知識の森 テラヘルツ通信

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Vol.106 No.5 (2023/5) 目次へ

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知識の森

マイクロ波テラヘルツ光電子技術研究専門委員会

テラヘルツ通信

永妻忠夫(大阪大学)

本会ハンドブック「知識の森」

https://www.ieice-hbkb.org/portal/doc_index.html

1.テラヘルツ通信とは

 近年,100GHz(0.1THz)~1,000GHz(1THz)の電波を用いた無線通信の研究開発が国内外で活発になってきた.この帯域の電波をテラヘルツ波と呼んでいる.テラは1012を意味しTと表記することからTHz波と略すことが多い.元々電波(最大3THzまでの周波数の電磁波)には波長の大きさに由来する呼称が与えられている(図1を参照).例えば,30~300GHz(波長10~1mm)の電波をミリ波,300GHz~3THz(波長1~0.1mm)をサブミリ波と呼んでいる.

fig_1.png

 100GHzを超える周波数の電波は,歴史的には21世紀までほとんど使われなかったが,研究が進展し世の中の関心が高まる中,100GHzを超える電波を用いた通信を,一般にTHz通信と呼ぶことが多くなった(1).また文献によっては,100~300GHz帯の電波を用いた通信を,サブTHz通信と称していることもある.

 より高い周波数を無線通信に利用する最大のメリットは,これまでに利用されているマイクロ波帯,ミリ波帯に比べてより広い帯域幅を使うことによって,無線通信の高速化を図れることにある.また,同時に収容できるユーザ数を増やし,通信の混雑を解消できることにも期待が大きい.

2.歴史的経緯

 最初のTHz無線通信の研究は,2000年代に遡る120GHz帯無線である.当初は120GHz帯の電波の発生並びに変調に光技術を用いていたが,半導体電子デバイス技術の進展により,2000年代半ばには全電子化による送受信機(10~20Gbit/s)が開発され,通信距離も約6kmに及んだ(1).当時商用化されていた無線通信の伝送速度は,最速のもので100Mbit/s~1Gbit/sであった.2014年1月に,総務省から番組素材中継を行う無線局等の無線設備規則の一部を改正する省令(平成26年総務省令第5号)が施行され,116~134GHzが放送用途に割り当てられた.なお,この120GHz帯無線通信技術は,知識の森1.0では,ミリ波通信の中で紹介されている(2)

 その後,200~300GHzと,更に高い周波数の電波を用いることによって無線通信の高速化を目指す研究が世界中で進められた.最近では,半導体光デバイス,電子デバイスの双方の進展に加え,多値変復調技術と多重化技術の導入によって,300GHz帯で「100Gbit/s」を超える伝送速度が得られている(1), (3)

 特に,275~3,000GHz(3THz)の電波は,無線通信を代表とする能動業務に対して国際的に周波数割当がなされていないことから,広い帯域を確保できるという期待がある.2019年10~11月の世界無線通信会議(WRC-19)において,「275-450GHzの周波数範囲で運用する陸上移動及び固定業務アプリケーションの主管庁による使用の特定」が行われている(4)

3.期待される応用

 一般に電波は,高い周波数になるほど直進性が高くなり,遮蔽物があるような環境では通信が途絶えるため,マイクロ波帯に比べ用途が限定される.しかし,上述のように100Gbit/sを超え,将来的には光ファイバ通信並みの数百Gbit/sもの無線伝送を実現できる可能性があることから,見通し通信が可能なビル間通信や,光ファイバの敷設にコストがかかる箇所の通信,例えば河川をまたぐ固定無線通信への期待が大きい.また,送受信機器の低コスト化が進めば,次世代移動体無線通信ネットワークの基地局間をつなぐバックホールや張り出し基地局(フロントホール)の無線接続が有望視されている.通信距離としては,大気(水蒸気による吸収)や降雨による減衰を考慮し,100mから1km程度が想定されている.

 直進性が強いことにはメリットもある.同じ空間内で複数の電波を使っても干渉や混信の心配が少なく,通信を傍受されるリスクが減る.更にミリ波帯無線(例えば,28GHz帯無線や60GHz帯無線)で開発されているような,複数アンテナを用いたフェーズドアレー技術がTHz無線に導入され,ビームのステアリングができるようになると,工場内で中低速移動する監視ロボットやスタジアム内で移動する高精細映像カメラとアクセスポイントとの多元的な無線接続を始め,ネットワークインフラ以外の応用が一気に広がることが期待される.

 そのほか,大気や降雨の影響を受けない,宇宙での応用(衛星間通信等)や,光通信のような低損失のTHzファイバケーブルを用いた有線通信への応用も検討されている.図2は,テラヘルツ無線通信の未来像として,地上の二次元ネットワークから,ドローン,バルーン,飛行体を使った三次元空間へと展開し,やがては,低軌道衛星や静止軌道衛星を使った宇宙空間ネットワークへと発展していく様子を描いたものである.

fig_2.png

文     献

(1) 永妻忠夫,枚田明彦,“テラヘルツ波を利用した無線通信技術の現状と将来展望,”信学論(B), vol.J100-B, no.9, pp.705-713, 2017.

(2) 豊田一彦,“14-3ミリ波通信,”信学知識ベース“知識の森,”4群1編14章,電子情報通信学会,2010.

(3) THz communications―paving the way towards wireless tbps―, T. Kürner, D. Mittleman, and T. Nagatsuma (eds), Springer, 2022.

(4) 寶迫 巌,小川博世,“電波と光の間の電磁波「テラヘルツ帯」を開拓,”NICT NEWS, no.3, pp.1-3, 2020.

(2023年1月5日受付 2023年3月1日最終受付) 


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