特集 3-5 【分光系】デュアルコムによる気体温度の計測

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3. 光周波数コムの応用

特集

     3-5

【分光系】

デュアルコムによる気体温度の計測

Dual-comb Thermometry

清水祐公子

区切り

清水祐公子 国立研究開発法人産業技術総合研究所計量標準総合センター

Yukiko SHIMIZU, Nonmember (National Metrology Institute of Japan, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, Tsukuba-shi, 305-0032 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.103 No.11 pp.1137-1142 2020年11月

©電子情報通信学会2020

abstract

 気体温度を非接触で高速かつ高精度に測定する方法は,科学や産業,環境評価など多くの分野で求められている.筆者らはデュアルコム分光法を利用して,気体分子の振動回転バンドの多数の吸収線を同時観測し,その解析から気体温度を決定する方法を開発した.これを回転状態分布温度測定(RDT: Rotational-state Distribution Thermometry)と名付けた.この方法では,1990年国際温度目盛に準拠せずに独立に温度を決定できる.2019年に改定された熱力学温度ケルビンの新しい定義に合致する方法である.

キーワード:気体温度,非接触温度測定,熱力学温度,光周波数コム,デュアルコム分光

1.従来のレーザ分光法による非接触温度測定

 温度を測定する方法は多岐にわたるが,筆者らの温度測定法は,ほかの温度計で校正する必要がない,いわゆるキャリブレーションフリー型で,かつ非接触型である.この章では,同じカテゴリーに属し,従来調べられてきた技術についてまず紹介する.

 気体温度を測定する方法として,原子や分子が特定の周波数の光を吸収する性質を利用したレーザ分光法がある.例として,分光法によって得られた1本の吸収スペクトル線のドップラー幅を解析する方法や,2本の吸収スペクトル線の吸収強度比を解析する方法などが挙げられる.

 さて,気体分子の運動形態には,自由に空間を飛び回る分子全体の並進運動のほか,分子自体の振動運動,回転運動という三つの形態がある.量子力学では,分子の振動・回転エネルギーは量子化され,離散的なエネルギー準位を持つ.このため分子はこれらの準位間のエネルギー差に対応した周波数の光を吸収したり,放出したりする.それらの遷移により現れる分子の吸収スペクトル線の中心周波数を精密に測定する精密分光法では,併せて,スペクトル線の形状に関する遷移強度や線幅をも求めることができる.

 熱力学的に平衡状態にある気体分子は,分子内部の各エネルギー状態に,ボルツマンの法則に基づいた分布をしている.並進の運動エネルギーはスペクトル線の横軸の線幅に現れる.線幅からは,マクスウェル・ボルツマンの速度分布則により,並進温度の情報が提供される.一方,振動・回転の運動エネルギーの分布状態はスペクトルの縦軸の強度に現れる.強度からは振動温度と回転温度の情報が得られる.次に,このスペクトル線幅と強度から温度を求める方法の一例を紹介する.

1.1 スペクトル線幅から温度を求める方法(Doppler Broadening Thermometer, DBT法)

 気体分子がセル内で熱運動(前述した並進運動に相当)をしている場合,分子の遷移に共鳴する光の周波数はドップラー効果によりドップラーシフトを起こすので,観測される吸収スペクトル線が広がる.このドップラー広がりは,分子の速度分布を反映している.マクスウェル・ボルツマン分布から式(1)のようにドップラー幅mathと温度の関係が得られる.


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