解説 COVID-19禍環境における技術利活用に関する分析と考察[Ⅰ]──インフラシステムでのAI 技術活用──

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Vol.104 No.1 (2021/1) 目次へ

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 解説 

COVID-19禍環境における技術利活用に関する分析と考察[Ⅰ]

――インフラシステムでのAI技術活用――

Analysis about Technological Utilization in COVID-19 Pandemic [Ⅰ]: AI Technology for Infrastructure System

山下浩一郎

山下浩一郎 Fujitsu R&D Center Co., LTD., Shanghai Laboratory

Koichiro YAMASHITA, Nonmember (Shanghai Laboratory, Fujitsu R&D Center Co., LTD., Shanghai, 201204 P.R., China).

電子情報通信学会誌 Vol.104 No.1 pp.27-34 2021年1月

©電子情報通信学会2021


目    次

[Ⅰ]インフラシステムでのAI技術活用(1月号)

[Ⅱ]防疫システムと市民生活アルゴリズム(2月号)

[Ⅲ・完]新しい生活様式での技術活用と総括(3月号)

A bstract

 2020年6月現在,COVID-19は世界で猛威を振るい,日本も例外なく市民生活や経済活動に多大な影響が及んでいる.感染「終息」は医学的進歩対策が必要であるが,ICTやAI技術の利活用が「収束」に貢献することも事実である.本連載は今後のNew Normalに向けた研究開発の参考になるべく,第1回では密回避,2回以降では防疫アルゴリズムや新たな生活様式に向けたDXといった,現在日本でも注目されている事象に着目し,筆者の勤務する上海市で先行的に行われてきた技術施策を例題に,客観かつ定量的に分析・解説するものである.

キーワード:COVID-19,AI,ICT,密回避,トラッキング

1.は じ め に

1.1 注意・免責事項

 COVID-19に関しての記事が多々あるが,偏った情報,個人的感情により,懐疑的な観点で読まれる方も一定数いると思われる.本連載では以下の点に細心の注意払っており,読まれる際においても注意点として念頭に置いて頂きたい.

本連載における各事項は,公正・中立・客観・定量を軸に記載を行う.

詳細な情報が明示されていない仕組みについては仮説を示し検証を行うことで考察している.

可能な限り情報源を示し,公的情報を最優先する一方,伝聞,SNSや噂といったソース不明の報道については排除する.

筆者の生活圏(住居,勤務先)での実体験報告であるため,市中状況を普遍的に述べたものではない.

医学的観点は言うに及ばず,防疫観点でのいかなる成否の判断を行わない.

1.2 状況のサマリ

 上海市は東京から西に約1,800km,鹿児島とほぼ同じ緯度に位置する中国2番目の都市(最大都市は重慶)である.市の人口は2,400万人あり,長江デルタ地域を合算すると2億人の人口(うち日本人は5.3万人以上)が集中する流通・経済・研究開発・バイオなど多国籍の企業が集まる都市である.

 表1は,上海市(日本総領事館)及び東京都が発表しているデータを整理したものである.検査ポリシーや診断基準の違いなどがあり一概に比較できるものではない.

表1 上海市と東京都の比較(2020年6月30日現在)

 しかしながら筆者の身の回りの状況では,日本側の仕事関係者に若干名の感染者報告がある一方,上海で居住する街区や,現地従業員・家族に感染報告は出ておらず,統計情報に現れた定量差はあるものと考えている.

 また,図1で本連載に関連する事象タイムラインを整理する.主に公式情報を基に,上海市及び日本で発生した事象を相互比較しやすいよう時系列で並べたものである.赤丸は上海市,青丸は東京都(あるいは日本)の状況を示している.

図1 確定感染者数と社会イベント

 全てのトリガは2020年1月5日(以下,特別な記載がない場合は月日表記とする)の武漢市の衛生局による会見速報が上海一般市民への具体公知情報となったほか,同内容を領事館が公式翻訳をして,外務省筋で日本語で公式アナウンスされたのは1月6日である(1).以降,上海市では様々な企業や研究機関が取組みを行い,従来は実証実験レベルだった技術を積極的に実践活用するシーンが多く見られた.次号紹介予定の健康証明・通行証明QRなどは現在のスタイルに落ち着くまで,独自亜種が出てきては改良や淘汰されるといったことから,多くはボトムアップ的な活動であったと推測される.

 なお,中国では全国共通の施策ではなく,各省や都市といった自治体単位での独自の手法が取られていたため,都市ごとに対策が異なっていることも併記する.

2.公共エリア・交通システムにおける混雑回避

 日本において,首都圏における「密」発生の問題の一つとして,多くの人は公共交通機関のラッシュ状態のリスクコントロールに関心を寄せている.

 結果から述べると,上海における筆者の通勤経路では,現在どの時間帯に乗車しても他の乗客と肩が触れ合うことのないレベルのソーシャルディスタンスが実現されている.

 例えば平常時の朝は,8:00台をピークとした日本の首都圏に匹敵するラッシュ状態であったが,現在は7:00頃から徐々に混雑が始まり,普段なら座れる10:00頃まで人が多い状態が続くが,ピーク時でも押し合いながら乗車するほどの混雑はない.

 各都市の地下鉄網の規模を参考までに表2に示す.本データにはJRや私鉄路線が加味されていないが,上海や北京でも複雑な路線網が存在し,平常時は日々ラッシュ状態で多くの乗客が利用している.

表2 地下鉄概算規模比較(2018年)

2.1 上海市地下鉄限流式制御

 上海市ではCOVID-19防疫対策として,車両に掲示されたQRコード(以下,車両QR)を活用した利用客追跡のほか,各路線・駅の利用客推移の調査に基づく混雑予測や入場制限(告知では「限流」と表現しているため,本稿でも同一表現を用いる)の事前アナウンスが行われている(2)

 文献(2)は上海市が発布した地下鉄の乗客への案内通知であるが,全て中国語で記載されているため,冒頭のみ翻訳をすると以下のようなことが記載されている.

 「企業経済活動の再開により,地下鉄の利用者数も増加している.地下鉄グループでは“列車ダイヤの調整,停車駅の間引き,車両増結,乗換えの誘導”などを実施し,利用客のピークコントロールを実施する.利用客におかれては,駅入場において検温を実施するほか,全行程においてマスクの着用を必須とする」

 またこれに併せて,混雑が予測される日においては前日に混雑区間と限流を行う駅の発表が行われている.

 図2は実際に車両に貼られている車両QRコードとスキャン結果であるが,この後に自身の電話番号を登録することでレジストレーションが完了する.

図2 地下鉄乗車QRコード

 このシステムの出力の一つは,万一感染者が乗車していた場合に,同一車両に乗車していた乗客を接触者としての追跡を易化し,もう一つは改札通過人数には現れない実際の利用客の乗車動向をデータ化することである.

 このようなQRコードを活用した利用者調査はシステム化が容易かつ低コストに実現可能なため,地下鉄に限らず,商業施設や市内要所で活用されており,日本でも大阪府などが運用推奨している(3)

 しかしながら,企業活動の再開した2月頃は多くの乗客は車両QRコードをスキャンしていたようであるが,6月現在,煩雑さやプライバシーを意識する人も多く,スキャンせずに乗車する人も散見される.駅構内や車内アナウンス等で協力は要請されるも,指導や罰則もなく積極的な利用推進は行われていないのが現状である.

 感染メカニズムについては専門家に委ねるが,一定率以上の乗客の登録が担保できなければ,乗車中の接触を追い切れず主目的ではないとすると,仮説としてもう一つの乗客の流動動線データの重要性が高まるとして,以降の分析を行う.

 車両QRコードは接触者追跡といったパッシブセーフティ(感染後の影響を最小限に抑える)技術であり,積極的な防疫取組みでは,アクティブセーフティ(感染そのものを未然に防ぐ)技術とのバランスが重要となる.蛇足ではあるが,従来から汎用アプリケーションなどが公開する混雑状況のレポートもある程度は参考になるが,大勢がそれを避けて前後タイミングに混雑がシフトだけする懸念もあり,基本は論理的な分散措置で密集状態を発生させないことにある.

 まず,駅入場時の検温と第2回で解説する健康QRコード(赤・黄・緑で個人の感染リスク状態を可視化するスマートフォンアプリ)の確認で,利用開始前に感染者リスクのある利用客をフィルタし,更に駅構内・車両内の密集を回避する多重のアクティブセーフティが組み込まれている.

 密集状態の回避策としては,単純には日本の首都圏でも行われている駅の入場制限があるが,駅単位での入場制限を実施した場合,混雑駅で延々と入場待ちの列ができるなど,結果的に車両や駅の外で密状態が形成される本末転倒な状態になってしまう.

 前述した文献(2)では詳細な実施内容が説明されており,上海で現在行われている限流制御は,各駅の入場や改札後の乗車待ちの行列人数及びその行列の進行速度をモニタリング値として,以下に挙げる2点の目標値を基に利用客のコントロールを実施している.なお,満載率100%とは全ての座席とつり革が埋まり,ドア付近に数名立っている状態と定義されている.

駅入場待機~改札~乗車までの待ち時間

混雑駅:最大10分待機

非混雑駅:最大5分待機

(モニタリング:移動する人の列の速度)

区間混雑度(満載率,乗客の快適度)

満載率最大100%以下

 図3に実際の地下鉄利用客数を上海市及び東京都の発表する利用者数推移(2),(4)を示す.数値は平年の利用者数を100としたときの比率を表している.東京都の数値は都営地下鉄の改札通過数が基となっているが,おおむね首都圏の鉄道は類似した傾向にあると考えている.

図3 地下鉄乗客数の変化

 図4は実際にあった制御を路線図に部分展開した例である.パターン1のエリアでは4線が合流するターミナル駅Aに向かい,手前のX,Y,Z駅で入場制限を段階的に行う一般的な手法であり,これは日本の首都圏でもターミナル接続する手前の混雑駅で行われる入場制限に似ている.しかしながら,駅ごとに独立した入場制限では,ターミナルに近い駅ほど乗車しづらいという欠点もある.

図4 限流制御の例

 一方で,パターン2のエリアではP, Q, R駅といったターミナル駅やその近隣ではなく,混雑区間とは直接関係ないL, M駅で制限が行われている.実際には入場を待つことなく乗車可能な駅でも,評価値①「非混雑駅」として最大5分の待機バッファリングを実施することで,乗車人数を抑え「混雑駅」の待機時間10分を担保する効果を狙っていると考えられる.

 更に,駅区間の満載率を平準化できても,乗換駅では降車客・乗車客・新規入場客の動線が駅構内で交差し閉塞状態が発生すると,そこで密集化のリスクとなる.

 図5は,文献(2)や取材記事(5)などの記載内容を整理した限流式制御のチャートである.特に取材記事においては現場写真も掲載されており,併せて参照されたい.

図5 上海市地下鉄限流式制御チャート

 ここで前述した仮説に戻ると,改札を通った駅利用者数だけではなく,乗換えパターンを加味した駅間の乗客動線実態情報が必要となってくる.

 すなわち,利用者による車両QRスキャン結果の傾向が重要なファクタとなるが,いわゆる群衆流動解析では100%の個々の動きを追跡する必要がなく,構内の通路構造に基づく流動の停滞部分(モニタリング指標となる移動する群衆の速度)の対策の検討が可能なため,積極的な車内での車両QRスキャン活用を励行していない点に説明がつく.

 文献(2)(5)を鑑みると,現在は調査統計結果に従い,監視員によるチェックと,構内誘導員による可動式パーティションなどを用いて群衆の制御調整が行われている.現在は多くの部分がマニュアル制御となっているが,例えば適切な人数・移動方向・速度といったサンプリングデータを基に,従来から応用が進んでいる群行動のマルチエージェントモデルによるシミュレーション解析(6)などを用い,整列誘導パターンや通路パーティション設置の最適化などを自動化することで今後より効率的な対策が講じられると考えられる.

2.2 北京市地下鉄予約式制御

 北京市地下鉄では全く別のアプローチで密回避が行われており,その仕組みはアミューズメント施設でのファストパス方式と運用が似ている.

 乗車までの流れは,スマートフォンのアプリを活用し,事前に予約サイトにアクセス,乗車希望の時間帯に空きがあれば予約手続きし,そのまま当該時間に駅に向かえば,予約者レーンから優先乗車可能である.一方で,事前予約がない者は,非予約者レーンで待機する仕組みである.これらの仕組みを同様にチャート化したものを図6に示す.乗車までの仕組みはシンプルである一方,上海市同様に乗客の人流を把握していないと,的確な予約数の発行制御が困難であるとともに,スマートフォンを利用しない層への対策が不透明である.

図6 北京市地下鉄事前予約式制御チャート

3.課題と解決技術

 ここまで紹介した上海市・北京市での混雑緩和に対する取組みを表3に整理する.

表3 混雑緩和に対する北京方式・上海方式の比較

 例えば,近年の首都圏では私鉄を中心に予約制の有料通勤専用列車を運行しているが,北京市の取組みはこれを一般の列車にも拡張したイメージである.既に日本でも予約システムが稼動していることを考慮しても,最も実現性が高いと考えられる.しかしながら予約発行数の制御などに必要な人流の掌握には俯瞰的な乗客動線の観察,人数のカウントと人物のトラッキングに基づく基礎データが必要になってくる.

3.1 基地局接続端末数の分析

 人の流動については,日本の内閣官房からの公開データとして,通信キャリヤの協力により主に人口密集エリアでの基地局への接続端末数を基にした人口変動の動向がレポートされている(7)

 携帯基地局あるいは中継局(リピータ)には同時接続可能な端末数に制限があり,都市部では人口密集度に応じて数十mから数百mごとに設置されている.しかしながらこの設置間隔ではエリア全体の人数把握はできても,駅構内の通路や商業施設の売り場ごとといった局所的な粗密状態や人の流れを把握することは困難である.

3.2 映像AIによる群衆解析

 この課題解決では,セキュリティカメラを活用した映像AIによる人の検出技術に期待されている(8).映像内の人物検出技術はオープンソースをベースに比較的容易にシステム構築可能であり,技術参入障壁も低いため,上海に限らず,日本でもスーパマーケットやコンビニエンスストアで実施されている報告がある.

 図7は筆者研究所の会議室での密集状態の解析実験で,出力結果に対して会議室の面積や,カウント状態の継続時間などを加味することで「密」状態を検出してアラームを上げることが可能である.また,抽出したヘッド部分の軌跡を追うことで画像内での人物のトラッキングも可能である.

図7 AI映像解析による人数カウント

 映像AIによる人物検知とカウントシステムは,「密」状態が発生してからアラームを上げるため,これ単体ではアクティブセーフティ(未然の密回避),パッシブセーフティ(密発生後の当該者追跡による拡散抑止)両面で十分な解決には至っていない.

 例えば,コンビニエンスストアなどの狭い店舗であれば単一のカメラでも個々の動線をトラッキング可能であるが,駅構内や商業施設など,複雑なレイアウトに対して複数のカメラが設置されている条件で,動線の把握に基づく密集傾向の未然分析や,事後の接触者を追跡する場合には,異なるカメラに映った人物の同定を行うことで移動方向を推定しなければいけない.

 例えば図7の実験システムでは便宜的に通し番号(ID)が振られているが,対象者がフレームアウトしたり,別カメラの映像になった場合にこのID番号の同一性をトラッキングしなければならない.

3.3 プライバシーを保護するトラッキング手法

 異なるカメラ映像から個々を同定する簡単なアプローチは顔認証などを行うことで逐一個人特定していく手法がある.学校やオフィス内など特定人員の分析には有効であるが,公共の場などで不特定多数を対象とする場合,プライバシーの観点で障壁が高い.

 そこで,現在この課題を解決する技術の一つにReID(9)の研究が進められている.ReID技術とは2005年のロンドンの地下鉄同時爆破テロ事件をきっかけに,各所に設置された防犯カメラ映像から,効率的に犯人を追跡する技術として研究が盛んになった分野である.

 この技術は検索対象(Query)を決めた後,他のカメラ映像から「酷似する人物」を検索する.従来技術では顔認証のほか,服装や持ち物を特徴項目として一致性を検索する手法があるが,ReID技術では人物の動作の「癖」も含めた外観の雰囲気の類似性(印象)を見ながら,個人特定をせずに絞り込みを行う技術である.

 図8は同様の会議室の映像を基に筆者をQueryとして弊社研究所各所に設置したセキュリティカメラ映像を使ったReID技術の追跡実験結果である.実験では筆者が目立つ赤い上着を着て会議に参加したが,上着を脱いだり,背後からの撮影アングルでも,自席や廊下などで的確にトラッキングできている.この結果を用い,タイムスタンプ,設置されたカメラの場所と組み合わせれば動線マップが完成する.全ての死角を排除するようにカメラ設置することが理想だが,「○番線から△番線,□コンコースを通過する人流の比率や動向」や「商業施設の売り場レイアウトと顧客動線傾向」を調査したいのであれば,ある程度粗な設置間隔でも傾向を把握することは可能と考えられる.

図8 ReID技術による動線追跡実験

 ところが,上海に限らず,都内でも大規模な駅ともなると1日の利用者数は数十万人~百万人規模にも及ぶ.総当たり検索は組合せ計算爆発問題を誘発するため,実用化には的確なQueryのサンプリングや検索範囲の限定化(例えば,Queryの移動速度を2m/sとした場合,10秒後の検索範囲は20m圏内のカメラに絞る)など,様々な工夫が必要となってくる.

 さて,図8で紹介した実験は非常に生々しいもので,ディストピア的監視社会を助長する技術に見えた読者も少なからずいると思われる.ReID技術の最大の特徴は個人を特定するような解析は行わず,あくまで容姿や服装,動作の癖を総合判断して同定していく点にある.

 また,従来技術として所持品や服装,性別・年齢層判定といった属性解析によるマッチング技術もプライバシー保護の観点では有効であるが,例えば「紺色スーツ,流行のビジネスバッグのサラリーマンの群衆」で同定を行うにはかなりの高精度認識技術が求められる.

3.4 非カメラデバイスの活用

 一般市民の心理的印象からカメラ設置そのものがプライバシーの観点では好ましく思われないケースも発生する.そこで,防犯や監視以外の目的,すなわち群衆の流動をモニタリングする目的では一般の光学カメラシステムではない他のデバイスの併用もNew Normalに向けた社会実装に必要になってくるかもしれない.

 ここで着目されているのが図9のようなToF(Time of Flightの略)(10)などの,非カメラデバイスである.このデバイスの動作原理はテレビなどのリモコンと同じで,名称にあるとおり赤外線パルスを照射し,物体に反射した信号の位相差を計算することで,対象物の立体構造(物体までの距離や深度を3Dドット展開)を検出するものである.一見サーモグラフのような映像であるが,赤~青にかけてのグラデーションにより物体までの距離が表現されている.光学カメラのように物体の色は判別できないが,ミリ波レーダに比べ構造がシンプルな一方で,解像度は低いながらも物体の輪郭を取得するには十分な情報が得られる.例えば,このデバイスの出力をReIDに入力し,特徴検索を組み合わせることで様々なトラッキングが可能になると考えられる.

図9 ToFデバイスの応用

4.ま  と  め

 連載第1回では,日本で提唱された「三密の回避」に直接関連し,交通機関のラッシュなどでの取組みについて分析と解説を行った.上海市地下鉄では,沿線企業の柔軟なフレックスタイム対応などもあり,人流のコントロールがうまくいっているように見える.春節明けは疑心暗鬼な市民で閑散としていたが,人の動きが戻り経済活動も復旧した現状では,過去にあった「通勤ラッシュ」から解放され,安心して日常利用できる状態になっている.

 安心については,第2回で解説を行う健康証明システムとの連動も重要なファクタであるが,今回の解説で触れた感染者や濃厚接触者のトラッキング,動線把握の技術においてもプライバシーの観点は避けて通ることはできないため継続して念頭に置きながら解説を続ける.

文     献

(1) 在上海日本国総領事館,“中国湖北省武漢における原因不明の肺炎の発生について,”Jan. 2020,
https://www.shanghai.cn.emb-japan.go.jp/itpr_ja/00_000900.html

(2) 上海市発布,“注意! 下周一起,上海地铁17座车站早高峰限流!,”(訳:注意! 来週より上海地下鉄では17か所の駅から限流をします!),Feb. 2020,
https://mp.weixin.qq.com/s/34EInpAHVMKC0hyECC5JHQ

(3) 大阪府報道発表資料,“5月29日より「大阪コロナ追跡システム」の運用を開始します,”
http://www.pref.osaka.lg.jp/hodo/index.php?site=fumin&pageId=38278

(4) 東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト,“その他参考指標,”
https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/?tab=reference

(5) 澎湃新闻,“开往春天的上海地铁:精细防控让乘客定心,”(訳:春の上海地下鉄:詳細な防疫対策と乗客の安心),March 2020,
https://www.thepaper.cn/newsDetail_forward_6455103

(6) 林 秀明,木村 謙,佐野友紀,竹市尚広,峰岸良和,“群衆歩行マルチエージェントモデルの比較検証,”The 30th Annual Conference of the Japanese Society for Artificial Intelligence, 3D4-OS-30b-1, 2016.

(7) 内閣官房,“新型コロナウイルス感染症対策,”
https://corona.go.jp/

(8) G. Gao, J. Gao, Q. Liu, Q. Wang, and Y. Wang, “CNN-based density estimation and crowd counting: A survey,” Computer Science ArXiv 2020, 28 March 2020.

(9) G. Wang, “Learning discriminative features with multiple granularities for person re-identification” ACM Multimedia, 2018.

(10) W. Wang, P. Liu, R. Ying, J. Wang, J. Qian, J. Jia, and J. Gao, “A high-computational efficiency human detection and flow estimation method based on TOF measurements,” IEEE Sens. J., vol.19, no.3, p.729, Feb. 2019.

(2020年6月30日受付 2020年8月17日最終受付) 

山下浩一郎

(やま)(した) (こう)(いち)(ろう)

 1995早大大学院理工学研究科了.富士通株式会社入社.HPC並列OS,半導体部門に所属後,2007から(株)富士通研究所.2018からFujitsu R&D Center Co., LTD.上海研究所勤務.現在は主に映像処理,AI社会実装システムを取り扱う.工博(アドバンスト・コンピューティング・システム).


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