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Vol.109 No.1 (2026/1) 目次へ

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本会ハンドブック「知識の森」

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1. 帯域内全二重とは

 帯域内全二重(1)とは,基地局と端末間の双方向通信において,同一時間,同一周波数での送受信を可能にする技術(図1(a))である.従来の双方向通信では,時間を分割する時分割複信(図1(b))や,周波数を分割する周波数分割複信(図1(c))が用いられる.帯域内全二重は,時間や周波数を分割する必要がないため,従来の双方向通信と比べて,効率を最大で2倍に改善する.帯域内全二重は,変復調,多重化,多元接続などの通信方式によらず適用できる.また,通信だけでなく無線センシングや無線電力伝送,そしてそれらの統合システムにも適用できる.上記から,帯域内全二重は,ある時間と周波数の電波資源を柔軟に利用可能な技術と言える.

 帯域内全二重は,2010年のスタンフォード大学の発表(2)を契機に,研究が盛んに行われるようになった.帯域内全二重の最初期の研究として,1998年のブリストル大学の論文(3)が挙げられる.このほかにも,基地局と端末間の双方向通信という文脈を外し,同一時間,同一周波数で送受信する無線システムに目を向けると,無線中継(4)や,レーダ(1)も関連研究として挙げられる.帯域内全二重は,理解しやすい技術だが,2010年まで,それほど論文数が多くない.その理由として,効率への寄与が高々2倍であること,下り通信と上り通信の通信需要が非対称であること,加えて,帯域内全二重を実現するための技術課題の克服が極めて困難であることが考えられる.

2. 自己干渉とその除去

 帯域内全二重では,送信と受信で時間と周波数を分割しないため,自身の送信信号の受信を避けられない.この自身の送信信号を自己干渉と呼ぶ.自己干渉は,所望信号に比べて受信時の電力が非常に大きく,自己干渉を除去することなく通信することはできない.一例として,無線LANを想定すると,自己干渉電力20 dBm,雑音電力-90 dBm,自己干渉対雑音比110 dBである(5).このように自己干渉は,無線通信における最も大電力の干渉であり,非常に高精度な自己干渉除去が求められる.自己干渉除去は,自身の送信データが既知であること,高周波回路中の送信信号を分配できることを頼りにする.また,自己干渉除去は一般に,アナログ領域とディジタル領域の双方で行う必要がある.

 アナログ領域での自己干渉除去(アナログ自己干渉除去)(6)は,受信機の飽和や非線形ひずみを防ぐ目的がある.アナログ自己干渉除去は,アンテナ・伝搬領域と高周波回路領域に分類できる.アンテナ・伝搬領域では,アンテナを二つ用いて,それぞれを送信専用と受信専用にする.アンテナを二つ用いることで距離減衰を確保することや,電波吸収体・反射体の設置が容易になる.このほかに,互いの指向性を調整することや偏波を直交することも可能になる.高周波回路領域では,送信信号の一部を分配し減衰量・移相量を調整することで,自己干渉信号に対して同振幅逆位相となる信号を生成し合成する.アンテナを一つにして送受信で共有できるものに,サーキュレータや平衡デュプレクサが挙げられる.またアンテナの構成によらず,減衰器・移相器を用いた回路や,ディジタル信号処理・補助送信機(7)を用いても同様の処理が達成できる.

 ディジタル領域での自己干渉除去(ディジタル自己干渉除去)(8)は,アナログ領域で残留した自己干渉を雑音電力程度に小さくすることが目的である(図2).ディジタル自己干渉除去は,ディジタル信号処理により,送信機と無線伝搬路から成る合成伝達関数を精度良く推定する必要がある.送信機では高周波回路の不完全性により非線形ひずみが生じ,無線伝搬路ではマルチパスにより線形ひずみが生じるため,双方を考慮する必要がある.送信機と無線伝搬路の事前知識によって用意した多数の基底の係数を最小二乗法で推定することで実現できる(9).補助受信機を用いることで,合成伝達関数を送信機と無線伝搬路それぞれの伝達関数に分離し,推定における計算量を削減できる.また,この伝達関数の分離をディジタル信号処理によっても実現可能である(10)

3. 自己干渉除去と上り通信と下り通信の無線伝搬路

 帯域内全二重を実現する上で,2.で説明したアナログ自己干渉除去とディジタル自己干渉除去は,それぞれを自由に組み合わせられる.しかし,アナログ自己干渉除去の構成によっては,上り通信と下り通信に影響を与える.具体的には,アンテナを二つ用いる構成では,上り通信と下り通信で無線伝搬路が異なり,無線伝搬路の相反性を利用できず,反対に,アンテナを一つにする構成では相反性を利用できる.無線伝搬路の相反性が利用できると,一方の通信のチャネル状態情報を他方の通信にも適用できるため,効率的に情報を反映できる.また,無線伝搬路の相反性を用いると,基地局と端末間でチャネル状態情報に基づく秘密鍵を共有できることが知られている.無線伝搬路の相反性は,無線通信に必須ではないが,システムを設計する上で重要な伝搬特性の一つである.

4. 帯域内全二重の実現に向けて

 帯域内全二重の実現に向けた第一歩として,困難性を部分的に緩和したサブバンド全二重(1)の実用化が進められている.サブバンド全二重は,時分割複信と周波数分割複信を組み合わせ,上り通信の増加に対応する.サブバンド全二重は重複しない周波数(サブバンド)を使用するが,ガードバンドを狭くするため,自己干渉が生じる.基地局において,自己干渉除去は依然として必要だが,電力増幅器での非線形ひずみ成分にのみ対処すればよく,帯域内全二重ほど深刻ではない.また,上り通信と下り通信で異なる端末を割り当て,端末における自己干渉除去を回避している.サブバンド全二重の実用化は,帯域内全二重の実現にとって重要であろう.これらの関連技術が更に発展することを期待している.

文     献

(1)B. Smida, R. Wichman, K.E. Kolodziej, H.A. Suraweera, T. Riihonen, and A. Sabharwal, “In-band full-duplex: the physical layer,” Proc. IEEE, vol. 112, no. 5, pp. 433-462, May 2024.

(2)J.I. Choi, M. Jain, K. Srinivasan, P.A. Levis, and S. Katti, “Achieving single channel, full duplex wireless communication,” ACM Annual International Conference on Mobile Computing and Networking(MobiCom), pp. 1-12, 2010.

(3)S. Chen, M.A. Beach, and J.P. McGeehan. “Division-free duplex for wireless applications,” Electron. Lett., vol. 34, no. 2, pp. 147-148, Jan. 1998.

(4)A. Sabharwal, P. Schniter, D. Guo, D.W. Bliss, S. Rangarajan, and R. Wichman, “In-band full-duplex wireless: challenges and opportunities,” IEEE J. Sel. Areas Commun., vol. 32, no. 9, pp. 1637-1652, Sept. 2014.

(5)猿渡俊介,渡辺 尚,“全二重無線通信の実用化に向けた課題と可能性,”信学誌,vol. 101,no. 4,pp. 387-393, 2018.

(6)K.E. Kolodziej, B.T. Perry, and J.S. Herd, “In-band full-duplex technology: techniques and systems survey,” IEEE Trans. Microw. Theory Tech., vol. 67, no. 7, pp. 3025-3041, July 2019.

(7)T. Fukui, K. Komatsu, Y. Miyaji, and H. Uehara, “Analog self-interference cancellation using auxiliary transmitter considering IQ imbalance and amplifier nonlinearity,” IEEE Trans. Wirel. Commun., vol. 19, no. 11, pp. 7439-7452, Nov. 2020.

(8)Y. Miyaji, K. Komatsu, and H. Uehara, “Digital self-interference cancellations addressing radio-frequency impairments for in-band full duplex,” IEICE Trans. Commun. vol. E107-B, no. 12, pp. 882-889, Dec. 2024.

(9)K. Komatsu, Y. Miyaji, and H. Uehara, “Basis function selection of frequency-domain Hammerstein self-interference canceller for in-band full-duplex wireless communications,” IEEE Trans. Wirel. Commun., vol. 17, no. 6, pp. 3768-3780, June 2018.

(10)K. Komatsu, Y. Miyaji and H. Uehara, “Iterative nonlinear self-interference cancellation for in-band full-duplex wireless communications under mixer imbalance and amplifier nonlinearity,” IEEE Trans. Wirel. Commun., vol. 19, no. 7, pp. 4424-4438, July 2020.


(2025年8月20日受付)


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