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有機エレクトロニクス研究専門委員会
ペロブスカイト太陽電池
ペロブスカイト太陽電池とは,次に示すペロブスカイト構造を有する材料を光吸収層として利用した太陽電池のことである.「ペロブスカイト」は本来ロシアの科学者Lev Perovskiが発見した,灰チタン石(CaTiO3)のことを指し,図1のABO3 の結晶構造を有する材料を通称としてペロブスカイト材料と呼ぶ.この酸化物ペロブスカイトの代表的な例が,酸化物高温超伝導体材料である.太陽電池に利用されるペロブスカイト材料は酸化物ではなく,ハロゲンXを利用したハロゲン化物でABX3の構造となる.A,Bは陽イオンで,Aにはメチルアミン(CH3NH3+,MA),ホルムアミジン(CH(NH2)2+,FA),Cs+,K+などが利用され,BにはPb2+,Sn2+,Ge2+などが利用される.ハロゲンイオンとして,I-,Br-,Cl-が利用される.MAやFAなどの有機イオンを含む材料を含む場合には,「有機ペロブスカイト」と呼ばれることがある.ペロブスカイト材料の面白いところは,それぞれのイオンを2種類以上の材料で構成させることができ,自己組織化的に結晶が形成できる点である.これを利用すると,バンドギャップをおおよそ4eVから1eV程度まで変化させることができる(1).ハロゲン族や14族の元素を若い原子番号に変えるとバンドギャップが広くなる.初期に広く利用されたのは,よう化メチルアミンCH3NH3Iとヨウ化鉛PbI2から作製できるCH3NH3PbI3である.
太陽電池に利用されるペロブスカイト材料はフォトルミネセンス(PL)も有し,適切な層構造とし電圧を印加すると,電界発光する.この発光はバンドギャップに依存する.良い太陽電池素子は強いPLを示すので,指標として利用できる.また,ペロブスカイト材料は量子ドット材料としても期待されている.
ペロブスカイト材料が初めて太陽電池に利用されたのは2009年のことで,桐蔭横浜大学の宮坂教授のグループが色素増感太陽電池(DSC若しくはDSSC : Dye-sensitized Solar Cell)の感光色素として利用した(2).DSCは,ナノ酸化チタン粒子を焼結し成膜されたメソポーラス層に有機色素を吸着させて光増感を利用した太陽電池である.当時DSCの変換効率は約12%であり,この報告された変換効率は3.8%であった.12%の値は,有機薄膜太陽電池(OPV : Organic Photovoltaic cell)などと比べても最も高い変換効率であったので,ペロブスカイト色素は広く研究されなかった.ところが,3年後の2012年にUniversity of OxfordのSnaith教授と宮坂グループとの報告で,全固体型ペロブスカイト太陽電池の特性が報告された(3).全固体型DSCにも利用されたアミン誘導体spiro-MeOTADを利用するとともに,電子回収層として利用されるn形半導体であるTiO2を利用せずに絶縁体であるAl2O3を利用して10%を超える変換効率で,開放電圧も1Vに近かった.この結果はペロブスカイト材料の電子伝導性が優れていることを示すことになり,可能性を喧伝することとなった.これをきっかけに,ペロブスカイト太陽電池の研究が一気に進展した.翌年2013年には,DSCの変換効率12%を超え,その後は毎年変換効率が向上し,2025年4月には27.0%を超え,結晶シリコンを凌駕する変換効率に到達した(4).
ペロブスカイト太陽電池でシリコン並みに変換効率が高い理由は,①光吸収によって生成した励起子は束縛エネルギーが小さいので,すぐに解離して電子・正孔が生成される,②電子・正孔は移動度が高く,再結合することなく拡散する,③電子,正孔それぞれの回収電極から外部に取り出せるというほぼシリコン太陽電池と同様なメカニズムによるためである.しかもシリコンに比較し,④高い光吸収係数を有している.これらに加えて,真空蒸着ではなく塗布成膜が可能という特徴がある.
簡単に述べると,ペロブスカイト太陽電池はペロブスカイト層を正孔回収(輸送)層と電子回収(輸送)層で挟み込んだ構造を有している.図2に基本的なペロブスカイト太陽電池の層構造を示す.最初のペロブスカイト太陽電池はDSCを基にしているので,透明電極上に酸化チタン緻密層を形成し,その上にペロブスカイト膜,正孔回収層を形成した構造を有するものを「順構造」素子と呼ぶ.DSCと同様にメソポーラス層を有しているセル構造と利用しないセル構造の素子があるが,後者を特に「プラナー型」素子と呼び,2013年にSnaith教授によって報告された(5).この順構造では酸化チタン緻密層を形成するために高温焼結(500℃程度)が必要となるため,透明電極として広く普及しているすずドープ酸化インジウムITOは使えず,ふっ素ドープ酸化すずFTOを利用する.ITOを利用できるように,正孔回収層を基板側にした「逆構造」素子が2013年にJengらによって提案された(6).また酸化チタンに変わる高温プロセスを必要としない,種々の金属酸化物が提案された(7).高温作製プロセスが解消されたことにより,フィルム基材が利用できるようになった.幾らペロブスカイト太陽電池層に可撓性があるとはいえ,基材に可撓性がなく,製造プロセスの温度に耐えられなければフレキシブル太陽電池とはならない(ペロブスカイト太陽電池≠フレキシブル).
高効率なペロブスカイト太陽電池の実現には,正孔回収層から電子回収層にまたがるペロブスカイト結晶相の形成が重要である.高品質なペロブスカイト膜作製のために提案されたのが,貧溶媒(Solvent-engineering)法(8)とソルベントアニール(Solvent Annealing)法(9)である.前者はSeokらが提案した手法でペロブスカイト前駆溶液をコートした後,貧溶媒であるトルエンなどを展開してゆっくり結晶成長させて大きな結晶相を形成させるものである.後者はHuangらが提案した手法で成膜したペロブスカイト膜を飽和蒸気中に放置して再結晶させることにより大きな結晶相を形成させる.しかしながら,ゆっくり成膜するということは生産性が低下する.実際は成膜後速く結晶成長させるために,上部からガスを吹き付ける手法が利用される.例えばドライエアを吹き付けることにより,結晶相は小さくなるが欠陥がなくなり均一性が向上する(10).
前述のようにペロブスカイト太陽電池はプラスチック基材上に作製すれば軽量かつフレキシブル性のあるモジュールを作製することができる.これによりシリコン太陽電池などが十分に活用できなかった,壁面,窓,ぜい弱屋根,天幕などへの設置が可能となり,建材一体化太陽電池の期待が高まっている.かつて太陽電池生産は日本が世界をリードしていたが,現在主流であるシリコン太陽電池はほぼ中国で生産されており,これは中国に世界の再生可能エネルギーの生殺与奪を握られているに等しい.日本がペロブスカイトに活路を見いだそうとしているのは,原料のうちよう素の産出量が世界第2位であることも起因している.ただし耐用年数の問題もあり,ペロブスカイト太陽電池がシリコン太陽電池代替にスムーズに進むかどうかは難しい.一方で,導入がどんどん増えているシリコン太陽電池パネルも主に周辺材料の耐久性の問題により設置後20~30年で交換する必要がある.このパネル廃棄問題も国土が狭い日本にとっては非常に喫緊の課題である.フィルム型ペロブスカイト太陽電池では,溶解と焼却により比較的簡単に解決できる可能性があり,その点も有利である.日本におけるペロブスカイト太陽電池導入の障害は,やはり中国で実用化研究の進展とシリコン太陽電池の低価格である.前述したよう素産出については中国にはほとんど影響を与えないだろう.
(1) L. Schmidt-Mende, et al., “Roadmap on organic-inorganic hybrid perovskite semiconductors and devices,” APL Materials, vol.9, 109202, 2021.
(2) A. Kojima, K. Teshima, Y. Shirai, and T. Miyasaka, “Organometal halide perovskites as visible-light sensitizers for photovoltaic cells,” J. American Chemical Society, vol.131, no. 17, pp.6050-6051, 2009.
(3) M.M. Lee, J. Teuscher, T. Miyasaka, T.N. Murakami, and H.J. Snaith, “Efficient hybrid solar cells based on meso-superstructured organometal halide perovskites,” Science, vol.338, no. 6107, pp.643-647, 2012.
(4) NREL.
https://www.nrel.gov/pv/device-performance.html
(5) J. Snaith, “Perovskites : The emergence of a new era for low-cost, high-efficiency solar cells,” J. Phys. Chem. Lett., vol.4, no. 21, pp.3623-3630, 2013.
(6) J.-Y. Jeng, Y.-F. Chiang, M.-H. Lee, S.-R. Peng, T.F. Guo, P. Chen, and T.C. Wen, “CH3NH3PbI3 perovskite/fullerene planar-heterojunction hybrid solar cells,” Adv. Mater., vol.25, no. 27, pp.3727-3732, 2013.
(7) C. Chen, et al., “Low-temperature-processed WOx as electron transfer layer for planar perovskite solar cells exceeding 20% efficiency,” Solar RRL, vol.4, no. 4, 1900499, 2020.
(8) N.J. Jeon, J.H. Noh, Y. Chen, W.S. Yang, S. Ryu, and S. Il Seok, “Solvent engineering for high-performance inorganic-organic hybrid perovskite solar cells,” Nature Mater., vol.13, pp.897-903, 2014.
(9) Z. Xiao, Q. Dong, C. Bi, Y. Shao, Y. Yuan, and J. Huang, “Solvent annealing of perovskite-induced crystal growth for photovoltaic-device efficiency enhancement,” Adv. Mater., vol.26, no. 37, pp.6503-6509, 2014.
(10) V.O. Eze, B. Lei, and T. Mori, “Air-assisted flow and two-step spin-coating for highly efficient CH3NH3PbI3 perovskite solar cells,” Jpn J. Appl. Phys., vol.55, 02BF08, 2016.
(2025年2月18日受付)
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