記念特集 2-2-2 沿岸漁業の課題とIoTスマート漁業への取組み

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Vol.100 No.11 (2017/11) 目次へ

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福嶋正義 KDDI株式会社ビジネスIoT推進本部

阿部博則 KDDI株式会社ビジネスIoT推進本部

大岸智彦 正員 (株)KDDI総合研究所コネクティッドカー2グループ

橋本和夫 正員 早稲田大学研究戦略センター

Masayoshi FUKUSHIMA, Hironori ABE, Nonmembers (IoT Business Development Division, KDDI CORPORATION, Tokyo, 102-8460 Japan), Tomohiko OGISHI, Member (Connected Car 2 Laboratory, KDDI Research Inc., Fujimino-shi, 356-8502 Japan), and Kazuo HASHIMOTO, Member (Center for Research Strategy, Waseda University, Tokyo, 169-8050 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.11 pp.1229-1235 2017年11月

©電子情報通信学会2017

1.は じ め に

 2011年版の産業連関表(1)によれば,養殖業を含む日本の海面漁業は,約1兆3千億円規模の生産を達成している.その漁獲物は,冷凍海産物の製造向けに約5,300億円,干物や練り製品等の水産加工向けに約3,000億円,飲食業向けに約1,200億円等,他の産業に供給されており,大きな雇用と所得を地域に生み出している.

 しかしながら,2013年までの50年間に若い漁業者は大きく減少しており,漁業者の高齢化が進行している.過酷な現場,限られた労働力,技術の伝承の困難さという背景の中,日々の漁の効率化と若手の育成という観点で,IT化への期待が高まっている.具体的には,熟練漁業者の経験や勘を可視化・定量化して,科学的なアプローチで漁を実践し,後継者に伝授する手法である.

 これを可能とする技術基盤も出来上がりつつある.多種多様なセンサからの情報を収集・管理するInternet of Things(IoT)と呼ばれる技術は,センサの低コスト化により海中のセンシングにも適用されるようになってきた.また,大量のデータの中に内在する傾向や知識を発見する機械学習と呼ばれるデータ分析技術が,計算機の飛躍的な能力向上により汎用PCで実行可能になったことから,様々な問題解決に利用されている.

 日本政府は,IoT技術を利用して産業の活性化を図るための様々な施策を行ってきた.最近では,総務省IoTサービス創出支援事業(2)などがその事例で,一次産業の活性化のためのIoT利用技術の開発を支援するとともに,IoTサービスの事業モデル提案を促している.筆者らは,IoTサービス創出支援事業の中で,スマート漁業に向けたプロジェクト提案を行い,東松島市における実証研究を行った.本研究では,スマート漁業を「漁業活動と海産物流通の効率化のため,IoT技術によって様々なセンシングデータを分析し,漁業活動における意思決定を最新のデータ分析技術を用いて行う」と定義した.

 スマート漁業のコンセプトを図1に示す.スマート漁業は,データ収集,データ分析,分析結果活用の3フェーズで構成され,それを循環させることで価値創造を行う.データ収集フェーズでは,分析に必要なデータを収集する.分析フェーズでは,価値創造につながる指標を定義し,データと指標とを対応付けるための分析モデルを検討する.分析結果活用フェーズでは,データ収集・分析を社会実装により実践し,漁業者にとっての効果を確認する.

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 本稿では,2.に沿岸漁業の現状と課題を述べ,3.では漁業活動におけるデータ収集とデータ解析の検討を紹介する.4.では海産物流通などの社会実装上の課題について述べる.5.では,スマート化の取組みを通じて確認されたIoTサービスの開発要件を提案し,6.で結論を述べる.

2.沿岸漁業の現状と課題

 本章では,筆者らがIoTサービス創出支援事業を進める中で,東松島の漁業者へのヒアリングなどを通じて確認された,沿岸漁業の現状と課題を紹介する.

2.1 東日本大震災の影響

 東松島市は,仙台市から東に約40kmの場所に位置し,仙台市や石巻市のベッドタウンとして成長してきた人口約4万人の町である.定置網漁と養殖漁が盛んであり,同市の主力産業の一つとなっている.

 2011年3月11日に発生した東日本大震災により,家屋全15,080世帯のうち,全壊・大規模半壊・半壊は11,074戸(全世帯の74%),一部損壊を含めると14,580戸(全世帯の約97%)が被災している.震災前,漁業者の多くは漁港近くに住居・作業場を有していたが,震災後,津波が押し寄せた当該地域での住宅再建が規制され,海岸線から離れた地域への移転を余儀なくされた.また東松島市の浜市漁港はいまだ復旧しておらず,近隣の大曲漁港などを利用せざるを得ず,作業場から漁港までの移動にこれまで以上に時間が掛かることとなり,漁業活動の障害となっている.

2.2 東松島市における定置網漁の現状と課題

 定置網漁は,網を仕掛け魚が入ってくるのを待つ漁法である.大別すると大形定置網と小形定置網に分けられる.大形定置網は沖合に設置され,小形定置網は沿岸付近に設置される.東松島市の場合,石巻湾内の沿岸から4~5km圏内に小形定置網が設置され,春にはシラウオを対象とした刺し網漁,春から秋口に掛けてはヒラメやフグなどのつぼ網漁,夏から秋にはスズキやイワシの定置網漁,秋にはサケの定置網漁が行われている.魚の大きさや習性が異なるため,それぞれ網の目の大きさ,網の設置箇所や運用方法が異なる.

 漁業者の高齢化については東松島市も例外ではなく,沿岸漁業を安定的に維持するためには,若い漁業就労者の確保を図りながら,漁業生産性を向上させることが必要である.そこで,東松島市での実証研究では,以下の二つの課題を中心に検討を行った.

 ・ 漁業者の日々の業務の不確実性

定置網漁は,網を上げて初めて漁獲量が判明するため,休漁の判断や漁の準備など漁業における活動の多くが漁業者の経験や勘に依存している.漁獲量は事前に予測できないため,氷の準備,休漁の決定,定置網の交換時期の決定等,漁業者の行動決定には絶えず不確定性が伴う.

 ・ 漁業経営の不安定性

日本の沿岸漁業では,廉価な輸入海産物の流通による価格相場の下落から,漁業経営は厳しさを増している.経営安定化のためには,国内海産物の地域ブランドを確立する仕組みや,国内海産物を適正な魚価で販売する新たなマーケットの創出が必要である.

 以下では,これらの課題を解決するため,筆者らが東松島市において実施したスマート漁業の実証研究について紹介する.

3.漁業活動のスマート化の取組み

 本章では,漁業者の日々の業務の不確実性を解消する,漁獲量推定のために必要となるデータ収集環境について紹介する.

3.1 漁獲量推定に関連するデータ

 漁獲推定には,魚の行動生態と環境情報がどのように関連するかを調べる必要がある.魚の回遊や母川回帰などの行動生態については,海洋科学・生命科学・環境科学などの領域で調査研究が行われている.最近では,データロガーを捕獲した回遊魚に装着し,水深・温度・活動量(尾びれ振動数)などの計測を通して,母川回帰のための沿岸での遊泳行動を明らかにする調査研究(3)も行われている.一方,このような科学的なやり方とは異なるが,東松島の漁業者からは,「しけの翌日には魚がとれる」「海の色を見ればどんな魚がいるか分かる」など勘や経験に基づく知見があることを伺った.漁業者の経験的知識は,漁獲量と相関のある環境情報を示唆する場合が多く,推定パラメータを決定する情報として利用できる.

 そこで筆者らは,気温・気圧・風向・日照時間などの気象データや,水温・塩分濃度などの海中のデータ(海洋データと呼ぶ)が漁獲量に関係するという仮説の下に,漁獲量分析プラットホームを検討した.

3.2 漁獲量分析プラットホーム

 図2に示すように,漁獲量分析プラットホームは,漁獲量分析に有用なデータを収集し,データベース上に蓄積し,それを解析,漁業者等が閲覧できる仕組みを提供する.入力源として,まずオープンデータの活用が考えられ,宮城県においては,気象・海洋データについて,県内に数箇所の観測点が存在,漁獲量データについては市場単位でのデータが存在する.このように,ある程度粒度の大きい単位であればオープンデータの利用が期待できる.

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 漁獲量の予測精度を高めるには,漁場近くの気象・海洋データや,漁業者単位での漁獲量データが必要と考えられる.漁場近くの気象・海洋データを収集するには,海上・海中にそれぞれ設置されたセンサを用いて,気象・海洋データを観測するスマートセンサブイの導入が有用である.漁業者単位の漁獲量は,秘匿性が高い情報のため,漁業者が自身の情報を取り扱う.データ分析システムは,過去・現在の気象・海洋データと,過去の漁業者単位の漁獲量を基に,現在の漁獲量を予測する.また,スマートカメラブイによって収集される海中のカメラ映像(4)は,定置網などの漁法において,漁獲量予測値の信ぴょう性を高める手段として有用である.

3.2 オープンデータ

 測定可能なデータとしては,気象データ(温度,風向,風速,気圧),海洋データ(水温,潮向,潮速,波高,塩分濃度,潮の上げ下げ),海中撮影データ(画像または映像)などがある.気象データ・海洋データについては,オープンデータが利用可能である.気象データは,気象庁ホームページ(5)から日本全国の観測所ごとのデータが取得可能であり,1日ごと,1時間ごと,10分ごとの3種類の区分がある.また,漁場である石巻湾付近の海洋データは,みやぎ水産NAVI(6)から取得でき,10個の測定点の水温データ,七つの測定点の漁獲量データが提供されている.しかしながら,これらのオープンデータは,漁場から数km離れた地点で観測されたデータであるため,漁獲量予測精度を高めるにはスマートブイの導入が必要と考えられる.

3.3 スマートブイの試作

 IoTサービス創出支援事業への取組みを通じて,筆者らは,漁場付近の気象・海洋データの取得を可能とするスマートセンサブイを試作した.本来であれば,オープンデータと同じ種類のデータを収集すべきであるが,安価でかつ運用上の負担が少ないセンサを選定する必要があったため,気温,気圧,水温,水圧,潮流,塩分濃度の取得に限定した.このうち潮流は9軸センサを用いて推定する.

 図3にスマートセンサブイの概観を示す.スマートセンサブイは,マイコン,電源制御部,LTEモジュールを含むメイン基盤と,気温・気圧・9軸センサが収納された海上ケース,水温・水圧・塩分濃度・9軸センサが収納された海中ケースが,UTP(Unshielded Twisted Pair)ケーブルを介して接続された構成になっている.最大で深さ10mの海洋データを計測できるように,UTPケーブル長は10mになっている.ブイきょう体及び電池は,市販のセルコールブイの部材を使用しており,内装部分を独自開発している.荒波でブイが沈んだ場合でも電波が届くように,アンテナ部は海上1.5mの高さに設置している.電源は32本のアルカリ性単1乾電池による組電池を搭載している.電源制御部は,センサが稼動するタイミングのみ電源をオンにするRTC(Real-Time Clock)機能を有する.

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 スマートカメラブイは,海上ケースがなく,メイン基盤と海中ケースを接続するケーブルがUSBケーブルとなり,海中ケース内には,Webカメラ及びLEDライトを具備した構成になっている.LEDライトは夜間でも水中を明るく照らすためのものである.

3.4 スマートブイ運用実験

 筆者らは,IoTサービス創出支援事業の期間中の2016年10月から,東松島でのスマートブイの運用実験を開始し,事業が終了した2017年6月時点においても運用を継続中である.

 スマートブイの設置では,協力漁業者から「サケの生態と波のうねりの状態から水深4mくらいの情報が有用」とのコメントを得て,スマートブイを図4のように配置した.

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 漁業組合では漁業者ごとの区画が割り当てられているため,ブイはその区画内に設置する必要がある.海中ケースが浮かび上がらないようにおもりを付け,海上のブイきょう体の浮力とのバランスを取っている.また,ブイが荒波で流されないように,2か所でいかりを打って固定している.

 日常運用としては,電池の交換と塩分濃度センサの清掃がある.筆者らがクラウド上の監視ツールで,電源残量やPSU(Practical Salinity Unit)値を観測し,メンテナンス時期を漁業者に連絡することで日々の運用を実施頂いた.各センサは30分に1回値を取得する設定とし,9軸センサについてはその際に30秒間観測を継続するよう設定した.取得されたデータは,2時間に1回クラウド上に送信した.実験期間中においては,電池交換なしに32日間連続でデータ収集ができることを確認した.この数字は,漁業者の日常運用の手間を考慮すると数か月程度に延ばしたいところである.取得するセンサデータ量の削減,省電力マイコンの使用,LPWA(Low Power Wide Area)規格の通信モジュールの使用等,改善の余地がある.塩分濃度センサについては,清掃を行わないと海草の付着や泥による汚れ等が発生し,性能が低下することが確認された.日常運用の手間を削減するには,ワイパの取付けなど,自動清掃するための仕組みが必要である.

 スマートカメラブイでは,1時間ごとに10秒間,1Mbit/sの映像を取得し,クラウドに送信する設定でデータを取得した.映像データとした理由は,映像を複数フレームの画像の集合と考え,本画像と同数の写真を撮影する場合に比べて,ブイの電池消費が小さいことが見込まれるためである.サケを対象とした定置網漁における実験においては,定置網漁の運用上,カメラの設置場所を網の外に移す必要があったことや,海水の濁りでカメラ映像が不鮮明だったことなどにより,残念ながら漁獲量推定につながるだけの映像データを得ることができなかった.しかしながら,スマートカメラブイは,映像解析とサンプリング手法を組み合わせて,直接的に魚数を推定することが可能であるため,漁法,時期,漁場などによっては,漁に出る前に漁獲量把握をする手段として非常に有用である.

3.5 漁獲高の推定方法について

 漁獲量予測に関する研究として,ニューラルネットワークによるマイワシの未成魚漁獲量の予測(7),ランダムフォレストを用いたサンマ来遊量の予測(8)などがある.文献(7)では,1979~1989年までのデータを用いて冬季の常磐から房総海域におけるマイワシの漁獲量を,マイワシの漁獲量と相関があると言われている他の魚の漁獲量や潮の影響など14種類の情報を入力として分析した.文献(8)では,1972~2011年までのデータを用いて年間のサンマの来遊量(高位・中位・低位の3クラス)の分類を,ランダムフォレストを用いて行っている.公開されている気象・海洋情報など計186種類の入力に対しランダムフォレストの重要度を用いて特徴選択を行い,最終的に4種類の特徴で従来よりも高精度な推定(62%の的中率)に成功している.ほかにもニューラルネットワークを用いたカツオの漁獲量推定(9)に関する研究などがあるものの,機械学習の技術を用いた漁獲量推定に関する研究は少なく,またそのほとんどが年間での来遊量に焦点を当てており,1日ごとの漁獲量の推定は依然としてチャレンジングな課題である.

 本プロジェクトでは,海流・水温・塩分濃度など,従来研究で関連が指摘されているパラメータ群がどのように漁獲高の推定に寄与するのかを明らかにするため,早稲田大学と連携して予備検討を進めている.

4.海産物流通のスマート化の取組み

 本章では,漁業経営安定化の課題と,海産物流通のスマート化による課題解決の可能性について述べる.

4.1 漁業経営安定化の課題

 魚価は,鮮度と需給バランスによって決定される.地方市場から中央市場へ送られる流通時間が長くなれば魚価は低下し,時間を掛けずに中央市場に送られる海産物の魚価は高い.これより,魚価を決定する要因は鮮度であることが分かるため,鮮度を下げることなく消費者へ届けることができれば,魚価が上がると考えられる.一方,小売店や飲食店における生活者の消費が活発になるタイミングで海産物を提供することができれば,魚価は上がる.

 鮮度の良い水産物を供給量が少ない時期に早く消費者へ提供することができれば,高値で販売し,漁業者は収入を増やすことができると考えられる.

4.2 新鮮な海産物向け流通網の創出

 現在の海産物流通では,大量の魚を市場で管理し,卸し業者・小売店を経由して消費者の元に届けていく手法が主流である.大漁・不漁にかかわらず,日々安定して魚を供給可能であるが,鮮度が明示されていない.鮮度を担保するためには,一般魚の流通網とは別に,鮮度が高い魚を扱う鮮魚専用の流通網を構築することが有効と考えられる.これは,漁業者が市場での魚量流通の調整を挟まずに,直接小売店や飲食店に魚を提供する方法である.このような鮮魚流通網構築の動きは既に始まっているが,広くは普及していない.今後は,鮮度維持による差別化や漁業者の負担の軽減において以下のような解決策を提供する必要がある.

 ・ 鮮度維持による差別化

漁の手法,捕った後の処理及び運搬においては,海産物の鮮度を保ち価値を高める工夫が考えられる.

 ・ 漁業者負担の軽減

直接取引は海産物が高く売れるメリットはあるものの,海産物の梱包,発送など時間とコストの観点で漁業者には大きな負担となっている.例えば漁協をハブとした直送窓口を設け,小売りや飲食店との取引を一本化するなどの運営組織化は,有効な手段と考えられる.

4.3 鮮魚専用の流通網実現に向けたIoT技術の活用

 3.で述べたデータ解析技術を用いて漁獲量が事前に予測できれば,小売店・飲食店から事前に注文を受け付けることが可能となる.

 鮮魚専用流通網の概念を図5に示す.漁業者と小売店・飲食店は,IoTクラウドに蓄積された各種データと,そのデータの閲覧・送受信を行うスマートフォンやタブレットPC向けのアプリケーションを提供する.漁業者は,当日の魚種ごとの漁獲量を日々入力する.IoTクラウド上では,これまでに蓄積された気象・海洋のオープンデータ,スマートブイから得られたデータ,過去履歴を含めた漁獲量情報を基に,翌日の漁獲量を自動的に分析し,漁業者及び小売店・飲食店向けのアプリケーションにその情報を表示する.併せて,市場から,取引価格と近年の相場比較などの情報を得てそれも表示する.小売店・飲食店は,アプリケーションより漁業者を指定して海産物の注文を行う.

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 また漁業者が小売店・飲食店との信頼関係を更に深めるためには,水中カメラにより定置網に掛かっている魚の映像を提供(4)し,漁獲量予測の信ぴょう性を高めることも有用と考えられる.

4.4 期待される効果

 IoT技術を用いた鮮魚専用流通網を実現することで,漁業者は手間を掛けずに海産物を高く売ることができ,小売店・飲食店は鮮度が高い魚を安価に消費者に提供が可能となり,海産物消費拡大につながることが期待される.

 また,消費者は「鮮魚」の入手が容易になることや,生産者の顔が見えることで安心感も高まる.居酒屋などの店舗では,鮮魚専用流通網からの入手であることなどをSNSなどで消費者へピーアールすることで行動意欲を刺激するとともに,評判を得ることによって店のブランド価値向上にもつなげることができる.

5.IoTサービス開発の要件

5.1 柔軟な観測システムの必要性

 スマート漁業を実装するためには,様々な環境情報が推定精度に及ぼす影響を確かめながら,モデルの改良を図っていかなければならない.このため,検討の初期段階では,センサの空間的配置や観測のサンプリング時間などを試行錯誤で探るプロセスが発生してしまう.

 ・ センサの空間的配置

サケの遡上の母川となる鳴瀬川付近の海流の動きを把握するためには,センサの空間的配置を探索的に決定しなければならない.スマートブイは一旦設置すると移設をすることが難しいという問題があるため,海中を自由に移動することが可能な水中探索ロボット(10)の活用が期待される.

 ・ 観測のサンプリング時間

観測対象の時間的変化に合わせてサンプリング時間を決めなければならないが,これも探索的に決定することになる.このため,実用システムとしての最適化を図るためには,サンプリング時間をアプリケーション層からの要求に応じて動的に変更できるセンサプラットホームが必要となる.

5.2 産学連携の必要性

 データ分析サービスを開発するための最大の問題点はデータ分析者の不足である.漁業者が保有するデータを分析するためには,データ分析の知見を持つアカデミアとの産学連携が有効と思われる.大学などの研究機関は,SINET(Science Information NETwork)を介して,JGN-X(Japan Gigabit Network-X)などの計算機資源にアクセスできる.これらの研究インフラを利用できれば,アプリケーション開発の障壁が大幅に下がると期待される.

5.3 沿岸漁業のためのインターネット環境の必要性

 海上では電波が乱反射するため,電波環境は良くない.また,定常的な利用者がいないことから,各通信キャリヤとも積極的な電波環境改善活動は行っていない.このため,陸の地形や潮位や天候などによっても環境が変化するので,計測地点における電波強度などの通信環境について事前に把握しておくことが望ましい.

 沿岸漁業のスマート化を図るためには,環境変動に強いIoTデータ伝送の仕組みを検討することも重要である.

6.ま  と  め

 本稿では,東松島市の事例をベースに沿岸漁業の現場の課題とともに,定置網漁におけるIoT技術による漁業活動,海産物流通のスマート化を紹介した.

 漁業への活用を目的した海上・海中でのデータ収集では,センサの電池持ちが課題となる.エネルギーハーベスティングなどの電池持ちを向上させる技術や,波の影響などの海上での通信環境の特徴を生かした省電力・高効率な通信プロトコル,更にはデータ分析目的・分析状況に応じて使用するセンサの種類・収集頻度を柔軟に制御するセンサプラットホームの研究が必要である.

 漁獲量推定においては,漁場でのセンサ設置場所,データ種別や収集間隔等,様々な条件でデータ収集を行い,漁獲量推定モデルの精度向上を狙うこととなる.このようなデータ分析作業を行う技術者は少なく,また開発された推定モデルを利用するための漁業従事者への技術リテラシー教育が必要であることから,大学等の研究機関との産学連携を核にした研究開発体制が期待される.

 新たな市場モデルの検証については,社会的な利害関係に配慮しながら,社会システム研究の実証エリアを選定の上で実験的に進めることが望まれる.

 謝辞 本研究の実施にあたり,沿岸漁業の現状及び漁獲量に関する情報提供に協力頂いた大友水産株式会社漁労長大友康広氏,並びに,みやぎ水産NAVIが有するデータの提供に協力頂いた宮城県水産技術総合センター企画情報部上席主任研究員佐伯光広氏に感謝する.

文     献

(1) 総務省,“2011年版の産業連関表,”
http://www.soumu.go.jp/toukei_toukatsu/data/io/011index.htm

(2) 総務省,“身近なIoTプロジェクト―IoTサービス創出支援事業,”
http://www.midika-iot.jp/

(3) 田中秀二,都木靖彰,内藤靖彦,“データロガーによるサケの沿岸での遊泳行動,”日本水産学会誌,vol.66, no.5, pp.917-918, 2000.

(4) 田中 駿,山本 寛,福嶋正義,山崎克之,“沿岸漁業を支援する海上海中環境観測システムの研究,”信学技報,IA2016-83, pp.25-30, Jan. 2017.

(5) 気象庁,過去の地点気象データ・ダウンロード,
http://www.data.jma.go.jp/gmd/risk/obsdl/index.php

(6) 宮城県水産技術総合センター,みやぎ水産NAVI,
http://www.miyagi-suisan-navi.jp/

(7) 青木一郎,小松輝久,“ニューラルネットによるマイワシ未成魚漁獲量の予測,”水産海洋研究,vol.56, no.2, pp.113-120, 1992.

(8) 馬場真哉,松石 隆,“ランダムフォレストを用いたサンマ来遊量の予測,”日本水産学会誌,vol.81, no.1, pp.2-9, 2015.

(9) 為石日出生,小松輝久,青木一郎,杉本隆成,“ニューラルネットワークを利用した東北海域のカツオ漁獲量予測,”水産海洋研究,vol.62, no.4, pp.327-333, 1998.

(10) 北代一朗,山本 寛,杉本 修,大岸智彦,“水中ロボットを活用した水中生態観測システムの検討,”信学総大,ISS-SP-167, pp.167, March 2017.

(平成29年6月11日受付 平成29年7月3日最終受付)

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(ふく)(しま) (まさ)(よし)

 平10八戸高専・工・電気卒.同年第二電電株式会社入社.以来,企業ネットワーク構築に従事.平24 KDDI復興支援室.平25(社)東松島みらいとし機構出向.平29 KDDIビジネスIoT推進本部地方創生支援室.IoT利活用による復興及び地域活性化に従事.

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()() (ひろ)(のり)

 昭62東北大・工・通信卒.同年国際電電株式会社入社.以来,インターネットサービスの社会応用に関する技術開発に従事.平24 KDDI復興支援室長.平29同ビジネスIoT推進本部地方創生支援室長.IoT利活用による復興及び地域活性化を統括.

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(おお)(ぎし) (とも)(ひこ) (正員)

 平4東大・工・電気卒.同年国際電電株式会社入社.以来,研究所にてIPネットワークの運用管理,IoTデバイスの管理の研究に従事.現KDDI総合研究所コネクティッドカー2グループリーダー.平10年度本会学術奨励賞受賞.博士(工学).

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(はし)(もと) (かず)() (正員)

 昭54東北大大学院工学研究科電子工学専攻修士課程了.同年国際電電株式会社入社.平13 KDDI米国研究所所長.平18東北大大学院情報科学研究科教授.平26早大研究戦略センター教授.人工知能の応用研究に従事.平12年度本会論文賞受賞.博士(情報科学).情報処理学会,人工知能学会,AAAI,IEEE各会員.


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