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現在,パターン認識・メディア理解(PRMU)研究の環境が急激に変わりつつある.その背後には,オープンデータ,オープンソース,機械学習,の充実がある.特にオープンデータのインパクトは大きい.パターン認識はデータがあって初めて取り組める研究分野なので,大規模なオープンデータがあると参入障壁が低くなる.また同じオープンデータを使うことで,公平な性能評価も可能になる.更にオープンソースの潮流により,膨大な最新技術が入手可能である.以上の結果,誰もが容易に世界最先端レベルから研究をスタートできる.
このある意味で理想的とも言える研究環境は,同時に新規性や性能について苛烈な競争状態を生んでいる.PRMU分野は,人工知能(AI)の一大応用分野でもあり,研究者も非常に多いために,競争の激しさは一層である.新規性については,論文の査読を待っていられないということで,速報的にarXiv(プレプリントサーバ)に原稿が投稿され,国際会議等やジャーナルで発表されるときには,「もはや昔の技術」になっていることも多い.性能については,認識率競争に終始する傾向が一段と強まっている.他の手法よりも高い認識率が出たことだけがアピールされ,手法の吟味や結果の深い解析を伴わない論文の査読機会も増えている.
AIブームの中心となっている機械学習,特に深層学習も,PRMU分野に大きなインパクトを与えている.大量のデータを必要とする深層学習にとって,オープンデータが整備されているPRMU分野は絶好の応用先である.実際もしパターン認識を「データからクラスへの回帰問題」として単純に捉えるならば,大量データと畳込みニューラルネットワークにより人間と同程度の認識性能が達成されている課題も散見されるようになった.
パターン認識の目的は認識率の向上ではない.認識結果を何らかのサービスに利用し,人々の生活を幸福にすることが真の目的である.多様な課題において認識率の顕著な向上が見られる今,その目的に向けて今後何をやるべきか,我々は考えるべき時期に来ている.
第1に考えられるのは社会課題への応用展開である.PRMUは人間と密接に関係した分野なので,およそ人間に関する全ての社会課題に展開可能である.例えば独居老人の見守りや介護支援,医療診断補助やヘルスケア,教育データ分析,セキュリティ,バリアフリー,交通,環境とエネルギーなど,枚挙にいとまがない.単なる応用に終わらず新しい基盤技術も必要になるはずである.
第2に他の学術分野との連携である.パターン認識及びそこで用いられるデータ解析技術は,生命科学,宇宙・地球科学,農学,工学,社会学,人文学など,あらゆる学術分野で必要とされている.様々な実データが解析対象となる学際研究の場においては,実データを眺め,そこに潜む性質を見抜く力が必要になる.それは正にパターン認識研究者が培ってきたものである.ここでも新しい基盤的認識技術の研究も必要になってくるだろう.
最後に,計算機の認識能力が人間レベルになれば,様々な場面でELSI(Ethical, Legal and Social Issues)関連の議論も出てくることを指摘しておきたい.自動運転分野におけるAIの責任問題と同様である.文字認識による自動採点が実現すると,計算機が読めない汚い字は自己責任を問われるかも知れない.医療過誤の扱いも,「計算機が医用画像から病巣を検知できなかったので,見逃しもやむを得ない」という弁明が許されるのか,議論が必要になるだろう.
(平成29年5月14日受付 平成29年6月5日最終受付)
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