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Vol.109 No.4 (2026/4) 目次へ

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タイトル

水中無線技術特別研究専門委員会

水中音響

出口充康(海洋研究開発機構),久保博嗣(立命館大学)

deguchim@jamstec.go.jp, kubohiro@fc.ritsumei.ac.jp

本会ハンドブック「知識の森」

https://www.ieice-hbkb.org/portal/doc_index.html

1.‌水中音響とは

 本稿では,水中音響(Underwater Acoustics)として,水中での音波の伝搬環境,水中での音波による通信(水中音響通信:UWAC, Underwater Acoustic Communications),水中での音波による測位,について論じる.なお,陸上の電波環境から見た水中音響の大きな特徴としては,次の三点が挙げられる.

 ・ 伝搬速度である水中の音速は光速の20万分の1

 ・ 使用可能な周波数はせいぜい数MHz以下

 ・ 伝搬環境が陸上の電波環境と大きく相違

2.‌水中音響伝搬(1)

2.1 ‌音速構造と音波伝搬

 一般に海水中での音速は,math程度のオーダで,深度や温度等のパラメータに依存した分布を持つ.そのため音波は,反射に加えて,音速構造による屈折を含めた複数の経路を伝搬する.したがって,伝搬方向ごとに異なる特徴のマルチパス波が受信される.例えば,鉛直方向の音波伝搬では直接波と数波の反射波のみが受信されることが多いが,水平方向の伝搬は,屈折の影響で多様なマルチパス波が受信される.また,伝搬方向によらず,一般にスパースなチャネル応答となる.

 なお,ray theoryではBELLHOP(2)が,normal mode法ではKRAKEN(3)がシミュレーションに広く用いられている.


2.2 ‌減衰と環境雑音

 水中の音波は伝搬に伴って減衰していくことが知られており,それには拡散減衰と吸収減衰がある.拡散減衰は空間的に波動が広がることで生じる幾何学的減衰であり,吸収減衰は海水が音波のエネルギーを吸収することで生じる物理的減衰である.

 また,水中音響チャネルの環境雑音は周波数に依存したモデルが知られている.図1は雑音のpower spectrum density(PSD)の計算結果と,代表的な雑音レベルmath及び減衰項mathによるmathである(1).減衰と雑音の特性から,長距離伝搬では低周波・狭帯域とする必要がある.


2.3 ‌ドップラーシフト

 伝搬速度の低い水中音響伝搬では,端末の移動などによる経路長の変化が,非常に大きな周波数シフトを引き起こす.また,前述のとおり使用可能な周波数帯域が非常に狭いため,多くの場合,送信信号長が電磁波の場合と比較して1,000倍程度大きい.従って,ドップラーシフト環境下では,信号受信中の周波数シフトの時間変化や,受信信号長の顕著な変化など,様々な水中音響特有の問題が見られる.

3.‌水中音響通信(UWAC)

3.1 ‌水中音響通信の概要

 UWACは,音波を用いた水中通信で,長距離通信や移動環境に有効と言われている(4),(5),(6).UWACをイメージしやすいように,図2に,母船と自律無人潜水機(AUV)が水平方向で通信を行う例を示す.本図では,直接パスmathと海面反射による遅延パスmathの2パスが存在する.ここで,mathは移動速度,mathmath番目のパスの到来方向と移動方向がなす角度,mathmath番目のパスの伝搬距離である.

 UWACにおいては,二重選択性の増大,比帯域の増大,狭い周波数帯域幅が課題となる.ここで,比帯域とは,信号帯域幅と中心周波数の比である.


3.2 ‌二重選択性の増大に伴う課題と解決策

 二重選択性において重要な,ドップラーシフト差math,遅延時間差mathは,図2に関しては次の通り.

math

math

ここで,mathは伝搬速度,mathは中心周波数である.なお,二重選択性の厳しさを示すspread factorはドップラーシフト広がりのroot mean square(rms)値と遅延時間広がりのrms値の積mathである.ドップラーシフトと遅延時間は伝搬速度mathに反比例するため,UWACのspread factorは,数%を超える厳しい二重選択性環境となる.

 UWACにおける二重選択性耐性の高い無線伝送方式としては,次の二つのアプローチがある.

 ・ アレー合成と等化処理を組み合わせた時空間等化技術

 ・ cyclic-prefixを用いたブロック伝送方式

前者としては,Passive Time Reversal(PTR)や時空間合成によるアレー合成と,それに後続する等化器にて残留符号間干渉を補償する手法がある.後者としては,Orthogonal Frequency Division Multiplexing(OFDM)等がある.


3.3 ‌比帯域の増大に伴う課題と解決策

 陸上移動通信の比帯域は数%程度より小さいが,UWACの比帯域は1に近い値も取る.その結果,信号の最高周波数と最低周波数が大きく異なるため,両周波数に対応するドップラーシフトも大きく異なる.それゆえ,自動周波数制御(AFC)によるドップラーシフトの補正は不可能である.そこで,ドップラー効果による受信信号の時間圧縮や伸長を補正するために,標本化周期を制御するリサンプラが使用される.


3.4 ‌狭い周波数帯域幅に伴う課題と解決策

 UWACでは,使用可能な周波数帯域幅が小さいため,高い周波数利用効率の実現が重要課題となる.周波数利用効率の改善に関しては,陸上移動通信と同様,変調多値数の増大や空間多重の活用が有効である.また,UWACにおける特徴的な空間多重としては,PTRを空間多重で活用するAdaptive PTR(APTR)がある.

4.‌水中音響測位

 水中音響測位の方式は大きく二つに分けられる(7).一つは,各受信端末におけるTime Of Flight(TOF)に基づき,ターゲットの位置を直接推定するTOF方式であり,もう一つは,ノード間の到来時間差(TDOA, Time Difference Of Arrival)に基づいて到来方向(DOA, Direction Of Arrival)を求めるTDOA方式である.それぞれの概念図を図3に示す.

 TOF方式は,原理としては多辺測量と等価であり,複数ノードからの距離情報に基づく非線形連立方程式の解を計算あるいは推定することとなる.この手法は,ターゲットまでの距離に対してノード間距離が無視できないLong Baseline(LBL)配置で有効である.

 一方,ノード間距離が極めて短いUltrashort Baseline(USBL)構成では,ノード間での到来角度差が小さいため,TOF方式は適さない.また,TOF方式では,各ノードでのTOFの測定精度に加え,送受信間での高精度な時刻同期が必要となる.

 それに対し,TDOA方式では,ノード間で到来角が同一だとみなして,複数ノード間のTDOAからDOAを推定する.ただし,この手法では,絶対位置の計算には別途距離が必要となるため,原子時計や深度情報の通信,質問信号などを利用することも多い.

 近年の研究の傾向としては,凸緩和や,Deep Convolution Neural Network(D-CNN)などを活用した音響信号からの直接測位手法の検討など,凸最適化やAI技術,スパース技術の適用研究の報告が増加傾向にある.加えて,これまでは汎用的な信号処理手法の研究報告が多かったのに対し,近年では,特定の目的に最適化した測位技術の提案,開発についても多数報告されてきている.

文     献

(1)M. Stojanovic and J. Preisig, “Underwater acoustic communication channels : propagation models and statistical characterization,” IEEE Commun. Mag. vol. 47, no. 1, pp. 84-89, Jan. 2009.

(2)M.B. Porter and H.P. Bucker, “Gaussian beam tracing for computing ocean acoustic fields,” J. Acoust. Soc. Am., vol. 82, no. 4, pp. 1349-1359, Oct. 1987.

(3)M.B. Porter and E.L. Reiss, “A numerical method for ocean acoustic normal modes,” J. Acoust. Soc. Am., vol. 76, no. 1, pp. 244-252, July. 1984.

(4)A.C. Singer, J.K. Nelson and S.S. Kozat, “Signal processing for underwater acoustic communications,” IEEE Commun. Mag., vol. 47, pp. 90-96, Jan. 2009.

(5)出口充康,樹田行弘,渡邊佳孝,志村拓也,“水中音響通信の課題と研究開発,”信学誌,vol. 105, no. 4, pp. 286-293, April 2022.

(6)久保博嗣,“水中音響通信のための無線伝送方式の課題と解決策,”信学誌,vol. 107, no. 9, pp. 875-883, Sept. 2024.

(7)L. Paull, S. Saeedi, M. Seto and H. Li, “AUV Navigation and Localization : A Review,” IEEE J. Ocean. Eng., vol. 39, no. 1, pp. 131-149, Jan. 2014.

(2025年9月13日受付)


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