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博士の進路
小特集 3.
前進するための迷走
Lost on the Way, But Progressing
御縁あって,電子情報通信学会のこの誌面を埋めさせて頂くことになった.テーマは博士の進路,ということである.確かに自分は博士課程に進学したものの,今では就職し研究分野を変えて人並みの生活ができている.ただし,それは業績も余り出せず,アカデミアに残ることを諦め,人より遅い就活をするという,博士進学を目指す学生にとっては余り踏襲したくない経験を経てのものだ.ただ,この経験は博士進学前に自分に能力があるのか悩んでいる学生や,博士進学後に思いどおりの進路に進まず苦しんでいる研究者にとって,タイミングによってはむしろ立派な経歴を持つ人の話より役に立つのではと思い,書き綴ってみる.
本会誌を読んでいる大半の読者の皆さんとはずれるが,私は物理学科出身だ.小さい頃から,自分が生まれたこの世界の仕組みが知りたいと思っていて,物理学はその究極の答えで,自分は将来物理学者になるのだと思っていた.そして,博士課程を卒業して6年ほどポスドクを続け,最終的には民間に就職した.
大学院以降の専攻は量子情報だった.この分野を選んだ最初の転機は,卒研で量子測定や量子基礎論について研究をしている研究室に所属したことだった.当時学部で習う量子力学のカリキュラムは,アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのパラドックスや,観測による波束の収縮などの量子系の最も不思議で面白いテーマを扱っておらず,物理学科に入ったのだからどうしても理解したいと思ってこのテーマの研究室を選んだ.卒研所属の研究室のゼミを通じて,初めて一つの分野についてじっくりと腰を据えて理解をすることができたように思う.特に,それまでの分かったつもりになっていた,「測定前に観測値が決まっていない」,という量子力学の根源的な性質をキャッチフレーズとしてではなく,手触りとして理解することができたのには充実感があった.
修士課程への進学は,余り深く考えずに決めた.というのも,私の行っていた学部の8割の学生は修士への進学をしていて,まだ物理学者になりたいと思っていた自分は,高校から大学に行くような,当たり前のような気持ちで院試を受け進学したのである.
量子力学を扱う研究室を幾つか受けたが,第一希望だった統計力学と量子力学を扱う研究室には落ちてしまい,代わりに量子情報の理論の研究室への所属が決まった.量子情報は,量子力学に従うハードウェア(いわゆる量子コンピュータ)上での情報処理を考える分野だ.量子コンピュータの実現を研究する量子情報の分野もあるが,私が修士で入ったのは量子情報のアルゴリズムを扱う研究室だった.これは物理的実体としての量子コンピュータを抽象化し,単に通常とは違うルールを持つビットと捉えた上で,情報処理を考える分野だ.古典コンピュータでの情報処理においても,アルゴリズムを考えるときに,実際に計算を行う真空管や半導体などのハードウェアを意識しないが,それの量子コンピュータ版であると思えば分かりやすいだろうか.
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