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日本は,20世紀,特に戦後に,世界の歴史に残るような見事な経済発展を遂げてきた.それは,近代化,工業化,産業化など様々な面において,極めて高い成功を収めた国だったと考える.遡れば,江戸時代に既に非常に重要な社会インフラができていた.社会インフラは,例えば東海道等の五街道に飛脚という通信制度があったということに加え,当時世界で最も高い識字率を誇っていた教育インフラに基づいて,産業化雇用化近代化を成功させたというプロセスだった.第二次世界大戦で成長は一時止まったが,その後も高度成長を実現する中で社会インフラを充実させてきた.
これからの日本に何が求められるかを考えると,今までとは違う幾つかの要素の中で,日本はしっかり自立していかなければいけないと思う.その大きな要素には,外の要素と内の要素があると思う.外の要素に関しては,第四次産業革命と言われるような全く新しいopportunityが目の前に出てきている.これは,産業革命,革命と言うに値するものだと思う.18世紀終盤からの産業革命は,動力を中心に新しいものが出てきたが,それは単に生産性を上げた,生活水準を上げたということだけではない.革命と呼べる要因は,それまでは,家で男性と女性が一緒に働く家内制手工業だったが,工場ができたために誰かが外に働きに行かなければならなくなった.主として男性が外に働きに行き,女性が中で働く.男女共同参画の元を築いたのは,男性が外に働きに行くという工場ができたためであり,それは正に産業革命がもたらした大きな社会の変化である.その結果,生産性が上がり,生活が豊かになったが,これまでのように家族が一緒にいるという時間は少なくなった.
現代社会で起こっていることは,“革命”と言えるような非常に大きな変化をもたらすことだと考える.人工知能,ビッグデータ,IoT,ロボット,更にそこにシェアリングエコノミー,この五つがキーワードになると思うが,それをどのような形で組み合わせて,新しい社会を作っていくかが重要になる.
五つのうちの一つであるシェアリングエコノミーでなぜ社会を変えられるかというと,例えば日本には正式に入ってきていないUber(1)を使うと,車を持たなくてもよくなる.現状,都心の実際の車の稼動率は,恐らく5%くらい(週末しか乗らない)ではないか.今後の自動車産業の先行きも心配だが,もっと重要なのは都心にある駐車スペースが不要になるということだ.駐車スペースが不要になると,都心の空間はもっと有効に使うことができる.そういう意味では,アメリカの大都市の一部で駐車場を経営していた会社が倒産するという状況が起こり始めている.シカゴなどはそうなっていると言われている.これは,物を作ることではなく,物を使う,つまりサービスを作るビジネスを考えなくてはいけないということである.そういう意味だと社会の構造を変えることになる.シェアリングが実際に行きつくと,今度は人材のシェアリングも起こってくる.日本の大企業は,要するに兼業禁止の規定があると思う.ところが,大学教授は兼業禁止ではない.所属している大学で教えることに加え,他の教育機関で教えてもよい.これは能力,つまりタレントのシェアリングを行っている.24時間は必要ないが,企業や大学のmissing pieceを外部のリソースで補うという一人の人がmultiple jobを持つような時代になると思う.
図1に示したように,ある特定の技術を持つ技術者が,その能力を二つの企業で利用すると,得意な分野で100%仕事をすることになる.また,企業では,複数の優秀なタレントを利用して(組み合わせて)仕事ができ,企業の競争力がアップするのは明確である.実現に向けては,守秘義務や利益相反などのルールを作ることが重要になる.
このように,今後発展していくシェアリングエコノミーは,カーシェアリングといった物ではなく,人,能力にまで及ぶ.これは,シェアリングエコノミーといったような全く新しい可能性が,目の前に開けてきているが,まだ十分な準備ができていないというのが今の状態だと思う(図2).これは制度だけの問題ではなく,個人の能力にも関係する.シェアリングエコノミーの時代は,エンジニアの方は,「物」を作るのではなく「サービス」を作ることを忘れないでほしい.
個人に関係するサイバーセキュリティであるが,今,Fintech(financialとtechnologyを組み合わせた造語)(注1)を用いて様々なところで金融同期ができるようになってきた.これまでは,金融機関が管理する特定の端末からしか金融システムに入れなかったが,今やスマートフォンを持っている全員が金融システムに入れる.金融システムへの入り口が増えれば増えるほど,セキュリティ上問題が出てくる.つまり,サイバーセキュリティがこれまでと違って各段に重要になってくる.
しかし,日本ではサイバーセキュリティに対する人材が圧倒的に不足している.これは例えば,ディジタルな面で新しい研究をしたい人が大学に就職しようとしても,終身雇用,年功序列の制度がある環境では,対象のポストが空かないと就職できない.実は中国に面白いビジネススクールがある.学長以下全員が5年の契約社員である.これは新しいものをどんどん取り入れていくための仕組みの一つである.
もちろんこのような方法を採ることによって,組織のDNAを持てるのかなどの新しい問題が出てくるが,サイバーセキュリティの問題が目の前に迫ってきているにもかかわらずその準備ができていない.人材的にも,また私たちの心構えも準備されていない.
私はよく大企業のCEOに,「御社のサイバーセキュリティはどうなっていますか」と聞く.すると,CEOは必ず「いや,うちはきちんと対応していることになっています」と答える.サイバーセキュリティ対策をすることをCEOが任命させていると,他人任せになっているケースが非常に多い.これは技術の問題だけでなく,組織のガバナンスの問題でどんなに堅ろうなシステムを作っても必ず何か起こる.それが起こったときにどうするのか,そういうガバナンスの意識,つまりCEOのコミットメントがないと本当はできない.そういう問題意識は全くないと思う.このようなことも含めて,サイバーセキュリティに関する準備が不十分である.この準備をどのように進めていけるかによって,今後の50年,100年の日本の在り方が根本的に変わってくると思う.チャンスはすごくあると思う.
日本の成長戦略を議論する会議において,出席者の一人が「日本は強い,ロボットとかそういうものですごい優れた技術を持っているので日本は強い」と発言していた.しかし,別の出席者は,「日本はITでは完全に負けた」と発言していた.これは,両方事実だと思う.ビッグデータに関するシステムを作る観点では,日本は完全に出遅れているし,サイバーセキュリティも完全に出遅れている.ところが,パーツ(電子部品)を作るという点では,日本はものすごくいいものを持っている.しかし,このシステムとパーツがどのように組み合わさって,私たちの潜在力をフルに発揮できるようになるかは,まだ分からない.
シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)(2)が創造的破壊(creative destruction)という言葉を使ったが,そういうものがないと社会は進歩していかない.創造的破壊がない場合,産業起業のメタボリズム(新陳代謝)が非常に弱くなり,起業率や撤退率も低くなる.今のアメリカは,両方とも半分くらいである.メタボリズムを高めるためには二つのことをやらなければならない.
一つは,コーポレートガバナンス(corporate governance)(注2)を強化することである.つまり,会社を経営できない人は辞めて頂く.ところが,日本の取締役会は,社長の弟分みたいな人がずっと取締役になっているので,社長が不始末を起こしても,社長が責任を取って辞めてくれとは言えないシステムになっている.そのためには,一つの方策として,独立した社外取締役を入れて,負の連鎖を食い止める.これまで経営側は大反対してきたが,その試みがやっと始まった.しかし,2016年6月に,コーポレートガバナンスコード(注3)が,東京証券取引所で採用され,ようやく半歩くらい進んだ.
もう一つは,生産性の低い企業(部門)から高い企業(部門)に労働力が移りやすくできるような労働市場の開拓が必要である.従来から日本は終身雇用年功序列を行ってきたが,これをサポートする東京高裁の判例が1979年に出ている.この判例では,例えば企業の業績が悪くなると,解雇の問題が出てくる.もちろん雇われる方の立場が弱いので,雇う側は簡単に解雇をしてはいけない.どんな場合に解雇してよいかの解雇の4条件が1979年に示されているが,これ今の時代にはほとんど合わない.極端に言うと,会社が倒産するまで解雇できない.そうすると経営者は困るので,判例が適用されないような,いわゆる非正規な人を会社は起用せざるを得ない.民主党政権のとき,終身雇用年功序列こそが正しい働き方であるというコンセプトの下に,様々な制度が作られた.しかし終身雇用年功序列では,生産性の高い部門に異動しろと命令しても,同じ部門に長く居た方が待遇も良いので,社員は元の部門から異動したくないため柔軟に対応できない.しかし,能力で評価され,かつ人のライフサイクルに合わせて,子育て中ならば,子供の受験のための転勤拒否や保育園のお迎えによる残業拒否,子育て終了後は思い切って働きたいという,多様な働き方や雇い方ができるようなシステムにする必要がある.
企業の業績悪化などによる一時的な解雇であるレイオフ(layoff)はネガティブな要素だが,新たな仕事のチャンス(opportunity)ができる.新しい試みをやるためには,短期でチャレンジし,だめだったら止める.これができればリスクも減るが,今の日本では難しい.例えば,生産性の高いところに移れば,個人の給料は上がるし経済も成長する.ところが今の制度上,レイオフをすれば個人が不利になるので進まないし,裁判で訴えられてしまう.
私は今後,ディジタルなことに関連する技術をやられている方の重要性はすますます高まると思う.皆さんに是非お願いしたいことが2点ある.
MIT(Massachusetts Institute of Technology)のメディアラボ(Media Lab.)でよく使われる「Compass Over Map」という言葉がある.地図より羅針盤が重要という意味である.地図は役に立つが,地図はすぐ変わってしまう.これだけ技術進歩が激しく,世の中のグローバル競争が激しいと,今ある地図はすぐに役に立たなくなる.私たち日本人も地図を持って生きていた.それは偏差値の高い大学を出て,それで一流企業に入ってやっていくという人生の地図だが,実はこれは役に立たない.そのとき,人は羅針盤を持っており,自分が高める専門性や企業の中でどのような形で貢献していくかを示す.今やっている技術が役に立たなくなることがあるかもしれないが,物事の考え方やアプローチの方法といった羅針盤を持っていると,次の新しい分野を取り込んでいくことができる.羅針盤を持っていれば,自分の専門分野だけにしがみつくことなく,いろんな分野の技術を組み合わせて,新しいことがやっていける.これが是非やって頂きたいことの一つである.
もう一つ,MITにスローンスクール(Sloan School of Management)というアメリカ有数のビジネススクールがあるのは,非常に意味があることだと思う.インベンション(invention)とイノベーション(innovation)という似た言葉があるが,インベンションは技術の発明,発見であり,イノベーションは新しい物を取り入れるという社会の制度に関係することである(図3).トーマス・エジソン(Thomas Alva Edison)が偉大だったのは,電気のメカニズムを解明というインベンションだけでなく,会社を作って電気を売るというイノベーションを行った.本誌をお読みの電子情報通信学会の技術者の方は,もし,今までインベンションが自分の仕事とお考えであったら,是非イノベーションを目的として,その手段としてインベンションを行ってもらいたい.
そのためには,テクノロジーだけではなく,ビジネス,社会のこと,財務の基礎,法律が分かっていないといけない.だから,MITはビジネススクールを作ったのである.つまり,テクノロジーの大学なのに,スローンスクールを置いて,エリートたちは,Ph. Dを取った後,スローンでMBAを取る.MITは,これが重要だというメッセージを出している.私が昨年までいた慶應義塾大学でも,修士号を二つ取る文理融合を進めていたが,このコンセプトを強く意識している.Alfred Pritchard Sloanは,フォードの新しい工場の生産性を高めるためのシステムを作った人である.そういう人の名前を介して,技術者こそ,社会経営のことを分かっていないといけないというメッセージを是非重く受け止めて頂きたい.
(1) Uber,
https://www.uber.com/ja-JP/
(2) J.A. シュンペーター,理論経済学の本質と主要内容(上下)(原著1912),大野忠男,木村健康,安井琢磨(訳),岩波書店,東京,1983-84.
(平成29年6月1日受付)
(注1) 各種金融サービスをスマートフォンとクラウドサービスを活用した安全かつ低コストで利用できるユーザ要求に対応するものであり,現在,決済や融資,暗号通貨などの分野で利用されている.
(注2) 企業統治,支配.不正行為の防止と競争力・収益力の向上を総合的に捉え,企業価値を長期的に増大させる企業経営の仕組み.
(注3) 株主の権利や取締役会の役割,役員報酬の在り方など,上場企業が守るべき行動規範を網羅したもの.このコードに従って経営を行うか,従わない場合はその理由を明らかにしなければいけない.
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