講演 会長就任あいさつ 会長就任にあたって――変わらないために変わり続ける──

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講演 会長就任あいさつ 会長就任にあたって――変わらないために変わり続ける―― Message from the President: To Not Change is to Continue Change 森川博之

森川博之 正員:フェロー 東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻

Hiroyuki MORIKAWA, Fellow (Graduate School of Engineering, The University of Tokyo, Tokyo, 113-8656 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.106 No.7 pp.585-590 2023年7月

©電子情報通信学会2023

1.変わらないために変わり続ける

 経営者などがよく使うフレーズです.歌詞にも使われています.禅問答みたいなよく分からないフレーズですが,前半の「変わらないもの」が企業のパーパス(存在意義),後半の「変わり続けるもの」が事業を成功させるための方策と理解すると,何となく理解できます.

 「変わらないもの」が大切にされるようになってきた背景として,VUCAと言われる「Volatility:変動性」「Uncertainty:不確実性」「Complexity:複雑性」「Ambiguity:曖昧性」の時代になったことを挙げることができます.不確実性が高く将来の予測がとても難しくなってしまいました.

 ロードマップを引くことができず,試行錯誤を繰り返しながら前に進んでいかざるを得ません.企業では社員一人一人がリーダシップを発揮していくシェアドリーダーシップが必要となります.そのため,多くの企業が「変わらないもの」としてパーパスを策定しています.「何のために自社は存在するのか」という問いに対する答えがパーパスです.

 環境の変化や企業への期待の変化に対応することがパーパスを策定する目的です.パーパス経営とは常に変化し続ける経営です.世の中の変化をしっかりと把握し,その変化に対応する大胆な決断をしていくことが,大きな変革につながります.

 環境が変化としたとしても,企業姿勢をぶれさせず,社員が一丸となって柔軟に変化に対応できるようにするとともに,事業の方向転換をスムースに行っていかなければいけません.

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 また,些細な差別化競争や顧客価値を考慮しない技術開発から抜け出し,本来の事業目的に立ち返り,価値の創造につなげていかなければいけません.

 セブン銀行のサイトには,“未来の芽は,いつもお客さまの想いの中に生まれる…(中略)…それが私たちの原点.時代とともにお客さまの想いが変化し,多様化しても,私たちの姿勢は「変わらない」.そして,そのために私たちは「変わり続ける」”とあります(1)

 「人はなぜ生きるのか」というのも永遠の課題ですが,企業と同様に,学会もなぜ存在しなければいけないのか,どのように変わり続けなければいけないのかを問い続けていかなければいけないと思っています.

 情報通信は,社会・経済活動を支える基盤の構築や良質な生活空間の実現に中心的な役割を果たしています.

 農業分野では,農業の果たすべき役割がとても幅広く定義されています.「食料・農業・農村基本法」第3条(2)には,「国土の保全,水源のかん養,自然環境の保全,良好な景観の形成,文化の伝承等農村で農業生産活動が行われることにより生ずる食料その他の農産物の供給の機能以外の多面にわたる機能(以下「多面的機能」という.)については,国民生活及び国民経済の安定に果たす役割にかんがみ,将来にわたって,適切かつ十分に発揮されなければならない.」とあります.

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 情報通信も,豊かな生活,持続可能な社会づくり,我が国の国際競争力の維持向上を支える基盤整備,災害などを含む社会的諸問題への解決,文化の伝承など,農業に劣らない多面的機能を有します.

 また,土木学会も,「宣言:公益社団法人への移行にあたって」の中で,「私たちの生きるための条件や環境を形作る様々な諸要素を,整え,建設・維持・管理し,運用することを通じて,地域の活力と国力の増進を図り,人々の安全を保障し,文化・芸術の発展を目指す総合的な営みが「土木」である」と土木を定義しています(3)

 このような幅広い領域を支えるために,土木学会の調査研究部門には,「計画」「建設技術マネジメント」「環境・エネルギー」「分野横断」などの分野があります.また,社会のクリティカルな問題の解決への専門的・直接的支援を機動的に行うことを目的として社会支援部門を設置し,「司法支援特別委員会」「減災・防災委員会」「インフラメンテナンス総合委員会」「豪雨災害対策総合検討会」「地盤検討会」などが活動しています.

 情報通信インフラも,現代の人々の生活を支えるとともに,将来の人々にも多大なる恩恵をもたらす社会基盤・システムです.これらを総合的に運営(設計,工事,運用,維持管理)することは電子情報通信学会に課せられた使命です.情報通信エンジニアリング分野の健全なる発達を図る機能を具備し,社会の発展に寄与していくことも考えなければいけません.

 また,通信障害が社会に与える影響も格段に大きくなりました.電子情報通信学会として社会に正確な情報を発信していくことも考えなければいけません.

 正解はありません.会員の皆様や社会のいろいろな方々と一緒に,電子情報通信学会がすべきことを考え続けていきたいと思っています.

2.ものが売れない(2000年頃)

 私が大学院生だったとき,電子情報通信学会にはとてもお世話になっていました.多くの諸先輩方とフランクにお話する機会を与えて頂き,研究の裏側の世界などもお教え頂きました.

 当時と今とで,環境は大きく変わってしまいましたが,電子情報通信学会は当時の延長線上のままかもしれません.もちろんコアとなるところは変えずにきちんと維持し続けることが大切です.一方,環境の変化に応じて学会の一部が変わること,新しい世界に飛び出していくことを考え続けることも大切だと思っています.

 私が学生の頃の1990年前後は,日本のエレクトロニクス産業が世界を席巻していた時代です.研究開発に投資し優れた技術を開発すれば,事業につながった時代です.

 できるだけ情報量の少ない映像符号化方式の開発,より高速な通信技術の開発,より高速かつ低消費電力の半導体素子の開発など,定量的な性能指標を軸とした研究開発にしのぎを削っていた時代です.顧客自身が性能を求めていたことから,性能を良くすることが新たなユーザ体験の創出につながり,事業にもつながっていきました.

 しかし,その後,少しずつ流れが変わっていきます.2000年頃,企業の方々と「なぜ,ものが売れなくなってきているのか」を議論したことがあります.急激な技術革新で技術が顧客要求を上回るとともに,商品ライフサイクルが短くなり,研究開発のコストダウンが進みつつありました.また,ディジタル化で水平分業化が進み,‘もの’の個性の希薄化も進みました.ものが売れなくなってしまったのです.

 ICTがそこそこ「日用品化」(4)してしまったのです.もちろん現在の性能を飛躍的に向上させる技術開発や革新的な新技術の研究開発は引き続き必要であるものの,従来の延長線上の性能軸だけで成果を「売り込む」ことは以前に比べてとても難しくなってしまいました.

 顧客にわくわくして頂く,うなって頂く,驚きを与えるなどといった魅力品質が求められるようになりました.

 建築の分野が参考になるかもしれません.建築学では構造設計が基盤分野となります.構造上必要な耐力を備えるように建築物を設計する分野で,構造力学などが基盤技術となります.

 しかし,建築物は本来人間の多様な営みに密接に関係するものであることから,使いやすく,安全で快適な,かつ感動を与える空間や環境の創造にも重点が置かれるようになりました.意匠設計と呼ばれる分野です.

 人間による使われ方(機能),技術,美を総合的に勘案することが求められ,構造や材料といった工学的な側面のみならず,デザインや建築史などといった芸術的・文化的・社会的な側面も重視されるようになりました.フランスの有名な建築家であるコルビュジェの言葉を借りると,「住むための機械」といった側面のみならず,「人間にとって欠くことのできない静逸を心にもたらす美の場」といった側面にも重きが置かれるようになったのです.まさに魅力品質です.

 最近話題のChatGPTも良い例かもしれません.公開から僅か2か月で1億ユーザを突破という驚異の数字をたたき出したChatGPTですが,根底にある技術は全く新しいものではないと開発者自身が語っています(5).ChatGPTはInstructGPTと同じ言語モデルを従来のやり方で微調整したものですので,開発者にとっても予想外のヒットだったようです.ポイントは,会話データを追加したことと訓練プロセスを調整したことです.顧客に驚きと感動を与えた裏側にあるものは,ものすごい技術ではなく,調整力なのかもしれません.魅力品質を追求するにあたって考えさせられる事例です.

 工業経済社会から情報経済社会に移行したことで,コミュニケーションコストが大幅に低減し,知識が一瞬のうちに伝搬し,資本をかけずに技術開発することができるようになったことも大きな変化です.技術の民主化とも言える現象です.従来は資本のある大企業でしかできなかった技術開発を,誰もができるようになりました.そのため,技術革新のスピードが速くなり,ライフサイクルが短期化するとともに,知識の高度化・専門化が進み,主導権も供給側から需給側に移っていきました.

 このような大きな環境変化の真っただ中に我々はいます.正面から真摯に向き合っていかなければいけないように感じています.

3.無形資産時代の価値創造

 大きな環境変化の背景に,経済において無形資産が大きな影響を及ぼしつつあることを挙げることができます.米国のS&P500に採用されている企業の市場価値を要因分解すると,84%が無形資産であるとも言われています.

 無形資産とは,研究開発,人材,デザイン,組織文化,ブランドなど物的な実態の存在しない資産のことです.工場や設備などといった有形資産への投資は減少し,ソフトウェアや研究開発などの無形資産への投資が拡大し続けています.

 無形資産の特徴は「独り占めできない」ことにあります(6).工場内の機械であれば,工場に出入りできないようにして他の人に機械を使わせなくすることができますが,無形資産は誰もが利用できてしまいます.インターネットの普及に伴い,知識の普及は加速され,一瞬のうちに知が全世界で共有される時代となってしまいました.インベンション(技術)のハードルが相対的に低くなり,イノベーション(顧客・社会)のハードルが高くなったことも,無形資産に価値がシフトしつつあることに起因しています.

 企業価値の源泉が無形資産に変わりつつある中,世の中に遍在する無形資産を目利きし,上手に組み合わせて恩恵を得ることが競争優位に立つために欠かせません.経済学者シュンペンターのいう「新結合」とも言えるかもしれません.一つ一つの無形資産をテトリスのパーツと見立てるならば,パーツを見つけ,うまく取り込み,適切に回転させて,ぴったりと当てはめる力が価値の源泉です(図1)(7)

図1 ぴったりと当てはめる力  様々なパーツを組み合わせることで,価値が生まれる.技術も企業も人も一つのパーツである(7)

 技術も一つのパーツです.企業や人も一つのパーツです.一つのパーツだけでも価値はありますが,それを上手に組み合わせることで,価値は更に高まります.グーグルのandroid OSもDeepMindのAIも,外に存在していたパーツを組み合わせたものです.マイクロソフトはOpen AIというパーツを見事に当てはめました.テトリスのパーツの一つ一つに共感し,つないで,巻き込む能力が価値創造につながる時代です.

 模倣というとネガティブな印象もありますが,勝者は巧みに模倣しています.無形資産だから模倣できるのです.米グーグルのクリック課金はGoTo検索エンジンを模倣したものと言われています.ウーバーの最初のサービスは営業用自動車免許を持つドライバー運転のプレミアムサービス,リフトの最初のサービスは相乗りマッチングサービスでしたが,どちらもサイドカーのサービスを模倣して今のサービスになりました.

 アップルは模倣の達人かもしれません.革新的なPCだったマッキントッシュは,伝説のゼロックスパルアルト研究所の成果に着想を得ています.自ら技術開発したものは多くないと言っても言い過ぎではありません.技術の「オーケストレーター」,まさにテトリスのパーツを回転させて組み合わせる手腕が卓越しているのがアップルです.

 研究開発の多くは,単一のパーツを作るものと位置付けることができます.これに対して,価値創出に資するためには,単一のパーツを作り上げるのみならず,世の中に遍在する多様なパーツを目利きし,組み合わせて価値の創出につなげることも考えなければいけません.無形資産が経済の主役になりつつある中,価値創出に資する取組みをも電子情報通信学会に取り込み,社会に貢献していくことも大切なのではと思っています.

4.固定概念とマイオピア

 英国のフィンテック(金融と情報技術を結び付けたビジネス)ベンチャーのタンデムという企業が「銀行の窓口サービスを考えるために」作成した面白いビデオがあります.

 パブが銀行の窓口のようにサービスをしたらどうなるのかを示したビデオです.客がビールを注文しようとすると,「番号札をお取り下さい」と言われるところから始まります.自分の番号が来てカウンターに行ったら,「担当者を呼んできます」と言われ,待ち時間にアンケートの記入を求められ,最後の支払い時にはビール代金に加えて手数料までとられるというビデオです.

 パブも銀行の窓口も客にサービスすることは同じなのに,サービスの仕方が全く異なります.言われてみれば当たり前のことですが,日常生活の中でこの違いに気づくことはありません.

 Kaggleは,機械学習の賞金付きコンペティションのポータルサイトを運用しています.企業や政府が出した課題に対して,全世界のデータサイエンティストが腕を競い合うコンペティション情報を列挙したポータルサイトですが,2017年にグーグルが買収しました.ポータルサイトの運用を介して,全世界の優秀なデータサイエンティストの情報が自然に集まってくることに価値を見いだしたのです.優良な人材データベースがKaggleの強みになったのですが,私自身,言われてみるまで気づきませんでした.

 経営学者のピーター・ドラッカーの言葉に,「イノベーションに対する最高の賛辞は「なぜ自分は思いつかなかったか」である」というものがあります.言われてみれば当たり前であることに,人はなかなか気づきません.知らぬ間に型にはまった考え方をしてしまっています.

 そもそもシュンペーターはイノベーションを「慣行軌道の変更による重心の移動」と表現しました.今までの「普通」のやり方や考え方を変えたところに革新があります.

 マーケティング分野にはマイオピア(近視眼)という言葉があります.セオドア・レビットが1960年に提唱した概念で,マイオピアに陥って失敗した事例として鉄道会社やハリウッド映画産業を取り上げています.

 鉄道会社は,自社の事業を「鉄道業」という狭い範囲で考えてしまい,「輸送業」という大きなくくりの中で位置付けることをしませんでした.膨大な資本と顧客を有していた最大規模の企業であったにもかかわらず,自動車運送や航空運送などを取り込むことができず,衰退していきました.

 ハリウッド映画業界は,テレビが登場しても自身を「映画事業」という狭い枠に閉じ込め,テレビと顧客の奪い合いをしてしまいました.「エンターテインメント業界」と定義していれば,新たな市場を取り込めたかもしれません.

 工学は,「数学,自然科学の知識を用いて,健康と安全を守り,文化的,社会的及び環境的な考慮を行い,人類のために(for the benefit of humanity),設計,開発,イノベーションまたは解決を行う活動」(8)です.人類の利益のためになる活動であれば何でも電子情報通信学会に取り込んでいくことを考えてもよいかもしれません.

 先に述べた情報通信エンジニアリング分野を取り込むのもあり得ます.また,政策や制度設計に寄与する知見を蓄積しておくことも大切かもしれません.電力効率や通信効率の観点からデータセンターをどのエリアに配置すればよいのかという問いに答えられるようにしておくことも必要かもしれません.通信障害にどのように向き合えばよいのかを提言としてまとめて社会に発信し続けることも必要かもしれません.情報通信産業の発展に資する産業政策的な提言も国に出してもよいかもしれません.

 多くの研究開発プロジェクトがPoC(Proof of Concept)を実施しただけでとどまっている実情の背景を研究することも大きな意義があることかもしれません.当たり前のことですが,PoCは,顧客や社会のハードルを越えるための通過点です.社会実装に向けてはPoCに続くステップが大切ですが,多くの研究開発プロジェクトがPoCでとどまってしまっています.

 「スマート・イナフ・シティ」というタイトルの本があります(9).あまたのスマートシティプロジェクトが全世界で実施されていますが,全てうまくいっていないと痛快に言い切っています.最新技術を使えば都市を最適化することは明らかであるのに,全く社会に展開されていないことを滔々と語っています.本の帯には「テクノロジー企業の安請け合いによる夢の技術に踊らされてはいけない!?」とあります.

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 技術を生かすも殺すも人次第ということを忘れてはいけないというメッセージです.技術と技術を使う人との関係を探り,価値創出にまでつなげることのできる取組みの共通点を明らかにする研究も面白いかもしれません.失敗の事例を集めて分析することで,将来の失敗確率を減らし,産業競争力の強化に寄与することができればすばらしいです.

 我々を取り巻く環境は容赦なく変わり続けます.電子情報通信学会の起源は1917年に創立された電信電話学会です.まだ100年しかたっていません.100年後の2123年の電子情報通信学会は現在とは全く異なる姿になっているかもしれません.電子情報通信学会は変わり続けるはずです.将来の学会の姿を一人一人が夢想するプロセスの中で,ヒントが出てくるかもしれません.

 学会は,本質的に中央集権型組織ではなく分権型組織です.人々が創造力を発揮しやすいのは秩序よりも柔軟性を重んじる分権型の環境です.従来の秩序を破壊し,経済的なインパクトを与え,環境が変化しても生き残るのが分権型組織です(10).皆さんお一人お一人に「学会って何のために存在するんだっけ?」「100年後の学会はどうなっているんだろう?」と考えて頂くことが,強い電子情報通信学会につながっていくはずです.

5.ディジタルの大海原へ

 インターネットやスマートフォンの登場で社会は大きく変わったものの,まだまだ初期的な段階にいるにすぎません.ディジタルが社会の隅々にまで入り込むことで,あらゆる事業領域の変革が促され,産業構造,経済構造,社会構造までもが大きく変わっていくことになります.現在の世の中の在り方は過渡的なものであり,ディジタルで新しいビジネスの余地が必ず生まれるというマインドでもって,新しい産業や社会制度の確立を目指していかなければいけません.

 悩ましいのは,どのように変わっていくかを予測できないことです.

 洗濯機の登場で,家事労働の負担が大幅に減ることは明白でしたが,洗濯機が社会に与えた影響はこれにとどまらなかったと言われています.衛生観念が大きく変わったことで,毎日洗濯するようになり衣類市場が一気に増大したことも,社会に極めて大きな影響を与えました.今から振り返れば当たり前のことですが,「洗濯機で衛生観念が変わり衣類の需要が増える」ことを洗濯機の登場前から認識していた人は誰もいなかったはずです.

 ウォール街やビジネススクールを産み出したのは蒸気機関だとも言われています.蒸気機関によって生み出された巨大な鉄道会社が巨額の資金や多くの中間管理職を必要としたことから,ウォール街やビジネススクールが生まれたとの文脈です.しかし,蒸気機関が登場した時点で蒸気機関とウォール街やビジネススクールを結び付けることができた人は誰一人いなかったはずです.

 これからどのように変わっていくのか定かではありません.しかし,ディジタルがあらゆる産業を変革していくことは確かです.情報通信技術が汎用技術(General Purpose Technology)であるためです.ディジタルで地域中小企業の生産性を向上させることができれば,地域経済の活性化のみならず,日本経済の成長・発展に資することもでき,全く違った光景が見えてくるはずです.電子情報通信学会が,新たな社会構築に向けた動きを後押しし,豊かな日本や世界を次の世代に残すドライバーとなるようお手伝いしたいと考えています.

 2018年に京都大学で全分野結集型シンポジウム「学会を問う―学会って意味なくない?」が開催されました(11).「参加者が固定化して顔見知りばかりになってしまっているのでは」「学会を守ることが目的になってしまっているのでは」「上下の分離,分野間の分離が激しくなっているのでは」「アリバイづくりの場になってしまっているのでは」「大学院生のデビュー戦だけになってしまっているのでは」「何のために研究をやるのかに関する議論の場になっていないのでは」などの意見が飛び交ったようです.

 電子情報通信学会にも当てはまる点が多いかもしれません.我々の分野に限らず,どの分野であっても学会の在り方を改めて見直していく時期に来ているのかもしれません.

 ディジタルは経済の構造を過酷なまでに変えていきます.COVID-19で今まで当然と考えていた土台が崩れ落ち,未来を先取りしたディジタル社会の壮大な実験が始まり,ディジタルシフトが加速しています.

 後戻りすることなく,ディジタルシフトを加速し,社会や産業や経済の仕組みそのものの再定義を進めていかなければいけません.COVID-19で得られた気づきをも大切にしながら将来を深く洞察し,社会,産業,生活,地方の変革に電子情報通信学会こそが寄与し続けることができればと思っています.

 電子情報通信学会の理事会メンバーには「上」の方々が多いですが,理事メンバーが主役ではありません.皆さんお一人お一人が主役です.かけがえのない大切な存在です.皆さんお一人お一人のために理事会メンバーは働きます.お力添え頂けるとうれしいです.よろしくお願い致します.

文     献

(1) セブン銀行の「パーパス」(存在意義).
https://www.sevenbank.co.jp/corp/purpose/

(2) 平成十一年法律第百六号,食料・農業・農村基本法.

(3) 土木学会,“宣言:公益社団法人への移行にあたって,”May 2011.

(4) 森川博之,“ストーリーとしての研究開発,”信学誌,vol.100, no.7, pp.635-641, July 2017.

(5) W.D. Heaven, “The inside story of how ChatGPT was built from the people who made it,” MIT Technology Review, March 3, 2023.
https://www.technologyreview.com/2023/03/03/1069311/inside-story-oral-history-how-chatgpt-built-openai/

(6) J. ハスケル,S. ウェストレイク,無形資産が経済を支配する―資本のない資本主義の正体,東洋経済新報社,東京,2020.

(7) 森川博之,“経済教室:製造業のデジタル化(下),気づきと共感が価値の源泉,”日本経済新聞,2022年2月2日(朝刊26面),Feb. 2022.

(8) 仙石正和,“基礎研究を続ける大切さ,”信学誌,vol.100, no.6, pp.431-439, June 2017.

(9) B. グリーン,スマート・イナフ・シティ,人文書院,京都,2022.

(10) O. ブラフマン,R.A. ベックストローム,ヒトデ型組織はなぜ強いのか―絶対的なリーダーをつくらない組織が未来をつくる,ディスカヴァー・トゥエンティワン,東京,2021.

(11) 京都大学学際融合教育研究推進センター,全分野結集型シンポジウム「学会って意味なくない?」,Sept. 2018.
http://www.cpier.kyoto-u.ac.jp/update/zenbunya2/


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