小特集 2-2 センサフュージョンを活用した生体機能の計測・評価

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Vol.102 No.8 (2019/8) 目次へ

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2. 生体機能の統合的な計測・評価のための理論と技術

小特集2-2

センサフュージョンを活用した生体機能の計測・評価

Human Sensing and Evaluation through Sensor Fusion

持丸正明

持丸正明 正員 国立研究開発法人産業技術総合研究所人間拡張研究センター

Masaaki MOCHIMARU, Member (Human Augmentation Research Center, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, Kashiwa-shi, 277-0882 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.102 No.8 pp.777-782 2019年8月

©電子情報通信学会2019

abstract

 身に着けて生体機能を計測できるセンサと実験室での高精度・多項目計測を組み合わせることで,日常的に人間機能を計測する生体計測技術,更に,そのデータを統合して生体機能を評価する指標を導き出す技術について,IoT時代を踏まえて動向を俯瞰する.IoT計測で得られるビッグデータと高精度・多項目のディープデータをいかに統合するか,また,人間の反応だけでなく刺激データを同時取得することの意義,生体機能計測としてデータ処理上の留意点について概説する.

キーワード:人間計測,生理計測,感性評価,ビッグデータ,ディープデータ

1.刺激反応システムとしての人間モデル

 人間は外部から受けた刺激(Stimulation)に対して,反応(Response)するシステムである.感覚器で受容された刺激が,中枢神経系,循環器系,呼吸器系,消化器系,排せつ器系と自律神経系のネットワークで処理され,筋骨格系と効果器を通じて外部への反応として表出される(図1).例えば,人が球を見て打つというプロセスでは,球の動きが視覚で受容されて中枢神経系を通じて脳に伝達され,脳内で知覚と認知処理がなされて反応が決定され,その指令が中枢神経系を通じて筋骨格系に伝達され反応(打つという運動)を表出する流れとなる.脳内で明示的な認知処理がなされず,無意識下,若しくは,反射的に反応する場合もある.指で把持しているものが滑ったと感じると指先の把持力を増してしっかり握ろうとする反応は,小脳レベルの無意識下の反応と考えられている.これ以外にも,暑さを感じて発汗するなど無意識下のプロセスも数多く知られている.また,関節を動かすことによって筋肉が伸ばされると,これに対して脊髄レベルで筋を収縮させる反射(伸張反射)が起きることも分かっている.いずれにしても,人間の生体機能計測とは,外部刺激を人間がどう知覚し反応するのかを測ることであり,その計測結果から人間の反応そのものだけでなく内部の状態(生理,心理,認知)を評価しようとすることである.残念ながら,人間の刺激反応モデルは,その全ての関係性やメカニズムが科学的に解明されているわけではない.特に脳内情報処理や物質伝達などは未知の部分が多い.すなわち,生体機能計測とは,内部モデルが十分に明らかになっていない複雑なシステムの挙動を,外部に表出若しくは漏出する信号によって観測して内部状態の評価をしようとすること,と言える.

図1 人間の刺激反応モデル

2.人間の生体機能計測

 人間工学の教科書では,生体機能計測を寸法,運動,感覚,生理,心理に分類して整理することが多い(1).この章では,生体機能計測をIoTとセンサフュージョンという視点で整理するために,あえて,異なる視点で整理してみる.反応結果の表出を直接計測するもの,内部の状態変化に伴う漏出信号を計測するもの,分泌された物質による計測,特殊なエネルギー照射による深部計測,刺激物理量の計測による感覚計測の五つに分類した(表1).それぞれについて計測対象と,計測情報から得られる生体機能が運動,感覚,生理,心理のどこに該当するか,更に,一般的に用いられている計測方法を記載した.

表1 人間の生体機能計測

2.1 生体表出・漏出信号の計測

 IoTと親和性が高いのは,反応表出の直接計測と漏出信号計測である.これらの計測方法は,特殊なエネルギー照射が不要であり,多くは電気信号計測できるため時間分解能が良く,センサを小形化,薄形化しやすい.反応表出を直接計測するものとしては,身体運動計測や表情計測,視線計測などがある.このほかにも,発汗量や血圧,体表面温度などは直接計測しやすい.直接計測しているものは,多くの場合,計測結果をそのまま人間の反応量と考えて処理することができる.これに対して,表面筋電や心電位,眼電位,脳波などは生体内部活動の結果,体表に漏出した信号を計測していることになる(図1).表面筋電は筋活動(筋繊維の収縮活動)を直接計測しているのではなく,その際に発生する膜分極の総和が皮下組織を通って皮膚表面に漏出した信号を計測している.漏出信号を計測する場合には,センサを取り付ける位置によって信号源からセンサまでの伝達経路が変わるため,個人内でも再現性が損なわれることがある.同様の理由で,個人間での量的比較(信号強度の比較)が難しいことが多い.この留意については,5.で触れる.

2.2 分泌物質の計測

 人間の反応には,物質の移動や分泌が関与していることが多い.汗,尿,唾液などから,それらの物質を検出し,生理・心理状態を計測する方法がある.例えば,疲労では,コルチゾールが原因物質であると理解されている.疲労することで,身体運動が変わったり,生理量が変化するので,それらの表出信号や漏出信号から疲労の程度を推定することもできるが,より直接的には原因物質を計測するのがよい.従来は,唾液を脱脂綿に取り,これを遠心分離機などで分析することでコルチゾールの量を計測してきた.近年では,コルチゾール検出に特化した化学センサで微量の唾液から計測できる技術が開発されている(2).このような分泌物質からの計測は,人間の状態を原因レベルで特定できる点で優位である反面,分泌される物質量に変化が出るまでの遅延時間が長いことや,化学反応系を伴うセンサの消耗(反応に必要な化学物質の補充の必要性)などの課題があり,絶えず変動する状態量をIoTでモニタリングすることには向かない.個人の特性や健康の状態などを1日1回,若しくは年数回計測するなどの用途であれば,有効である.

2.3 特殊なエネルギー照射による計測

 表出信号,漏出信号,分泌物質だけでは生体深部の状態を測るには限界がある.そこで,特殊なエネルギーを生体に照射し,その反射若しくは透過を観測することで,深部状態を計測する方法がある.生体にエネルギーを照射するため侵襲計測とも言える.生体に侵入するエネルギー源としては赤外線光,磁界,X線が利用されている.赤外線光は余り深部まで侵襲しないが,表層血流計測に適している.光ドップラー血流計や,反射光の色分解による血中ヘモグロビン濃度の計測,更には,fNIRS(functional Near-InfraRed Spectroscopy)による脳血流計測などに利用されている.漏出信号と同様に,観測対象である血流とエネルギー照射と検出を行う皮膚表面の間にある組織の影響を受ける.これらがアーチファクトとなることに留意する必要がある.磁界を用いたものとしてはfMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)や脳磁図計測,X線を利用したものとしてはX線ムービーやCT断層画像がある.

2.4 刺激物理量の計測

 ここまで主に反応計測について述べてきた.実は,生体機能計測と呼ばれるものの大半は反応計測である.厳密に感覚計測をすることは難しい.光が網膜で受容されたか,それが脳内で知覚されたかを信号レベルで検出するのは容易ではない.一般に感覚計測と呼ばれるものの多くは,受容や知覚の生体内での信号を測っているのではなく,知覚したことを何らかの反応として検出する実験系を組み,知覚したときの刺激強度(呈示した物理量)を計測している.視力や視野,聴力や聴野計測では異なるサイズや位置,波長の刺激を呈示して,被験者自身の申告や回答の正誤などから知覚状態を特定して,どの程度の刺激強度まで知覚できるかを計測している.

3.人間の生体機能評価

 生体機能計測でセンシングするデータは,直接的には画像や信号である.人間の生体機能評価とは,この生データから人間の機能情報を復号するプロセスである.例えば,運動計測データ,筋電位データと人体筋骨格系モデルから,身体運動の活動状態を筋骨格レベルで復号することができる(図2)(3).これも人間の生体機能評価の一つである.表出信号や漏出信号から,内部状態も含めた生体機能を復号して可視化することは有意義である一方,情報量が多く,そのままでは活用が難しい.そこで,生体機能評価では,身体の活動状態を詳細に復号することにこだわらず,目的に即した評価指標のみを数値化する場合もある.例えば,歩行時の転倒リスクを指標化するとか,床にある荷物を両手で持ち上げるときの腰部損傷リスクを指標化するというようなものである.

図2 筋骨格系モデルを用いた運動機能評価

 生体機能の科学的知見に基づいて計測データを前処理し,その処理結果と真値の関係を統計的にモデル化する方法が広く用いられてきた.例えば,心拍間隔の周期的な揺らぎは自律神経系の機能と関係していることが明らかになっており,また,メンタルストレスが自律神経系に影響することも明らかになっていることから,心電信号データから心拍間隔を算出し,ストレス自己評価値との関係をモデル化している.先に述べた転倒リスクの指標は,転倒経験アンケートデータと歩行データからモデル(関係式)を導出している.椅子の座り心地や温湿度の快適性などの感性評価についても,アンケート実験によって得られた感性評価結果と生体機能計測データとの関係をモデル化している.

 近年,ここに機械学習的な手法が用いられるようになってきている.実際には,モデルを構成するための実験データ(機械学習における教師データ)が数十例から数百例と少なく,深層学習などの機械学習手法を適用することは難しい.そこで,得られた生体機能計測データをそのまま主成分分析して個人差と条件差を低次元に圧縮し,その低次元基底と真値である評価結果の関係をモデル化する方法が利用されている.200例程度の全身歩行データを主成分分析して,関節角度,関節モーメントなどの多次元データを,数十次元の主成分に圧縮し,その主成分と転倒経験,歩容の美しさのスコアなどを関係付けるモデルを構成している(図3)(4).主成分データは復号して解釈可能であるので,最終的に得られた関係モデルから,どのような動きが転倒リスクを高めるか,歩容の美しさに寄与するかの知見を見いだすこともできる.データ次元数の多い脳波データについては,周波数変換した後,インクリメンタル主成分分析などでキャリブレーション処理をし,遺伝的アルゴリズムで重要周波数を決定することで,脳波データのみから眠気度,興味度,集中度,好き度などの感性評価結果を推定する方法が開発されている(5)

図3 歩行データの主成分分析

4.生体機能のIoT計測

 従来,人間の生体機能計測システム(表1の計測方法)は非常に高価で,実験室での有線計測が基本であった.近年のセンサの小形化,低消費電力化,無線化,低価格化によって,身に着けるものや生活環境にセンサが組み込まれ,生体機能を計測できるようになった.生体機能のIoT計測である.これにより,計測環境は実験室から日常生活空間に拡張され,数億というデータを収集することも可能となっている.刺激に対する人間の反応は,環境や文脈の影響を受けやすい.実験室ではこれを厳密に制御してデータを取得できるが,それは実生活の環境や文脈とは異なる条件であった.日常生活空間・文脈でのデータが得られることで,より現実に近い生体機能評価が可能になってきている.

4.1 ビッグデータとディープデータ

 しかしながら,生体機能計測が全てIoT計測とビッグデータに入れ替わるわけではない.表1に示したうち,特殊なエネルギー照射による計測は装置の大きさやコストの観点でIoTに適しているとは言えない.分泌物質の計測も化学物質の補充などが必要な場合があり,そのまま簡単にIoT計測に適用できるわけではない.比較的適している表出信号,漏出信号計測であっても,コスト削減やバッテリー長寿命化のために,計測精度や計測周波数を落とさざるを得ない場合もある.このようなIoT計測のデータを,生体機能評価指標に変換するためにも,高精度で高品質な真値データや,多項目の生体機能計測データを蓄積することが重要になる.

 筆者は,このようなデータを,ビッグデータに対してディープデータと呼んでいる(6).先に挙げた200例程度の全身歩行データは,実験室でモーションキャプチャシステムや床反力計を用いて計測した高精度の多項目データで,これを主成分分析して歩行評価指標との関係モデルを構築すると同時に,別のIoTセンサと同期計測して,IoT計測データと歩行主成分の関係をモデル化している.そうすることで,IoT計測で得られた身体の1箇所のデータから全身歩行を復号し,更に評価指標を計算できるようになる(図3).IoT計測のデータのみでは,歩数や歩速などしか計算できなかったのに対して,ディープデータに基づくモデルによって様々な生体機能評価が可能となる.分泌物質計測によるデータや,エネルギー照射による深部計測データを,別のIoT計測データとともにディープデータとして蓄積して関係をモデル化すれば,これらの生体機能評価指標をIoT計測データから推定計算できるようになる.これは,日常簡易計測と高精度・多項目計測から成るセンサフュージョンによって,日常生活空間での生体機能評価を実現するフレームワークである(図4).

図4 ビッグデータとディープデータ

 多項目のディープデータを計測したとしても,その全てが推定計算に活用されるわけではない.研究者が先験的知見や仮説に基づいて計測データを絞り込み,生体機能評価指標の推定計算に必要となるディープデータのみを効率良く計測することも不可能ではない.しかし,先に述べたように,無駄を承知で網羅的にディープデータを蓄積し,統計解析や機械学習で基底を導出して推定モデルの構築に利用する方法が普及しつつある.結果的には,必ずしも無駄とは言えないケースもある.図3に示した歩行分析の例では,転倒リスク評価と歩容の美しさ評価に利用されるディープデータ項目は別々であるが,どちらも同一の網羅的な歩行ディープデータの主成分から切り出して利用されている.転倒リスクではつま先の蹴り出しの個人差に関連する主成分が大きく寄与し,歩容の美しさ評価では体幹の姿勢の個人差に関連する主成分が寄与している.個々の適用事例のみを見ると,他のディープデータ項目は無駄に見えるが,複数の評価指標の計算モデルに適用可能であることを考えると,網羅的なディープデータ蓄積は必ずしも無駄とは言えない.

4.2 反応データと刺激(環境)データ

 図1で,人間は刺激反応モデルであると述べた.ここまで紹介してきた生体機能計測の多くは,反応を計測するものであり,刺激を計測するものではない.なぜならば,実験室では刺激は実験者によって制御されて提示されているものであって,計測するまでもなく,実験条件として記録すればよいものだからである.ところが,IoT計測によって,人間計測の場が実験室から日常生活空間に変わってくると,この「実験者が制御して記録する」という方策が通用しなくなる.心拍変動をIoT計測して,その変動データが得られたとしても,変動の要因が分からない.しかるに,IoT計測で日常生活空間での文脈依存の大量データを蓄積していくのであれば,その反応に関与する刺激データ(≒環境データ)を同時に蓄積していかなければならない.

5.生体機能計測データ処理の留意点

 表1の漏出信号や感覚計測においては,信号源や受容器が生体深部に存在することがあり,データ処理の際に身体の伝達関数を考慮する必要がある.例えば,表面筋電は,内部の筋肉の収縮時に発生する電位差が皮下組織と表皮を伝搬して体表面に漏出している.この筋肉から皮膚表面に至る身体の伝達関数は,個人ごと,身体部位ごとによって,異なっている.筋電位を検出する電極を貼る位置によっても変わり得ることになる.これはすなわち,表面電極で得られた信号強度を,個人間や部位間で比較したり,更には電極を貼り替えた後で個人内で単純比較できないことを意味している.そこで,筋電の信号強度ではなく時間軸情報や波形パターンで分析したり,あるいは,最大筋力で信号強度を正規化するなどの処理を行っている.

 また,漏出信号やエネルギー照射による深部計測では,複数の信号源によるクロストークが生じることが多い.例えば,胸部の表面筋電は心電とクロストークしやすく,前頭部の脳波は顔面表面筋電や眼電位とクロストークしやすい.特に後者では,脳波の電位が小さい(表1)ことから,より慎重なデータ処理が必要となる(5).脳表面に赤外線を照射して透過光を観測することで脳血流を計測するfNIRSでも,頭皮血流のクロストークが発生しやすい.データ処理時点だけでなく,エネルギー照射方法まで含めたシステムレベルでのクロストーク対策が必要である.

文     献

(1) 人間計測ハンドブック,産業技術総合研究所人間福祉医工学研究部門(編),朝倉書店,東京,2013.

(2) K. Ohashi and T. Osaka, “Industrialization trial of a biosensor technology,” ECS Transactions, vol.75, no.39, pp.1-9, 2017.

(3) A. Murai, K. Takeichi, T. Miyatake, and Y. Nakamura, “Musculoskeletal modeling and physiological validation,” Advanced Robotics and its Social Impacts 2014 (ARSO2014), pp.108-113, Evanston, USA, Sept. 2014.

(4) 小林吉之,保原浩明,中嶋香奈子,橋詰 賢,持丸正明,“主成分分析による歩行特徴の包括的比較評価,”バイオメカニズム24, pp.139-148, 2018.

(5) 満倉靖恵,“脳波解析による感性アナライジング,”電学誌,vol.136, no.10, pp.687-690, 2016.

(6) 持丸正明,“ビッグデータ時代の歩行データベース,”バイオメカニズム学会誌,vol.40, no.3, pp.147-151, 2016.

(2019年3月15日受付 2019年3月26日最終受付)

持丸正明

(もち)(まる) (まさ)(あき)(正員)

 昭63慶大・理工・機械卒.平5同大学院博士課程了.博士(工学).同年工業技術院生命工学工業技術研究所入所.現在,産業技術総合研究所人間拡張研究センター長.専門は人間工学,バイオメカニクス,サービス工学.平14市村学術賞,平23工業標準化事業表彰経済産業大臣表彰ほか各受賞.


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