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論文賞(第78回)は,2020年10月から2021年9月まで本会和文論文誌・英文論文誌に発表された論文のうちから下記の12編を選定して贈呈した.
(英文論文誌A 2020年11月号掲載)
人工知能や機械学習を用いた様々な技術が我々の身の回りに応用されている昨今,その理論的な基盤・裏付けとなる基礎的な理論研究の意義はますます高まっていると言えるだろう.
本論文の対象とする混合正規モデルはパターン認識,クラスタリング分析など機械学習を含む様々な分野において用いられる重要なモデルの一つである.混合正規モデルを用いた分析においてはその混合比及びパラメータの決定が重要な意味を持ち,この決定のためにしばしば仮説検定が用いられる.しかしながら仮説検定に基づく手法を混合正規モデルに適用するにあたっては,その特異点の存在が理論的な解析を困難にしており,正則化項を用いる手法やExpectation Maximization(EM)アルゴリズムを用いる手法等が提案されている.
本論文はこの問題に対しパラメータに事前分布を仮定したいわゆるベイズ的な仮説検定方法を取り入れている.ベイズ的な仮説検定においてはパラメータの事前分布でゆう度に関して混合をとった周辺ゆう度比を考え,更に対数をとった対数周辺ゆう度比を統計量として用いることになるが,この計算は一般に複雑になる.本論文はこの計算量削減に潜在変数を取り入れた変分ベイズ法を用いたアプローチを提案,これを用いた際の統計量を精密な計算により導出している.
本論文では更にこの統計量の振舞いを明らかにするための漸近解析も行っている.特に従来混合正規モデルにおける変分ベイズ法の解析で知られていた相転移が本問題設定においても発生することが示され,更にハイパパラメータに対するその発生条件が解析的に求められたことは重要な結果と言える.また本論文では理論的な導出のみならず,数値計算による評価も行っている点も高く評価できる.以上述べた結果は混合正規モデルのみならず特異点を含む確率モデルにおける仮説検定問題の展開に大きく寄与すると言えるだろう.
本論文は基礎理論に関する結果であるが,それだけにその応用先は先に述べたように幅広い.これらの理由から本論文は本賞に値する論文として高く評価できる.
(英文論文誌A 2021年4月号掲載)
データ科学における重要な課題の一つに,データに含まれる共通の性質を抽出することが挙げられる.多数のデータを集め,その構造をアルゴリズムによって自動的に抽出することで,個々のデータからは見えてこない大局的な情報を得ることができる.そのような情報抽出を実現するには,数理的な問題として定式化し,その問題を解く必要がある.分野によらない一般的な問題の一つとして,同時対角化問題がある.データから直接または何かしらの操作をすることによって得られる複数の行列を,同時に対角行列に変換する問題である.特に,本論文ではデータに雑音が含まれる場合を想定し,近似同時対角化問題を扱っている.すなわち,近似的な対角行列に変換する変換行列を求める問題である.
近似同時対角化問題は,非凸と呼ばれる性質を持ち,難しい部類の問題に該当する.そのため,この問題を完全に解決する方法はいまだ知られていないし,今後も完全解決には至らない可能性がある.そこで,工学的に有用な近似解をいかに効率良く与えるかに主眼が置かれ,近似アルゴリズムが多数提案されている.従来の非凸最適化手法は,厳密に同時対角化可能なデータに対しても,適切に対角行列を与えられない場合があるという弱点があった.一方で本論文は,厳密に同時対角化可能な行列の組に関しては代数的に同時対角化できることに着目し,近似同時対角化問題を「データを厳密に同時対角化可能な行列の組で近似する」ステップと「代数的に同時対角化する」ステップに分けて扱うApproximate-Then-Diagonalize-Simultaneouslyという新たな枠組みを提案している.更に,同時対角化可能であるための条件を特定の線形写像で特徴付け,近似問題を分解することで,三つのステップで構成される新たなアルゴリズムも与えている.工学的に重要な問題に対して,新たなアプローチを提案している点において今後の学術への貢献が大きく,論文賞に値する論文として高く評価できる.
(英文論文誌A 2022年3月号掲載)
有限体上の線形符号とは有限体上の数ベクトル空間の部分空間のことをいう.本論文の主題となっている準巡回符号(quasi-cyclic code)とは符号語を決まった長さの成分のセグメントに分割したときに,それぞれのセグメントが巡回置換で不変なものをいう.符号の誤り訂正能力を測る指標の一つに最小距離がある.最小距離が上界値を達成している符号を最適な符号といい,最適に近いものを良い符号という.準巡回符号が良い符号を与えることは経験的に知られており,そのため準巡回符号の解明に向けて多くの研究が進められている.
本論文では,与えられた準巡回符号が反転不変性,自己双対性,自己直交性を持つための条件を符号の多項式生成行列を用いて簡便な式で与えている.加えて,それらの条件を判定条件として応用し,計算機による探索により最適な符号を構成し,リストを提示している.
多項式生成行列という表示方法を用いて準巡回符号が着目する性質を持つかどうかの必要条件,十分条件を与えるという手法は本論文の独創的な点である.ここで提示された手法により,多項式生成行列を用いた表示方法が準巡回符号を記述する自然な方法であることを本論文は明らかにしており,準巡回符号の新たな研究方法を提示したといえる.
また,先に述べたように準巡回符号が良い符号を与えることは経験的に知られていることであるが,本論文にあるような手法を通して,そのメカニズムが解明されることが期待される.加えて,反転不変符号はDNAストレージに対する誤り訂正に応用可能であり,今後の発展が期待される.
加えて,これらの式は計算機を用いて容易に処理することができる形であるため,計算機による探索などの際に判定条件として容易に活用することができる.計算量の面でも低コストであるため,判定法として大変有用である.加えて分割セグメントの個数が奇数の場合は,反転不変かつ自己双対な準巡回符号が存在しないことを示していることをみると理論的な効用も大きい.
(和文論文誌B 2021年1月号掲載)
最優秀論文賞(第4回)に別掲.
(和文論文誌B 2021年3月号掲載)
地球の表面積の7割を占める海洋は,地球環境に大きな影響を与えることが分かっており,また資源の宝庫でもある.世界第6位の排他的経済水域の面積を誇る我が国は,安全・安心で快適な暮らしを維持し,経済の発展を持続させるために,海洋の三次元的な調査・利用を積極的に行う必要がある.そのため近年では,国内では海底鉱物資源開発など,海中や海底の利用が積極的に検討されている.海中の調査・利用を精度良く効率的に行うために,海中機器やロボットとの通信の高性能化や,海底下をセンシングする新たな手法が必要となっている.これまで海中においては音波を使った通信やセンシングが用いられているが,近年では,海洋の利活用を加速させるため,音波だけでなく電波や光を用いた通信技術も期待されている.
本論文では,海中における電波伝搬特性を測定するシステムである海中チャネルサウンダを提案し,実際に開発した海中チャネルサウンダの有用性評価を実海域にて行っている.
著者らは,海中チャネルサウンダの開発経緯,技術的特徴を説明した上で,海中で測定を行う上での難しさについて述べ,海中において精度が高く再現性のある電波伝搬特性計測を行うための手法について提案している.また,海中における無線通信実験を行い,10MHz帯における送受信アンテナ間距離に対するビット誤り率を測定し,理論値との整合性が得られる測定結果であることを示した.
本論文では,海中における電波伝搬特性の測定及び通信性能評価に関する基礎的な研究を礎とし,システム開発を行っている.また,提案した海中チャネルサウンダを用いて実海域において実験を行い,その有用性を示している.今後,海中における電波利用システムが社会で活用されることにより,我が国の海洋の調査・利用に大きく寄与されることが期待されると考えられる.以上の理由から本論文は,本賞に値する論文として高く評価できる.
(英文論文誌B 2021年5月号掲載)
マルチキャスト通信は,Web会議や動画像配信等といった,同じ情報を複数の受信者に送信するサービスを支える技術である.Software-Defined Network(SDN)技術の活用により,マルチキャスト通信の送信者がパケット転送経路やマルチキャストグループを柔軟に制御するシステムが検討されている.このシステムでは,算出された経路に従ってパケットが転送されるように,ネットワークを構成するSDNスイッチのフローテーブルにフローエントリが格納される.
SDNスイッチのフローテーブルの容量には上限があるため,格納されるフローエントリの数を抑制し,効率良く使用する必要がある.単一のマルチキャストサービスが提供される場合,各サービスに割り当てられたInternet Protocol(IP)アドレスをマッチ条件とするフローエントリ(マルチキャストエントリ)の使用により,各受信者にユニキャスト通信でパケットを送信するよりも,必要なフローエントリの総数を削減可能である.一方で,複数のマルチキャストサービスが同時に提供される場合,各受信者のIPアドレスをマッチ条件とするフローエントリ(ユニキャストエントリ)とマルチキャストエントリを併用することで,フローエントリの総数が削減される可能性がある.
本論文は,複数のマルチキャストサービスが提供されるSDNにおける経路決定モデルを提案している.必要なフローエントリの総数を最小化する最適化問題を定式化し,その決定問題がNP完全であることを証明している.大規模な問題に対応するために,発見的アルゴリズムを開発している.性能評価により,提案モデルを用いることで,同じ受信者に対するユニキャストエントリが複数のサービスによって共有され,フローエントリの総数が削減されることを示している.本論文は,近年マルチキャストサービスの需要が拡大する中で,効率的なネットワーク運用の実現に寄与するものであり,実システムへの導入が大いに期待される.よって,本論文は本会論文賞にふさわしい論文として評価できる.
(英文論文誌C 2021年7月号掲載)
現在,低ジッタなクロック発生回路は,様々なシステムにおいて最も性能要求の厳しい部品の一つとなっている.エネルギーハーベスタや低容量バッテリーで駆動されるモバイル機器では,低ジッタ特性を維持しつつも,低電圧・低消費電力動作に対応する必要があり,周波数可変範囲,位相雑音,消費電力などを考慮したクロック発生回路の設計が課題となっている.クロック発生回路の方式の一つとして,位相同期回路(PLL: Phased-Locked Loop)によるクロック逓倍器が大規模な集積回路でよく利用されており,水晶発振器から供給される低周波数の基準クロックを逓倍して動作する.しかし,低い基準周波数を用いるタイプⅡ型のPLLでは,電圧制御発振器(VCO: Voltage Controlled Oscillator)の雑音抑制帯域が十分に確保できないことが分かっており,性能改善が難しい原因となっている.通常のPLLとは対照的に,注入同期クロック逓倍器(ILCM: Injection Locked Clock Multiplier)は,注入パルスによって発振周波数を基準クロックの整数倍にロックさせるものである.雑音抑制帯域を広くでき,大幅な低ジッタ化及び低消費電力化の可能性があるが,更なる性能改善のためには,VCOの位相雑音特性の改善が必須である.特に,CMOSの微細化に伴い増大するフリッカ雑音を含むVCOの位相雑音特性がILCMの位相雑音特性に大きく影響し,ILCMの達成可能なジッタ性能や無線機のデータレートが最終的に制限される.超低消費電力で良好な位相雑音性能を持つVCOは,ディジタルPLLやBLEトランシーバなどの低消費電力向けの用途にとって重要な構成要素である.
本論文では,低フリッカ雑音で超低消費電力なサブ100µW VCOを提案している.共振器インピーダンス,起動条件,フリッカ雑音について詳しく解析し,より詳細なシミュレーション及び測定により,良好なフリッカ雑音特性を実現する設計手法を明らかにしている.従来のVCOと比較して,優れたフリッカ雑音特性を有しながら,大幅な低消費電力化を実現している.また,この高性能なVCOを用いたILCMについても報告しており,100fs以下の極低消費電力で良好なジッタ性能を実現している.これらの解析及び実験結果を通して,本提案のILCMが低ジッタ性能かつ低消費電力なクロック発生用途に適用できることを実証している.
本論文は,極低消費電力で低ジッタな発振器を実現するための回路方式を提案するもので,モバイル機器やIoT機器など低い消費電力が求められる機器等で広範な利用が期待できる.以上のように,本論文は,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
(和文論文誌C 2021年10月号掲載)
気象レーダなどで用いられるAESA(Active Electrically Scanned Array)アンテナを構成するマイクロ波の送信モジュールには小形化と低コスト化が求められる.送信モジュールは高出力増幅器とビーム制御のための移相器や可変利得増幅器といった制御回路で構成される.一般的にマイクロ波の高出力増幅器には,ひ化ガリウム(GaAs)や窒化ガリウム(GaN)デバイスが用いられ,制御回路には,GaAsやシリコン(Si)デバイスが用いられる.GaNデバイスを用いた高出力増幅器の出力電力は数Wから数百Wであるのに対し,Siデバイスを用いた制御回路の出力電力は数十~100mW程度であるため,数十~100mW程度から数Wの間をつなぐ1W級増幅器の構成方法が送信モジュールの課題である.
本論文では,この課題を解決するために,ビーム制御に必要な制御回路を実現するためのSiデバイスと,数十mWから数Wの出力を実現するためのGaNデバイスを組み合わせた,Si-GaNハイブリッド送信モジュールを提案した.最終段にSiデバイスとGaNデバイスから成るSi-GaNスタック型増幅器を採用したことで,1W級の出力電力を実現した.また,送信モジュールで使用するデバイスプロセス数の最小化や高出力増幅器との電源共通化を可能にした.試作では,GaNチップを基板に内蔵し,Siチップと電源回路素子のチップインダクタを基板上に表面実装した三次元実装構造とすることで,モジュール面積7mm×7mmの小形な実装構造を実現した.試作した送信モジュールは,L~Cバンドにおいて広帯域な動作が可能であり,出力電力はLバンドで34.8dBm,Sバンドで32.0dBm,Cバンドで25.8dBmが得られ,0.6dB-rms以下の振幅誤差と1.8deg.-rms以下の移相量誤差の特性が得られた.
本論文は,AESAアンテナを構成するマイクロ波の送信モジュールの小形化,低コスト化に寄与し,実用化に貢献する研究であることから,本会論文賞に値する論文として高く評価できる.
(和文論文誌C 2022年1月号掲載)
高周波電力増幅器は放送システムや無線通信システムを構築する上で必須のコンポーネントである.電力増幅器の動作モードとして,古来からA,B,C級が使われてきた.A,B,C級はアナログ動作であるため,その電力効率に限界がある.そこで高い効率を達成させることを狙って,能動素子をスイッチング動作させる増幅方式が考案された.スイッチング増幅方式のうち,D級は方形波出力することが特徴である.主としてkHz帯までの音声増幅などで使われている.E級とF級はスイッチング動作でありながら,正弦波を出力できることが特徴である.E級は集中定数素子で構成できるためMHz帯の電力増幅に適している.F級は分布定数素子で構成するためGHz帯の電力増幅に適している.
最近,ワイヤレス電力伝送の研究が活発化してきた.その応用例として,内閣府主催のSIP「ドローンへのワイヤレス給電」や愛知県主催の重点研究プロジェクト「小型ビークルへの2次元ワイヤレス給電」などが挙げられる.これらのシステムはMHz帯の周波数を用いるためE級増幅器の活躍が期待される.
現時点でE級増幅器はさほど普及していない.なぜなら,動作理論がよく解明されていなかったためである.具体的にはE級増幅器の出力インピーダンスに関する論争,すなわち三つの異なる主張(0説,説,有限説)があった.
本論文では,E級増幅器の出力インピーダンスに関してロードプル原理に立ち戻った回路シミュレーションを行った.更に,最先端の窒化ガリウム(GaN)FETを使って6.78MHz,100W級のE級増幅器を設計・試作し,その出力インピーダンスを実測した.その結果,公称負荷インピーダンス13.3に対して出力インピーダンス5.14が得られた.これは公称負荷インピーダンスの4/倍に相当する有限値であるということが分かった.
この実験的考察によってE級増幅器の出力インピーダンス論争に終止符が打たれた.まさに本研究成果はE級増幅器ひいてはワイヤレス電力伝送システムの加速的普及に向けて大きな前進であると言える.本会論文賞として称えられるべき研究成果として高く評価する.
(和文論文誌D 2020年11月号掲載)
エレベータは,垂直輸送の手段として必要不可欠である.いまだにエレベータ群管理は,容易ではない.多くの不確定要素を考慮しつつ,限られた数のエレベータにより,効率的な輸送を実現する必要がある.
一般乗客より多くの空間を占有する車椅子等の特別乗客は,一般乗客より長時間待たされやすいとう課題がある.特別乗客は,十分な空きのあるエレベータが到着するまで待たなければならない.一般乗客の良心的な行動による解決には限界があり,システムによる支援が求められている.
カメラを有するエレベータの普及や,画像認識技術の向上により,エレベータにおける人数推定や荷物量の推定が可能となった.これらは,エレベータ群管理における不確定要素を減らすために利用できる.具体的には,エレベータホールでの待ち人数やエレベータ内の乗客数の推定に利用される.一方,これらの情報を公平性と効率性の両立に利用するには,研究の余地があった.
本研究の特筆すべき点は,カメラから取得した乗客の占有量に着目することで,一般乗客と特別乗客の公平性と効率性の両立を可能とすることを目指している点である.ここでは,人数のみならず占有量を考慮したエレベータ群管理を最適化問題として定式化し,公平かつ効率的な輸送を実現するためのマルチエージェントシステムとして解くための制御方法を実現している.
本論文は,車椅子等の特別乗客と一般乗客との間の待ち時間の公平性や効率性という,従来研究とは異なる観点からカメラ情報を利用したエレベータ群配車制御をモデル化した点で,顕著な独創性と有効性が認められる.既存手法と比較して,提案手法が両タイプの乗客に対して公平性と効率化を達成できることが,様々な条件下のシミュレーションにより示されている.混雑時など情報に誤りがある状況についても分析しており説得力がある.本成果は,マルチエージェント分野やエレベータ群配車制御における高い貢献がある.以上の理由から,本論文は,本論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
(英文論文誌D 2021年7月号掲載)
声質変換技術は,入力した音声を変換し,異なる話者の声に似せた音声を生成する技術である.近年,深層学習の活用により変換音声の品質は飛躍的に高まっており,それに伴いコンテンツ産業等における実用化が進んでいる.例えばAIボイスチェンジャーとしてVTuber等に活用されており,また,好みの声による匿名性を保った音声コミュニケーションの実現など,メタバース空間における活用も期待できる技術である.
本論文は声質変換技術の新たな方式を提案した論文である.信号処理技術と深層学習(DNN)を組み合わせ,リアルタイムに動作する高速な声質変換を実現している.DNNで推定したケプストラムの差分からフィルタを構成し,音声に適用することにより変換を行う形を基本としている.このフィルタのタップ数を短くすることによる変換処理の高速化,リフタの学習による位相復元,及び,サブバンドモデルによる低域変換処理等を適用して,高速な変換を実現している.本論文では更に,F0の等価処理,GVによる補正処理,ボコーダパラメータを用いた学習処理など,コアの変換技術を支える様々な工夫を含め,詳細な調査を行っている.詳細に記載された評価試験により,それぞれの手法の効果を検証しており,結果の信頼性が高い点も本論文の特徴である.
提案手法をベースにした今後の性能改善や,実用化に期待しつつ,2021年度に本会に投稿された声質変換技術・音声合成技術に関連する分野を代表する論文として本論文を評価する.
このように,声質変換技術は,今後の発展が期待されるタイムリーな技術分野の一つであり,比較的活発に論文投稿されている分野である.その中でも本論文は,新規性や有効性が15ページにわたって詳細に検証された著者らの強いこだわりの感じられる論文であり,本会論文賞に値する論文として評価できる.
(和文論文誌D 2021年8月号掲載)
日本において,人には文化的な生活をおくる権利が保証されており,それは他の多くの国でも同様と考えられる.今日,文化的な活動には芸能やスポーツなどいろいろある.その中で,写真を撮影し,ソーシャルネットワーキングサービスにアップロードすることに関心を持っておられる方も多い.
さて,晴眼者にとって写真撮影は,スマホなどの機器の操作方法さえ習得すれば,難しい作業ではない.撮影したい対象物を見つけ,カメラを向け,シャッタボタンを押下するだけである.その場での確認も簡単にできる.一方,これは視覚障がい者にとっては難しい作業となる.まず撮りたい対象物がどこにあるのか分からない.分かったとしてもカメラを向けることができない.また,撮影した写真を確認することも難しい.
本論文では,写真撮影を支援するシステムを提案し,ユーザ実験によってその有効性を評価している.提案システムの大きな特徴は,撮影と後処理の2段階で写真を生成している点である.現場では,全方位カメラで周辺全てを撮影し,後日,AIの力を借りて適切な写真に仕上げる戦略を採用している.全方位カメラを使うことによって,シャッタチャンスを逃すことを防ぎ,またAIを使うことによって,現場での難しい作業の一部を軽減することができる.
また,実際の視覚障がい者とユーザ実験を行っている点も評価できる.一般に,視覚障がい者のニーズを導き出すことは難しい.本論文では,実験協力者に自由にシステムを使ってもらうことによって,あえて不便な状態を作り出し,素直な意見を詳細なアンケートで吸い上げるという方法をとることによって,上記のような懸念を払拭している.なお,全てのアンケート項目は2ページにわたる付録として掲載されており,ユーザ実験を予定している研究者にとって参考になる.
著者らも本文中で述べているとおり,本研究にはまだ様々な制約や改善点があるが,障がい者支援システムをテーマとする研究のマイルストーンになり得ると考えられ,本会の論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
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