

AI時代における学会の再定義
Redefining the Role of IEICE in the Age of AI
私が本会に入会した30年余り前,学会に所属することは研究者を目指す者にとっては出発点であった.当該分野の最先端の情報は会誌や論文誌から得られ,研究成果の発表の場は全国大会や研究会といった学術集会や論文誌上であった.人的ネットワークの構築も,学術集会において他の研究者と直接言葉を交わす中で生まれる偶発的な出会いに支えられていた.すなわち当時,当該分野において知的活動を推進するためのほぼ唯一の手段が学会に所属することであったと言ってよい.
それから30年余りの時代を経てどうなったか.インターネットの普及により情報収集は瞬時に可能となり,プレプリントサーバやコード共有基盤を通じて論文・データ・実装が同時に公開されるようになった.研究成果は,発表・論文といった従来の形式を待たずに流通し,従来の形式は先取性や流通先の確保というよりも「箔付け」機能を担うようになった.本会の会員数減少が指摘される中で,電子情報通信技術の発展が,逆説的に本会へ所属する必然性を低下させている側面もあるように思う.
そこに来て,近年の生成AIの登場である.文献サーベイはAIが瞬時に整理し,論文の要約も行ってくれる.研究のコア・アイデアがあれば,コード生成やデバッグもAIが実行してくれる.研究成果発表においては,論文の草稿作成・執筆支援の自動化,図やスライドの作成支援など,AIのパワーを享受すれば研究活動は飛躍的に高速化する.かつて唯一学会という組織が担ってきた「知的活動のハブ」としての役割は,電子情報通信技術とAIによって代替されつつあるという状況となった.
このような時代において,学会にしかできないことは何か? その存在意義と役割を今一度問い直すべき時期にきているのかもしれない.学会にしかできないこと,それは第一に,情報の信頼性の担保である.AIが生成する知が爆発的に増大する中で,その妥当性・信憑性を検証し評価する重要性は一層高まる.第二に,知の文脈の提供である.ある技術に対して何が本質的な問題であり,どのような技術的系譜の中に位置づけられるのかという判断は,やはり人間の洞察によるところが大きい.第三に,人と人との議論と交流の場の提供である.偶発的な出会いや深い議論の機会は,今後ますます重要になる.更に付け加えたいこととして,本会には100年以上にわたり諸先輩方が知の限りを尽くして脈々と築き上げてきた良質な知的コンテンツがある,という点を指摘したい.これはWeb上の玉石混交の情報とは一線を画するものであり,この資産をAI時代に積極的に活用することで,学会は「知識の蓄積装置」から「知のエコシステム」へと進化する可能性を秘めている.
また,将来のAI時代を担う学生や若手研究者への教育的役割も変化する.プログラミングや語学,論理的文章作成能力といった基礎の上に,何を問うべきかを見極める力,AIの出力を批判的に捉える力がより重要となる.学会には,これらの能力を体系的に育む場としての役割が期待される.
今こそ従来の学会が持っていた意義・役割を再定義し,その真の価値を最大限に引き出すべきときである.AIに委ねるべき作業は委ねつつ,人間は本質的な問いに向き合うべきである,とはよく言われるフレーズであるが,学会のみが提供できる,AIに代替されない知の基盤とコミュニティは,研究者・技術者にとって強力な支えとなる.良質で膨大な知を学習したAIと対話しつつ対象に向き合い,学術集会で同志と議論を深める.そのような知の循環の中心に学会が位置する未来を期待したい.

