3Dの仮想空間,かつユーザは自身の分身となるアバタを用いて空間内で活動できる3D仮想環境サービス」のことである.より具体的には筆者も関わる「バーチャルシティガイドライン」(1)でも定めている以下の要件を満たすものである.
・マルチデバイスから,恒常的にアクセスできること
・三次元の「空間」で構成された仮想環境であること
・操作可能な分身(アバタ)が存在し,アバタを用いて仮想環境内で活動できること
・リアルタイムの相互作用性を持つこと
・超多人数が同時接続し,仮想環境を共有することができること
・別の仮想環境との相互運用性があること
・仮想環境内で自律的経済圏が存在すること
ただしメタバースの定義は,後述のとおり国内外で広く議論されている状態であり,定まったものはないことに留意されたい.また相互運用性などの要件については実現されておらず,2024年現在のメタバースと呼ばれているものは発展途上の「メタバース的な特徴を有するサービス」と認識されるべきである.
またメタバースは特定の機能や特性を持った「仮想空間」そのものではなく,「仮想環境サービス」であることにも注意が必要である.メタバースではユーザは自分のアバタを3D仮想空間内で操作し,他のユーザのアバタやオブジェクトとインタラクションする.つまり「メタバース」は,インターネットを通じてユーザに対し,3Dの仮想空間だけではなく,その空間内に存在する自他のアバタや,オブジェクト,ディジタルコンテンツ,そしてそれらの間でリアルタイムに行われるインタラクション等の顧客体験を提供する.そのためメタバースは,仮想空間と空間内の要素を合わせた「仮想環境」とそれらの環境を通じて得られる「顧客体験」をユーザに提供しているディジタルサービスの一形態として理解されるべきである.
またメタバースを利用できるデバイスについては,VR(Virtual Reality)などで利用されるHMD(Head Mount Display)は必須ではなく,普及しているコンピュータやスマートフォンなどのデバイスを利用してアクセスできる事例も多く存在する.
「メタバース」という用語は「Meta(より高次の)」と「Universe(世界)」という言葉を組み合わせた造語であり,ニール・スティーヴンソンのSF小説『スノウ・クラッシュ』(1992)で初登場した.小説の中でメタバースは「没入感」と「永続性」を持ち,インターネット上に存在する仮想空間のシステムとして登場している.ユーザは特別なゴーグル等を使ってメタバースにアクセスし,自身の分身となる「アバタ」を使って他のユーザや周囲の環境と,コミュニケーションやインタラクションし,実空間と同じような社会的活動を行うことができる.現在議論されているメタバースについても概ね『スノウ・クラッシュ』のメタバースのビジョンに沿っていると言えるだろう.
定義については前述のとおり定まっておらず,様々なものが提案されているが,共通の要素も多く,一定の共通理解は醸成されてきていると言えるだろう.表1に一例として国内外で発表されている定義の一部を時系列順に紹介する(2)~(7).
メタバースへの注目が近年集まった契機としては,2020年からの新型コロナウイルス感染症の世界的パンデミックと,2021年10月の米国Meta Platformsの社名変更がある.
2020年のパンデミック以前からオンラインゲーム内でのコミュニケーションが増えていたが,パンデミックによる外出自粛によって,コミュニケーションの場としての仮想空間が注目を集めた.その後最初の緊急事態宣言中である2020年5月にKDDI株式会社らが発表した「バーチャル渋谷」(8)によって,大きな注目を集めた(図1).
2021年7月からFacebookの創業者のマーク・ザッカーバーグ氏が「インターネットの未来像」のビジョンとしてメタバースを提示しはじめ,同年10月に社名をFacebookからMetaへと変更した.これらの一連の流れによって,新しいインターネットの姿かつ新たな経済圏としての期待感とともに「メタバース」の認知が世界的に広がったのである.
メタバースに対する過剰とも言える期待感が高まる中で,メタバースのガバナンスやルールについても国際的な議論が行われている.2023年に日本で開催されたG7では,4月のG7群馬高崎デジタル・技術大臣会合(9)及び5月のG7広島サミット(10)の成果文書において,民主的な価値に基づき,メタバース等の「没入型技術の使用」の促進や「デジタル経済のガバナンス」の継続的更新に取り組む必要性があると明記された.
これら成果文書を踏まえ,総務省は2024年10月に「メタバースの原則(第1.0版)」(11)を発表した.「メタバースの原則」は,前文及び二つの原則で構成されている.前文では民主的な価値の要素として以下の三つが提示されている.
1.メタバースが自由で開かれた場として提供され,世界で広く享受されること
2.メタバース上でユーザが主体的に行動できること
3.メタバース上での活動を通じて物理空間及び仮想空間内における個人の尊厳が尊重されること
原則は,仮想空間そのものの提供を担うメタバース関連サービス提供者(プラットフォーマ及びワールド提供者)を対象としており,事業に取り組む際に従うべきものとして目的が異なる二つの原則が提示された.一つ目が「メタバースの自主・自律的な発展に関する原則」であり,項目としては「オープン性・イノベーション性」,「多様性・包摂性」,「リテラシー,コミュニティ」の四つが挙げられている.二つ目は「メタバースの信頼性向上に関する原則」であり,項目としては「透明性・説明性」,「アカウンタビリティ」,「プライバシー」,「セキュリティ」の四つが挙げられている.
メタバースに対する過剰な期待から生まれたブームによる熱狂は落ち着きを見せている.2024年現在メタバース領域では,社会実装に向けた取組みを積み重ねている状態であり.継続的な技術開発に加え,新たなユースケースや持続的なビジネスモデルの構築のほか,ルール形成などの産官学が連携した市場環境の整備が進んでいる.
またメタバースでは当初から「相互運用性」が重要とされてきたものの,具体化がされていないばかりか,事業者の事業戦略にも合致していなかったことから実現には至っていない.この「相互運用性」の具体化やその実現に向け,「標準化」に関する国際的な議論が活発になっている.特にITU-Tといった標準化団体を中心にデジュール議論が行われており,今後データ形式などの標準化が進むことで,事業者の事業開発のみならず,UGCを中心としたクリエイターエコノミーが加速していく.
最後に日本のSociety5.0やEUのWeb4.0で述べられているように,これまでオンラインで完結していたメタバースの仮想環境が物理環境に重畳し,リアルタイムに相互作用を起こすような,没入型の「複合環境」へと拡張していくことも考えられる.
メタバースは発展しているディジタルサービスの一形態であるが,その本質は,仮想空間と空間内の要素を合わせた「仮想環境」とそれらの環境を通じて得られる「顧客体験」を提供するものである.今後デバイスや通信技術の発展に伴い,メタバースは没入型のインターネットとしての発展であったり,実際の私たちの身体が存在する物理的な生活空間にひも付けて提供されたりといった様々な可能性がある.私たちは新たな人工現実の誕生に向け,仮想環境の収れん進化に立ち会っているのである.
(1) バーチャルシティコンソーシアム,バーチャルシティガイドライン,pp.6-8.
https://shibuya5g.org/research/docs/guideline.pdf (最終アクセス:2024年10月21日)
(2) Matthew Ball, The Metaverse : What It Is, Where to Find it, and Who Will Build It.
https://www.matthewball.co/all/themetaverse (最終アクセス:2024年10月21日)
(3) 「仮想空間の今後の可能性と諸課題に関する調査分析事業」報告書,経済産業省(編),p.5, 2021.
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/downloadfiles/report/kasou-houkoku.pdf (最終アクセス:2024年10月21日)
(4) Congressional Research Service (米国), The Metaverse : Concepts and Issues for Congress, p.4, 2022.
https://crsreports.congress.gov/product/pdf/R/R47224 (最終アクセス:2024年10月21日)
(5) メタバース上のコンテンツ等をめぐる新たな法的課題等に関する論点の整理,内閣府知的財産戦略本部(編),p.2, 2023.
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/metaverse/pdf/ronten_seiri.pdf (最終アクセス:2024年10月21日)
(6) Office of Communications (英国), Future Technology and Media Literacy : The metaverse, p.4, 2023.
https://www.ofcom.org.uk/siteassets/resources/documents/research-and-data/media-literacy-research/making-sense-of-media/future-technology-trends-and-media-literacy/future-technology-and-media-literacy.pdf?v=329835 (最終アクセス:2024年10月21日)
(7) 「Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会」報告書,総務省(編),pp.25-26, 2023.
https://www.soumu.go.jp/main_content/000892205.pdf (最終アクセス:2024年10月21日)
(8) バーチャル渋谷の詳細については,以下を参照されたい.川本大功,“都市連動型メタバースの夜明け,”信学誌,vol.106, no.8, pp.705-710, Aug. 2023.
(9) G7デジタル・技術大臣会合閣僚宣言 仮訳,pp.8-9.
https://www.soumu.go.jp/main_content/000879093.pdf (最終アクセス:2024年10月21日)
(10) G7広島首脳コミュニケ(2023年5月20日)仮訳,p.27.
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100507034.pdf (最終アクセス:2024年10月21日)
(11) 「安心・安全なメタバースの実現に関する研究会」報告書2024,総務省(編),pp.38-46, 2024.
https://www.soumu.go.jp/main_content/000974751.pdf(最終アクセス:2025年2月3日)
(2024年10月22日受付)
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