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無線通信システム研究専門委員会
非直交多元接続(NOMA)
移動通信システムにおいて,基地局に接続された複数のユーザ端末の各々に対してシステムが用意する無線リソースを分割して割り当てることにより同時通信を実現する仕組みを多元接続という.代表的な多元接続に,周波数分割多元接続(FDMA : Frequency Division Multiple Access),時間分割多元接続(TDMA : Time Division Multiple Access),及び符号分割多元接続(CDMA : Code Division Multiple Access)がある(図1).第3世代移動通信システム(3G)ではCDMAが,4G LTE/LTE-Advancedと5G NRではFDMAとTDMAの組合せが主に用いられている.
FDMAとTDMAは,複数ユーザの信号が異なる周波数ないし時間を使って伝送されるため,ユーザ間の干渉が生じない直交多元接続(OMA : Orthogonal Multiple Access)に分類される.一方CDMAは,複数ユーザの信号を同一の周波数・時間を使って伝送するためユーザ間干渉が生じるので,非直交多元接続(NOMA : Non-Orthogonal Multiple Access)に分類される.NOMAは,OMAに比較してユーザ間干渉が生じる欠点があるが,1ユーザ当りの割当帯域幅ないし時間スロット数を増大できる利点がある.3Gで用いられたCDMAでは「符号」としてユーザ間干渉を拡散率分の1に抑圧する比較的簡易な拡散符号が用いられていた.近年,従来のCDMAよりもユーザ間干渉抑圧能力の高い「符号」とそれを用いた送受信機構成を特徴とするNOMAの検討が盛んになっている.
基地局送信・ユーザ端末受信の下りリンクを例に取り,重畳符号化とシリアル干渉キャンセラ(SIC : Successive Interference Canceller)を用いたNOMAの原理と特性についてOMA(FDMAを例に取るがTDMAでも同様である)と比較しながら解説する(1).説明の簡単のため,2ユーザ環境を想定し,基地局,ユーザ端末のアンテナ数は共に1とする.全体のシステム帯域幅を1Hzとする.図2にNOMAとOMAの周波数スペクトルの用い方の違いを示す.
NOMAでは,各ユーザ宛の情報ビット列は独立にターボ符号やLDPC(Low Density Parity Check)符号のようなシャノン限界に漸近する強力な誤り訂正符号化を用いて符号化・変調されシステム帯域幅の送信信号が生成される.本NOMAの従来のCDMAとの違いは,符号化利得の小さい拡散符号は用いずに強力な誤り訂正符号化のみで帯域拡散を行うことである.
基地局は,ユーザ宛の符号化シンボルとする)を電力で送信する.の和は基地局の許容最大送信電力で制限される.NOMAでは,とは次式のように重畳符号化に基づいて同一帯域に多重される.
(1)
ユーザの受信信号は,
(2)
と表される.ここで,はユーザと基地局間の複素チャネル係数であり,は電力スペクトル密度がのユーザが観測する雑音成分(セル間干渉を含む)である.
下りリンクNOMAでは,重畳符号化されたユーザ間干渉を除去するSIC処理がユーザ端末受信機に実装される.SICでは,各ユーザ宛の信号を雑音で正規化されたチャネル利得が小さい順に復号する(図3).このときポイントとなるのは,各ユーザ宛信号が宛先ユーザ端末で正しく復号できるよう適切に送信レート制御されていれば,各ユーザは自身より復号順序が先の全ての他ユーザ宛信号を必ず正しく復号し,復号結果を活用して受信信号から干渉成分を除去できることにある.となる2ユーザNOMAの場合,ユーザ2は復号順序が最初のため干渉キャンセル処理は行わず,による干渉の下からを直接復号する.一方,ユーザ1はまず始めにからを復号し,再生されたを基に受信信号からによる干渉成分を減算する.その後,を用いてによる干渉の影響なしに自身宛の信号を復号する.したがって,ユーザのスループットは次式で表される.
(3)
の右辺に現れるはからの干渉電力である.一方,SIC処理によってにはからの干渉電力が現れない.
これに対してOMAでは,図2のようにユーザ1に帯域幅Hzを,残りのHzをユーザ2に割り当てたとき,は次式のようになる.
(4)
OMAの場合,, にはユーザ間干渉電力による劣化は生じないものの,伝送帯域幅がシステム帯域幅(1Hz)より小さくなってしまう影響がある.
図4に対称チャネル及び非対称チャネルの場合の各ユーザへの割当リソース(, ,及び)を変化させたときに実現されるとの組合せを図示した容量(スループット)領域を示す.対称チャネルでは,で定義した2ユーザの信号対雑音比(SNR : Signal-to-Noise Ratio)は同一の10dBとした.非対称チャネルでは,ユーザ1のSNRは20dB,ユーザ2のSNRは0dBとした.対称チャネルでは,NOMAとOMAのスループット領域は同一である.しかし非対称チャネルでは,NOMAのスループット領域はOMAを包含してより大きなものとなっている.合計スループットを最大化するには多元接続によらずユーザ1に全てのリソースを割り当てればよいが,ユーザ間の公平性を高めるためにを増大するとき,NOMAはOMAよりもの減少を抑えられる.例えばを0.8bit/sにしたい場合,NOMAはOMAに比較してを2倍程度増大できる.これは,チャネル状態の良いユーザ1は帯域制限の状態にあるにもかかわらずOMAではを増大するためにユーザ1の割当帯域を減少させる必要があるのに対し,NOMAではユーザ1への割当帯域を減少させることなくユーザ2への電力割当を増大するだけでの減少を抑えつつを大きく改善できるためである.(ユーザ1はSICでユーザ2からの干渉を除去できるのでユーザ2に大電力を割り当てても干渉の問題は生じない.)
移動通信システムでは一般に遠近問題によりセル内のユーザ間でチャネル状態が大きく異なる非対称チャネルとなる.また,上記の議論で前提としていた動的な各ユーザへの帯域と電力の割当,及びその割当に応じた送信レートの動的制御は,パケット交換に特化した4G LTE以降の移動通信システムにおいて前提となる機能である.つまり,ここで述べたNOMAは,パケット交換に特化した移動通信システムにおいて,より品質の高いサービスを提供するために周波数利用効率()に加えてセル端ユーザのスループットを改善してユーザ間の公平性を改善しようとした場合に,OMAに比較して優れた特性を有する.ここでは下りリンクについて述べたが,上りリンクについても同様の結論が導かれる(1).
誤り訂正符号化から複素変調・リソースマッピングまでを包含した「符号」をどのように構成するかの検討はNOMAの主要な研究分野(2), (3)の一つであり,SCMA(Sparse Code Multiple Access)等が例に挙げられる.このような検討は,干渉除去・抑圧に必要な演算量の観点,及びチャネル状態に応じたリソース割当や送信レート制御にある程度の誤差が生じる現実的なシナリオの観点で特に意味を持ち,極端な例としては上記制御が行われないグラントフリーNOMAの検討がある.また,MIMO(Multiple-Input Multiple-Output),基地局間連携,リレー伝送,IRS(Intelligent Reflecting Surface)を用いた通信等におけるNOMAの検討も盛んである.いずれにおいても無線リソース割当と送信レート制御が重要となる.
実システムについては,ビーム内重畳符号化を用いた下りリンクNOMA(1)がMUST(MultiUser Superposition Transmission)の名称で4G LTE/LTE-Advanced標準仕様に採用されている(4).5G以降の移動通信システムへの導入は今後の検討課題である.
(1) K. Higuchi and A. Benjebbour, “Non-orthogonal multiple access (NOMA) with successive interference cancellation for future radio access,” IEICE Trans. Commun., vol.E98-B, no.3, pp.403-414, March 2015.
(2) L. Dai, et al., “A survey of non-orthogonal multiple access for 5G,” IEEE Communications Surveys & Tutorials, vol.20, no.3, pp.2294-2323, thirdquarter 2018.
(3) Y. Liu, et al., “Evolution of NOMA toward next generation multiple access (NGMA) for 6G,” IEEE J. Sel. Areas Commun., vol.40, no.4, pp.1037-1071, April 2022.
(4) 3GPP TR36.859, “Study on downlink multiuser superposition transmission (MUST) for LTE (Release 13),” Dec. 2015.
(2024年2月20日受付)
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