解説 量子コンピュータ向け誤り訂正符号の新潮流

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Vol.108 No.10 (2025/10) 目次へ

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 解説 

量子コンピュータ向け誤り訂正符号の新潮流

New Trend of Error-correcting Codes for Quantum Computers

後藤隼人

後藤隼人 理化学研究所量子コンピュータ研究センター

Hayato GOTO, Nonmember (Center for Quantum Computing, RIKEN, Wako-shi, 351-0198 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.108 No.10 pp.994-1001 2025年10月

©2025 電子情報通信学会

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 ここ10年,量子コンピュータ向けの誤り訂正符号と言えば超伝導回路で実装しやすい表面符号だが,論理量子ビットを一つずつ符号化するため符号化率(レート)が大変低く,それがリソース爆発を引き起こし,誤り耐性量子コンピュータ実現の障壁となっている.近年,イオントラップや中性原子など,量子ビットを移動できる方式が発展したことで,符号構造がより複雑な高レート量子符号への期待が高まっている.本稿ではそのような量子符号の新潮流として,量子低密度パリティ検査(LDPC)符号と高レート連接量子符号について紹介する.

キーワード:量子コンピュータ,量子計算,誤り訂正,誤り耐性,低密度パリティ検査(LDPC)符号

1.は じ め に

 現在のコンピュータはテープ上のビット(0または1)をヘッドで読み書きするチューリングマシンでモデル化できるが(1),量子コンピュータは0と1の量子重ね合わせ状態を取る量子ビットを用いるため,そもそもモデルが異なる(2).その結果,チューリングマシンの計算効率が最良であるという拡張チャーチ・チューリングのテーゼを破る可能性がある.例えば,ショアが発見した素因数分解(注1)を効率的に解けるアルゴリズム(2)がそれを強く示唆する.量子コンピュータは計算機科学において根本的に新しいモデルであり,自然法則の基本原理である量子力学をフル活用する最強のコンピュータである(3).素因数分解だけでなく,古典コンピュータ(注2)が苦手とする量子力学のシミュレーション(1)(材料応用)や,機械学習(4),流体(5)や金融(6)への応用も期待されている.

 以上から,量子コンピュータの実現は人類がチャレンジすべき重要な課題であるが,それは容易ではない.量子重ね合わせ状態は壊れやすい上にアナログ的でエラーに弱いからである.この難しさを踏まえ,ランダウアーは,あらゆるエラーに対処しない限り量子コンピュータは動かないだろう,という言葉を残した(7).この量子コンピュータの致命的な問題を解決する技術が,量子誤り訂正を利用した誤り耐性量子計算である(2)

2.誤り耐性量子計算の歴史と現状

 素因数分解アルゴリズムの発表後,ショアは上記問題を解決するため,まず世界初の量子誤り訂正符号を提案し,続いて誤り訂正しながら量子計算を行う誤り耐性量子計算を発表した.ハミング符号の量子版であるスティーン符号,それを線形符号へ拡張したCSS(Calderbank-Shor-Steane)符号,更にその拡張であるゴッテスマンのスタビライザー符号などが続き,1990年代に現在の基礎が固まった(2).現在主流である表面符号も,トポロジカル符号の最初の例であるトーリック符号を切り開くことで,ブラビとキタエフが1990年代に提案している(2)

 この時期の重要な結果としてしきい値定理(2)があり,全ての基本操作の誤り確率があるしきい値以下であれば,量子誤り訂正によって量子計算の誤り確率を幾らでも下げられることが示された.その証明が符号を入れ子にする連接符号に基づいていたため,その後しばらく誤り耐性量子計算の符号と言えば連接符号であった.しきい値は当初10-6と低かったが,構造が単純な量子誤り検出符号であるmathmathを連接したニルのmathスキームによって1%を超えた(8).しかしその後,研究対象はトポロジカル符号(表面符号)へと急速に移っていった.


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