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近頃「スマート農業」や「農業のスマート化」という言葉が行政も含めて盛んに使われている.ITを使って効率の悪い農業の革新を図ろうというものであるが,目的とする「スマートな状態」がどのようなものなのか,きちんと定義されず観念的に使われているのが残念である.我々日本人は,世界的にもまれに見る豊かな食を日々享受している.四季を感じさせる食材,多様な地域食材,食とともにある豊かな文化的背景,真夏でも新鮮な魚介類,麹を中心とする多様で独自の発酵文化,野菜・魚介類中心の健康な食,ラーメンやカレー,超高品質の牛肉など外来の食材や料理を独自に大発展させる力量など枚挙にいとまがない.このところ増え続ける外国人旅行者の来日目的の一つが日本の食であることにも納得がいくし,2020年東京オリンピック・パラリンピック開催が決まったときも,「豊かな日本の食でおもてなし」と多くの人が思ったことと思う.ところが,「国産食材『五輪参加』危うし―提供規準取得に農家及び腰」(日本経済新聞2017年6月12日電子版)などという報道がしばしばされるようになり我々を困惑させている.
この問題には,2015年9月に「国連持続可能な開発サミット」で採択された,SDGs(1)(持続的開発目標)が大きく関係している.SDGsは人類と地球が持続するために必要な課題解決に向けた17の行動計画目標について取りまとめたもので,日本でも最近随所で取り上げられている.オリンピック・パラリンピック開催もこの目標の一環として捉えられ,特にロンドン大会は極めて強力に人類・地球の持続性を意識したものとなったが,東京大会でも引き続き最重要理念として強く掲げられている.SDGsにおいて農業も例外ではない.飢餓の撲滅といった最低限の目標に加え,いかに持続的な農業生産を実現し人類に食を担保するかが大きな課題となっている.
20世紀の「緑の革命」に代表される食料大増産の成功は,化学肥料や農薬といった化学物質の大量使用に大きく依存してきた(図1)(2).その結果,20世紀後半には世界各地で地下水の汚染や水域の富栄養化,生物多様性への影響など環境汚染が顕在化した.また,水田や家畜からのメタンガス,畑地からの亜酸化窒素ガスの排出など二酸化炭素に比べて,温暖化効果がはるかに高い温室効果ガスの排出により,農業起源の温暖化効果は交通・運輸起源に匹敵する15%に近いと言われる(3).更に,比較的乾燥に強い小麦でも1kg生産するのに生育期間中総計で2t以上の水を必要とする(4)など農業生産には大量の水供給が必要で,食料増産に伴い環境からの過剰取水による環境影響や水不足が慢性化している地域も多い.このほか,先進国での食事構成では1cal人間が摂取するためにはおおむね7calの投入が必要(5)であるなど,現代の農業はもはやグリーン産業と言えるような状況にはない.加えて,21世紀になってますます顕著になってきた気候変動の影響で安定的農業生産への不確実性も増大している.
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