小特集 2. 学位取得後の国際的キャリア作りの一例

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博士の進路

小特集 2.

学位取得後の国際的キャリア作りの一例

An Example of International Career Development for a Japanese Ph.D

久保陽太郎

久保陽太郎 Google DeepMind

Yotaro KUBO, Nonmember (Google DeepMind, Tokyo, 150-0002 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.107 No.6 pp.497-500 2024年6月

©2024 電子情報通信学会

1.は じ め に

 キャリアにおける正解・不正解は個人によって異なる.更に,その当事者にとっても,一つ一つの判断が正解だったのか,不正解だったのか,リタイヤの瞬間まで分からない.そういった意味で,まだキャリアの中盤に入ったばかりの筆者がキャリア考察をするのは非常に難しい.しかしながら,他の多くの博士号取得者がそうであるように,筆者のキャリアパスも典型的でない軌跡を描いており,この経験が風化してしまう前に多くの人と共有することも意味があると考えられる.筆者の経験がどこかで誰かの助けになるのならば幸いである.

 筆者は2010年に早稲田大学基幹理工学研究科の情報理工学専攻にて学位を取得した.主査は白井克彦教授,音声処理を中心としたヒューマンインタフェース研究の世界に多くの研究者を輩出し,筆者の修了と同じ2010年に早稲田大学を退職された.筆者はその研究室出身の最後の博士ということになる.本稿では筆者が博士号取得後に経験した物事を通して,ソフトウェア/AI分野での国際的キャリアのあり方や,そこでの博士号の意味について考察する.

2.筆者のキャリアパス

 本章ではまず,筆者が博士号を取得してから現在の職業に就くまでの間に経験したことを,時系列順に列挙する.

2.1 RWTHアーヘン大学

 学位取得後,筆者はドイツのアーヘン市にあるRWTHアーヘン大学(RWTH Aachen University)に向かった.在学中,筆者は博士課程在学中に学術振興会の特別研究員制度による研究支援を受けていたが,標準の年限より早く学位を取得したため「資格変更」という手続きを経て,学術振興会からの資金援助を受けたまま好きな研究室に移籍する機会に恵まれた.これは,訪問先の予算の都合を気にすることなく共同研究を開始できるということを意味し,受け入れ予算の縛りなく自由に訪問先を選ぶことができた.

 RWTHアーヘンでは,まず筆者の研究していた音声分析法をRWTHアーヘンが参加していたEUのプロジェクトQuaero(1)における音声認識実験に適用することを目指した.しかし,これは余り良い結果を出せず,その後,進展がない状態が続いた.そこで研究テーマを少し変え,機械学習法の応用を研究している博士課程学生とともに研究することにした.筆者は,機械学習モデルの入力変数選択についての研究に共著者として参加したほか,その考えを進展させた音声認識モデルの新しい学習方法を提案した.

 音声分野特有の事情かもしれないが,ドイツでの博士課程は5年以上かかるのが一般的であった.ただし,ドイツでの博士課程学生は全員プロジェクト(例えば上で挙げたQuaero)若しくは研究室関連会社の研究員という形を取り,生活に十分な給与が与えられていたため,日本での状況と異なることには注意が必要である.長期の研究生活と,それを支える資金援助は専門を深める上では非常に有利であるが,このシステムでは,能力のある学生がプロジェクト予算の不足によって入学できないことや,プロジェクトの予算縮小に伴って博士課程の学生が勉学を続けられなくなってしまうということがあった.


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