解説 工学教育における反転授業――その試行錯誤と効果――

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多様化する大学教育シリーズ(第2回)

解説

工学教育における反転授業

――その試行錯誤と効果――

Flipped Classrooms in Engineering Education: Trials, Errors and Outcomes

塙 雅典 森澤正之

塙 雅典 正員 山梨大学大学院総合研究部工学域

森澤正之 山梨大学大学院総合研究部工学域

Masanori HANAWA, Member and Masayuki MORISAWA, Nonmember (Graduate School of Interdisciplinary Research, University of Yamanashi, Kofu-shi, 400-8511 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.102 No.11 pp.1050-1060 2019年11月

©電子情報通信学会2019



† 本稿は,2017年電子情報通信学会教育優秀賞受賞対象の活動報告である.

abstract

 筆者らは2012年から学生を主体的な学習者として育成することを目指してアクティブラーニングと反転授業に取り組んできた.継続的な効果検証の結果,授業外学習時間の増加,達成度の向上や,「分かる」ことの面白さに気付いた学生の主体的学習行動の誘起など,様々な教育効果があることが分かっている.一方で,研究を通じた高度な学びの場である大学において,反転授業のように教員がお膳立てを整えた教育を行うことに対する疑問の声も聞かれる.本稿では,大学の工学教育における反転授業試行の経緯とその効果を最新のデータにより示し,日本の大学教育の現状の問題点と解決策を探る議論の一助としたい.

キーワード:反転授業,アクティブラーニング,主体性,深い理解,インストラクショナルデザイン

1.は じ め に

 経済開発協力機構(OECD)は,“The future of education and skills Education 2030”と題するプロジェクトのポジションペーパーを2018年5月に公表した(1).2018年に教育を受け始めた子供たちが成長して社会に参画し始める2030年においては,グローバル化がますます加速し,技術は更に急速に進歩することが予想される.未来の若者たちが,この不確かで予測不可能な未来において,現存しない職業やいまだ生み出されていない技術に対応し,ますます困難になる様々な問題に対処できるように備える教育の実施が世界中の共通課題とされ,特にAgencyの涵養が重要視されている.ここでAgencyは「社会に参画し,より良くしようとする責任感」と定義され,それには「目標を定め,その目標を達成するための行動を決定できる」ことが求められている.教育段階では「何のために何をどのように学ぶのか」を自ら定めること,すなわち「学習者の主体性=自ら学ぶ力」の涵養が求められていると解釈でき,このためには,学習意欲をかき立て,様々な学びを関連付け,他者(教師,クラスメート,家族,地域)と協調して深く学ぶことができる「学習者に適した学習環境」と,読み書き,数理,データ処理とディジタル技術のリテラシ,身体的・精神的な健康などの「しっかりとした基礎力」の2点が必要とされる.これらは特段に目新しいことが主張されているわけではないが,不確かで予測不可能な未来では「主体性」を備えることが重要となる,という認識には強く共感できる.

 国内においては文部科学省中央教育審議会が様々な答申を次々と出し,大学に教育改革を求めてきた.2008年には「学士課程教育の構築に向けて」(学士力答申)(2)において専門知識に加えて学士力(様々な汎用能力)の涵養を,2012年には「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け,主体的に考える力を育成する大学へ~」(質的転換答申)(3)において,大学教育へのアクティブラーニング(用語)の導入と主体性の涵養を求めている.2018年には「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」(4)が出された.高等教育の目指すべき姿として「普遍的な知識・理解と汎用的技能を文理横断的に身に付けさせる」,「時代の変化に合わせて積極的に社会を支え,論理的思考力を持って社会を改善していく資質を持たせる」,「学修者本位の教育」など,基本的な方向性は前出のOECDのポジションペーパーと一致している,と考えてよい.しかし,これらの答申に対する大学の対応は概して遅く,学士力答申から10年以上経過しているにもかかわらず,様々な汎用能力の育成が十分に行われているとは言い難い.また質的転換答申からも6年以上経過しているが,いまだに従来どおりの一方向な知識伝達型一斉講義,すなわち「聞くだけの授業」(当然板書などからのノート作成を含む),が主流を占めているのが現状である.産業界が大学卒業者に求める能力も「高度な専門知識」や「幅広い教養」だけではなく,「課題を発見し,解決する力」,「グローバルな視点とリーダーシップ」,「全体を俯瞰する力」,「自ら学ぼうとする強い意志」など,「聞くだけの授業」では養いようがないものが多く含まれている(5)


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