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マイクロ波研究専門委員会
複素誘電率測定
誘電率は媒質中の電磁波の伝搬に関わる量である.電界と電束密度の関係は真空中では,の比例関係で表される(:真空の誘電率).一方,物質中では電界の変化に対して,電束密度は時間的に遅れ,誘電率は複素数になる.
(1)
ここで,実部を比誘電率,実部と虚部の比で表されるを誘電正接,複素数の誘電率を複素誘電率という.
誘電率と電磁波の伝搬との関係を図1にまとめる.電磁波の波長は,物質中では真空中に比べて倍に短縮され(図1(a)),伝搬速度は真空中では光速度であるのに対し,物質中ではと遅くなる(図1(b)).電磁波の伝送損は誘電正接で特徴付けられる(図1(c)).異なる媒質中に入射した電磁波は,一部が透過し,一部が反射するが,その透過率や反射率は物質の材料定数に関係する(図1(d)).
これらの特徴から,高周波デバイスの構造設計や高周波材料の選定は,材料の複素誘電率に基づいて行われる.一般に,複素誘電率は周波数に依存して変化するため,デバイスの動作周波数における値を測定により把握することが適切な設計のためには必須である.近年,5G/6G通信や自動車レーダなどに代表されるように,ミリ波帯電磁波の利用が拡大するにつれて,ミリ波帯における複素誘電率測定技術の重要性が高まっている.
複素誘電率測定には様々な方法が提案されており,各方法は周波数帯や測定する材料の特性に応じて使い分けられる(図2)(1).以下では代表的な測定方法として,反射伝送法と共振器法を取り上げ,測定原理や測定治具を述べる.
高損失材料の複素誘電率測定には反射伝送法が利用される.反射伝送法では,被評価材料が封入された伝送線路の反射・伝送特性(Sパラメータ)から複素誘電率を求める.誘電正接の測定感度には制限があるものの,単一の治具で広帯域かつ連続的な測定が可能な方法である.
反射伝送法は伝送線路の種類によって,幾つかのバリエーションがある.このうち,同軸・導波管法では,材料を同軸線路や導波管の治具に封入して測定する(2).広い周波数帯域にわたって高精度の同軸・導波管治具が用意されている点が利点であるものの,治具の金属壁面と材料の間の空隙が誤差要因となるため,空隙をなくすために材料に対する高精度の加工が要求される.測定周波数が増加すると,同軸・導波管治具の寸法が小形になり材料の高精度な加工が困難になるため,おおよそ50GHz超の帯域ではフリースペース法やオンウェーハ法がよく利用される.
アンテナを用いるフリースペース法(3)では,自由空間を伝搬する電磁波をシート材料に入射させる.材料に対する加工精度が問題になりにくい一方で,入射電磁波の位相の不均一性やアンテナ・材料のアライメント,シート材料の反りやひずみなどがフリースペース法に固有の測定誤差要因として挙げられる.
材料に平面回路を実装して,そのSパラメータを測定することで複素誘電率を求める方法はオンウェーハ法と呼ばれる.同軸・導波管法の空隙の問題は発生しない一方で,ミリ波帯では放射損の問題があったが,SIW(Substrate Integrated Waveguide)を利用した構成により170GHzまでの誘電率測定を試みた報告もある(4).回路中の誘電損と導体損の分離が難しいことから,誘電正接測定への適用には課題がある.
低損失材料の複素誘電率測定には共振器法が利用される.材料が封入された共振器に特定の電磁界モードを励振させ,その共振周波数と無負荷Q値を評価することで材料の複素誘電率を測定する.
多くの共振器法では基本モードを利用した測定に制限されており,基本的には一つの共振器で単一周波数の測定しか行えない.このような方法では,測定周波数を高周波化するには周波数と反比例した共振器の小形化が必要となり,共振器や誘電体材料の加工精度の問題からおおよそ80GHz超での適用は困難である.共振器の高次モードを利用して複数周波数で測定するためには,モードの同定やモード間の干渉による波形ひずみの問題を回避するために,不要モードの抑制が必須となる.
主に単一周波数での測定を実現する方法としてはSCR(Split-Cylinder Resonator)法やSPDR(Split Post Dielectric Resonator)法が挙げられる.不要モードを抑制して複数周波数での測定を実現し,80GHz超のサブテラヘルツ帯域での適用も可能な方法としては,FPR(Fabry-Perot Resonator)法とBCDR(Balanced-type Circular Disk Resonator)法が挙げられる.以下ではこのうち,SCR法とBCDR法を紹介する.
(1)SCR法
SCRの模式図と写真を図3に示す.SCRは片側が開放されて他方がショートされた二つの円形導波管から成り,その間にシート材料を挟むことで複素誘電率の測定を行う.カップリングループと呼ばれる同軸線路の中心導体の先にループアンテナを取り付けた構造によって励振されたTE01nモードを利用して,薄膜シート材料が共振器内にある場合とない場合の共振周波数とQ値の測定から材料の複素誘電率が求められる.主モードTE011モードのほかに,高次のTE及びTMモードの励振を利用することで,複数の周波数における複素誘電率測定が原理的には可能な方法である.ただし,モードの同定やモード間の干渉の問題から,高次モード励振の適用には一般に制限がある.TEモードを利用すると電界はシート材料の面内方向を向き,面内方向の複素誘電率が測定される.共振特性から複素誘電率を計算するにあたっては,SCRを上下の空気領域と誘電体領域に分割し,Mode-matching法による共振器内部の電磁界解析が利用される(5), (6).
(2)BCDR法
BCDRの写真と模式図を図4に示す.この方法では,被評価材料として,同一の厚さと複素誘電率を持つ薄膜シートを2枚用意する.2枚のシート材料の間に銅はく円板を挟み,これらを合わせて2枚の銅板で挟む.この誘電体共振器に対し,銅板の中央に位置する上下の励振孔から同軸線路で励振し,透過を検出する.銅はく円板と励振孔の間のアライメントが確保されたとすると,中心に非ゼロの電界を有するTM0m0モードのみが選択的に励振され,他の不要モードは十分に抑制される.したがって,高次のモードを含めてTM0m0モードの励振を複素誘電率測定に利用でき,各共振周波数とQ値の測定値から,その周波数における材料の複素誘電率を決定できる.複素誘電率の計算においては,励振孔まで厳密に考慮されたMode-matching法による電磁界解析が利用される(7)~(9).なお,この方法ではTMモードを利用するため,電界の向きはシート材料に垂直であり,面直方向の複素誘電率が測定される.BCDR法の測定可能な上限周波数は励振部の同軸線路で制限されており,これまでに170GHzまでの複素誘電率測定が報告されている.
BCDR法は複素誘電率測定だけでなく,マイクロ波・ミリ波帯の導電率測定や界面導電率測定にも適用可能であり(10),5G/6G用の低損失回路基板材料開発への貢献が期待される.なお,BCDR法による複素誘電率測定はIECで国際標準化されており,導電率測定についてもIECでの国際標準化提案が推進中である.
(1) iNEMI 5G/mmWave Materials Assessment and Characterization Project, “Report 1 : Benchmark current industry best practices for low loss measurements,” 2020.
(2) R.N. Clarke, et al., “A guide to the characterisation of dielectric materials at RF and microwave frequencies,” Inst. Meas. Control/Nat. Phys. Lab., London, U.K., Tech. Rep., 2003.
(3) A. Kazemipour, et al., “Design and calibration of a compact quasi-optical system for material characterization in millimeter/submillimeter wave domain,” IEEE Trans. Instrum. Meas., vol.64, no.6, pp.1438-1445, 2015.
(4) L. Li, et al., “Extraordinary permittivity characterization of 4H SiC at millimeter-wave frequencies,” Appl. Phys. Lett., vol.123, no.1, Art. no.012105, 2023.
(5) M.D. Janezic, et al., “Broadband complex permittivity measurements of dielectric substrates using a split-cylinder resonator,” IEEE MTT-S Int. Microw. Symp. Dig., vol.3, pp.1817-1820, 2004.
(6) D. Marqués-Villarroya, et al., “Enhanced full-wave circuit analysis for modeling of a split cylinder resonator,” IEEE Trans. Microw. Theory Techn., vol.65, no.4, pp.1191-1202, 2017.
(7) H. Kawabata, et al., “Multi-frequency measurements of complex permittivity of dielectric plates using higher-order modes of a balanced-type circular disk resonator,” Proc. Eur. Microw. Conf., pp. 388-391, 2006.
(8) Y. Kato and M. Horibe, “Broadband permittivity measurements up to 170-GHz using balanced-type circular-disk resonator excited by 0.8-mm coaxial line,” IEEE Trans. Instrum. Meas., vol.68, no.6, pp.1796-1805, 2019.
(9) Y. Kato, “D-band material characterization using a balanced-type circular disk resonator with waveguide interfaces and a modified full-wave modal analysis,” IEEE Trans. Instrum. Meas., vol.72, pp.1-10, Art no.6009210, 2023.
(10) Y. Kato and M. Horibe, “Broadband conductivity measurement technique at millimeter-wave bands using a balanced-type circular disk resonator,” IEEE Trans. Microw. Theory Techn., vol.69, no.1, pp.861-873, 2021.
(2023年12月26日受付)
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