解説 電波伝搬測定データのオープン化の取組み

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 解説 

電波伝搬測定データのオープン化の取組み

Activities for Open Data in Radio Propagation Research Fields

山田 渉 北 直樹 岩井誠人 今井哲朗

山田 渉 正員 日本電信電話株式会社NTTアクセスサービスシステム研究所

北 直樹 正員:シニア会員 日本電信電話株式会社NTTアクセスサービスシステム研究所

岩井誠人 正員:フェロー 同志社大学理工学部電子工学科

今井哲朗 正員 東京電機大学工学部情報通信工学科

Wataru YAMADA, Member, Naoki KITA, Senior Member (NTT Access Network Service Systems Laboratories, NIPPON TELEGRAPH AND TELEPHONE CORPORATION, Yokosuka-shi, 239-0847 Japan), Hisato IWAI, Fellow (Faculty of Science and Engineering, Doshisha University, Kyotanabe-shi, 610-0394 Japan), and Tetsuro IMAI, Member (School of Engineering, Tokyo Denki University, Tokyo, 120-8551 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.106 No.7 pp.591-596 2023年7月

©電子情報通信学会2023

A bstract

 無線システムのエリア設計,周波数共用を行うための他システムとの干渉評価,システム設計段階の特性比較評価などに用いられる電波伝搬モデルは,膨大な測定データから構築されることが一般的である.これまで測定コストや競争力の観点からこれら測定データは非公開とされることが多かった.しかし昨今,国内外の諸団体が電波伝搬の測定データの蓄積と公開を進めている.本稿では,電波伝搬の測定データオープン化の取組みについて紹介する.

キーワード:電波伝搬,電波伝搬モデル,測定データ,オープン化,標準化

1.は じ め に

 一般に無線通信システムは電波を利用して通信を行う電気通信システムを指し,地上での電波の伝送路は一般的に空気である.送信機のアンテナから放射された電波は,波の一般的な性質である反射・回折・散乱・透過を経て受信機に設置されたアンテナに至る.現実世界で観測される電波の振舞いは現実世界で発生する様々な出来事が加味された結果である.

 電波伝搬モデルは,送信アンテナから受信アンテナまで電波がどのように広がり届くのかについて,様々な環境や遮蔽物による損失や周波数によって異なる反射・回折などの電波の振舞いの結果として現れる伝搬損などの電波の伝搬特性をモデル化したものである(1).理論的には電波伝搬特性は電磁界シミュレーションにより正確に把握することが可能であるが,現実世界でリアルタイムに発生する様々な出来事までを再現する電磁界シミュレーションの実施は困難である.このため,現実世界での電波伝搬特性の把握は電波伝搬測定データによって実施されることが多い.

 電波伝搬測定データは文字どおり電波伝搬の測定データそのものであるが,電波伝搬測定データを得るためには実際の測定だけでなく,測定系の構築,実験免許整備やデータの後処理が必要である.そのため,データ取得に掛かるコストの問題や競争力の観点からデータは非公開とされることが多く,電波伝搬の研究を進める上でデータのオープン化は大きな課題となっていた.

 昨今,無線通信システム実現の過程では標準化を活用することが一般的となっており,電波伝搬モデルもその過程で標準化される.標準化機関においては各団体から寄与される様々な測定データを基にした電波伝搬モデルの標準化活動が進められることが一般化してきている.この過程で電波伝搬測定データの共有は不可避となるなどの理由により,近年はデータのオープン化が進み始めている.

 本稿では,まず電波伝搬モデル構築に必要となる電波伝搬測定データについて概説する.更に,電波伝搬測定データのオープン化に関する諸外国の取組みと日本国内の代表的な取組みについて解説する.

2.電波伝搬モデルと測定データ

2.1 電波伝搬モデル検討に必要となる測定データ取得の流れ

 電波伝搬測定データとは電波に関するあらゆる測定データを指し,受信電力の分布や変動,遅延プロファイルと呼ばれる到来時間特性,角度プロファイルと呼ばれる到来角度特性などが代表的なものである.これら電波伝搬測定データは一般的に図1に示されるように事前準備フェーズ,測定フェーズ,後処理フェーズの流れによって取得されることが多い.

図1 電波伝搬モデル化に必要となる電波伝搬測定データ取得までの流れ

 事前準備フェーズでは,新規に電波伝搬モデルを検討する必要のある環境と周波数を決定する.次に,電波伝搬モデルを構築するために必要となる測定系の仕様を決定し,測定系を構築する.更に構築された測定系によって実際に電波を放射する測定を行うためには電波免許が必要となる.そのため,電波免許整備においては,既に同じ周波数帯の電波免許を有する免許人との干渉調整の合意を経て,総務省(各総合通信局)に対する免許申請を行い,臨局検査や登録点検などによる検査を行って電波免許が交付される.

 測定フェーズでは,測定準備として実際に測定を実施するための各方面への調整が必要となる.例えば,屋外の公衆環境の道路上で測定車を伴う測定を行う場合はその道路を管轄する警察署から道路使用許可を得ることなどや,測定を実施する場所において干渉調整が必要となる場合は事前に定められた方法によって行うことなどである.測定準備を全て完了することで電波伝搬測定が可能となる.測定においては測定車の運転手や周囲安全を守るための監視者などが必要となるため,それなりの人員を動員する必要がある.

 測定終了後には,送信電力や雑音電力などの測定系に関する影響を補正する必要がある.このため後処理フェーズでは,測定データに対してキャリブレーションが実施される.その後,電波伝搬モデルを構築するために必要となる位置情報などの外部データを結合するなどのデータ加工が行われる.このようなステップを経て電波伝搬測定データが出来上がる.そして,このデータを用いて必要な評価を可能とするための電波伝搬モデル化が進められる.

 電波伝搬モデル化ではモデル構築のほか,モデルの汎用性向上,またはモデル検証を行うために,複数の場所の電波伝搬測定データが求められることが一般的である.このため,測定フェーズと後処理フェーズを複数実施するための時間が必要となる.また,測定系をそろえるための費用も無視することができない.一例として昨今のB5Gや6Gに向けた電波伝搬モデル検討では92GHz以上のサブテラヘルツ帯のモデル化を進める必要があるが,この周波数帯ではデバイスが量産化されておらず高額であり,測定系の構築は費用の面で大きな負担が求められるのが実情である.このように,電波伝搬モデルを構築するためには膨大な時間と費用が求められるため,モデル化の源泉となる測定データのオープン化には高い障壁が存在する.このため,データ取得者によって測定データは秘匿化されることが多く,これまで一つの団体でデータ取得からモデル化までを完結することが一般的となっていた.


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