特集 1-2 働き方改革と生産性の向上

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Vol.101 No.5 (2018/5) 目次へ

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1. 働き方改革に対する取組み

特集 1-2

働き方改革と生産性の向上

Work Style Reform and Productivity Improvement

樋口美雄

樋口美雄 慶應義塾大学商学部商学科

Yoshio HIGUCHI, Nonmember (Faculty of Business and Commerce, Keio University, Tokyo, 108-8345 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.101 No.5 pp.424-428 2018年5月

©電子情報通信学会2018

1.労働者数の削減と仕事量の増大

 日本人の働き方はここ20年間,大きく変わった.高度成長期には,経営者も企業の成長・拡大を期待して,採用者数を増やすとともに,社員の離職率を下げようと,雇用条件の改善を図った企業経営がなされていた.そして企業利益が上がれば,それに伴って労働者の給与もアップした.こうした好循環を期待して,労働者も自ら積極的に工夫をし,無駄をなくして品質の向上に努めようとしてきた.

 ところが近年,こうした好循環が影を潜めた.企業が経済の長期的成長を期待できなくなったためか,たとえ企業がもうかったとしても,労働者の数を極力減らしたいと思う気持ちは強い.そして賃金にしても,特に基本給については,一度それを上げると,固定費化してしまうことを警戒して,その引上げに非常に慎重である.そしてその一方で,株主からの要請を受け,企業は長期的成長はともあれ,短期的であろうと利益の拡大に必死になり,費用の削減,特にその重要部分を占める人件費の抑制に力が注がれている.

 他方,労働者がしなければならない仕事量の方はどうか.前任者から受け継いだ仕事はそのまま維持され,それに加えて社会環境の変化や技術確認に対応して,新たな仕事が加わることで,企業全体の仕事量は増えている.それにもかかわらず,社員の数が減らされた分,一人当りの仕事量は増えている.これにより,残業によって仕事をこなしていこうとする企業体質は強まり,労働時間は一向に短縮されないどころか,中には過労死が懸念される人も増えている.社員は足元の仕事に追われ,その日のノルマをこなすだけで精一杯といった人も増え,「仕事のやる気」や「働きがい」を見失っている社員が多い.こうした状況では,労働者は与えられた仕事は何とかこなそうと努力するが,新しいものを作り出そうとか,仕事の進め方を見直そうなど,チャレンジ精神は出てこない.

 仕事量は増加し,社員は一生懸命働いているにもかかわらず,労働者の生産性はなかなか上昇しない.なぜだろうか.生産性はアウトプットをインプットで割ったものだが,企業は失われた20年の間,その分母であるところのインプットを減らし,コストを削減することに必死になっていた.人員を削減することにばかりに熱心になり,アウトプットを拡大することに余り関心が寄せられなかった.諦められていたのかもしれない.だが経済におけるアウトプットの拡大は,物的生産量の増大ではない.労働生産性にしても,1台の車を何人の人が作るかではない.幾ら人数を減らしたとしても,それによりコストが下がったからといって,自動車の値段を下げたのでは意味がない.

 経済学が意味する労働生産性は,あくまでも付加価値労働生産性である.分子は売り上げから,パーツなど他社に支払う原材料代等を差し引いた付加価値である.車の値段が下がったのでは,生産する車の台数は増えても,この付加価値は下がってしまう.経営者に求められるのは,付加価値を高めることである.日本のサービス業の労働生産性は,海外に比べ,あるいは他の産業に比べ,低いと言われる.だが,決して消費者の満足度が低いわけではない.問題はその高い満足度が料金の引上げにつながらないことであり,その結果,生産性は低くなっている.今なすべき生産性の向上は,高い満足度を料金の引上げにつなげる経営努力であり,他社との料金引き下げ競争を避けることのできるユニークなサービスの提供であり,そしてデフレである.


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