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電子情報通信学会が創立100周年を迎えられたことを心からお喜び申し上げる.
高度経済成長期から今日まで,我が国の産業は“ものづくり”を中心に発展し,電子情報通信学会の中核領域であるエレクトロニクス,通信,情報処理技術(ICT)は,大きな役割を果たしてきた.特に,1970年代以降に飛躍的な技術進歩を遂げ,現在のディジタル情報革命を引き起こした.
エレクトロニクス分野では,Si-LSI,化合物半導体デバイス,磁気デバイス,液晶表示デバイスなどの革新的デバイスが続々と実用化され,通信分野では超高速・大容量光ファイバ通信,無線通信が実用化された.情報処理分野ではメインフレーム,サーバ,パソコンに続き,携帯情報端末が爆発的に普及し,その頭脳としてビッグデータ,人工知能,マルチメディア処理等の知識情報処理技術が脚光を浴びている.
本会は,これらの科学技術イノベーションによって,我が国の経済発展に多大な貢献をしてきたが,最近ではまず“独創的ビジネスモデル”を創出し,それを高度なICTを活用して実現する新産業の構築が,新たな潮流となっている.
産業構造が変わりつつある中,本会はこれまでの在り方のみで,今後も我が国の経済的・社会的発展をけん引できるのか.これが筆者からの問題提起である.本稿では,今後のイノベーション創出に向けた戦略を,第5期科学技術基本計画を中心に,私見も交えて述べる.
産業競争力強化と経済成長に科学技術イノベーションが必要不可欠であることは言うまでもない.イノベーションは,既存技術を置き換える独創的技術を開発することで起きる「先端技術開発型イノベーション」と,独創的なビジネスモデルを創出し,それを最先端ICTを活用して実現する「ビジネスモデル創出・先端技術活用型イノベーション」の2種類に分類できる.
日本はこれまで,材料,デバイス,通信機器など物理や化学に基づくハードウェア(HW)中心の前者を得意とし,グーグルやアマゾンに代表される後者は弱かった.しかし,図1に示すように,産業価値は確実にHW単体ビジネスから,ICTを活用するシステムやサービスに移行しつつある.この傾向は今後,ますます加速するだろう.
日本の産業界は,強みであるHWを一層強化しつつ,ソフトウェア(SW)を含むICTを徹底的に強化し,強いHWとICTを融合した革新的システムの構築によるイノベーションを創出する必要がある.
このような産業構造の変革を背景として,総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)では,2016年1月に第5期科学技術基本計画を策定した(1).我が国の科学技術政策の要である本計画で,CSTIは未来の産業構造と社会システムの在るべき姿を,“Society 5.0(注1)”と定めた.ICTを活用し「経済成長と社会的課題の解決を両立」することで,「人間中心の社会」を築くという世界初の概念である.
Society 5.0ではICTを活用して,フィジカル空間とサイバー空間を融合させることにより,産業構造と社会システムに新たな価値を創造する.
CSTIは,図2に示すように,具体的施策として,エネルギー,ものづくり,高度道路交通,防災・減災など12のサイバーフィジカルシステムを構築するとともに,システム間の連携により更なる価値を創造する.そのため,人工知能,ビッグデータ,サイバーセキュリティ,ネットワーク等のサイバー空間での基盤技術,センサ,アクチュエータ,省電力デバイス,ロボティクス等のフィジカル空間での基盤技術を徹底的に強化する.また,各システムに必要なデータベースを整備し,Society 5.0プラットホームの構築に取り組む.
CSTIが推進している戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)(2)や革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)(3)は,省庁連携・産学連携によって優れた成果を上げ始めており,Society 5.0実現のロールモデルにすべきと考えている.
CSTIは司令塔機能を発揮して,経団連,産業競争力懇談会(COCN)などの産業界,安倍総理直轄の未来投資会議(人工知能技術戦略会議を含む),経済財政諮問会議,各省庁等との連携を強化する.更に平成30年度から官民の研究開発投資拡大を目指した新たなプログラム(PRISM(注2),(4))を開始し,産業界との連携をより強化する.
Society 5.0の実現を含め,第5期科学技術基本計画を実行する上での重要課題は,産官学連携・省庁連携の強化,大学・国研改革,人材育成である(1).
筆者の企業でのマネジメント経験から,研究開発部門と事業部門の連携や,事業部門間の連携ができている企業は強い.開発した技術の複数事業部門での使い回しや,各部門の保有製品や技術を融合し新事業を創出する環境が整っているからである.連携の重要性は国レベルでも同じであり,産学官・各省庁が,それぞれの役割,権限,責任を明確にし,本格的な連携体制を築く必要がある.その際,大学・国研と産業界は長期的視野に立って戦略を共有することが前提である.また,産業界は企業間での協調領域と競争領域を明確化することと,協調領域を拡大する度量の広さを持つべきである.
大学・国研改革では,研究開発投資のポートフォリオが重要である.基礎研究,応用研究,実用化研究といった時間軸と,ICT,エネルギー,医療,交通,農業などの研究分野の軸に対して,中長期にわたって経済的・社会的発展を最大化するためのリソース配分が必要である.もちろん,一定割合の予算を,研究者の好奇心に基づき真理を探究する学術研究に配分すべきである.これらの役割の異なる研究にメリハリを付けることと,それぞれに対して成果の指標を設定し,投資に見合った成果が得られたかの公正な評価が重要である.
また,大学・国研はこれまでの大企業中心の産学連携の拡大に加えて,中小企業や地方企業の産業競争力強化に貢献すべきであるし,自らベンチャー企業の設立にもチャレンジすべきである.更に,学長や理事長のリーダーシップの強化,寄付金をはじめとする多様な資金の獲得と資金の柔軟な活用を支援する制度改革が必須である.
イノベーション創出を担う人材育成も急務である.特定分野の研究を深掘し現状の限界を突破できる人材,イノベーションをプロデュースできる人材,既成概念にとらわれず新事業の構築にチャレンジする人材,知財・標準化の専門家など,多様なプロフェッショナル人材が必要である.その育成にあたっては,大学の縦割り教育制度の改革や,若手・女性研究者の活躍機会の創出,社会人の再教育,特に大学・国研と産業界相互の人材移動や国際的な人材流動化が重要である.
ICTの更なる技術発展と,ICTを活用した科学技術イノベーションの創出はSociety 5.0実現の必要不可欠な課題であり,我が国の経済成長と社会的課題解決の両立につながるものである.
本会には,ICTの知の基盤を構築する役割を担うとともに,我が国の産業競争力強化に貢献する学会への飛躍を期待する.
(1) 内閣府,総合科学技術・イノベーション会議,第5期科学技術基本計画,Jan. 2016.
http://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index5.html
(2) 内閣府,戦略的イノベーション創造プログラム(SIP),2013.
http://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/index.html
(3) 内閣府,革新的研究開発推進プログラム(ImPACT),2014.
http://www8.cao.go.jp/cstp/sentan/about-kakushin.html
(4) 内閣府,科学技術イノベーション予算戦略会議,官民研究開発投資拡大プログラムについて(Public/Private R & D Investment Strategic Expansion PrograM), May 2017,
http://www8.cao.go.jp/cstp/budget/yosansenryaku/11kai/20170516.html
(5) 内閣府,総合科学技術・イノベーション会議,科学技術イノベーション総合戦略2017【概要】,June 2017.
http://www8.cao.go.jp/cstp/sogosenryaku/index.html
(平成29年5月31日受付)
(注1) Society 5.0とは,狩猟社会,農耕社会,工業社会,情報社会に続く,以下のような新たな経済社会.
①サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させることにより,②地域,年齢,性別,言語等による格差なく,多様なニーズ,潜在的なニーズにきめ細かに対応した‘もの’やサービスを提供することで経済的発展と社会的課題の解決を両立し,③人々が快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることのできる,人間中心の社会.
(注2) PRISMとは,官民研究開発投資拡大プログラム(Public/Private R & D Investment Strategic Expansion PrograM)の略称.科学技術イノベーション創出に向けた官民の研究開発投資の拡大(対GDP比4%以上達成),Society 5.0実現,SIP型マネジメントの各省庁への展開等を目的として,平成30年度にCSTIが創設する新たなプログラム.
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