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Vol.105 No.2 (2022/2) 目次へ

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ジュニア会員のページ 海運ICT技術の最新動向 Latest Trends in ICT Technologies for Maritime Shipping Industries 西谷明彦

西谷明彦 (株)KDDI総合研究所イノベーションセンター

Akihiko NISHITANI, Nonmember (Innovation Co-creation Laboratory, KDDI Research, Inc., Tokyo, 105-0001 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.105 No.2 pp.163-167 2022年2月

©電子情報通信学会2022

1.は じ め に

 世界の人口増加に伴い,‘ひと’,‘もの’の動きも活発になる中,世界のライフラインでありグローバル経済に直結する海運業界には,ICTの巨大なビジネスチャンスが存在する.海運業界では再編がグローバルに進みつつあり,ICTを活用したソリューションが次々に生まれてきている.本稿では,海運業界への若手の参入を期待し,海運業界のディジタル化の伸び代の大きさを伝えるとともに,海運分野において世界及び日本が抱える課題と,その対策に向けたICT活用の最新動向について述べる.

 章構成としては,2.で海運業界の概観について述べ,3.では海運業界が抱える大きな課題と取組み例について記載する.4.では,環境保護や海運ディジタル化に関する国内外の制度・政策の動向について概要を記載し,5.で,課題に対応するための様々な技術の動向を例をもって具体的に記載する.6.において,今後の期待を述べてまとめる.

2.海運業界概観

 海に目を向けると,大量の荷物を運ぶ圧倒的な迫力の大型船が多数航行,停泊している.陸海空における輸送手段の中で,最も大量の貨物を比較的低コストで輸送できる手法として海運が知られている.輸送内容としては,主としてバルカー輸送(鉄鉱石,石炭等),タンカー輸送(原油,石油製品等),コンテナ船輸送の順に,海上荷動き総量は実に116億t,世界貿易の9割が海運によって担われている.そのような中,日本は世界でも有数の海運国家であり,世界の海上輸送量の約1割を日本の海運会社が運んでいる.外航運輸では主にエネルギーや食糧の原料が,内航運輸では主に石油製品等の産業基礎製品等が,船を利用した海運により運ばれている.コンテナ船もますます大型化の傾向にあり,日本でも2万個を超えるコンテナを搭載可能な船も運用されている(20年前からすると3倍以上の積載量).

 物流はハブ化し,まず一か所に大量輸送した上で,そこから最終集積地へ運ぶといった傾向にある.特にシンガポール,ドバイ,オランダ,スリランカなどでは,利便性の高い新たな港湾拠点が次々と作られており,日本の港湾もこの流れに遅れないよう備える必要がある.

 グローバル化の著しい進展は,海運業界にも大きな影響を与えている.海運はグルーバル経済に直接つながっているため,世界的に公正な運用・取引が行われるよう,IMO(注1)(国際海事機関)などが環境対策などの規制を定めている.その中で現在,海事(主に海運や港湾事業)業界では,カーボン削減,ディジタライゼーション,といった大きな課題を抱えている.

 カーボン削減対策といったところでは船の動力源とする燃料が変わるため,この燃料シフトといった課題は,特に造船や機器製造企業には影響が計り知れない.海事業界では,この課題に対応すべく膨大な設備投資を行い,大舵を切れるほどの体力のある企業は少ない.とは言え世界では,LNGを燃料とする船が徐々に運用されつつあり,その先にはEV(Electric Vehicle,電気推進)船や水素燃料船の運用も船会社の視野に入っている.

 船舶ディジタライゼーションの傾向としては,2013年からディジタルシップが始まり,2018年でスマートシップ,そして2020年から自動運行船開発の流れで進行しており,元々ICTリテラシーが比較的低い海事分野にも,ディジタル化の波は押し寄せている.海運会社が市場シェアを拡大するには「船腹量(積載量)を増やすか」「価格を安くするか」のいずれかの方法しかない.いかにコストを下げて効率的に大量に運搬するか,といったところにディジタル技術の適用が強く望まれている.そのため,設備(エンジン,燃料消費などの)モニタリング・分析,業務ディジタル化,サイバーリスク管理,クルー管理(ヘルスケア,エンタメ,トレーニング)といった領域には特に,ICT活用の機会がある.

 海運業界の構造を見てみると,2010年代半ばから船社の再編が相次ぎ,日本の海運大手である日本郵船,川崎汽船,商船三井はコンテナ船事業を統合し,「オーシャンネットワークエクスプレス(ONE)」を2018年4月に運航開始した.これも効率化を進めて生き残るための統合であるが,コンテナ船会社のランキングとしては世界6位の規模となった.2019年7月には同社が所属するコンテナ定期船会社による国際カルテル「ザ・アライアンス」に,別のカルテルである「2Mアライアンス」とこれまで部分的な業務提携を結んでいた韓国の現代商船の参加が発表されるなど,アライアンスの再編も予定されており,定期船海運における企業提携としてグローバル規模で戦略的な提携が進められている.2017年以降は,「2Mアライアンス」「オーシャンアライアンス」「ザ・アライアンス」の3組織,いわゆる「3大アライアンス」と言われるこれらの組織が,競い合って市場シェアの多くを占めてきている.

 本稿では,海運の一つとしてクルーズ業界の技術動向についても述べている.現在は深刻なコロナの影響を大きく受けているが,コロナ禍直前まで国際クルーズも人気が急上昇し,世界のクルーズ人口も急速に増加している状況であった.現在ワクチン接種の拡大等により,海外では国際クルーズ業界は復活の兆しを見せている.

 また,海運に関連して海洋エネルギー源についても述べているが,太陽光,風力,水力といった再生可能エネルギー源のポテンシャルが世界的にも高く評価されており,海洋エネルギーだけでも2050年までに300GW発電,10兆円市場まで成長すると見込まれ,新たな職種も多々生まれていくと考えられる.

3.海運業界の課題

 現状,海運業界が抱える大きな課題としては下記が考えられる.

業務のディジタル化(海運ディジタルトランスフォーメーション(DX))

カーボン対策(脱炭素化)

運用コスト(特に燃料コスト)の削減

自動運航を実現するためのシステムインテグレータの不足

これらについて,課題の概要や具体的な取組み例について以下に述べる.

3.1 業務のディジタル化(海運窓口業務の効率化)

 一昨年末,ロッテルダムにおいて開催されたEuroport2019(1)において,スウェーデン海事局から,陸送に比べ海運業務は約50倍ペーパー処理が多いとの報告があった.そのためスウェーデンやデンマークにおいては,船間,港間,船―港間をインターネットを介してつなげて同期させ,海運窓口を単一化するといった取組みを実証中とのことである.日本国内でも,海運業務ディジタル化の具体的な取組み例として,世界初の海洋に特化したプラットホーム運営会社(「Marindows」)が2021年3月に設立された(2).海運DXのプラットホームを通し,国内の港をつなぐ内航船業務事務手続きの電子化システム化を先行し,今後は漁船やプレジャーボート,貿易を担う外航船にも対応していき,衛星通信高速化や利用料の低減も目標とされている.

3.2 カーボン対策

 世界では既に,2020年1月から海運船舶の燃料油の成分規制が敷かれ,現在の燃料(主として重油)はそのままでは使えない状況となっている.そのため,成分が適した燃料油を使用するか,LNG液化天然ガスなどの代替燃料を使うか,排気ガスを洗浄する装置を船に取り付けるか,といった対策が必要であるが,いずれも膨大な設備投資を要している.この燃料油成分規制は全世界海域を航行する12万隻強の船が対象になるため,海事業界全体としての影響は計り知れない.

3.3 運用コスト(特に燃料コスト)の削減

 目安として,30万トンタンカーの1日の燃料消費量は,(C重油(注2))10万L(約500万円)である.燃料油の価格の上昇については,2000年代初めは1t 100数十ドルであったが,2005年には300~400ドル,2009年には700~800ドルまで上昇した.例えば日本郵船グループ全体でも,年間約600万tの燃料を使用しているとのことで,これは500ドル/tで換算しても年間3,000億円のコストである.これを1%削減できるだけでも30億円減と,燃料コストの削減効果は非常に大きい.

3.4 自動運航を実現するためのシステムインテグレータの不足

 日本では,単独の会社のみで自律船を実現しようという状況にはなっておらず,オープンコラボレーションで得意分野を持ち寄ってこの問題に取り組む方向になると考えられている(3).しかしその中では,自律船を実現するための大量データを扱う大規模な自動化システム全体を取りまとめる役割,つまりシステムインテグレータが十分に存在しないといった課題を抱えている.システムインテグレーションは,機器メーカ,造船所,海運が三位一体となった形で考えていかなくてはいけないため,取りまとめが必要である.システムの安全性検証の役割は船級協会(注3)にあると考えても,造船所,船主(保守,運用),船舶管理会社(統括),これらを通して全システムのインテグレーションを取りまとめ,コーディネーションを行える組織がない.システムインテグレータの管理により,サブシステム(航海計画,操船機能,推進機能など)も含めたシステム全体が正しく動作し,相互連携して動作することが自動運航(自律オペレーション)には必要である.

4.制度・政策の動向

 世界の航海規則を定める国際海事機関(IMO)では,船舶からのCO2の排出量を2050年には2008年比で半減する戦略を採択している.そのため,一般的な船の寿命を20年程度とすると,2030年代に建造する船の半数をCO2排出量ゼロの船(重油を主燃料としない,液化天然ガス(LNG)船や電気(EV)船)としなければならない.また2019年からは,燃料消費や航海距離といった運航データの報告も必要とされている.

 環境保護を推進する施策の一つとしては,環境保護に寄与する優良船舶には特典を与えるプログラムも実施されている.例えばグリーンアウォード財団(ロッテルダム)からの発表(4)によると,環境負荷低減や安全運航に寄与する優良船舶を認証しており,船舶のナビシステム,機関,荷役作業,環境対策,船員の質,ISO9000など8カテゴリー,50項目でスコアリングし,検査認証しているとのことである.検査に合格し発行された証書を港湾に提示することにより,港湾からインセンティブ提供(例えば入港料減免)が行われるなど,海運港湾関係事業者からの特典が受けられるようになっている.この認証・インセンティブ提供システムでは,認証機関,非認証機関,監査役,特典提供機関などといった機関をつなぐプラットホームが連携して運用され,このプログラムが実現できている.

 国内における制度・政策の動向としては,海運業界のディジタライゼーションが世界的にも急速に進む中,日本海事協会(ClassNK(注4))もこれまで,その進行スピードに追い付けずにいるようにも見えた.これまでは後付けでガイドやルールが作られてきた状況でもあったが,今後は協会内に標準化専任チームを置いて対応していく方針とうかがえる.

 国内クルーズ産業分野にも変化が見られる.これまで日本国内のクルーズ船寄港地では,船の受入態勢が整っていないため寄港を断るケースも多く,そのため政策としても,「船寄港お断りゼロ」が目指されている.港湾の中長期戦略「PORT2030」(国土交通省)でも,日本を北東アジアのクルーズハブとして形成するよう目標が掲げられており(3),港と街が連携し,クルーズ船寄港を意識したブランド価値を生む空間形成が始まっている.諸外国のクルーズ船造船は大型化が進んでいる中,晴海客船ターミナルでも超大型船には対応できない状況であったため,臨海副都心に超大型船も寄港可能な新たな国際ターミナルが開業した.

 自動運航船に関しては特に欧州が進行しており,対応すべきものが,製品段階若しくは実証段階レベルまで出来上がりつつある.一方日本は,自動運航船の検証施設の有無や制度も含め,欧州に比べ数年遅れている状況にある.欧州は法制度も先行して整い,実験や検証等が進行しやすい状況にある.また日本では,そもそも完全無人運航化というよりは有人操船の支援が最も効率的と考えられており,目指す技術レベルが日欧で異なっているとも理解できる.

5.市場動向・技術動向

5.1 陸海空船舶燃料の変化,造船市場動向

 SeaASIA2019(5)において報告された,DNV GL(注5)によるエネルギー年間使用量の将来予測によると,2050年までに自然エネルギーなどの非化石エネルギーの使用割合が50%まで増加すると予測されている(残り50%が原油や天然ガス等の化石エネルギー).化石エネルギーの内訳としては,2020年代後半から石油・石炭の使用量は下降傾向になり,天然ガスの使用量が主となっていく予想である.

5.2 オープン化(協業)の動向

 海運含む海事業界全体は,これまでは閉鎖的な世界でもあり,様々な課題への対策も一社のみの経験,知識による対応がなされてきた.しかしこれまで以上の改善を行うには,船会社,造船所,機器メーカなどの外部パートナとのオープンな連携が必要となってきている.そのため昨今では,例えば燃料コスト削減といった課題に対しても,各組織が連携し効率的なコスト削減を果たすための基盤の一つとして,シップデータセンタといったようなデータ蓄積・分析・共有プラットホームなどが協業で構築されてきている.各企業は,これまでのマインドを変革して他社コラボの戦略を重視してきている.

5.3 海運ICT技術動向

 Marine Industry4.0の時代になったと言われており,ICT技術の進化により,海運はものを運ぶだけでなく船を航行すること自体もビジネスとなり得ている.海域情報や船内をセンシングして得られる航海情報なども売れる時代となっている.船舶には様々なセンサを搭載し,IoT(Internet of Things)技術により運航情報として送信され,AI,シミュレーション,モデリングといった技術で処理され効率的な運航に応用される.船舶間,港間,各拠点間はオンラインでつながり情報がやり取りされている.造船業務や航海計器の運用も,スマホやスマートグラスで管理する時代となってきた.一方,船,港,事業拠点間がつながることで,セキュリティ対策といった大きな課題も生まれており,サイバーセキュリティ技術も着目されている.また,各拠点がつながるためには,やり取りするデータの互換性,例えばデータフォーマット(6)やストレージ等のアーキテクチャなどの統一化も大きな課題となっている.

5.4 AI技術活用の動向

 例えば造船業務を例に挙げると,業務が複数の複雑なプロジェクト構成になっており,かつ短い納期,エキスパート不足,複雑なツール群,ノウハウの欠如といった様々な課題を抱えている.そのため,作業を高信頼かつ効果的な作業に最適化する必要があり,そのため業務の内側でデータの処理等にAIが活用され,業務を支援している.

5.5 センシング情報提供技術の動向

 IoT技術による海域情報や運航情報のセンシングに関しては,エッジ(船側)での処理が望まれている.データの伝送コストやセキュリティや遅延を考慮して,大量のセンシングデータを全てクラウドに送ることなく,ある程度処理してから結果をクラウドに送ることが考慮されつつある.エッジ側から送られてきた情報の処理に関しては,単に可視化するだけでなく,機械学習も活用し予測も含めた運航支援処理が求められている.

5.6 衛星通信技術動向

 海では外洋に出ると4Gや5Gといったモバイル網は届かず,主として衛星通信が通信手段となる.船舶衛星通信は陸地での通信より15年遅れているとも言われているものの,これまでメール等が利用可能な“アナログシップ”レベルから,現在は限定してインターネット利用可能な“コネクテッドシップ”レベルまでに至っている.更に比較的低遅延で高速通信を可能とするLEO(Low Earth Orbit satellite,低軌道周回衛星)の活用も着目されている.通信の信頼性も重要で,例えばMarlink社が提供する衛星回線の特徴としては,常に二つから三つの衛星とつながっている冗長構成で,1秒たりとも切れない通信を目指しているとのことである.一方,イリジウム衛星通信の方も進化しており,Iridium社によると,イリジウムNEXT衛星への交代を既に完了しており,新たなIridium Certus(イリジウムサータス)という衛星通信では704kbit/s(その先1.4Mbit/sにまで対応可能)の通信が可能とのことである.これは以前のInmarsat Fleet Broadband FB500の432kbit/sよりはるかに高速なものとなっている.

5.7 自動運航技術動向

 GPS情報を基に船を自動航行させる技術は昔からあり,日本の小型船もこのオートパイロット機能で自動航行しているケースが多い.現状,基本的にマニュアルで舵を取る必要は少ないが,更に今は,適切な航路まで自動設定してくれる機能に進化しつつある.適切な航路とは,例えば安全かつ低燃費で航行可能な航路を意味する.これをシステム側で自動計算してくれる.ただし難しい点としては,車であれば基本的に道路,信号,様々なシグナルといったセンシング対象がある上で自動運転技術が検討されているが,海にはそういった目印が基本的にない.その中でどうやってリスクを回避しつつ自律的に航行するかが難しい.

 海外では,2025年の自律海事運用システムを目指したOneSeaプロジェクトといった取組みも進められている.国内動向に関しては,トータルコストで競争力があるのは完全無人化ではなく有人の自動運航船であるとの見解があり,有人操船支援システムの構築が主に取り組まれている.例えば,電子海図上への航路作成,ARによる周辺視認の支援(特に夜間航行時の見張り支援),海気象情報表示,入出港時の船内作業のテンプレート化(効率化)といったような支援が行えるシステムの構築により,ヒューマンエラーのカバーや,低燃費対策など,有人での操船支援が実現されつつある.

5.8 サイバーセキュリティ技術動向

 2017年,NotPetoyaウイルス(ハードディスクが読めなくなるウイルス)により,売上高世界一の海運企業であるMaersk社(デンマーク)が多大な被害を受けた.Maersk社は,世界各国の港で15分に1回入港するほどの巨大な海運企業であるが,サーバ4,000台,PC 4万5,000台が被害を受け,再インストールを要し,その被害額は300億円と言われている.現在,海運業界に対するサイバー攻撃の種類としては,GPSを攻撃し船舶を測位不可能とさせた上で正常航路から外させ乗っ取るとか,備蓄基地をオンライン攻撃しオイルやガスを搾取するなどの犯罪がある.そのため海賊行為を監視可能なシステムのニーズがある一方で,船員のセキュリティに対する教育も必要とされている.ただし全てを防ぐことは困難であり,サイバーセキュリティからサイバーレジリエンスの考え方にシフトする動向にある.先を予測してインシデントを減らす対策や,被害を抑えいかに早く回復するかが重要と考えられている.

5.9 訓練・人材育成のための技術動向

 新たな世代に,新たなスキルやルールが出てくると,新たな訓練,試験ソリューションも必要となる.海外でも,船舶の設計から運用まで支援するシミュレーションソリューション等が販売されており,船舶へ新たな機能を実装する前に,ディジタルツイン技術でバーチャルシップを形成しシミュレーションを実施することなどが可能となっている.

5.10 船内キャッシュレス化技術動向

 これまで,長期航行船の大半の船員の給与は船上で現金支給されてきた.しかし多額の現金を船舶に積み込み支給することは非常に高リスクであり,逆に船に毎月送金するのも船舶管理会社としては負担が大きい.秘境・危険地域を航行・滞在する船舶についてはなおさらリスクが高く,船員から家族への送金も大変であった.そのため,海員向けの電子通貨ディジタルプラットホームサービスなど,キャッシュレス化のサービスが国内でも始まってきている(7)

5.11 カーボン対策技術動向

 日本郵船でも現在,LNG燃料船にシフトする傾向にあり(8),世界では既にLNG船の運航が進んでいる.更に将来,クルーズ船も含めバッテリー駆動の船舶の運用が予想される.そのため,バッテリーや水素燃料でいかに長距離航海を実現するかといった課題を克服する必要がある.

6.む  す  び

 日本は世界でも有数の海運国家であり,冒頭に述べたように,一度に大量の荷物を運ぶことができる海運は,特に貿易において非常に重要な役割を果たし,日本の経済や人々の暮らしを根底から支えている.

 一方海運業界は,ネットにつながるのが最も遅れてきた分野でもあり,ICTを担える人材が少ない業界でもある.また,少子高齢化も伴い,将来を担う若手人員も減少傾向にある.こういった状況にあるからこそ,ディジタル化の伸び代は非常に大きく,船舶の運航だけでなく,港湾の設計,運用,アセット管理など,港にはスマート化すべきフィールドが多々存在する.

 現状はコロナによる大きな影響を受けているが,コロナ禍から立ち直りつつ物資の輸出入も急速に増えており,世界の貿易量自体も増加傾向にあるため,長期視点で海運業界は成長産業と考えられる.また,国際性豊かなこの業界では,グローバルに活躍できるといった魅力もあり,若手の参入も大きく期待されている.

文     献

(1) Europort 2019, Rotterdam Ahoy, Netherlands, 5-8 Nov. 2019.

(2) “商船三井系,海運効率化の共通基盤 衛星通信を活用,”日本経済新聞,2021年3月3日.
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ0327B0T00C21A3000000/(令和3年8月13日アクセス).

(3) 国土交通省“港湾の中長期政策『PORT 2030』を公表,”平成30年7月31日.
https://www.mlit.go.jp/report/press/port03_hh_000042.html(令和3年8月13日アクセス).

(4) BARI-SHIP,愛媛県今治市,2019年5月23~25日.

(5) Sea ASIA2019, Marina Bay SandsR, Singapore, 9-11 April 2019.

(6) ISO19848,“船舶及び海洋技術―船上機械及び機器のための標準データ,”Oct. 2018.

(7) 日本郵船,ニュースリリース,“電子通貨の事業会社「MarCoPay」を設立,世界展開へ,”2019年7月25日.
https://www.nyk.com/news/2019/20190725_01.html, (2021年8月26日アクセス).

(8) (株)MTI日本郵船グループ安藤英幸,“海運におけるデジタライゼーションへの取り組み,”ライフサイクルメンテナンス研究会 第153回,p.63,2019年6月14日.
https://www.monohakobi.com/ja/wp-content/uploads/2020/03/20190614_Science-Technology-and-Economy.pdf, (2021年8月26日アクセス).

(2021年8月18日受付 2021年9月1日最終受付) 

西谷明彦

西(にし)(たに) (あき)(ひこ)

 2008 KDDI株式会社から(株)KDDI総合研究所に出向.以来,分散ファイルシステム技術,サイレント障害検知技術などの研究に従事後,研究フィールドを海洋に移し現在に至る.現在,同社イノベーションセンター研究主査.


(注1) International Maritime Organization:国際海事機関.ロンドンにある国連の専門的活動を行う国際機関の一つであり,海運の安全確保や海洋汚染防止など様々な観点から,船舶の技術的基準や安全・環境に関して保持すべき設備の基準など,全世界で統一的なルールを作成している機関.約170の国や地域及び約110の国際団体が加盟.

(注2) 一般的に商船で使用される燃料のこと.原油を精製して,LPガス,ガソリン,ナフサ,灯油,ジェット燃料,軽油などを抽出した最後の残りかす(残渣(ざんさ)油)が,重油とアスファルトであり,重油もその粘度によって,A重油,B重油,C重油に分けられる.C重油は一番粘度が高く,常温では固まってしまうほどのもの.最も安価.超大型タンカーでは,1日に50t程度のC重油を必要とし,燃料使用時に取り除かれるスラッジは1日に2tほどにもなる.なお,船内発電機などの小型ディーゼル機関で使用されるのは,一般的にA重油である(日本船主協会HPより).

(注3) 船級協会(せんきゅうきょうかい)とは,船舶と水運に関連する設備の環境を保ち,航海の安全を促進する仕事をしている,船舶鑑定人や関連する人間によって構成される非政府組織である(Wikipediaから).船級協会が国際条約に沿って協会独自基準を作成し,船や搭載される機器がその基準に準じて製造されているか船級協会の検査官が検査を行っている(車に例えると車検に相当する).

(注4) 一般財団法人日本海事協会のこと.ClassNKの通称で知られる国際船級協会(世界中を安全に航行するための非政府組織である協会)であり,海上保険(船体,積荷),傭船,船の売買などの便利のために船舶に船級をつけ,船の格付けなどを行う団体.

(注5) ノルウェー・オスロに本拠地を置くDet Norske Veritasとドイツ・ハンブルクのGermanischer Lloydの合併によって設立された,製品品質やリスクマネジメントシステムの認証,船の検査,技術コンサルを提供している世界有数のサービスプロバイダ.海運に関するあらゆるリスクマネジメントに関する様々な活動を行う先駆的国際機関.


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