小特集 2-3 生体システムの理論と生体計測技術との融合の可能性と課題

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Vol.102 No.8 (2019/8) 目次へ

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2. 生体機能の統合的な計測・評価のための理論と技術

小特集2-3

生体システムの理論と生体計測技術との融合の可能性と課題

Issues for Integrating Biosignal Measurement and Theory of Biological System

赤松幹之

赤松幹之 国立研究開発法人産業技術総合研究所自動車ヒューマンファクター研究センター

Motoyuki AKAMATSU, Nonmember (Automotive Human Factors Research Center, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, Tsukuba-shi, 305-8566 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.102 No.8 pp.783-788 2019年8月

©電子情報通信学会2019

abstract

 生体計測の応用の歴史を振り返ると,生体計測が人々の大いなる期待に必ずしも応えられてこなかったことを認めざるを得ない.生体信号の悩みの一つであるその変動性を再考すると,生体機能維持のための冗長性が計測値の変動を生んでいることが示唆される.生体システムは様々なサブシステムから成っており,それらの補償的・協調的な機能発揮のために,生体計測値が不安定に見えたり,理論と相矛盾するような現象が計測されることがあると考えられる.単純化された理論に合うように生体計測データを処理してしまうのではなく,シミュレーション技術などを用いて,生体計測データをよりどころにした生体現象の理論の再構築が望まれる.

キーワード:生体計測の応用,データの変動,システムの冗長性,マルチスケールシミュレーション,データ同化型シミュレーション

1.生体計測技術の人間機能評価への応用の期待

 19世紀後半に始まった血圧や心電図の計測は,医学・生物学として生体現象を解明することを目的としたものであるが,この生体計測を応用する動きは20世紀の最初には始まっている.筆者が現在専門としている自動車人間工学の領域でのエポックは,1925年に行われたF.A. MossによるSleeplessness studyと呼ばれる運転疲労の研究である.これは学生を使った58時間の断眠実験であり,断眠による影響を縦列駐車や狭路運転,認知テストで評価した(1).大きな影響が出ると予想して行った実験であったが,実際にはその影響がほとんど現れなかった.疲労はパフォーマンスの低下を引き起こすものと通常は考えるが,自動車運転に関してはこのことは当てはまらない.事故発生率も含めた運転パフォーマンス指標によって運転疲労を捉えることが難しいことは,その後の多くの人間工学での疲労研究から認めざるを得ないものであり(例えば,Crawford(2)),そのことは100年前に既に見いだされていたのである.

 パフォーマンス低下で疲労が測れないことを理解したMossは,疲労を捉えるためには生体内の状態を知る必要があると考え,疲労を生体計測によって捉える研究を米国自動車技術会(SAE)のプロジェクトとして開始した.ここでは,血圧,血糖値,基礎代謝,白血球数,酸素消費量,重心動揺,感覚運動機能を計測しており,生体計測による人間機能の評価の研究の嚆矢である.Mossによる1930年の報告では,酸素消費量の変化が観測されたことから,自動車運転において筋疲労が起きているとしたが,その一方で神経系の疲労(=精神的疲労)については良い指標は得られていないと書かれている(3).1930年頃の道路の舗装状態は現代からは想像できないほど悪いものであり,そこをパワステのないハンドルで運転していたことから,運転操作による筋負担は大きいものであった.一方,運転などによる精神的疲労に関しては,生体計測から評価することが難しいことがこの頃から認識されていたことが分かる.そして,その後何十年にもわたって多くの精神的疲労研究が行われた.1979年には,Broadbentが「Is A Fatigue Test Now Possible?(疲労の検査は,今は可能になったのか)」という講演を英国人間工学会で行ったが,その結論は“not yet”であり,30年後に期待すると結んだ(4).しかし,それから40年たった現在でも状況は変わっているとは言い難い.


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