電子情報通信学会 - IEICE会誌 試し読みサイト
Vol.109 No.3 (2026/3) 目次へ

次の記事へ


情報通信が支える「知る社会」と研究者の責任

The “Informed Society” Enabled by Information and Communication Technologies and the Responsibility of Researchers

エレクトロニクスソサイエティ会長 松尾慎治

 新年早々,世界情勢はますます混とんの度を深めている.情報通信技術の進展により,私たちは世界各地で起きている出来事を,ほぼリアルタイムで知ることができるようになった.確かに「知る」ことはできる.しかし,それによって何か具体的な行動を起こせるのか,あるいは課題の解決に直接寄与できるのかと問われると,多くの場合,私たちは自らの無力さを感じさせられるのではないだろうか.

 それでもなお,多くの人々が同じ事実を知り,見ているということ自体が,社会に対する一種の抑制として機能している側面は否定できない.全ての人に平等に情報を届けること──これは情報通信分野の研究が根底において大切にしてきた理念であり,今後も変わることのない重要な価値である.一方で,情報の取捨選択が偏ることで,新たな分断や問題が生じていることも事実である.多少の考え方の違いは許容しつつも,社会の根柢において互いに理解し合える環境を形成することに,情報通信分野が果たす役割は大きい.

 今後は,AI技術が人々の判断や行動に大きな影響を及ぼす時代となり,その発展の方向性は極めて重要である.生成AIによる英文添削や翻訳,文章のブラッシュアップは短時間で行うことができ,時間対効果を大きく向上させてくれる.これは研究者にとって非常にありがたい存在である.また,自身の専門からやや外れた分野について情報を収集させても,短時間で相当な精度の要約を提示し,更には研究テーマの提案にまで踏み込むこともある.実際に試してみると,なかなか的確な視点を持ったテーマが提示され,感心させられることも少なくない.

 一方で,論文等に既に書かれている情報については,AIの方が広範に把握している場合も多く,研究者が差別化を図るためには,文献には明示されていない知識,すなわちノウハウ的な部分をどれだけ有しているかが重要になってくる.先日,テレビでホワイトカラーからブルーカラーへの転身が一つの潮流になっているという話題を目にしたが,研究者においても,実際にデバイスを作製する技術やプロセスのノウハウを持っているかどうかが,今後ますます価値を持つようになるのではないかと感じている.

 もっとも,設計や理論に集中したいという若手研究者の志向そのものを否定するものではない.むしろ,そうした専門性に加えて,実際に手を動かし,試行錯誤を重ねる経験が組み合わさることで,研究の厚みや独自性が一層高まるのではないかと期待している.

 AIをうまく活用することは大前提であるが,学会投稿論文の作成をある程度任せてしまうと,かえって時間を要する場合もある.生成AIは事実でない内容を含めてしまう可能性があり,著者は全ての記述を確認する必要が生じるからである.実際,存在しない参考文献が挙げられ,それを著者が確認せずに掲載してしまい問題となった例もあると聞く.こうした点を踏まえ,AIを賢く使いこなしながら,人間が最終的な責任と判断を担うという役割分担を意識することが,今後ますます重要になると感じている.

 また,自身の研究分野を発展させていくためには,対面でのコミュニケーションを通じた仲間作りが欠かせない.欧米の研究者と連携し,分野の潮流を共に形成していくことが理想ではあるが,現実には容易ではない.そうした中で,研究人口と研究レベルが急速に向上しているアジアの研究者との交流が重要になることは自明であり,研究者個人として,また電子情報通信学会のような組織として,どのような関係を築いていくのかが問われている.本年1月号の植松会長の巻頭言にもあるように,学会としての取組みも着実に進められている.

 エレクトロニクスソサイエティでは,既に多くの国際会議を国内で開催し,会員の皆様に発表や情報収集の機会を提供してきた.また,研究会単位で東アジア各国の研究グループと共同で研究会を開催するなど,国際的な交流も進んでいる.情報通信分野は,社会の混とんが増す時代においてこそ,その基盤的価値が改めて問われる分野である.本会が,世代や国境を越えた研究者の交流の場として機能し,会員一人一人が自らの研究の意義を再確認できる場であり続けることを期待するとともに,エレクトロニクスソサイエティとしても,そのための取組みを今後一層加速していきたい.


続きを読みたい方は、以下のリンクより電子情報通信学会の学会誌の購読もしくは学会に入会登録することで読めるようになります。 また、会員になると豊富な豪華特典が付いてきます。


続きを読む(PDF)   バックナンバーを購入する    入会登録

  

電子情報通信学会 - IEICE会誌はモバイルでお読みいただけます。

電子情報通信学会誌 会誌アプリのお知らせ

電子情報通信学会 - IEICE会誌アプリをダウンロード

  Google Play で手に入れよう

本サイトでは会誌記事の一部を試し読み用として提供しています。