編集長退任に当たって

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Vol.105 No.6 (2022/6) 目次へ

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編集長退任に当たって 田中良明 (編集長在任期間:2018年6月7日~2022年6月9日)

1.は じ め に

 2017年秋に当時の津田編集長から編集長就任の打診を頂きました.私はこれまで会誌編集委員,論文誌編集委員長,データベース幹事,編集理事と,編集関係の仕事を一通りしてきたので,その集大成としてお引き受けすることにしました.編集長在任の4年間には実に様々な課題がありました.コロナ禍で後半2年間は全部オンライン会議になりましたが,関係者の協力で滞りなく編集業務を進めることができました.

2.主 な 活 動

 この4年間の編集関係の主な活動を表1に示します.また,次章以降で幾つか注力した点を述べます.

表1 主な活動

3.兵器開発論文

 編集長に就任してすぐに直面した問題が兵器開発論文の扱いです.本会論文誌には兵器開発論文が投稿されることがあります.その多くは兵器以外にも適用できる技術なので,一般的な技術に書き直してもらうなどケースバイケースで対応していました.しかし,海外からの兵器開発論文投稿が増加し,年20件以上に達したため,統一的な扱いが必要になりました.私の編集長就任前に既に半年間議論が行われていたのですが,「兵器開発論文は倫理に反するから受理しない」という最終案になりつつありました.しかし,この案は危険な思想を含んでいます.

 本会は国際学会です.倫理は国や地域により異なります.特に,兵器開発に関しては,日本と日本以外で大きく考え方が異なります.兵器開発論文が頻繁に本会に投稿されるようになったのは,日本以外では倫理に反すると考えていないからです.最終案は,日本独特の倫理観を周辺諸国に押し付けようとするものです.

 また,この最終案に従うと,著者には「倫理に反するから掲載できない」と不採録通知を送ることになります.著者の中には一生の仕事としてその研究を行ってきた人もいるでしょう.その人にとって,この不採録通知は「人間性に欠ける」と指摘していることと等価です.

 本件の議論は,本会が国際学会であることを忘れ,日本的思考で考えようとしたものでした.再度議論を行った結果,倫理を持ち出すことは止め,編集方針として兵器開発論文を当面スコープ外として受け付けないことにしました.将来的には他の国際学会論文誌と同じにすべきであるとの意見もあり,いずれ議論が必要と思われます.

4.オープンアクセス

 学術雑誌にはオープンアクセスの動きがありますが,一方でオープンアクセスを利用したハゲタカジャーナルが台頭し混迷を深めていました.現在,大きな学会や出版社も一部の論文をオープンアクセスにしたり,オープンアクセスの新たな論文誌を創刊したりするなどして,オープンアクセスが普及しつつあります.ヨーロッパでは公的研究費で行った研究の論文は,オープンアクセスの論文誌でないと掲載できないことになりました.

 本会論文誌は,IEICE Transactions OnlineとJ-STAGEの二つで出版されています.このうち,IEICE Transactions Onlineにおいて,2019年1月に英文4誌にオープンアクセスオプションを導入し,著者が1ページ5,000円負担することによりオープンアクセスを選択できるようにしました.

 J-STAGEでは,英文Dだけ2008年以降の全論文がオープンアクセスになっており,それを継続することにしました.また,英文Aは2022年10月号から,英文Cは2023年8月号からJ-STAGEでオープンアクセスにすることにしました.

 IEICE Transactions Onlineは主として会員向けですし,J-STAGEへのアクセスもほとんどが国内です.そのため,海外向けの強化が必要になっています.過去にIEEE Xploreを使うことも検討されましたが,IEEE Xploreで出版すると,本会が実質的にIEEE傘下に入ることになるため断念しました.しかし,現在は,本会が出版したものをIEEE Xploreに転載することも可能性としてあり得るので,これから交渉を試みるところです.

5.論文投稿数減少とインパクトファクタ

 本会論文誌への投稿はここ数年急激に減少しました.その原因は,インパクトファクタが低いことと,採録が難しいことです.例えば,韓国ではインパクトファクタ1以上の論文誌に掲載された論文でないと業績としてカウントされません.また,以前はIEEEの論文誌は本会論文誌よりも採録が難しかったのですが,最近はIEEEの論文誌全般が相当易しくなり,IEEE Accessのように極端に易しいものも出現しました.

 IEEE Accessは2013年に創刊されたオープンアクセス論文誌です.査読は1回のみで条件付採録はありません.採録か不採録の判定のみです.投稿してから掲載されるまで1か月程度です.採録率の目標は30%と公表されていますが,実際にはかなり高い採録率のようです.掲載料は22万円,インパクトファクタは4程度です.つまり,高い採録率で玉石混交の論文を掲載すれば,読む人も多く,インパクトファクタは高くなるということです.本会技術研究報告が非常によく読まれていることに通じるところがあります.IEEE Accessの掲載料は少し高いですが,投稿すればすぐに判定が行われ,高率で採録される上に,インパクトファクタが高いとなれば,投稿がそちらに流れるのは当然のことといえます.

 ところで,そもそもインパクトファクタとは何か,正確なことを知らない方も多いのではないでしょうか.インパクトファクタは,ISI社(Institute for Scientific Information)の創設者が考案し,1975年から毎年計算されているものです.現在計算しているのはClarivate Analytics社です.その計算式は下記のとおりです.

インパクトファクタ=Z/(X+Y) X:その論文誌の西暦N-2年の論文数 Y:その論文誌の西暦N-1年の論文数 Z:X+Yの論文中西暦N年に参照された延べ数 (1)

 簡単に言うと,インパクトファクタは,論文出版後2年間に何回参照されたかを元に計算している数値です.本会論文誌のインパクトファクタは0.3~0.6程度でかなり低い値です.同分野の主要論文誌の中でほぼ最下位です.ところが,2年間の縛りをなくして総参照数で比較すると,本会論文誌は同分野主要論文誌の中で中位になります.

 誰かの論文を読んで,それを参考にして研究を行い,自分の論文を書いて掲載されるまで,普通なら2年以上掛かります.それを2年未満で行った論文だけがインパクトファクタでカウントされるのです.つまり,インパクトファクタが対象としているのは,学術的にはまともでない論文,非常に近視眼的な論文です.インパクトファクタの高さは,その論文誌の近視眼度合の高さです.インパクトファクタが低い論文誌の方が健全な論文誌ということもできます.

6.著  作  権

 本会の著作権規程とその付属文書は古くからあるもので,それに増築に増築を重ねて迷路のようになっており,大変分かりにくいものになっていました.そこでそれらを整理し,分かりやすくしました.整理のきっかけは,博士論文のインターネット公開です.

 従来から博士論文は印刷公表しなければなりませんでしたが,理科系の場合,博士論文の内容を既に学会発表して著作権譲渡しているので,学会発表をもって博士論文の印刷公表に代えるのが普通でした.学位規則を改正する文部科学省令により2017年4月1日からインターネットを利用して公表することになりました.本会では,論文誌,研究会,大会,国際会議のいずれもオンラインになっているので,学位規則が改正されても対応不要のはずです.しかし,学位規則改正を拡大解釈して,博士論文そのものをインターネット公開しなければならない大学が増えました.そのため,博士論文のインターネット公開に関連して,本会に譲渡した著作権の扱いに関する問合せが急増しました.博士論文のインターネット公開は©IEICE表示を行う条件で認められており,利用許諾申請不要ですが,それが著作権規程の迷路では見つけにくいのが問題でした.そのため,迷路がなくなるようにしたのです.

 著作権は年々厳しくなっており,現在は著作権法遵守が必須になっています.しかし,本会会員の中には著作権法の理解が十分でない方がかなりおり,著作権侵害の事態が発生しています.

 本会研究会で発表した論文を本会論文誌に投稿することは可能です.著作権の譲渡先が同じ本会であり,また論文誌の投稿規定で研究会の論文を論文誌に二重投稿することが許されているからです.しかし,本会研究会の論文をIEEEの論文誌に投稿することはできません.研究会論文の著作権譲渡先は本会であり,論文誌論文の著作権譲渡先はIEEEになるので,著作権の二重譲渡になるからです.IEEEの国際会議の論文を本会論文誌に投稿することも同様にできません.

 投稿内容が全く同じでなく発展したものであっても同様です.発展したものの中に最初の論文の内容が含まれているからです.厳密なことを言えば,ある研究に関してA学会で発表したら,それに関するその後の研究は全部A学会で発表しないと著作権侵害になります.というのは,後続論文ではどうしても最初の論文の内容を書かねばなりません.最初の論文の著作権はA学会がもっているので,後続論文をB学会で発表してB学会に著作権譲渡すると著作権侵害になるからです.後続論文で書く最初の論文の内容がごく僅かで引用といえる分量であれば著作権侵害になりませんが,読者が理解しにくいものになってしまいます.

 これまで著作権法は親告罪だったので,訴えられない限り罪になりませんでした.学術分野ではこの種の著作権侵害が結構あり,これまではお互い様ということである程度大目に見られていました.ところが,TPP(環太平洋パートナーシップ協定)に著作権法の非親告罪化が盛り込まれ,一部が2018年12月30日に発効しました.今回はとりあえず海賊版だけが非親告罪の対象になりましたが,著作権法の非親告罪化は世界的潮流であり,学術論文も早晩非親告罪になるのは確実です.非親告罪になれば訴えがなくても懲役または罰金の犯罪になります.

 過去の事例によると,著作権法を守るかどうかは組織によって相当違うようです.組織のコンプライアンスの違いといってよいでしょう.コンプライアンスが低い組織で著作権法違反を繰り返してきた人が他組織に転職し,過去の過ちに気付いても,違法行為の記録は永久に残ります.

 著作権法を守っていない人の中には誤解により守っていない人も相当数います.最も多い誤解は,著作権と新規性の混同です.例えば,前の論文と比べて30%新しい内容が入っていれば新規性を認める出版社があります.それは出版社が投稿を受け付ける際の内規であり,著作権とは別の話です.70%同じ内容なら前の論文の著作権が及びます.同じ出版社には投稿することができますが,違う出版社には投稿できません.

 著作権法を知っていながら著作権侵害を繰り返している人もいます.二重投稿を行い,著作権を二重譲渡すると,業績リストの論文数は大幅に増えます.実質100件の論文が業績リストでは200件になります.論文題目を少し変えてあるので,業績リストを見ただけでは二重投稿は分からず,業績が高いように見えます.著作権法全体が非親告罪になれば,誰かが警察に密告し,刑務所には入らないまでも勤務先を懲戒免職になることはあり得ます.そのため,抑止力が働いて,この種の著作権侵害が少なくなることが期待されます.

 実は私が編集長に就任して最もやりたかったことは,会員に著作権法を理解し遵守してもらうことでした.第一歩として本会著作権規程とその付属文書の整理はできましたが,第一歩のままで終わりそうでした.ところが退任間近になって,本会所有の著作権をCreative Commons Licenseに対応できるようにするべきではないかとの議論が起こり,それに伴って会員の著作権法理解が深まりつつあります.ようやく第二歩を踏み出した感じです.今後更に著作権の議論が進むことを期待しています.

7.会 誌 表 紙

 会誌の表紙のデザインを考えるのは編集長の役目です.私の在任中の表紙は真空管にしました.2019年から100年前の1919年にRCA(Radio Corporation of America)が設立され,RCAが発売した真空管によって世界にラジオが普及しました.それ以前は一般の人が電気通信に直接触れる機会は少なかったので,電気通信が広く一般に普及するようになって100年といえます.したがって,1919年は電気通信の歴史において記念すべき年の一つです.本会創立の時期とも重なります.これが表紙に真空管を選んだ理由です.図1(a)~(d)に4年間の表紙を示します.

図1 4年間の会誌表紙

 2019年の表紙は,RCAの真空管第1号のUV-200の写真にしました.発売はRCA設立の翌年の1920年ですが,紙箱に印刷されている特許の日付は1919年です.この当時の真空管はナスの形をしているので,ナス管と呼ばれました.真空管は,ガラス細工や金属細工がすばらしく,工芸品といえます.100年の時を経てナス管がアンティークの仲間入りをしました.

 2020年の表紙は,次の世代のST管の代表格である807の写真にしました.807は無線送信機やオーディオアンプの電力増幅に用いられた真空管です.現在でもオーディオマニア垂涎の的です.

 2021年の表紙は,その更に次の世代のGT管の代表格6146の写真にしました.6146は無線送信機の電力増幅に用いられました.6146が開発されたのは私が生まれた年で,私にとって誕生年ワインならぬ誕生年真空管です.

 2022年の表紙は,最後の世代のMT管の写真です.小ささを強調するため1本でなく5本の写真にしました.その5本とは,当時多くの家庭にあった5球スーパラジオを構成するものです.局部発振・混合の7極管6BE6,中間周波増幅の5極管6BA6,検波・増幅の双2極3極管6AV6,低周波電力増幅の5極管6AR5,電源整流の2極管5M-K9です.年配の会員の中には,これらを使ってラジオを組み立てた人も多いのではないかと思います.

 会員が会誌に関する意見を入力できるURLがあるのですが,真空管の表紙が大変良いとの御意見を何度か頂き悦に入っております.

8.ウィズコロナ記事

 編集長在任中の後半2年間はコロナ禍でした.本会はコロナ禍に立ち向かう技術をもった学会なので,その技術を進展させるとともに,仕事や生活のスタイルも考えていかねばなりません.そこで,会誌では図2に示すような様々な欄でウィズコロナの記事を掲載しました.

図2 会誌のウィズコロナ記事掲載欄

 オピニオン欄では,ウィズコロナ緊急連載を行い,様々な領域のオピニオンリーダの方に自身が考える将来像と情報通信技術について述べてもらいました.解説欄では,ウィズコロナやアフタコロナの技術について連載も含めて数多く掲載しました.巻頭言では,ウィズコロナに関する意見を数多く掲載しました.それらのほか,ジュニア会員のページ,コラム欄,講演欄,特別小特集でも幅広くウィズコロナの技術等について説明しました.会誌ではありませんが,通信ソサイエティマガジンでもテレワークの特集があります.

9.慶 弔 記 事

 会誌では,会員が文化勲章等を受章したときは慶賀記事,名誉員等が亡くなったときは追悼記事を掲載しています.その執筆者探しは編集長の役目です.だいたい8割くらいは私が知っている方だったので,執筆して下さる方,あるいは執筆者を紹介して下さる方の見当が付きました.私がよく存じ上げない方に関しては,仕方がないので組織に執筆者探しを依頼しました.

 難しいのは追悼記事です.会誌の追悼記事は業績よりも人柄中心です.朝日新聞の土曜日夕刊に「惜別」という追悼記事がありますが,それに倣っています.人柄やエピソードを書けるのは個人的なお付き合いが深かった方です.大物になればなるほどそのような方を探すのが困難になります.そのため,学会のつながりだけでなく,個人的なつながりも駆使して執筆者を探しました.

 研究会や大会の懇親会で,「あなたは誰の追悼記事を書きたいですか」と冗談で尋ねたところ,積極的に答えてくれる人が多く,追悼記事執筆の予約が結構集まりました.しかし,私の編集長在任中にその予約が役立つことはありませんでした.皆お元気で何よりです.

10.お わ り に

 私が理事会に参加するようになったのは,今回の編集長で5回目になりましたが,前回から5年の空白がありました.前回理事を務めていたときは,本会が国際学会であることを理事全員が認識しており,国際学会としての責務を果たすことにまい進していました.しかし,私が編集長に就任したときは,国際学会であることを余り気にしない状況でした.そのため外国人会員減少への対応が遅れ,結果的に激減してしまいました.

 これは理事の任期が2年で継続性が乏しいのが原因の一つです.一般の理事は2年で退任しますが,編集長と企画戦略室長は4年,規格調査会委員長はそれ以上務めます.したがって,編集長には学会の継続性を保つ役割もあります.その役割を十分果たせたかどうか疑問でありますが,後任の編集長に引き継ぎ,より良い学会にして頂きたいと思っております.


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