小特集 3. 水中音響通信の課題と研究開発

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Vol.105 No.4 (2022/4) 目次へ

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極限環境の計測を支える回路とシステム技術

小特集 3.

水中音響通信の課題と研究開発

Challenges and R&D on Underwater Acoustic Communication

出口充康 樹田行弘 渡邊佳孝 志村拓也

出口充康 国立研究開発法人海洋研究開発機構研究プラットフォーム運用開発部門技術開発部

樹田行弘 渡邊佳孝 志村拓也 国立研究開発法人海洋研究開発機構研究プラットフォーム運用開発部門技術開発部

Mitsuyasu DEGUCHI, Yukihiro KIDA, Yoshitaka WATANABE, and Takuya SHIMURA, Nonmembers (Institute for Marine-Earth Exploration and Engineering, Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology, Yokosuka-shi, 237-0061 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.105 No.4 pp.286-293 2022年4月

©電子情報通信学会2022

Abstract

 近年,海中センサや海中機器の需要の拡大を受けて,水中音響通信に対する期待が高まってきている.しかしながら,水中音響通信では,海水の物理的特性から,通信距離に応じて周波数及び周波数幅が制限されるとともに,マルチパス環境や時間変動などに特有の課題がある.本稿では,水中音響通信特有の課題を紹介した後,近年行われた高速画像通信の実用化,移動体マルチユーザ通信システムの開発を報告する.また,時間反転(Time Reversal)処理技術を利用した高速MIMO通信の基礎研究について紹介する.

キーワード:水中音響通信,高速通信,移動体通信,マルチユーザ通信,MIMO通信

1.は じ め に

 近年,海洋科学調査,海洋インフラストラクチャ建設,海洋安全保障技術など,非常に多くの分野で海洋センサや海中ロボットの需要が増してきている.それに伴い,水中での通信の需要も高まってきている.例えば,複数センサのデータをリアルタイムに取得するための通信ネットワークや,複数の海中ロボットを制御するための測位・通信システムなどの必要性の提案が幾度となくなされてきた.

 通常,陸上の通信では電磁波を用いるのが一般的だが,海水中では電磁波通信が可能な条件は非常に限定される.陸上で広く使用されるマイクロ波領域,赤外線領域では海水が導体として振る舞うためにエネルギーが海水に吸収されてしまい,可視光領域では濁った場合に影響が大きい.結果,数kHzから数MHzまでの周波数領域を,数十m程度の通信レンジで用いることが多い(1)

 一方,音波は電磁波と比べて海水のエネルギー吸収量が小さく,詳しくは後述するが,数kHzの周波数を選択すれば10km以上伝搬する.したがって,エネルギー損の観点から,海中での通信を伴う海洋機器の多くは音波を用いている.しかしながら,エネルギーが伝搬すれば空中電波通信と同じに扱えるわけではなく,水中音響通信固有の課題が存在する.本稿では,それらの水中音響通信固有の課題のうち,特に主要なものを提示するとともに,近年の研究開発例を示すことで,より多くの方に水中音響通信の現状についてお伝えし,関心を持って頂ければ幸いである.

2.水中音響通信の主要な課題

2.1 距離と周波数

 空中電波通信と比較して,海水中での音波伝搬の特徴の一つは,数百Hz~数MHzという非常に低い周波数を用いることである.これは,伝搬減衰と海洋の雑音特性に基づいた,物理的制約に起因する(2)

 第1に伝搬減衰についてであるが,これは大きく幾何減衰と吸収減衰に分けることができる.

 幾何減衰は,陸上における電磁波伝搬と同じく,空間的な拡散で生じる減衰である.この減衰では,図1に示すように,空間的な広がり方に応じて減衰特性が異なる.海洋中では,近距離での通信や,鉛直方向通信と呼ばれる海底―海面方向の通信などではエネルギーは球状に広がるため,図1(a)に示すような球面拡散となる.一方,海面と海底という境界面に挟まれた導波路に沿った通信は水平方向通信と呼ばれ,一般に図1(b)に示すような円筒拡散となる.


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