知識の森 ネットワークオーディオ

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Vol.107 No.1 (2024/1) 目次へ

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知識の森

応用音響研究専門委員会

ネットワークオーディオ

鎌本 優(日本電信電話株式会社)

本会ハンドブック「知識の森」

https://www.ieice-hbkb.org/portal/doc_index.html

1.ネットワークオーディオとは

 ネットワークオーディオは,ネットワークを介して音を伝送するという意味で多義性がある.スマートフォンアプリなどを用いてストリーミング再生で音楽を楽しむものから,電話のように双方向で音のやり取りをするものまで様々なサービスが存在する.一般的に片方向に音を送る場合には遅延を考慮する必要がないためバッファを大きくすることによって音を途切れにくくする工夫がなされている.一方,双方向に音を送る場合には遅延を感じさせない程度のバッファしか許されずパケットのロス対策などが必要となるため,伝送の戦略が異なる.ここでは片方向の配信タイプと双方向の電話タイプに分けて説明する.

2.片方向のネットワークオーディオ

 放送のように片方向に音を送る場合には端末にデータを保存してから受聴するサービスやストリーミングサーバからその都度データを取得しながら音楽を再生する方法がある.端末にデータを保管する場合にはネットワークとつながっていなくても受聴することができ,また,データは手元にあるので音が途切れるという不安もないが,端末の容量を占有してしまうことになる.ストリーミング再生の場合にはネットワークに接続していなければならず,ネットワークの状況に応じて音が途切れる可能性もあるが,端末の容量はバッファのみで十分でありコンテンツが端末に残らないというメリットもある.近年では通信速度の向上に伴いロスレス符号化や空間オーディオを用いたサービスも普及してきている(1), (2)

 インターネットでラジオ放送を楽しんだり動画像配信サイトで音楽ビデオを楽しんだりすることともネットワークオーディオを利用していると考えることができる(3).また,高精細映像と組み合わせてコンサートホールの臨場感を伝送するサービスも開始されており(4), (5),コロナ禍も影響しこのようなライブ配信が普及してきている.

 更に,ネットワークオーディオには音のフォーマットがメディアに縛られないという利点がある.例えばCDでは44.1kHz,16bit,2 channelという制約があったが,ネットワークオーディオではコンテンツと端末でフォーマットやコーデックが一致していれば,音の解像度やチャネル数に制限はない.ハイレゾ音源はディスクやメモリなどのメディアによる広まりよりもネットワークオーディオによる配信が多く,ハイレゾの普及に貢献したと考えられる.音質を追求するユーザはA-D変換時の業務用のクロックに合わせるために,受聴する場所にもGPSクロックを用意することでより正確なD-A変換を行い,完全再現を目指した再生設備を構築しており,音楽のディジタルデータの精度向上は今後も求められる見込みである.

3.双方向のネットワークオーディオ

 電話のように双方向に音を送る場合には遅延が品質に影響する.遅延が長い場合は会話が成り立たなくなることもある.よって,符号化に許される原理遅延はせいぜい30ms程度であり,パケットがロスした場合も情報を再送信せずに対応する必要があるため失われた音を補償する方法が必要である.一般的に遅延量が揺らぐベストエフォートタイプのネットワークよりもネットワークの品質の高い帯域優先制御タイプの方が音質も良い傾向がある.

 ラジオ局などではIP通信向けの低遅延コーデックが普及してきており(6), (7),特にISDNからNGN回線に置き換わることで高音質化を目指した手法も開発されている(8).番組制作上,常に音の行き来がある場合には専用回線を確保することによって高音質伝送が可能なネットワークを敷設しているが,イベントのような短期間の接続や交通情報のような短時間の接続の場合には専用回線ではなく帯域優先制御タイプの電話回線と低遅延コーデックを組み合わせて用いることもある.

 また,電話番号を用いたVoLTEで送られる音声も帯域優先制御タイプであり,近年ほとんどのスマートフォンで利用されているEVSを用いたサービスでは超広帯域の音楽も伝送できるようになってきていることから手軽なネットワークオーディオであるとも言える(9), (10).ベストエフォートタイプのいわゆるインターネット回線を用いた通話アプリやWeb会議の音声に比べて,VoLTEの方が通話品質が安定しており,より自然な音を伝えることができるようになってきている.

 構内LANや専用回線のようにネットワークの遅延や大きな伝送容量を許容できる場合には,極低遅延かつ非圧縮の伝送ができ,更にネットワーク品質も保たれているため,パケットのロスもほぼ気にせずに音を伝送することができる.DANTEやRavennaなどのAES67で標準化された手法を用いれば機器間の互換性も保たれており安心してネットワークオーディオを利用することができ,遠隔地にいてもスタジオで作業しているかのように音を扱うことができる(11), (12)

4.ネットワークオーディオの仕組みの概要

 ネットワークオーディオは片方向でも双方向でもIP伝送という意味では原理的にはほぼ同じである.図1に示すように,音の波形はA-D変換され符号化される.このときに圧縮が必要な場合もある.得られたディジタルデータはIPパケット化されIPネットワークを通して送信される.受信側では得られた情報を基に復号し音波形を出力する.

図1 ネットワークオーディオの概念図

 片方向の場合には長い遅延を利用できるため,圧縮符号化を行う場合の分析窓幅も長くでき,効率良く圧縮することができる.また,IPパケットを作るときにも情報の箱であるペイロードの部分を十分に埋めることができ,効率良く伝送することができる.更にバッファ量も十分に確保できるため,パケットのロスが生じた場合には再送要求をすることにより途切れずにデータを確保することも可能である.よって一般的に秒単位の遅延を許容すれば高音質な音を伝送することができる.よって片方向ではベストエフォートタイプのネットワークでも十分に高音質のコンテンツを楽しむことができるようになってきている.

 一方,双方向の場合には許される遅延に上限がある.圧縮符号化を行う場合の分析窓幅も短いため音の特徴を情報圧縮に活用することが難しく,演算量も少なくなければ許された時間内に処理を終えることもできないため,符号化の要求条件は厳しいものとなっている.また,低遅延で送る場合には次々とパケットを送らねばならないためIPヘッダの量が相対的に大きくなり音の情報を送りたいという観点では効率の悪い環境となる.遅延が短いということは受信側のバッファもできるだけ短くなければならないため,パケットのロスが生じた場合には既に送られているフレームの音を基にして,ロスされたフレームの音を推定して補完する方法などを用いなければならず,音質低下の原因になってしまっている.よって双方向の場合には,帯域優先制御タイプのネットワークを用いた方が高い音質を保ったまま音を伝送することができる.したがってNGN回線やVoLTEを用いることでより高い音質を体験することができる傾向にある.

 このようにネットワークオーディオはその名のとおりネットワークの品質に音質が影響する.音の機材を良いものにするだけではなく,通信機材も品質の高いものにすることによって音質が改善することもあり得る.

5.今後の展望

 ネットワークの品質が向上すれば,より臨場感の高い音を伝送することができるようになる.低遅延かつ揺らぎの少ないネットワークを用いることで,リアルタイムで遠隔合唱を行う実証実験も行われている(13).今後,ネットワーク品質が改善すればネットワークオーディオの音質も向上し,より臨場感の高いコンテンツを時間差なしにどこでも楽しむことができるようになると期待できる.

文     献

(1) https://music.amazon.co.jp(2023年8月アクセス)

(2) https://www.apple.com/jp/apple-music/(2023年8月アクセス)

(3) https://radiko.jp(2023年8月アクセス)

(4) https://journal.ntt.co.jp/wp-content/uploads/2020/06/JN20181149.pdf(2023年8月アクセス)

(5) https://www.iij.ad.jp/news/pressrelease/2019/pdf/4k_hi-res.pdf(2023年8月アクセス)

(6) https://www.worldcastsystems.com/en/c161p10/audio-over-ip/apt-ip-codec(2023年8月アクセス)

(7) https://www.digigram.com/products/audio-over-ip-gateways/iqoya-x-link-st-stereo-ip-audio-codec/(2023年8月アクセス)

(8) 長谷川馨亮,ほか,“低遅延・情報帯域制限オーディオコーデック装置の評価,”映情学誌,vol.74, no.2, pp.395-401, 2020.

(9) M. Dietz, et al., “Overview of the EVS codec architecture,” Proc. IEEE ICASSP 2015, pp.5698-5702, 2015.

(10) S. Bruhn, et al., “Standardization of the new 3GPP EVS codec,” Proc. IEEE ICASSP 2015, pp.5703-5707, 2015.

(11) https://www.aes.org/publications/standards/search.cfm?docID=96(2023年8月アクセス)

(12) https://jp.yamaha.com/files/Connecting_AES67_ja_26c88ced71f67aaa06d823e42cecc65f.pdf(2023年8月アクセス)

(13) https://www.ntt.com/about-us/press-releases/news/article/2022/1124.html(2023年8月アクセス)

(2023年8月28日受付) 


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