回想 昇圧回路の研究を通じて学んだこと

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回想

昇圧回路の研究を通じて学んだこと

What I Have Learned through the Research on Integrated Charge Pump Circuits

丹沢 徹

丹沢 徹 正員 静岡大学工学部電気電子工学科

Toru TANZAWA, Member (Faculty of Engineering, Shizuoka University, Hamamatsu-shi, 432-8561 Japan)

電子情報通信学会誌 Vol.101 No.3 pp.320-324 2018年3月

©電子情報通信学会2018

 五十前の者がこのような回想を書くことに気分を害される読者諸氏がいらっしゃるかもしれませんが,今日の自分は今日限りの命という見方もあるとのことですので御容赦下さい.

1.世界初のNAND研究チーム

 私は1992年に,東芝ULSI研究所に研究員として仲間に迎えて頂いた.私は学部・修士と理論物理を専攻しただけで,トランジスタが何かも知らない素人であった.修士の同期たちがハイテク産業の花形であった電気メーカ研究所を就職先に考えているのを知って,自分もつられるように何社か見学してみた.会社見学に来た私に,ULSI研究所の舛岡部長(現東北大学名誉教授)が「世界一のことがしたければここに来るがいい」と言葉を掛けて下さった.一連の会社見学で舛岡部長の言葉以上に魅力的なものはなかった.NAND(1),(用語)の発明者とされる舛岡部長からすれば,世界一の半導体デバイスにしたいという夢が実現した後で初めて事実となるはずのメッセージであったが,当時の私は当然,そのようなことは分かっていなかった.バブルのピークは過ぎていたものの,1992年はまだ学生の売り手市場が続いており,学生側が就職企業を選択できた.私は,そのメッセージと職場の雰囲気が大学の研究室のそれに似たものを感じたことで,東芝ULSI研究所の門をくぐることに決めた.入社当時NANDを研究開発しているのは世界で東芝だけであった.25年後の現在,NANDは全半導体生産量の10%を超える柱の一つとなっている.NANDはスマホの写真や音楽のデータを保存し,アプリのプログラムを格納する.ハードディスクと比べてデータ当りの電力が低いため,NANDを使ったストレージデバイスであるSSDへの置換えが進んでいる.NANDが半導体チップの中でも成長頭になっているゆえんである.

 NANDからデータを読み出すときには5V程度の電圧が必要である一方,データの書換えにはそれより十分高い25V程度の電圧が必要となる.25V程度の電圧で初めて電子がトンネル効果で浮遊ゲートに出入りすることができる.5V程度ではトンネル確率が非常に小さいため,読出し動作でデータは破壊されない.5Vや3Vの単一電源でNANDを動作させようとするとき,集積回路上で25Vを発生しなければならない.「昇圧回路」は電源電圧から高電圧を発生する回路である.データ書込みを短時間で行うためには25Vの電圧をできるだけ素早く発生する必要がある.入社後メンターの田中智晴さんから与えられた研究課題は,25Vをいかに素早く発生できるようにするか,であった.


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