特集 3. 量子多体問題への機械学習

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枠

量子機械学習

特集

     3.

量子多体問題への機械学習

Machine Learning for Quantum Many-body Problems

野村悠祐

区切り

野村悠祐 理化学研究所創発物性科学研究センター

Yusuke NOMURA, Nonmember (Center for Emergent Matter Science, RIKEN, Wako-shi, 351-0198 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.104 No.11 pp.1150-1157 2021年11月

©電子情報通信学会2021

abstract

 量子力学に従う多数の自由度が互いに相互作用し合う系を量子多体系という.現代のテクノロジーを支える磁石や超伝導などはまさにこの量子多体現象であり,量子多体系の理解は重要な課題である.本稿では,量子多体系における非自明な相関(自由度の間の量子もつれ・絡み合い)を,人工ニューラルネットワークに“埋め込む”新たな試みについて紹介する.

キーワード:機械学習,量子多体問題,ボルツマンマシン,変分法

1.は じ め に

 量子多体系における多数の自由度の運動は,シュレーディンガー方程式により支配される.時間に依存しないシュレーディンガー方程式を考えると,全エネルギーを記述するハミルトニアンの固有値方程式が得られる.その固有エネルギーと固有状態が厳密に分かってしまえば,量子多体系の性質をつぶさに予測することができる.しかしながら,量子多体系の困難は,系の自由度が増えていったときに,ハミルトニアンの次元が指数関数的に増大することにある.指数関数的に大きなサイズの行列であるハミルトニアンの固有状態も指数関数的に大きなサイズのベクトルとなり,解析的な厳密解が知られている数少ない例外を除いて,固有状態を厳密に書き下すことはできない.更には,量子多体系の特徴として,異なる状態が小さいエネルギースケールで競合し合うことが挙げられる.このことが,量子多体系が物理の難問たるゆえんであり,その解析には精度の高い強力な数値手法が必須である.

 これまでも物理の分野で量子モンテカルロ法や,変分波動関数など様々な数値手法が開発されてきた.前者は量子系における多次元積分をモンテカルロ法によって数値的に求める手法で,モンテカルロサンプリングの重みが常に正の値に取れる場合,エネルギーや相関関数などの物理量を数値的に厳密に求めることができる.しかし,例えばフェルミオン系など一般の量子多体系になると,一部のモンテカルロサンプリングの重みが負の値になってしまう負符号問題が生じ,正の重みのサンプルと負の重みのサンプルの和で求められる真の積分値を正確に求めるのには指数関数的に大きな計算時間がかかってしまう.後者は量子多体系の固有状態波動関数を,高々多項式個のパラメータで記述される関数形で近似する.この場合は,エネルギーや相関関数などの物理量を負符号問題なく求めることが可能になるが,その正確性は変分波動関数の良し悪しに依存する.よっていかに精度の良い変分波動関数を構築できるかが問題となる.

 近年,精度良く多体波動関数を構築する方法として機械学習の技術を用いるという新たな風が吹いている(1).これまで変分波動関数の関数形は人間の洞察に基づいて構成されることが多かったが,それとは逆に,多体波動関数の本質的なパターンを機械学習の技術を使って抽出しようという試みである.本稿では,人工ニューラルネットワーク,特にボルツマンマシンを用いて量子多体系の絶対零度計算と有限温度計算を遂行する試みを紹介する.最近のレビューとして文献(2)~(4)なども参照されたい.

2.ボルツマンマシン


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