電子情報通信学会 - IEICE会誌 試し読みサイト
© Copyright IEICE. All rights reserved.
|
論文賞(第76回)は,2018年10月から2019年9月まで本会和文論文誌・英文論文誌に発表された論文のうちから下記の12編を選定して贈呈した.
(和文論文誌A 2018年10月号掲載)
現在のマイクロエレクトロニクス・情報通信の基盤技術として,注入同期(injection locking)は,必須なものの一つである.これは真空管時代に端を発し,現在のミリ波無線通信等の高周波数帯での利用,省電力設計,回路の微細化の要請から,更にその限界へ向け性能向上が求められている.
この論文は,現実的制約条件の下で「注入同期の性能向上限界は存在し,それが達成可能か?」という重要な基本問題に,理論と実験の両面からアプローチし,明解な解答を与えるものである.従来,注入同期系の設計には系統的設計論が存在せず,現場では経験や勘に頼らざるを得ない状況であった.例えば(1)入力が正弦波から大きく異なる場合や,発振器の非線形性が強い場合の取扱いが困難であり,現在のパルス入力や非線形性の強いCMOS回路などに対しても有効な解析的設計論が存在せず,設計上の唯一のよりどころは数値シミュレーションによる試行錯誤のみであった.したがって当然のことながら,(2)諸々の現実的制約条件の下で注入同期能力を最大化する最適化設計論も存在しなかった.
この論文は,上記の問題(1),(2)に対し,入力(注入電流)が十分に小さい場合,その背後に意外な数学的構造が存在し,無限次元の極値問題として「可解」となることを示している.更に,この論文は実用的発振器(E級発振器)を用いた実験により,理論的予想のとおり注入同期能力が最大化可能であることを初めて実証している.これらの結果により,工学的応用として,マイクロエレクトロニクスのみならず,体内時計更に心臓ペースメーカ等にまで広がる多くの適用対象に対し,従来どのような研究でも構築できなかった,種々の現実的制約条件に対応可能な最適注入同期の系統的設計論が,初めて構築された.本成果は,マイクロエレクトロニクス・情報通信の基盤技術に貢献するのみならず,最適化理論の発展を触発するものであり,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
(英文論文誌A 2018年12月号掲載)
次世代の不揮発性磁気メモリとして,レーストラックメモリ(RM)が注目されている.ポジションエラー(PE)とは,記録されたデータへのアクセス時に生じるRM固有の信頼性上の問題であり,これに起因し同期誤り(データの欠損と重複)が発生する.
また,RM上のアクセスポート数は記録密度やアクセス速度などを決める一要素であり,信頼性とポート数の関係解明,及びPEに対する誤り訂正符号化法の構築は重要な課題である.
本論文では,はじめに,PEに起因する同期誤りを隠れマルコフ通信路としてモデル化した.更に,一様なバイナリー入力という仮定の下,この通信路を介して信頼できる通信が可能な伝送率の計算方法を与え,ポート数と伝送率の関係を示した.次に,具体的な符号化法を構築した.符号には,空間結合符号と呼ばれるLow-Density Parity-Check(LDPC)符号を採用した.この符号は,多くの通信路の理論限界に接近する性能をBelief Propagation(BP)復号法で達成することが知られている.本論文では,上記隠れマルコフ通信路の鎖状グラフとLDPC符号のタナーグラフの結合グラフ表現,及びその因子分解を与え,PEに起因する同期誤り訂正問題を結合グラフ上でのBPに基づく結合形検出・復号問題へと帰着させた.その漸近的な復号性能を密度発展法により評価し,復号誤り率が0に収束する同期誤り確率の上限値とポート数の関係を示した.最後に,空間結合符号を用いる際の結合形BP検出・復号法のメッセージ伝搬の連鎖反応に着目し,より強い連鎖反応を与え,信頼できる通信が可能な伝送率に迫るRM上の符号語の配置方法を提案した.
以上のように,本論文では,RMで生じるPEに起因する同期誤りに対して,信頼できる通信が可能な伝送率とポート数の関係を明らかにし,具体的な符号化方法を検討し,その復号性能を評価している.この成果は,信頼性を考慮したRM,並びに同期誤りが生じる通信システム設計の基準に役立つ新たな知見と技術を提供できると期待している.
(英文論文誌A 2018年12月号掲載)
音で音を消す技術であるアクティブノイズコントロールは適応信号処理の代表的な成功例である.その更新アルゴリズムであるFXLMSアルゴリズムは二次経路(二次音源スピーカからエラーマイクロホンまでの伝搬系)のインパルス応答を考慮してLMSアルゴリズムを一般化したアルゴリズムである.LMSアルゴリズムやFXLMSアルゴリズムは半世紀にわたって広く使われてきたにもかかわらず,驚くべきことに,その一般的な理論はこれまでのところ存在しない.
一方,物理学の一分野である統計力学で開発された種々の理論解析手法,数値計算手法を用いて情報に関する様々な問題にアプローチする枠組みは情報統計力学と呼ばれ,連想記憶モデル,誤り訂正符号,無線通信,画像処理,統計的学習など多くの分野で成果を上げている.情報統計力学の特徴はシステムサイズが無限大の極限を考えることにより,問題個々の小さな違いにはよらない普遍的性質を巨視的に,かつ決定論的に議論する点にある.
本論文ではFXLMSアルゴリズムの動的,静的振舞いについて情報統計力学の枠組みで解析した.すなわち,一次経路(未知システム)とFIR適応フィルタのタップ長が無限大であることのみを主たる仮定とし,少数の巨視的変数の動的振舞いを記述する連立微分方程式を決定論的で閉じた形で導出し,解析的に解いた.求められた結果は参照信号が白色,有色のいずれの場合においても有限タップ長の計算機実験の結果を極めて精度良く予測するものである.
本論文の成果は理論的側面から極めて興味深いだけでなく,実際のアクティブノイズコントロールシステム設計時の諸パラメータ決定の際にその指針を与える点で有用なものである.以上の理由から本論文は本賞に値する論文として高く評価できる.
(和文論文誌B 2019年6月号掲載)
IoTの社会的広がりに伴い,雑音に対してロバストで高感度な微弱信号検出を可能とするセンサデバイスや信号処理技術への要請が高まっている.本論文は脳内ニューロンなど様々な非線形系で観測される確率共鳴現象に着目し,情報通信への応用を促すことを目的として執筆したレビュー論文である.
確率共鳴とは,雑音による微弱信号に対する応答の最適化現象である.信号処理分野においてはこれまで雑音は邪魔なものでしかなく,フィルタ処理等を駆使して極力取り除かれてきた.しかし生態系などを見てみると,本現象をうまく信号処理に生かし,雑音を用いて微弱な信号を感知できる仕組みを有していることがNature等で報告されている.このような稀有な特徴を持つ現象はこれまで主に物理学の範ちゅうで議論されてきた.近年は,現象発現の観測や発現メカニズムの検討が生態系,材料系,電子デバイスなど様々な分野で進められるようになっている.しかしながら,応用に関するこれまでの報告においては有意な性能改善が得られていない.このため現象発見から40年近くたった現在においてもいまだ実用に至っていないのが現状である.
そこで本論文では,確率共鳴現象の有意な工学応用を狙うべく,著者らのこれまでの研究活動を基に,確率共鳴現象の基礎理論や研究動向,更に情報通信への応用について概説した.確率共鳴現象を利用することで,従来は感知することすらできなかった微弱信号も受信でき,また近年5Gなどの枠組みで議論されている1bit A-D変換器での多シンボル信号復調,仮説検定における信号検出確率の改善など,今後の応用が期待できる.一方,確率共鳴系では雑音印加による特性劣化が必ず生じる.したがって線形系が利用できる状況では利用すべきでない.むしろ,この劣化をポジティブに受け入れ,線形系では扱うことができない非線形系が主となる環境での利用を検討すべきである.本論文は今後の確率共鳴現象の情報通信への応用の参考になるものと期待される.
(英文論文誌B 2019年8月号掲載)
最優秀論文賞(第2回)に別掲
(英文論文誌B 2019年8月号掲載)
今後の基幹光通信システム容量拡大の担い手として空間多重技術が注目されている.空間多重技術利用の光通信技術の一つとして,マルチコアファイバを用いた光通信技術の研究開発が活発になっている.基幹光通信システムに適用するためには,従来のシングルコア光ファイバによるシステムと同様,伝送過程で減衰する光信号を再生中継する光増幅器が不可欠である.マルチコア光増幅器は,従来のシングルコア光増幅器とは光信号増幅のメカニズムが異なるため,光増幅効率が低いことが弱点である.これを克服し,従来のシングルコア光増幅器と同等以上の性能実現が課題視されている.
本論文では,その課題解決のために新しい光信号励起方式を考案した.クラッド励起型マルチコア光増幅器では,マルチコアファイバの構造上励起光と増幅媒体の相互作用が小さいため,励起光が増幅媒体に吸収され切れずに残ってしまうことが問題である.そこで,空間結合形の残留励起光分離デバイスを含む励起光回生機構を新規開発した.これにより,残留励起光成分を無駄なく利用できるようになるため光増幅効率改善が可能となる.マルチコア光増幅器への入力光信号強度,励起レーザ出力強度といった動作条件にもよるが,提案方式にて最大で光増幅利得を2.4dB向上,励起レーザ駆動電力換算で32%の消費電力削減する効果を実験的に確認した.また,光増幅器の雑音指数や伝送信号品質に悪影響を及ぼさないことを伝送実験にて確認した.実際には,光ネットワーク内には幾つもの光増幅器が,それぞれ異なる条件で動作することになる.そこで,実在するメジャーなトポロジーにて,提案方式による光ネットワーク全体の消費電力削減効果を見積もったところ,最大で33.5%の消費電力削減効果があることを明らかにした.
本論文は,今後有力視される基幹光通信システムのマルチコア化において必要不可欠な光増幅技術の性能向上に寄与し,実用化に貢献する研究であることから,本会論文賞に値する論文として高く評価できる.
(英文論文誌C 2019年1月号掲載)
本論文では,厚みのある導体スリットによる平面電磁波の散乱界をキルヒホッフ近似によって導出している.
高速大容量の移動体通信を円滑に行うためには,通信経路を予測した最適な通信基地局の配置が必要不可欠である.特に高層建築物が多い大都市空間における電波伝搬は,建築物からの散乱の影響を受けるため通信経路は複雑になり,効率の良い解析手法が望まれる.
伝搬解析の際に考慮しなければならない建物の寸法が,移動体通信に使用されている電波の波長に比較して大きな場合には,数値解析手法を用いると,多くの標本点を取った解析となるため,大きな記憶容量と多大な計算時間が必要となり,広域の伝搬推定には向かない.そこで本論文では,高速な伝搬解析が可能となることを念頭に,古くから提案されているキルヒホッフ近似を用いてスリットの開口部に入射波によって作られる等価磁流を仮定し,その波源からの放射の形で散乱波を表現している.厚みのあるスリットの開口を通してスリット下部に伝搬して放射する寄与についても考慮するための工夫として,スリット部を導波管とみなして,伝搬波を導波管モード和に変換し,再度開口部に等価磁流を仮定して放射波を求めている.
この解析によれば,物理的な電波の伝搬のイメージに基づいた形で定式化が可能であることから理解しやすく,最終的な解は非常に簡単な形で表され,高速で数値計算が可能である.他の解法との比較により,主なる回折ビームの方向や大きさ等を推定するには,十分な精度が得られていることが示されている.
ここで示された解析手法は,スリット内部に窓ガラスを模擬した誘電体を装荷した場合や,実際の窓を模した方形孔に対する電波散乱の解析のような三次元解析への拡張性も高い.したがって今後建物壁に設けられた大きな窓開口による電波散乱の予測等に有効な解析手法となると考えられ,今後の発展が期待できる.よって本会論文賞に値する論文として高く評価できる.
(和文論文誌C 2019年5月号掲載)
第5世代移動通信システム(5G)は,「超高速通信」及び「超低遅延」の実現,更にセンサネットワーク等における「多数同時接続」を達成することを目的とした通信システムであり,‘もの’のインターネット(IoT)の基盤技術としても注目されている.5Gでは新たな周波数帯域を利用することから,高信頼かつ高品質な通信環境を実現するための無線回線設計には,人体遮蔽や壁面粗さによる反射特性の考慮など,それら周波数帯域の電波伝搬特性において重要となる要素を高精度に評価し,影響を明らかにする必要がある.特に,6GHz以上の高い周波数の屋内電波伝搬においては,人体による電波の吸収や遮蔽が伝搬特性に与える損失影響が従来の移動体通信あるいは無線LANの周波数帯と比較し大幅に上昇することから,これら影響についての定量化あるいはモデル化が重要な課題になっている.
本論文では,複数の人体が存在する小規模オフィス内の26GHz帯電波伝搬特性について,大規模FDTD解析とレイトレースを用いてそれぞれ評価し,電磁界強度分布や見通し/非見通し領域の電波到達時間などを比較して議論している.FDTDにおいては,3Dレーザスキャナを用いた高精細な屋内環境の三次元数値モデル構築を行い,大形計算機による大規模解析を行っている.計算結果から,見通し領域の電磁界分布についてはFDTDとレイトレースの結果はおおむね一致した結果が得られることを示している.一方で,非見通し領域における分布や電波の到達時間などについては,1mmの空間分解能で特性推定可能なFDTDとレイトレースでは考慮できる伝搬パスが異なることなどにより,評価結果において大きな違いが生じることを明らかにしている.
本論文で示された数値シミュレーションによる屋内伝搬特性推定は,今後Society 5.0実現などのために利用拡大が予想される準ミリ波あるいはミリ波帯電波の屋内環境における伝搬特性評価技術発展への大きな寄与が期待される.これらのことから,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
(和文論文誌C 2019年9月号掲載)
らせん波面を持つ光波の総称である光渦は,ドーナツ形の強度分布と軌道角運動量を持つ.現在,超解像顕微鏡,空間多重光通信,量子情報,光ピンセット,レーザ微細加工など,数多くの分野で光渦の応用研究が活性化している.
光渦が発生できる波長域を拡張することが,これらの応用実現に向けた最重要研究課題の一つである.これまでに第二高調波発生,和周波発生,光パラメトリック発振,誘導ラマン散乱など,二次あるいは三次非線形光学効果による光渦の波長変換が報告されている.励起光と波長変換された光の光子間のエネルギー保存則が成り立つ二次非線形光学効果では,波長変換前後で,光の軌道角運動量も保存される.その結果,波長変換後に発生する光渦の軌道角運動量は,励起光の軌道角運動量から容易に決定できる.
これに対して,三次非線形光学現象である誘導ラマン散乱では,励起光の光子エネルギーは,発生するストークス光と光学フォノンに分配される.したがって,励起光の軌道角運動量もストークス光と光学フォノンに分配される可能性がある.しかしながら,これまでこの可能性を直接示唆する研究結果はなかった.
本論文では,Ba(NO3)2結晶をラマン活性媒質としたラマンレーザを光渦で励起し,ストークス光の軌道角運動量を実験的に計測した.その結果,ストークス光の軌道角運動量は励起光の軌道角運動量ではなく,ラマン利得を決定する励起光とストークス光の空間重なり積分によって決定するということを解明した.このことは光学フォノンが励起光の軌道角運動量の一部を受け取るということを意味し,軌道角運動量保存則は励起光,ストークス光,光学フォノン間で成立するということを明示している.
本研究は,単なる光渦の発振波長拡張技術ではなく,光の軌道角運動量と物質の非線形相互作用に新たな物理的知見を与える.光渦を用いた光技術の発展,更には,光物性科学に大きく貢献が期待される.本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
(和文論文誌D 2019年8月号掲載)
本論文は,自動走行車両の自己位置を推定する方法の一つであるスキャンマッチングにおいて,三次元点群地図のデータ量が膨大となる課題に着目し,データ量が従来より100倍以上コンパクトになる三次元点群地図の地図生成手法及び自己位置推定手法を提案している.本論文の独創性は高く,三次元点群をボクセルグリッドで表現し,それらの集合のサブボリュームをベクトル量子化にて地図データを生成する点が新規性として挙げられる.これにより,点のデータを個別に量子化する方法に比べて大幅にデータ量の削減を実現している.地図データを圧縮できた結果,地図データのストレージ容量の削減とともに,音声データと同程度のネットワーク帯域での地図データの配信の実現に向けて貢献している.また,自己位置推定では地図データとスキャンデータの間の類似度を計算し,自己位置の推定精度を従来と同程度としている.以上により,データの圧縮と推定精度の維持を両立している点で,価値ある論文である.
本論文では,車両の自動運転をターゲットとしているが,地図情報の圧縮と自己位置推定は他の分野への適用も考えられる.例えば,地上の走行ではロボットによるビル内の巡回があり,空を利用したドローンでは宅配サービスが実用段階に向かいつつある.更に,自動運転が要とされる空飛ぶ車は世界各国で研究が進んでいる.また海上・海中におけるドローンでは,海底地形データを用いて自己位置を推定する方法も考えられる.
このように,提案手法は様々な産業に貢献できる可能性を有しており,実社会での貢献が期待される.本論文は,有用性と新規性が高く,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.今後は実用化に向けて,更に広範囲かつ多様な点群地図での評価を期待する.
(和文論文誌D 2019年3月号掲載)
本論文は,ニューラルネットワークの中でも特に発展の著しい畳込みニューラルネットワーク(Convolution Neural Network)を対象とし,主に画像のクラス分類タスクに着目したモデルのサーベイである.2012年に登場したAlexNet以降の代表的な6種類のCNNの変遷を紹介するとともに,それらのモデルで利用されている重要な構成要素を説明している.サーベイ時点の2017年までの完成形と判断したResNetを基本に,ResNetを特徴付けるResidualモジュール自体の改良や,モジュールを積み重ねるというマクロなResNetのアーキテクチャ自体の改善,汎化性能改善,推論高速化という観点で,これまでに提案された多数のモデルを独自に体系化している.
特筆すべき点として,代表的なモデル10種類とデータセット3種類に対する網羅的な精度及び処理速度の検証が挙げられる.異なるモデルを公平に評価するのは意外と難しく,信頼できる研究者による適切なパラメータ選択とモデル学習なしには実現し得ない.更に得られた考察も幅広い知見を有する著者にしか導き出せないものである.
CNNのモデルを選定することは研究開発に必須であり,多くの読者によって関心のある内容である.これから画像認識の研究開発を行おうとする読者にとって非常に有益な論文である.以上のように本論文は,CNNモデルのサーベイとして,本分野での有効性・貢献度は非常に高く,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
(和文論文誌D 2019年8月号掲載)
本論文では,近年時系列分析などに広く用いられているニューラルネットワークモデルであるGated Recurrent Unit(GRU)に関して,GRUを非線形動的システムとみなし,そのダイナミクスの解析に基づきGRUの学習における勾配爆発を避けながら効率的に学習を行う手法が提案されており,実験的にその効果が検証されている.
具体的には,平衡点の安定性の変化によって引き起こされる分岐と呼ばれる現象が勾配爆発の要因であることに着目し,この分岐点を回避するための学習法として,GRUの回帰ループの重み行列のスペクトルノルム最大値に制約をつけた上で最適化を行う手法を提案し,更にそれを効率的に行う手法を考案した.言語と音楽データによる評価実験の結果,提案法が既存法である勾配クリッピングより効果的に勾配爆発を抑制し,更により高い精度を達成できることを示した.
本論文で用いられているような最大特異値を制約するような学習法は既に(CNN等の)他のモデルに対して提案されているものの,より高度なモデルであるGRUに適用している点で進歩性が認められる.GRUに対する学習安定化のために,固有値に対する制約に代わって,計算コストを削減しつつ同等の効果が得られる特異値による制約を提案していること,更に多層GRUに拡張する際の手法など独自の工夫が随所に見られ,高い独創性が認められる.
様々な分野で広く用いられているGRUの勾配爆発問題に対して,最大特異値を制約する学習法について自明でない形で理論的に展開し,一定の計算時間で高い予測性能を実現している.数学的な基盤について比較的丁寧に書かれており,論理は明確である.また理論的な議論だけでなく,言語や音楽の実データを用いて実験的に評価を行っている点も好感が持てる.実験とその分析もおおむね適切であり,提案手法の有効性は,十分信頼に値すると言える.
以上から,本会読者の多くにとって有益な成果であり貢献度が高く,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
オープンアクセス以外の記事を読みたい方は、以下のリンクより電子情報通信学会の学会誌の購読もしくは学会に入会登録することで読めるようになります。 また、会員になると豊富な豪華特典が付いてきます。
電子情報通信学会 - IEICE会誌はモバイルでお読みいただけます。
電子情報通信学会 - IEICE会誌アプリをダウンロード