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2020年3月2,3,4日と,データ工学と情報マネジメントに関するフォーラム(DEIM)と名付けたワークショップが全てオンラインで開催された.563人の参加者があった.3月当初に500人を超える規模のオンライン学会は小生の知る限りにおいてはほかには知らない.もっとも,学会主催のワークショップの日程はおおよそ一年前には決まっているため,特段早さを競うものではなく,たまたまにすぎない.小生は日本データベース学会というやや小ぶりな学会の会長を現在仰せつかっているが,2月の中旬に,DEIM開催の責任者を務める先生から,中止するかの相談があった.まだ,コロナの受止めはそれほど深刻でもない時期であったが,小生は武漢で教鞭をとっている卒業生から状況情報も得ており,600名近くのワークショップは今でいう密でもあり,通常の合宿形式での開催はあり得ないと即断した.一方で,若い頃を思い出すと,緊張する初めての学会発表の経験は何にも増して貴重な経験であり,コロナでそれができなくなることは極力避けるべしと考え,「オンラインに踏み切ろう!」と発破をかけた.今でこそ,ZoomやWebExはよく利用され誰もが知っているが,当時は研究者のほとんどが使ったことさえなかったと言える.未経験領域とは言え,IT系の研究者が挑戦しないで誰がやる? と考え,DEIMの若手研究者にエールを送った.国立情報学研究所(NII)がそのライセンスと大きな会議室を提供するとともに,NIIの若手研究者も一緒になって10日余りの超短期間でオンラインシンポジウムの実現に挑戦することとなった.規模を大きくしながら何度か試行錯誤しつつ,会議に参加する学生や教官がボランティアとして練習にも参加し,実際にはDEIMのオンライン開催は大過なく実現することができた.会議開催中,メディアを含め多くの見学者があった.中でも五神東大総長は,DEIMの現場を見学したことを後に振り返り,これなら講義の遠隔化はできるのではないかと感じられたと述べておられる(1).また,DEIMの直後に全国大会を開催する情報処理学会の江村会長は学会事務職員と2日間も見学に来られた.とりわけ,いろいろな大学の研究室を結んだオンライン懇親会も一緒に堪能され,楽しいひと時が忘れられない.
さて,このDEIMの元はDEWS(データ工学ワークショップ)という名称で,電子情報通信学会データ工学研究専門委員会が1990年に始めたものである.30年の歴史を有する研究集会である.図1に示すように,年とともにその参加者は増え,2019年には700人近くまでに至った.現在は,本会に加え,情報処理学会データベース研究会,日本データベース学会の三つの学会が一緒になって運営している.小生も25年ほど前に専門委員長を務め,DEWSを開催した.その当時は1トラックであったが,今日のDEIMは10トラックにも成長している.
聴衆も,発表者も,座長も,座長のアシスタントも全員サイバー空間にいながらにして学会がこれほど,容易に実現できることに,皆大きな衝撃を覚えた.また,思考のリセットの重要性を強く認識した.これまで,大学の教官の頭痛の種である学生の旅費を実質的になくすることができると体感できた.もちろん対面の良さは圧倒的に大きい.しかし,子育てをしながら,介護をしながらでも参加,発表することが実現できるという当然と言えば当然のことを実際に行えることが分かった.もう後戻りはできないであろう.コロナ期の貴重な経験であった.
成功の秘訣は? と聞かれると,30年をかけて少しずつ学会で作り上げた輪の力と言えよう.コロナの危機的状況の中で一致団結するパワーを見せつけた.全員が積極的に助け合いの精神を発揮した.「学会とは組織の垣根を乗り越えて互いに助け合う極めて貴重な場であることを再認識した」次第である.学会の役員をする中で,最も寂しく感じるのは,理事に推薦されながら辞退される先生がそこそこの数おられるという事実である.大学が法人化され,大学間の競争が激化した.「自分の大学のため」が,「自分の研究コミュニティのため」よりも大きな意味を持つようになっているのやもしれない.あるいは,余りに業績主義が行き過ぎ,トップカンファレンス,あるいはグローバリズムを過度に重要視し,国内の学会活動を軽視する傾向が見え隠れするのは残念極まりない.国内学会は若手育成のためにも,非常に重要であり,その活動を通して強い絆が育まれると感じる次第である.DEIMはその大切さを示してくれたとも感じ取れる.
ちなみに,中国のCCF(China Computer Federation)という中国最大のコンピュータ学会に連絡したところ,春節以降,大学は既に完全にオンラインであるものの学会という大きなシンポジウムのオンライン化は聞いたことがないとのことであった.CCFが知らないということは中国の非情報系でも例がないだろうと言われ,存外,世界的に見ても相当初期であったかもしれない.
前記の経験を経て,IT屋の果たす役割は大きく,率先して多様な試みをすべきであると考えている.例えば,当時,DEIMの後,情報処理学会,電子情報通信学会の大会はオンラインで実現できたが,IT以外の学術分野における多くの学会のシンポジウムは中止されたとの報道がある.すなわち,「やればできる」ということを示すことだけでは不十分で「やり方を丁寧に伝授することが大切」であることが分かった.
NIIは7大学,AXISと一緒になり,「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」を3月26日から開始することとした.高等教育をコロナ禍においても継続すべく,情報基盤センター長の先生方と相談して取組みを開始した.答えがあるわけでもないことから,あくまでも情報共有の場でしかないことをはっきりとお伝えした.3月末から4月にかけて,大学でICT基盤を支援する職に従事する教職員はほとんど寝る間もない忙しさであったが,その頑張りにより,海外の一流大学に一切に遅れなく,日本は遠隔授業を導入できたと言って過言ではない.もちろん,あちこちでぎくしゃくする障害も起きた.メディアが大学のちょっとした失敗を大きく取り上げるのに対し,我々の役割は,「ドンマイ,ドンマイ」と現場を応援することだったのかもしれない.毎回,本会のメーリングリストを利用させて頂き,開催をお伝えし,実際,多くの会員に参加頂いており既に御存じの方々も多数おられるかと思う.既に24回を数えるが,毎回,約10個の短い講演(10分少々)を設けているため,既に240程度の講演をして頂いたことになる.通常の簡単なアンケートでは知り得ないいろいろな経験知が蓄積されてきた.
例えば,ほとんどの大きな大学での学生へのアンケート結果は,先生がオンラインで講義してくれるのがうれしいという結果がマジョリティになる.オンデマンドは通信状況が悪いときに限って利用するものと理解されてきた.確かに頷ける結果である.しかしながら,オンデマンドの録画が良いという金沢大学の学生に国大協のシンポジウムで出会い,我々の場でも講演をしてもらった.再生速度を上げて視聴したいので,是非オンデマンドを利用したいというのである.速読と似た手法とも言えよう.それによって生まれた時間で,難しいところを繰り返し聞いたり,他の講義を聴けると言う.どんな過酷な状況においても,たくましく生き抜く学生の姿が見いだせた.多数派を見るだけでなく,ロングテイルもしっかりと拾い上げる必要がある.もちろん,種々の事情で学習が思うように進まない学生にもしっかりと寄り添うべきであることは言うまでもない.オンライン授業を実施する中でLMS(Learning Management System)なるソフトウェアが広く利用されるようになったことは特筆に値する.LMSのログを活用することにより,学習の遅れを容易に検出できることも多々報告された.これにより,優しい呼び掛けが可能となりいろいろな取組みが計画・実施されつつある.
もう一つ事例を挙げよう.オンライン授業では,対面授業に比べ,学生からの質問が増えるという事実である.同様の体験をされた先生も多いと思う.ただ,これは,プライベートチャットの利用が多いという報告があった.全員が見ている前で質問するのが恥ずかしく,勇気が必要であり,最近の学生は他の学生には知られない形で質問したいという気持ちが強いという.もちろん個別対応には時間が掛かり大変であるのも事実であろう.しかし,ITが可能とする価値を垣間見ることができた.これと類似の現象が不登校の学生にも言えることが報告された.対面環境には行けないがオンラインではとても積極的に参加可能となるという報告であった.
よく考えてみると,いずれも,ポストコロナにおいても積極的に取り入れるべき知見であることに気付く.例えば,不登校の生徒に対してはコロナ後もオンラインを是非継続したいと伺った.
このような新たな教育スタイルを実現するには多様なICT,すなわち,電子情報通信学会が得意とするツールの開発が不可欠と感じる次第である.本会の活躍の場ではなかろうか.
なお,我々のシンポジウムに関しては,全ての資料,録画をオープンに利用可能としており,いつでも視聴可能である.
小生が本会副会長を務めていた2008年会誌巻頭言で「先端的ICTを駆使するプラットホーマ学会を目指す?」(2)なる記事を執筆したことを思い出した.取り分けコロナ禍において,デジタル庁をはじめ,急にICT化,すなわちDX(Digital Transformation)が各所で騒がれることとなったが,本会を含めICTをその対象とする学会への期待は著しく大きくなったと言えるのでないだろうか?
DXというバズワードを本会が積極的に利用するかどうかは別として,ICT化を推進するリーダシップを発揮すべきであることは論をまたない.小生が副会長を拝命したとき,小生が行った仕事は大したことはないが,唯一その後にお役に立ったのではと想像することは,神谷町の学会本部にテレカンを導入したことである.当時,通信環境が余りに貧相で「これでは紺屋の白袴では!」と理事会で発言した.会長であられた吉田進教授も強く応援して下さり実現したのを思い出す.極めて単純なDXであった.
正にコロナ禍で我々は,ICTが必ずしも得意でない学会に対して,多様な支援やサービスを提供するべきではないかと感じる.プラットホーマ学会を今風に言うならば,「学会のアマゾンになろう!」と言えよう.
実は昨年VLDBという我々データベースの分野では一流の国際会議を東京で開催する予定であったが,急きょオンライン開催となった.小生は既に老人で,名誉委員長にすぎず,大きく活動ができなかったが,会議ツールと管理を仕切るベンダは日本企業ではなかった.こういうときこそ日本のICTの底力を海外にアピールすべきであったようにも感じた.IEEEの福田会長にお伺いすると,IEEEの収益はコロナ禍で上がっているとのことである.ツイッターもLINEも通常の国内・国際回線も,対面で話ができない分,ボリュームは増加している.通信関連技術者の出番である.まずは,国内から学術コミュニティ(他の非ICT系学会)の学会活動を本会がICTで支援することは王道であろう.
正しい情報の発信も学会の重要な役割である.保健所からの連絡にFAXが利用された際,日本のディジタル化の遅れをメディアが大きく報道した.非常に忙しいとき,手書きにまさるものはない.FAXの利用は極めて妥当である.問題はその後でよいのでディジタル化することを忘れないことである.歴史的に見ると,FAXの開発に日本は大きく貢献した.コロナ禍を乗り越えるICTはそれほど最先端でなくてもいいのではないかと思う.余りに多様な技術が生まれその選択が容易でない時代となった.学会は真摯に社会と会話し,分かりやすい技術観を伝えることも期待されよう.ICT系学会の役割が著しく拡大したと感ずる.
(1) Covid-19を越えて.
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z1304_00083.html
(2) 喜連川 優“先端的ICTを駆使するプラットホーマ学会を目指す?,”信学誌,vol.95, no.6, 目次前, 2012.
https://www.journal.ieice.org/conts/kaishi_kantougen/2012/2012_06.pdf
(2021年1月8日受付)
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