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海洋センシング技術の最新動向

Latest Trends in Marine Ecological Environment Survey Technology Including eDNA

垣内勇人

垣内勇人 (株)KDDI総合研究所イノベーション協創G

Hayato KAKIUCHI, Nonmember (Innovation Co-creation Laboratory Group, KDDI Research, Inc., Tokyo, 105-0001 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.105 No.3 pp.253-254 2022年3月

©電子情報通信学会2022

1.は じ め に

 気候変動に伴う海水温上昇で日本沿岸の漁獲資源は既に35%減少したとも言われるが,驚くべきことに2018年に漁業法が改正されるまで,我が国では科学データに基づく水産資源管理はほぼなされてこなかった.今後は持続可能な漁業の推進のために,科学的エビデンスに基づく資源管理と気候変動への適応が不可欠となっている(1).そこで本稿ではそれらを前進させる海洋センシング技術の技術動向について紹介する.

2.生息生物に関する従来の調査方法の課題

 従来の海洋センシング技術を用いて得られていたのは,生息環境に関するデータであった.一方,生息生物に関するデータはというと,これまでは膨大な時間のかかる人手に頼った生態系調査によって得られたデータであった.そのためデータの量は大変限られ,迅速なデータ解析も行えず,海洋環境と海洋資源の関係は十分に解明されてこなかった.

3.生息環境データのセンシング技術

 生息環境データのセンシング技術は,リモートセンシングとセンサによる測定技術に大別される.

3.1 リモートセンシング

 人工衛星によるリモートセンシングは,主に海面付近の面的なディジタルデータの取得に用いられている.衛星からは,海色,クロロフィルa濃度,pH,塩分濃度,海水温,流速,海面高度などを推定することができる.

3.2 センサ

 海は鉛直方向の構造も複雑であり,これを正確に測定するには,海中に直接投入し測定するセンサも必要である(2).例えば,水温や塩分の鉛直分布によって,鉛直方向に混合しない「躍層」が発生していることを検出したり,溶存酸素量の鉛直分布により低層に青潮の原因となる貧酸素水塊が発生していることを検出したりすることにも役立つ(3)

 測定した水深,塩分,水温,流向,流速,溶存酸素濃度,濁度,クロロフィルa量,照度といった値を同時測定する多項目水質計に通信機能を持たせたものも試作されている(4).来る6G時代に海上も通信エリア化されればこれらのセンサ値もリアルタイムで取得できるようになると期待される.

4.生息生物データのセンシング技術

4.1 人力による同定に頼っていた従来の生物調査

 一方生息生物のデータはというと,水産庁によれば海洋生物資源の分布状況や生息域の調査が不十分な状況にあるという.これは,生物を実際に捕獲し,専門家が生物分類学上の種名を突き止めている(これを同定という)(5).例えば国の沿岸での生物調査は1年かけて特定の県の沿岸を大規模調査するといったものであり(6),広範囲を頻繁に継続的に調査しデータを蓄積することは不可能であった.

4.2 大規模データ収集をひらく環境DNA分析

 このような状況を一変させる可能性があるのが環境DNA分析である.環境DNA分析は,環境中に含まれる組織片のDNAを解析することで,生き物調査を行う手法である.フィールド調査は採水とフィルタろ過のみと簡便であり,解析もPCR分析による大規模解析が可能であることから,今までとは比較にならないほど広範囲な調査範囲と調査頻度で大量の生物分布のデータが得られることが可能となることが期待される(7)

 近年,当初淡水域に適用がされていた環境DNAの手法が,海域にも適用可能であることが明らかになってきた.海水中には,生物の体から排出された皮膚や粘液,糞便などのDNAが存在しており,そのDNAを検出することによって,生物の種類と量が推計できる(8)

4.3 環境DNAによる生息生物の推定

 次世代シーケンサを用いてサンプル水中に含まれるDNA情報を読み取り,DNAデータベースと照合することで,ある特定の海域に生息する生物の種類組成(生物相)を網羅的に調査することができる.魚類層の分析の場合,魚共通の塩基配列に結合するプライマーを用いるMiFish法と呼ばれる方法が発表されている(9).クラスタリングと調査対象生物の同定については「Claident」などのパッケージが知られており,読み間違い情報の除去など検出精度を上げる仕組みも提案されている(10).生物相の調査結果は,Simpson’s indexなどの多様性指数を用いて評価をすることにも活用できる.例えば赤潮プランクトンが異常発生して単一種の構成比率が高くなるとサンプル中の多様性指数が低下するため,赤潮の早期検出に活用することも期待される(11)

4.4 環境DNAによる生息生物の量の推定

 相対的な生物量を推定することが可能となっている.同一サンプル水であれば,リアルタイムPCRを用いてDNAの増幅の過程をモニタリングすると,相対的にDNA片が多く存在するサンプルほどDNAの増え方が速いことが検出できる.また近年では,別サンプル水であっても,反応液を数万の微細区画に分画し,ポジティブ反応のあった区画数をカウントできるディジタルPCRを用いることで,生物量を推定し比較することができるようになった(12)

5.む  す  び

 近年,水中ドローンの活用が盛んになっており,採水処理の自動化(採水とろ過,採水器に残存するDNAを破壊するブリーチ処理の自動化)が実現できれば,多地点での環境DNA分析用の水サンプルの取得が実現でき,データの自動取得に貢献できると期待している.

 環境センシングは,環境DNAという技術を得て,海洋環境データ(生息環境データと生息生物データ)の全てがディジタル化されることとなり,海洋データのディジタル化の夜明けをもたらそうとしている.従来では考えられなかった圧倒的なスピードで膨大なデータ取得が可能となったことで,ビッグデータ分析が可能となり,生物の種類や個体数だけでなく,生物多様性やその変動についても研究が進むことが期待される.今まで不足してきたデータの蓄積が進むことで,今後更に緻密なデータ予測モデルの確立にもつながり,生物資源の管理や持続可能な漁業の推進にも資するものと期待される.

文     献

(1) RUTGERS UNIVERSITY, “Climate change shrinks many fisheries globally, Rutgers-led study finds,” 2019.
https://www.rutgers.edu/news/climate-change-shrinks-many-fisheries-globally-rutgers-led-study-finds

(2) 小梨昭一郎,“海洋センサーに関する動向,”次世代センサー協議会,2015.

(3) 森岡裕詞,“連続観測装置で捉えた東京湾における青潮時の貧酸素水塊の挙動,”海洋情報部研究報告,vol. 52, pp.1-10, 2015.

(4) 松浦雅彦,“IoT対応多項目水質計システムの開発,”計測技術,vol.48, no.2=628(増刊), pp.75-81, 2020.
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000002-I030153347-00

(5) 東京都環境局,“「赤潮調査」の概要,”2016.

(6) 首相官邸,“スマート水産業の社会実装に向けた取り組みについて,”2018.

(7) 勝田敏彦,“水をくむだけ,「環境DNA」調査で生態系の天気予報へ,”朝日新聞,2019年7月11日,2019.

(8) Pacific Concultants,“環境DNA分析による生物調査技術,”国土交通省中部地方整備局名古屋港湾空港技術調査事務所第20回民間技術交流会配布資料,July 2019.
http://www.meigi.pa.cbr.mlit.go.jp/event/46/2325/

(9) M. Miya, Y. Sato, T. Fukunaga, T. Sado, J.Y. Poulsen, K. Sato, T. Minamoto, S. Yamamoto, H. Yamanaka, H. Araki, M. Kondoh, and W. Iwasaki, “MiFish, a set of universal PCR primers for metabarcoding environmental DNA from fishes: detection of more than 230 subtropical marine species,” R. Soc. Open Sci., vol.2, no.7, 150088, 2015.

(10) 田辺晶史,“生態学のためのメタバーコーディングとDNAバーコーディング,”2018.
https://github.com/astanabe/MetabarcodingTextbook

(11) 長井 敏,“海洋における真核生物のメタバーコーディング,”講演(イルミナ社),June 2020.
https://jp.illumina.com/events/webinar/2020/pro-webinar-0624-j.html

(12) 国立大学法人広島大学,学校法人龍谷大学,国立大学法人神戸大学,“次世代DNA定量法を用いた環境DNAによる魚類生物量・個体数の推定,”2015.

(2021年9月30日受付 2021年10月19日最終受付) 

垣内勇人

(かき)(うち) (はや)()

 平18中大FLP環境プログラムを修了,東大新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻修士課程を経て2010 KDDI株式会社入社,以来,スマートフォンのRF仕様策定,公衆Wi-Fiローミング実証,Sub6電波伝搬実証,LoRa電波伝搬実証,KDDI DIGITAL GATEでの5G実証に携わり,2016から環境関係の研究にも従事.現在,KDDIresearch atelierのアナリストとして環境保護や脱炭素に係る技術調査・研究開発に取り組む.


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