知識の森 エスノメソドロジー・会話分析とは

電子情報通信学会 - IEICE会誌 試し読みサイト
Vol.107 No.1 (2024/1) 目次へ

前の記事へ次の記事へ


知識の森

ヴァーバル・ノンヴァーバル・コミュニケーション特別研究専門委員会

エスノメソドロジー・会話分析とは

秋谷直矩(山口大学)

本会ハンドブック「知識の森」

https://www.ieice-hbkb.org/portal/doc_index.html

1.エスノメソドロジー・会話分析とは

 エスノメソドロジー・会話分析(Ethnomethodology and Conversation Analysis)とは社会学の一領域である.会話分析の突出した発展の結果,領域名としてのエスノメソドロジー・会話分析の並置表記は慣習化されているが,もともと会話分析はエスノメソドロジーに起源を持つ.そこで,以降はエスノメソドロジーの単体表記を用いる.

 社会学の目的の一つは「社会秩序はいかにして可能か」という問いに解を与えることである.通常,社会学者はこの問いに対して,質問紙調査や理論に基づいた思弁的思考などの様々な道具立てによって,市井の人々には観察できない社会秩序を明らかにする方法を採用する.一方エスノメソドロジーは,観察可能な方法によって人々自身が社会秩序を成り立たせていることに注目する.そして,人々が実際にやっていることに即した記述を通して,人々が社会秩序を成立させる方法の解明を目指す.

 このアプローチの特徴について,行列を例に説明する(1).例えばチケット売り場の前の行列は,並んでいるメンバーによって,行列を組織し維持するための知識に基づいた具体的な様々な方法の継続的な行使によって成立している社会現象である.行列に参加するメンバーは,行列を組織し維持するための方法の行使の適切さをお互いに示し合い,また管理し合うことによって,行列という社会現象の秩序を可能にしている.こうした状況の秩序とそれを成立させる方法が相互に支え合うことで場面のゲシュタルト的一貫性が維持されることを相互反映性と呼ぶ.このとき,行列を組織・維持するための知識は,それを実践する方法とともに参与者間で観察可能になっている.そうでなければ行列の組織・維持は不可能なはずだ.エスノメソドロジーとはこうした観点から,人々が社会秩序を可能にする知識を,それを具体的な場面に適用させる方法とともに明らかにしようとする研究である.

2.エスノメソドロジー研究の方法の多様性

 エスノメソドロジー研究の方法は多様であるが,このこと自体がエスノメソドロジーの独特なスタンスを示すものでもある.エスノメソドロジーの研究対象は,人々によって何らかの理解可能なやり方で社会秩序が達成されるところ全てに及ぶ.個別具体的な社会現象は,それぞれ何らかの方法・条件によって成立している.したがって,研究方法は,あくまでも研究対象の社会現象の成立を理解することができるやり方の考案と選択において決定される(図1).

図1 観光場面のビデオデータの収集  テクノロジーの使用と観光活動の関係に注目すればワークプレイス研究,観光における多様な視覚的実践の組織に注目すれば概念分析,相互行為の組織に注目すれば会話分析としてそれぞれ展開できる.

 一方で,エスノメソドロジー研究の長年の蓄積は,研究対象とする社会現象の特性に合わせて探究方法を洗練させてもいる.以下,現在のエスノメソドロジー研究の主要なアプローチを会話分析・概念分析・ワークの研究の三つに整理し,それぞれの概要を説明する.ただし,これらのアプローチは相互に排他的なものではない.

3.会 話 分 析

 会話分析では,社会秩序を成立させる行為や活動の理解可能性が,会話や身振りによって組織された相互行為を通してもたらされていることに注目する.そして,社会秩序を成立・維持するための相互行為上の問題を解決する,異なる場面・参与者においても繰り返し利用可能な方法を探究する.

 挨拶場面を例に具体的に説明する.私たちは「こんにちは」と言われたら,大抵はその直後に「こんにちは」と返すだろう.このとき,私たちは会話の順番交替がスムーズにいくタイミングで応答することを通して,この場面が挨拶を交わす場面であるという相互理解を示し合っている.また,呼び掛けと応答に適切な言葉を選択することで,トラブルのない自然なやり取りを成立させている.挨拶に対する応答がない場合,私たちは応答の不在を見いだし,それに対処するための何らかの次の一手を繰り出す.これらはいずれも社会秩序の成立に関わる相互行為上の問題を解決するための,異なる場面・参与者によって利用可能な方法である.こうした観点の下,自然に生起した相互行為場面の分析により,相互行為上の問題を解決するために人々が用いている観察可能な方法の発見・解明を目指すのが会話分析である.

 現在,会話分析は社会学の枠を超えて社会言語学や教育学など他分野にも波及しており,国内では,会話分析に特化した教科書も出版されている(2)

4.概 念 分 析

 概念分析では,社会秩序を成立させる行為や活動の理解可能性が,人々が概念を有していることに基盤を置くことに注目する.社会秩序の達成には,人々が行為者や行為をどのように相互に理解可能としているかが明らかにされる必要がある.そこで概念分析では,いかなる概念の下で人々が行為や行為者を理解しているのかを,人々が実際にやっていることから経験的に明らかにする.

 概念分析について説明するために,先に例示した挨拶を再び取り上げる.挨拶が成立するのは私たちが挨拶の概念を持っているからである.挨拶概念の下での行為は,他の行為とは分節化可能なやり方によって達成されている.ならば,挨拶という社会秩序の達成についての探究は,挨拶という行為が組織されるそのやり方の記述的研究によって可能になる.

 なお,概念分析は,挨拶のように既に一般に名付けられた言葉とそれに結び付いた行為のみを探究対象とするものではない.例えば挨拶は人々の注意をこちらに引きつける手段として用いられることがある.街頭アンケートにおける声掛けを想像するとよいだろう.このときの挨拶が本題に入るためにこちらの注意を引くものとして聞こえるならば,私たちは挨拶を返すにしても,間髪入れず「あ,結構です」と答えることができる.このときの挨拶は,自身が住むマンションの出入口で住民と「こんにちは」と言い交わすだけで終わる挨拶とは異なる行為として分節化されて理解されているはずである.このように他者を見分け,それに即した応答を組織する方法を表現する言葉は一般に共有されていない.しかし,その方法の下で実際に行為が組織されているならば,私たちはその行為の概念を有していることを示している.ならば,これもまた概念分析の対象となる.以上のように,概念分析の射程は,私たちが行為者や行為を理解する際に用いている方法全てに及ぶのである.

 ここまでの概念分析の例示は,先述の会話分析の説明と重なる部分が多い.実際,会話分析の議論を取り入れた「概念分析としての相互行為分析」(3)が考案され取り組まれている.ただし,概念分析は扱う資料の形態を相互行為に限定するものではない点には注意が必要である.なぜなら,概念の下での行為は,会話,文書,映像など様々な資料を用いてなされているからである(4)

5.ワークの研究

 ワークの研究(5)では,社会秩序を成立させる活動の組織とその理解可能性が,場面に参与する人々によってどのようにもたらされているのかに注目する.そして,研究者の課題を,自分たちの課題として取り組み解決している人々の方法に学ぶという方針にのっとった研究により探究する.

 ここでの活動概念には,仕事,趣味活動,スポーツなどあらゆる人間の活動が包含される.ここでは情報学を含めた学際的分野において発展した,仕事を対象としたワークの研究,通称「ワークプレイス研究」(6)について説明する.

 エスノメソドロジーと情報学の関わりは,ルーシー・サッチマンの「プランと状況的行為」の出版が重要な契機であった.同書では,人間とコピー機の相互行為を分析することで,従来,情報学と関わりの深い認知科学分野において行為の前提条件として考えられてきた「プラン」概念を,人間の相互行為の組織における状況依存性・偶発性・相互行為能力の観点から捉え直した.その結果「プラン」概念は行為の前提条件なのではなく,行為の予測・省察の資源であるという観点が導かれた.この成果は様々な認知モデルの捉え直しを要請するものであった.更に,この展開は,ヴィゴツキー学派の議論や正統的周辺参加論などと合流し,認知科学分野において「学習」概念を相互行為の観点から捉え直す状況論の誕生にも寄与した(7)

 上記の取組みにおいてコピー機をめぐるやり取りが俎上に載せられていることが示すように,サッチマンの研究はワークプレイスにおける仕事という活動の組織と,そこで使用されているテクノロジーとの関わりに注目するものでもあった.当時ゼロックスのパロアルト研究所に所属していたサッチマンらは「ワークプレイス・プロジェクト」を1990年代初め頃にスタートさせた.調査フィールドとなった空港では,様々な時間・空間で分散して働く人々が協調し,飛行機を発着陸させている.この協調的ワークを管理するのが航空管制塔の主要な役割である.サッチマンらは航空管制塔を「協調の中心」とみなし,そこでの相互行為やテクノロジーの使用がいかに分散した人々の協調的ワークを可能にし,飛行機の発着陸を達成するのかを探究した(8)

 このプロジェクトは,社会学者・人類学者・情報学者らによる学際的研究プロジェクトであった.この取組みを嚆矢の一つとして,テクノロジーに支援された協調的ワークを探究する学際的研究コミュニティであるCSCW(Computer-Supported Cooperative Work)をベースに方法的議論と実践的研究が展開した.現在,情報学分野におけるワークプレイス研究は,様々なエスノグラフィー的調査と区別する形で「エスノメソドロジーに指向したエスノグラフィー(Ethnomethodologically informed ethnography)」とも呼ばれ,情報システムの利用実態の解明,取り組むべき研究課題の発見,開発された情報システムの評価などにおいて多岐に取り組まれている(9)

文     献

(1) E. Livingston, Making sense of ethnomethodology, Routledge & Kegan Paul, London, 1987.

(2) 串田秀也,平本 毅,林 誠,会話分析入門,勁草書房,東京,2017.

(3) 西阪 仰,心と行為:エスノメソドロジーの視点,岩波書店,2001.

(4) 概念分析の社会学2―実践の社会的論理,酒井泰斗,浦野 茂,前田泰樹,中村和生,小宮友根(編),ナカニシヤ出版,京都,2016.

(5) 池谷のぞみ,“ワークのエスノメソドロジー,”エスノメソドロジー・会話分析ハンドブック,山崎敬一,浜日出夫,小宮友根,田中博子,川島理恵,池田佳子,山崎晶子,池谷のぞみ(編),pp.342-357,新曜社,東京,2023.

(6) ワークプレイス・スタディーズ:はたらくことのエスノメソドロジー,水川喜文,秋谷直矩,五十嵐素子(編),ハーベスト社,東京,2017.

(7) 上野直樹,西阪 仰,インタラクション:人工知能と心,大衆館書店,2000.

(8) C. Goodwin and M.H. Goodwin, “Seeing as situated activity : formulating planes,” In Cognition and Communication at Work, Y. Engeström and D. Middleton, eds., pp.61-95, Cambridge : Cambridge University Press. 1996.

(9) D. Randall, M. Rouncefield and P. Tolmie, “Ethnography, CSCW and ethnomethodology,” Computer Supported Cooperative Work, vol.30, no.2, pp.189-214, 2021.

(2023年10月10日受付) 


オープンアクセス以外の記事を読みたい方は、以下のリンクより電子情報通信学会の学会誌の購読もしくは学会に入会登録することで読めるようになります。 また、会員になると豊富な豪華特典が付いてきます。


続きを読む(PDF)   バックナンバーを購入する    入会登録

  

電子情報通信学会 - IEICE会誌はモバイルでお読みいただけます。

電子情報通信学会誌 会誌アプリのお知らせ

電子情報通信学会 - IEICE会誌アプリをダウンロード

  Google Play で手に入れよう

本サイトでは会誌記事の一部を試し読み用として提供しています。