電子情報通信学会 - IEICE会誌 試し読みサイト
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COVID-19は私たちの生活を一変させました.これまでは当り前であった“会えること”の大切さを,私たちは改めて感じています.不要不急の活動が制限される中で,生活の豊かさや生きがいが必要火急とは限らないことにも気づきました.2年に及ぶコロナ禍で,人類はワクチンを開発し,ニューノーマルともいわれる新たな生活様式を取り入れながら,徐々に経済社会活動を取り戻しつつあります.そのような中,2022年2月,ロシアのウクライナ侵攻が開始されました.殺傷と破壊が終わる道筋は見えておらず(2022年6月10日時点),日々の報道に心を痛めています.まずはこの場をお借りして,侵略によって亡くなられたウクライナの皆様に哀悼の意を表するとともに,被害に遭われた皆様に心からのお見舞いを申し上げます.
ウクライナ教育科学相が「教育の継続が最も大切」と述べています(2022年4月1日 NHK総合ニュースウォッチ9).避難した子供たちも勉強を続けることができるよう,どこの国に行ってもウクライナの教育を受けられるシステムを作っているそうです.場所によらず学ぶことや仕事ができる環境整備は,COVID-19によって人類がICTを活用して推進してきた施策です.自然災害,疫病,戦争を予測して回避することは簡単ではありませんが,英知を結集させ,ICTによって未曽有の危機を予測し,迅速に対処策を見つけて大事な人々の命を救うことに,私たちは挑戦するべきだと考えます.この一翼を担うのが,電子情報通信学会です.
ICTは現在,数多くの産業分野で必要な基盤技術として位置付けられているのは御承知のとおりです.産業ごとに,それらを支えるドメインの技術はありますが,ICTはそれぞれのビジネスを改善して高度化するための原動力となりました.その代表技術がAIであり,システム形態がIoTです.これまで,私たちは様々な状況下でより良い未来の実現のために,「過去を学び,未来を予測し,現在を考える」ことを実施してきました.ニューノーマル時代にICTが貢献するためには,現在人類が保有している技術は不十分であり未熟です.技術は,永遠に万能なものはなく,人類社会の発展とともに性能限界を迎えることは必然だと強く認識すべきです.そこには高く厚い壁がそびえていますが,全ての研究機関が一丸となって限界打破のイノベーションを創出していけば,打ち勝つことができると私は信じています.
本会は,ICT分野において最高の研究者が集う場です.私は,2016年度に東京支部長を務めさせて頂き,産学官連携の重要性を理解しました.その後,2018~2019年には映像情報メディア学会会長を務めましたが,異分野連携の意義や学会間の連携の重要性を強く認識するようになりました.皆様と一緒に,未来を見据えた社会を描いていきたいと考えます.活気に満ちた電子情報通信学会を目指し,邁進していく所存です.
本会は,1917年5月1日に創立された電信電話学会を起源としており,2017年5月に100周年を,本年5月に105周年を迎えた歴史ある学会です.利根川守三郎博士を初代会長に,会員数843名で発足し,2010年度末に約3万5,000名いた会員数ですが,2020年度末では約2万3,000名と10年間で約1万2,000名もの減少となっています.
ここでICT産業の経済規模で考えますと,2019年度の情報産業の名目国内生産額は108.4兆円であり,全産業の10.4%を占めます(令和3年情報通信白書).これは,産業全体を「その他産業」を除く八つの主な産業に分けた場合,情報通信産業は「商業」(92.3兆円)を抜いて最大の規模になっています.本会で議論されてきた多くの成果は,民間企業等によって情報通信産業の発展に貢献するとともに,我が国の一大産業として,経済を支えてきました.一方で,情報通信関連製造業を中心に,2000年(120.4兆円)よりも減少していることも事実で,2000年時点と2019年時点とを比較すると,約9.9%の減少となっています.
会員数の減少と情報通信産業規模は,無関係ではないと考えています.特に,企業会員数の推移を見て,企業から見た学会の魅力が減少していないかを検証しなければなりません.また,産学官連携による産業発展が重要であることから,アカデミアの会員数,学生会員数の推移及び学会の寄与の検証も必要です.同時に,現在の会員の仕組みとは別の観点で,会員勧誘していく施策を本会として打ち出していくことも重要です.本会会員ではなくても,本会に貢献している方や,今後多大な寄与が期待される方が多数いると考えます.該当する方に本会がリーチしてメンバとすることができれば,会員にとってより有意義な議論の場となるでしょう.私は,該当する方の勧誘の様々な手段を検討し,積極的に推進したいと考えています.
さて,皆様も最初の学会発表のことを,強烈な印象として覚えているのではないでしょうか.研究成果のプレゼンがうまくいくか,質問に回答できるだろうか,そんな不安で学会会場に向かったことを思い出します.そして,アカデミアの卓越した成果に驚き,企業人の産業化へつなげた自信に満ちあふれた姿に接し,私もいつかこうなりたいと願いました.皆様にとっても,学会とは特別かつ魅力的な場だったと思います.今まさに,アカデミアを,学生を,企業を魅了する学会に,本会を再興させるときだと考えます.
大会や研究会で研鑽し,研究成果を高めて国際会議や国内論文誌に投稿するような,これまで一般的だったプロセスが変わっていることにも注目しなければなりません.トップカンファレンスに採録されることが研究者としてのステータスであることは否定しませんし,引用論文数が重要指標であることも理解していますが,研究成果は多様性をもって評価されるべきだと考えています.もちろん背景として,平成8年の科学技術基本計画から推進されたポストドクター等1万人支援計画や,研究者増加に対する受入れポストの拡充が図られなかったことに伴う有期雇用増加により,短期間で成果創出が求められてきたことは承知しています.中長期的視野に立って研究者を育成してきた国内学会の役割が変わったのかもしれませんが,短期的成果創出に学会が寄与することが望ましいとは考えられません.海外学会をベースに研究成果が図られる現状に鑑みて,本会はグローバル観点で海外会員を獲得できる施策を立案,推進していくことも必要だと考えます.そのためには,海外会員獲得に資する魅力的なパッケージ創出が課題といえます.
ニューノーマル時代だからこそ,場所に依存せずに学会参加できるメリットがあります.加えて,言語の壁を超えられる技術革新があれば,様々な国籍の方が,自国にいながら自国の言語で本会に参加することが可能になるかもしれません.そのためには,“あたかも同一空間にいるかのような”リモートワールドや完璧な翻訳プラットホーム,そして何よりも地球のどこにいても距離の壁を感じさせない超低遅延の世界が必要です.
本会会員にとってのステータスを得られる仕組みも求められます.場所の依存がなくなりつつある今,学会会場に行かなければ得られない‘もの’や‘こと’を訴求するのは難しいでしょう.従前の価値に捕らわれることなく,真に会員への本会の付加価値は何かを検討するべきです.また,国内学会が全体的に衰退の傾向にあります.科学技術振興機構(JST)と毎日新聞の調査によると,この10数年間で大学などの自然科学系の研究者は増えているにもかかわらず,主要学会の会員数は大幅に減少しています(2019年7月27日 毎日新聞東京朝刊).3割以上減っている学会もあり,国内学会全体の危機的状況といえます.高い視座で,国内学会の連携,融合,統合についても果敢に検討していくべきだと考えます.
情報通信産業の中でも通信インフラ市場における日本の国際競争力に着目しますと,2019年度第1~3四半期における携帯基地局の世界市場シェアでは,中国,欧州及び韓国の企業5社が97%を占めており,日本企業は僅か1.5%程度という衝撃的な状況にあります.これらの原因を分析しますと,リスクを回避したか,リスクテイクしたかが明暗を分けていることが分かります.開発に積極投資してグローバルマーケットを開拓した上位5社が市場を席巻したことになります.
大きなゲームチェンジを起こすには,企業が積極的に研究開発に投資することが必要です.そのためには,連続ではなく不連続の変化が求められます.通信システムではいえば,3G,4G,5Gと世代が変化してきましたが,この変化は連続と捉えられるでしょう.一方,5GとBeyond 5Gは不連続の変化であり,そのためには限界打破のイノベーションが必要となるのです.キャリヤでいえば,従来の所掌の領域を拡張してデバイス開発に投資するような,これまでの常識を覆す取組みになるでしょう.この取組みを情報通信産業全体に展開するのです.ここに,英知を結集させる本会の意義があります.具体的な取組みとして,企業イニシアティブ委員会の設立と学会活動のグローバル化を推進します.
限界打破のイノベーションに向け,企業の研究開発活動の取組みを強力に支援するために企業イニシアティブ委員会を設立します.イノベーションには,社会・顧客の課題解決につながる革新的な手法(技術・アイデア)で新たな価値(製品・サービス)を創造することが不可欠です(2019年10月4日 経済産業省イノベーション100委員会「日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針」).ここでは,今や企業がカーボンニュートラルを意識することなしに,研究開発を推進できないことに着目しなければなりません.また,我が国の科学技術の発展には,大学(国立研究開発法人含む)の大きな貢献があったことは御承知のとおりです.21世紀には多くの自然科学分野のノーベル賞受賞者を,我が国が輩出しています.これらの成果は,かつて大学と企業が一体となって研究を進めてきた成果によるところも多いと考えています.大学と企業が集う場が重要なのです.したがいまして本委員会は,社会課題,顧客の課題解決に資する革新的手法を“産学官”により創造する場であり,同時にカーボンニュートラルにも貢献する場を実現します.
本委員会は,産学官のマッチングを推進し,研究開発成果を国民が享受できるよう社会実装への道筋を立案し,PDCAを回し,限界打破のイノベーションを実現します.
本会のグローバル化には,前述の言語の壁を超えることが重要です.自国にいながら自国の言語で本会に参加できるような施策を推進したいと考えます.一方で,日本語で執筆,プレゼンした内容が多言語に翻訳され,海外学会会員が本会にアクセスする機会増加を目指します.
英語での論文化,プレゼンが,研究成果の露出を増やし,研究者の成果に反映される現状に鑑みるとグローバル化には英文化が欠かせないでしょう.一方で,その国の言葉は,その国そのものであることにも目を向けたいと考えます.古くから日本語は,翻訳により中国の言葉を取り入れてきましたし,近代以降は欧米の様々な文化,自然科学,人文・社会科学を日本語として理解できるようにしてきました.海外学会が英語一択の現状に対して,各国母国語選択は,多様性の観点で本会グローバル化の差異化要素になると考えています.具体的には,翻訳プラットホーム検討プロジェクトを立ち上げ,多言語化を推進してきます.
世界は今,ニューノーマル時代に突入しました.従前の常識が成り立たず,変化を余儀なくされ,人々は不安の中にいます.しかしながら英知を結集させれば,限界打破のイノベーションを起こせ,未曽有の危機を予測して回避することや,社会課題解決も可能であると考えています.
この一翼を担うのが本会です.本会再興に向けては,会員の皆様への貢献を検証します.会員にとって有意義な議論の場となるよう,数年で大幅な会員増を目指します.
本会がイノベーション創出をけん引し,情報通信産業発展に貢献するよう努めていきます.ゲームチェンジを起こす研究開発に本会が貢献できるよう,大学と企業が革新的手法を想像できる企業イニシアティブ委員会を設立するとともに,学会活動のグローバル化を推進します.
研究開発成果は国民がその利便性を享受できるように,社会実装を進めていきます.同時に,国籍によらず人類のウェルビーイングであることも重要です.また,地球には様々な生物が存在し,美しい自然環境を次の世代に引き継ぐことも私たちの役割です.この観点から,研究開発の目的関数の一つとしてカーボンニュートラルを設定し,地球規模での研究開発を推進したいと考えます.会員の皆様の御支援と御協力をお願い致します.
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