小特集 4. 生体神経機能を模倣する人工シナプスメモリスタ素子

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AIチップに向けた不揮発性メモリ技術とその展望

小特集 4.

生体神経機能を模倣する人工シナプスメモリスタ素子

Artificial Synaptic Memristor Mimicking Biological Neural Functions

酒井 朗

酒井 朗 大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻

Akira SAKAI, Nonmember (Graduate School of Engineering Science, Osaka University, Toyonaka-shi, 560-8531 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.107 No.4 pp.311-318 2024年4月

©2024 電子情報通信学会

Abstract

 生体のシナプスやニューロンの活動を模倣する脳型コンピューティングによる新しい情報処理に向けて,近年,様々なメモリスタ素子が提案されている.生体シナプスには,介在ニューロンに伴うヘテロシナプス可塑性やニューロモジュレーションなど,複雑な機能が数多くあり,従来の2端子メモリスタでは限界がある.本稿では,4端子mathメモリスタ素子における酸素空孔の二次分布変化によって実現された高次の脳機能を例に挙げて,生体シナプスの多様な機能を単一の記憶受動素子に実装するにあたり,本4端子素子が有する高い汎用性について解説する.

キーワード:人工シナプス,メモリスタ,ヘテロシナプス,抵抗スイッチング,ゲート変調

1.は じ め に

 人工知能(AI)が社会・経済,産業,科学などの様々な局面で利用されるようになった.しかし同時に,コンピューティングにおける過負荷なデータ伝送による処理速度の低下やデータ量の増加に伴う消費電力の増大などの問題も浮き彫りになっている.これらに対する解決策の一つは,生体の脳に着想を得た新しいコンピューティングアーキテクチャの採用である.脳や関連する神経系は,シナプスの活動を伴う信号伝達の制御によって複雑なタスクを処理する(1).生体シナプスの機能を模倣する人工シナプス素子は,脳型コンピュータのハードウェアベースのニューラルネットワークにおける重要な構成要素であり,これを単一素子で実現できるメモリスタが注目されてきた(注1).メモリスタは電圧印加で抵抗スイッチングが不揮発に起こる2端子受動素子であり,生体神経系の活動電位に伴うシナプスの重み変化を模倣できる.

 金属酸化物系メモリスタでは,内在する酸素空孔がドナーとして抵抗スイッチングに寄与する.近年我々は,還元math単結晶を用いて,4端子構成のメモリスタを開発した(3)(5).正電荷を持つ酸素空孔の二次元分布は,4端子からの多様な電界で引き起こされるドリフト・拡散運動で調節され,各端子間での抵抗値が精密に制御される.この動作原理によって,従来の2端子メモリスタでは困難な高次の脳機能を模倣できる.生体シナプスには,ヘテロシナプス可塑性(用語)と呼ばれる,介在ニューロンとのシナプス接続や特定の細胞学的メカニズムによって変調される可塑性がある(6).この特性は,連合学習やそれに関連する行動学習などの機能を生み出すことが知られている(7).これまでにも,同機能の実装に向けて複雑な回路素子等を付帯する2端子メモリスタが開発されてきたが(注2),ヘテロシナプス機能の汎用性を向上させるには多端子構成が不可欠である.

 本稿では,生体神経機能を模倣する単一の4端子メモリスタ素子上に実装された,調整可能なスパイクタイミング依存可塑性(STDP)(用語),無害刺激への反応が低下する「馴化」と有害刺激で敏感になる「感作」を模倣するヘテロシナプス可塑性,連合学習の一種であるパブロフ型条件付け(用語)を例にとって,高度なヘテロシナプス機能と多彩な人工シナプス動作を実証した結果について紹介する.


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