論文賞贈呈

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Vol.107 No.7 (2024/7) 目次へ

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2023年度 第80回 論文賞贈呈(写真:敬称略)

 論文賞(第80回)は,2022年10月から2023年9月まで本会和文論文誌・英文論文誌に発表された論文のうちから下記の12編を選定して贈呈した.

APVAS: Reducing the Memory Requirement of AS_PATH Validation by Introducing Aggregate Signatures into BGPsec

(英文論文誌A 2023年3月号掲載)

受賞者 Ouyang JUNJIE 受賞者 矢内直人 受賞者 竹村達也 受賞者 岡田雅之 受賞者 岡村真吾 受賞者 Jason Paul CRUZ

 インターネット通信網において通信経路情報の交換に用いられるプロトコルBGP(Border Gateway Protocol)において,経路情報の偽装による攻撃が実システムでもこれまでに度々脅威となっている.これは素のBGPには経路情報の正当性検証の機能が備わっていないことに起因する.BGPの拡張版であるBGPsecには,経路情報の発信元の検証及び実際のパケット伝送経路の正当性の検証の機能が導入されているが,このうち伝送経路の正当性検証(ASパス検証)については,正当性検証用の多数の電子署名のためにメモリ使用量が多大になる問題点が存在する.経路情報の偽装を効率的に検出するために経路上の全ルータが生成した署名を集約する機能を持つ集約署名(aggregate signature)の利用が期待されるが,従来の集約署名技術ではBGPでの利用における機能若しくは安全性の要件を直ちに満たさない問題があった.

 そこで本論文では,BGPでの利用に適する集約署名技術の一形態としてbimodal aggregate signatureの概念を提唱し,その具体的構成法を提案している.そして,同技術に基づく効率的なASパス検証プロトコルAPVAS(AS path validation based on aggregate signature)を提案している.更に,提案プロトコルの実装及び実利用環境を想定した性能評価実験を行い,メモリ使用量が従来の約2割に削減されることを示している.

 集約署名の概念自体は暗号分野で2000年代初頭に提唱され,理論研究のみならず車両の自動運転技術などへの実応用も期待されてきた.本論文については,インターネット通信網に対する偽装攻撃からの防御という重要度の高いユースケースに着目した着眼点はもちろんのこと,そこで必要とされる集約署名技術の要件抽出とその具体的構成法の提案,更にはプロトタイプ実装(一般公開済)と性能評価実験の実施,という理論面と実用面を高水準で兼備した成果であることが特筆に値する.集約署名を含むいわゆる高機能暗号技術分野では理論的成果の効果的な社会展開が全般的な課題とされており,本論文がその成功事例の一つへと今後発展することを期待する.

区切


A Unified Design of Generalized Moreau Enhancement Matrix for Sparsity Aware LiGME Models

(英文論文誌A 2023年8月号掲載)

受賞者 Yang CHEN 受賞者 山岸昌夫 受賞者 山田 功

 観測データから対象物の全体像を正確に把握したい.しかし,その観測データは僅かであり,なおかつ雑音に埋もれている.このような課題は「逆問題」として古くから知られているが,真値の正確な推定は必ずしも容易ではない.これに対し近年,スパースモデリングと呼ばれる,正則化を組み込んだ最小二乗推定法が注目されており,ベクトルのスパース性や行列の低ランク性が仮定できる推定課題において功を奏している.

 正則化の項としては,L0擬似ノルムや行列ランクといった離散値関数が考えられるが,最適化問題がNP困難となってしまうため,L1ノルムや核ノルムといった離散値関数の最良近似凸関数が代用されており,スパースモデリング手法として有名なLASSOはその一例である.その後,離散値関数と最良近似凸関数の間をパラメトリックにつなぐ非凸正則化関数(LiGME正則化関数)が提案され,このモデルの全体凸性条件が解明され,大域的最適化アルゴリズムが実現された.

 このLiGME法は,最小二乗推定モデル全体の凸性を保持しつつも,凸正則化関数を,スパース性の理想的指標である非凸正則化に近づけることができる.これにより,モデルの大域的最適解の探索が可能となった.その際,一般化Moreau強化行列(GME行列)をいかにして適切に設計するかが,全体凸性を担保する上での鍵となる.これまでは,GME行列の設計において,スパース性顕在化行列がフル行ランクである等の特別な場合に限定されており,結果としてLiGME法の応用範囲を狭めていた.

 これに対し本論文では,どのようなスパース性顕在化行列に対しても,有限回のステップ(LU分解と同等の計算量)でGME行列を設計できる代数的な手法を実現している.これにより,固有値分解や反復計算を必要とせず,従来法に比べて圧倒的に少ない計算量で,目的関数の全体凸性を保証するGME行列を設計できる.本論文の手法を基に,今後,スパース性あるいは群スパース性を仮定できる様々な課題において,工学的に有益な数々の応用への展開が期待される.

区切


Equivalences among some information measures for individual sequences and their applications for fixed-length coding problems

(英文論文誌A 2024年3月号掲載)

受賞者 植松友彦 受賞者 松田哲直

 情報理論における様々な問題,例えば情報源符号化問題や通信路符号化問題は,エントロピー(シャノン情報量)などのような情報量を導入することで定式化できる.

 本論文では,情報源から生成される個別系列における部分系列の出現頻度に基づく,非重複最大エントロピー,重複スムース最大エントロピー,及び非重複スムース最大エントロピーという三つの情報量を新たに提案している.ここで,重複スムース最大エントロピーは,重複を含む部分系列の出現頻度の数え上げに基づいて定義され,他の二つの情報量は,重複を含まない(非重複な)数え上げに基づいて定義されている.

 従来,個別系列に対する固定長符号化問題の定式化には,問題設定に応じてトポロジカルエントロピーやZivエントロピーという情報量が用いられていた.本論文では,トポロジカルエントロピーが非重複最大エントロピーと一致し,Zivエントロピーが重複スムース最大エントロピー,及び非重複スムース最大エントロピーと一致することを明らかにしている.また,個別系列がエルゴード情報源から生成されるとき,重複スムース最大エントロピーと非重複スムース最大エントロピーは情報源のエントロピーレートと一致することも示している.

 更に,本論文では,復号誤りを許さない場合と復号誤り確率が個別系列長に対して漸近的に0に収束する場合の両方において,新しい情報量に基づいた固定長ユニバーサル符号化法をそれぞれ提案し,これらの符号化法が,漸近的に最適な符号化レートを達成することを示している.これにより,個別系列に対する固定長符号化問題が再定式化される.また,提案した符号化法は,従来の符号化法と比較して符号化の複雑度を大幅に削減する実用的なものになっている.

 本論文で提案された新しい情報量や符号化法の概念は,ここで取り扱った固定長ユニバーサル符号化問題に限らず,情報理論における様々な問題に応用可能な潜在性を持ち,情報理論及びその関連分野への貢献が非常に大きいと言える.

区切


スペクトラムアナライザの線形性評価法

(和文論文誌B 2023年8月号掲載)

受賞者 藤井勝巳

 スペクトルアナライザは,高周波信号用の基本測定器の一つであり,横軸を周波数,縦軸を電力または電圧とするグラフを表示する機能を有する測定器である.入力した信号の強さに応じて表示される縦軸の値が線形性を有して正しく表示される能力が求められる.

 この線形性の評価は,一般に,減衰量が既知の高周波可変減衰器を基準として用いて行われる.実際には,信号発生器とスペクトルアナライザの間に可変減衰器を挿入し,スペクトルアナライザに入力する信号の強度を変化させ,減衰量の変化と表示結果の変化を比較することによって行う.しかしながら,この方法は,可変減衰器の減衰量の正しい値を,あらかじめ知っておかなければならないことや,可変減衰器の入出力端で生じる反射が評価結果に影響を与えてしまうため,評価結果の不確かさを低減することに限界があった.

 そこで,本論文では,高周波電力計が持つ線形性を利用して,スペクトルアナライザの線形性を評価する新しい方法を提案した.この評価方法は,可変減衰器の減衰量の正しい値が不要,かつ,入出力端における反射の影響を受けずに線形性を評価することが可能であり,評価結果の精度を電力計の線形性のみに帰着できる方法である.本論文では,周波数10GHzにおいて,実証実験を行い,従来法よりも高精度に線形性の評価が行えることを示した.

 近年,Beyond 5G/6Gの超高速・大容量通信の実現に向けて,ミリ波帯・テラヘルツ帯を用いた無線機の研究開発が行われているが,無線機から発射される信号は,スペクトルアナライザの外部にミクサを用意し,スペクトルアナライザが測定可能な周波数に変換することによって測定が行われている.本論文で提案した手法は,ミリ波帯・テラヘルツ帯における可変減衰器の減衰量が明らかでなくとも,外部ミクサの飽和レベル,線形性を評価することが可能なことから,ミリ波帯・テラヘルツ帯の無線機器の研究開発への貢献が期待される.以上のことから,本会論文賞に値する論文として高く評価できる.

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Receive Beamforming Designed for Massive Multi-User MIMO Detection via Gaussian Belief Propagation

(英文論文誌B 2023年9月号掲載)

受賞者 土井隆暢 受賞者 式田 潤 受賞者 白瀬大地 受賞者 村岡一志 受賞者 石井直人 受賞者 高橋拓海 受賞者 衣斐信介

 同じ無線リソースに対して空間的に多重して信号を送信するマルチユーザMIMO(Multi-Input Multi-Output)技術は,通信容量を向上できる一方で,基地局において空間多重された信号を分離する必要がある.近年,高い信号分離性能を有するGaBP(Gaussian Belief Propagation)などの繰返し処理による信号分離技術が注目されている.また,実システムで採用され始めているO-RAN(Open Radio Access Network)では,基地局は無線信号を受信するRU(Radio Unit)と信号分離を行うDU(Distributed Unit)で構成され,RUとDUとの間で伝送されるデータ量を削減することで基地局の低コスト化が期待できる.

 本論文では,GaBPによる信号分離性能を下げることなく,RUからDUへ伝送されるデータ量を削減する受信BF(Beamforming)方式が提案されている.GaBPの動作原理を考慮すると受信BFはユニタリ行列を用いた方式であることが望ましく,特に提案した受信BF方式は通信路行列を特異値分解して得られる左特異行列またはQR分解して得られるQ行列を用いている.特異値分解またはQR分解に基づく受信BFは,受信信号の電力を損なうことなくRUからDUへ送られるデータ量の削減を可能とする.

 更に,特異値分解またはQR分解に基づく受信BF方式はGaBPの分離性能の向上を実現する.これは,GaBPの分離性能を低下させる受信信号の相関を受信BFにより低減できるためである.特に特異値分解に基づく受信BF方式は受信信号の無相関化が可能であり,シミュレーション評価によりGaBPの分離性能が大きく向上することを示している.また,受信BF及び分離処理に必要な処理量を評価し,受信BFを用いない場合と比較して大きく処理量が低減できることを示している.

 従来の信号分離技術及び受信BF技術を組み合わせ,信号分離方式の特性を考慮した受信BF方式を用いることで,高い分離性能を維持しながら,基地局の装置コストの低減に資することを示したことは大きな貢献であり,本論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.

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Practical Implementation of Motion-Robust Radar Imaging and Whole-Body Weapon Detection for Walk-Through Security Screening

(英文論文誌B 2023年11月号掲載)

受賞者 有吉正行 受賞者 小倉一峰 受賞者 住谷達哉 受賞者 Nagma S. KHAN 受賞者 山之内慎吾 受賞者 野村俊之

 最優秀論文賞(第6回)に別掲.

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A 28GHz High-Accuracy Phase and Amplitude Detection Circuit for Dual-Polarized Phased-Array Calibration

(英文論文誌C 2023年4月号掲載)

受賞者 山崎雄大 受賞者 Joshua Alvin 受賞者 Jian Pang 受賞者 白根篤史 受賞者 岡田健一

 近年の無線データレートの指数関数的な増加などを受けて,第5世代移動通信システム(5G)では,28GHzなどのミリ波を用いたフェイズドアレー無線機による高速通信の実現が求められている.フェイズドアレーとは,複数の送受信回路とアンテナを多並列化することで信号に指向性を与え,長距離通信を実現する手法である.また,二つの異なる偏波を用いてそれぞれ独立に信号を送受信できる,2偏波Multi-Input Multi-Output(MIMO)方式のフェイズドアレー無線機にも期待が高まっており,従来の2倍のデータレートが達成可能となる.

 フェイズドアレー無線機では,各送受信回路内での高精度な位相・振幅調整により指向性の向きを制御することが可能である.一方で,各送受信回路間のプロセス・電源ばらつきにより,指向性制御のずれやサイドローブの増大等の問題が生じる.したがって,フェイズドアレー無線機の実装には,随時校正するためのミスマッチ検出回路の搭載が不可欠となる.

 本論文では,28GHz帯2偏波MIMOフェイズドアレー無線機のミスマッチ校正に向けた,Phase-to-Digital Converter(PDC)とA-D変換器(Analog-to-Digital Converter, ADC)を用いたアナログ・ディジタル混載な高精度位相・振幅検出回路を提案している.PDC・ADCを用いて入力信号の位相・振幅をそれぞれ独立にディジタル検出することで,検出誤差0.17度,0.12dBという非常に小さな誤差での信号検出を達成した.これは,従来手法よりもはるかに高精度な検出精度である.また,この検出回路では,2偏波の片方を検出している間,もう片方は検出回路へのLO入力として再利用するため,無線機への高効率な実装が可能である.入力されたLO信号は,28GHzの入力周波数を140kHzに落としディジタル入力するための高線形ミクサに活用される.更に,LO信号の一部を再利用し周波数分周多段回路に入力することで,ディジタル回路動作のための600MHzクロック信号を内部生成しており,高効率な検出を実現している.

 本論文は,5Gに向けたMIMO高速無線通信の実現に大きく寄与しており,また次世代無線機として期待されるミリ波フェイズドアレー無線機の高精度化に不可欠な技術であることから,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価することができる.

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Single-Power-Supply Six-Transistor CMOS SRAM Enabling Low-Voltage Writing, Low-Voltage Reading, and Low Standby Power Consumption

(英文論文誌C 2023年9月号掲載)

受賞者 榎本忠儀 受賞者 小林伸彰

 MOSFET(MOST)の微細化に伴い,供給電圧,しきい値電圧が低くなると,6トランジスタメモリセル(6Tセル)のSRAMでは,読み・書きマージンが減少する,低電圧での読み・書きに失敗する,漏れ電流が増大する,等の問題がある.これらの問題の解決法として,2電源方式,8Tセル方式が提案されているが,電源の追加,チップ面積の増大,等の問題が生じる.

 単一電源,6Tセルの高性能SRAMを実現するため,たった3個のMOSTから成る極めて簡単な構成の自己制御電圧レベル変換(SVL)回路を開発した.

 メモリセルアレー(MA)専用SVL回路(M-SVL)は,書込み時及び待機時に,pMOSTをオフに,nMOSTをオンにして,外部電圧(math)をnMOSTのしきい値電圧(math)だけ急速に降圧し,降圧電圧(math)をMAに供給する.同時に放電用pMOSTを短時間オンにする.一方,読出し時にnMOSTをオフに,pMOSTをオンにして,mathをMAに供給する.ワード線ドライバ(WD)専用SVL回路(W-SVL)は,読出し時に,mathmathだけ降圧し,(math)をWDに供給する.待機時はmathを0Vに降圧し,WDに供給する.同時に放電用nMOSTを短時間オンにする.一方書込み時はmathをWD供給する.

 90nm,CMOS技術を用いてM-SVL(8個),W-SVL(1個),を搭載した単一電源,6Tセル,SRAM(新SRAM)を製造した.新SRAMの書込み,読出しマージンはSVL回路を搭載しない従来SRAMと比べ,それぞれ1.309倍,2.093に拡大(改善)された.従来SRAMの書込み最小電圧が0.37Vに対して,新SRAMでは0.22Vに減少(改善)した.従来SRAMの読出し最小電圧は1.05Vに対して,新SRAMでは0.41Vに減少(改善)した.math,データ保持状態で,従来SRAM,新SRAMの漏れ電流による消費電力はそれぞれ10.12µW,0.957µWであった.従来SRAMと比べ,新SRAMは9.46%と大幅に削減された.SVL回路の面積オーバヘッドは,新SRAMの総面積に対して,僅かに1.383%であった.

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Variable-Gain Phase Shifter with Phase Compensation Using Varactors

(英文論文誌C 2023年11月号掲載)

受賞者 平井暁人 受賞者 津久井裕基 受賞者 堤 恒次 受賞者 森 一富

 気象レーダや移動体通信基地局など,電気的にビーム走査が可能なAPAA(Active Phased Array Antenna)が用いられている.APAAは複数の素子アンテナと,各々の素子アンテナに接続されたマイクロ波制御装置を備えた高機能なアレーアンテナである.マイクロ波制御装置に備えられた移相機能により,各素子アンテナの励振位相を電子的に変えることでビーム方向を制御する.また,マイクロ波制御装置に備えられた振幅制御機能によって,所望方向以外にエネルギーが集まる現象であるサイドローブを抑制することが可能となり,所望の方向のみに必要なエネルギーを届けることが可能となる.一方,移相機能と振幅制御機能の二つを実装するため回路サイズが大きくなる.そこで,移相機能と振幅制御機能を一つの回路で小形に実現する可変利得移相器が提案されているが,移相・振幅制御に伴って通過位相が本来の値から変化しAPAAのビーム品質を劣化するという課題がある.そこで本論文は,各制御に伴う通過位相の変動を抑制するため,バラクタによる位相補償を適用した可変利得移相器を提案した.制御時に入力容量変化によって可変利得移相器の通過位相特性が変化することに着目し,入力段にチューナブルデバイスであるバラクタを搭載し,制御時の通過位相を一定に保つことで通過位相の変動を抑制する.提案する位相補償を装荷したKaバンド可変利得移相器を130nm SiGe BiCMOSプロセスを用いて試作し,補償技術を使用しない場合との比較を実施し,移相量誤差と振幅誤差が0.76°,0.06dB改善されることを確認し本提案手法の有効性を実証した.また,20dB以上の振幅制御範囲,0.75°未満の移相量誤差,0.19dB未満の振幅誤差を確認し,高精度な移相・振幅制御機能を有する小形な可変利得移相器を実証した.本論文は,提案する可変利得移相技術がAPAAのビーム品質の向上に寄与し,社会インフラへの幅広い普及に貢献する研究であることを示しており,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.

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学習データの忘却を最適化するHypernetworkを組み込んだDeepIRT

(和文論文誌D 2023年2月号掲載)

受賞者 堤 瑛美子 受賞者 郭 亦鳴 受賞者 植野真臣

 オンラインラーニングシステムの教育現場への導入により,蓄積された教育ビッグデータの活用が近年の重要な課題となっている.人工知能分野においては,教育ビッグデータに機械学習手法を適用し,学習者の課題項目への反応を予測することにより,学習者の得意分野・苦手分野を把握し,個人に適切な学習支援を行うアダプティブラーニングが注目されている.著者らが過去に提案したDeepIRTは,深層学習手法と項目反応理論(IRT: Item Response Theory)を組み合わせた学習者の能力値と項目の難易度を表すパラメータをそれぞれ独立したニューラルネットワークを用いて推定することで,未知の項目に対する反応の高精度な予測と解釈性の高さを両立している.

 本論文では,DeepIRTと自然言語処理分野で用いられる深層学習手法のHypernetworkを組み合わせることで,反応予測精度を向上させた手法が提案されている.Hypernetworkの導入により,学習者の潜在的な能力値を推定する際の,過去の学習データに対する忘却パラメータを更新し,最新の学習データに対する重要性が最適化される.提案手法の反応予測精度は,実データを用いた実験により検証され,特に学習過程が長期にわたる場合において,先行研究の手法を大きく上回ることが明らかとされた.また,シミュレーションデータを用いた実験により,提案手法が推定する能力値のパラメータは,他の手法と比べ真の能力パラメータとの相関が強く,解釈性に優れることが示されている.

 本論文は,高い予測精度と解釈性を両立するために細部まで検討された手法を提案し,反応予測推定において最先端の手法を上回る精度と高い解釈性を両立したことが高く評価できる.また,Hypernetworkの導入により,既存の手法の中で用いられるパラメータを更新するというアイデアに,優れた独創性が見られる.提案手法を基に,アダプティブラーニングにおける適切な教育的介入が可能となることが期待され,教育工学分野における重要な貢献と言える.

区切


人物再同定における教師なしドメイン適応への大域・局所特徴の利用

(和文論文誌D 2023年3月号掲載)

受賞者 鵜飼祐生 受賞者 藤吉弘亘

 人物再同定は,異なるカメラで撮影された同一人物の画像を検索するタスクであり,社会への幅広い応用が期待されている画像検索技術である.現在まで,深層学習による人物再同定への応用の研究は数多くなされており,人手による特徴を用いた手法を大きく上回る精度が達成されている.ラベル付けされた学習環境(ソースドメイン)で学習したモデルを,異なる環境(ターゲットドメイン)に適用する際に問題となる精度の著しい低下を解決する手法として,ソースドメインからターゲットドメインへの知識転移を目的とした教師なしドメイン適応手法が注目されている.

 多くの従来手法ではラベル付けされていないデータに対し,クラスタリングにより擬似ラベルを付与するアプローチを採るが,対象人物だと認識しにくい同一人物画像(Hard-Positive)を同定しながら,対象人物と見かけが似た他人の画像(Hard-Negative)を排除するかが重要となる.従来手法の多くは入力の大域的特徴を抽出するためのGlobal Average Pooling(GAP)から生成される単一出力のみを用いた畳込みネットワーク構造を使用しており,Fine-Grainedなタスクで有効とされる局所的特徴が十分考慮されてこなかった.

 本研究では,大域的特徴を抽出するGAPに加えて,局所的特徴を抽出するためのGlobal Max Pooling(GMP)による出力を用いることで得られる大域的及び局所的特徴に加えて,出力特性の異なるGAP・GMP出力の違いを考慮に入れた新たな学習手法を提案している.提案手法では,GAP及びGMPの出力を個別にクラスタリングした結果得られる擬似ラベルセットの積集合セットによる教示を用いることで,Hard-Positiveの認識精度を保ちつつHard-Negativeの弁別性を高めることを実験的に示している.また,Market-1501とMSMT17という大規模データセットを用いたドメイン適応実験を行うことにより,代表的な従来手法に対して提案手法の精度が上回ることを示している点からも,提案手法の有効性が示されている.人物再同定を実用化する際に問題となる,導入環境ごとのアノテーション付与の人的コストに関して,提案手法を用いることにより解決できるという点は,本論文の高い貢献度を示している.

区切


A Principal Factor of Performance in Decoupled Front-End

(英文論文誌D 2023年12月号掲載)

受賞者 出川祐也 受賞者 小泉 透 受賞者 中村朋生 受賞者 塩谷亮太 受賞者 門本淳一郎 受賞者 入江英嗣 受賞者 坂井修一

 現代において,計算機の中央演算処理装置(CPU)を担う汎用マイクロプロセッサは,プログラム命令実行の高速化のための様々な機構が組み込まれている.このようなマイクロプロセッサの性能は,実行されるプログラム命令列の特徴とそれらの機構の効果が複合的に絡み合って決定付けられており,全体の挙動を定量的に議論し,性能を解析・予測することは大変難しい.このため,マイクロプロセッサの挙動を数理的に説明することができるようモデル化することは,実行されるアプリケーションのプログラム最適化や,今後のマイクロプロセッサのアーキテクチャ設計の指針となる非常に重要な試みである.

 本論文では,分岐予測機と命令キャッシュアクセスの間がキューで分割されたデカップリングフロントエンドを搭載したマイクロプロセッサにおいて,命令キャッシュミスの性能指標としての特性に着目している.一般に,命令キャッシュミスは性能低下との関連性が大きいと考えられているが,本フロントエンドを持つプロセッサにおいては,命令キャッシュミス数がプロセッサの性能を必ずしも説明できない場合があることを本論文は指摘している.そして,本論文では,新しい指標として,「実行命令列において分岐予測ミスに挟まれた命令領域のうち,命令キャッシュミスが発生する領域(Miss Region)」を提案した.また,本指標に基づき性能を予測するモデルを構築し,現代的な構成を持つプロセッサの性能を平均1.0%,最大4.1%の誤差で予測することに成功した.

 本論文は,(1)比較的平易な指標と数理的な方法でもって性能モデルを明らかにしていること,(2)マイクロプロセッサの性能と関連する指標として比較的単純でありながら精度が高いこと,(3)本論文で実現されたフロントエンドのモデル化により,バックエンドを含めたマイクロプロセッサ全体のモデル化に向けた新たな可能性を切り開いたこと,以上のことから,本会論文賞にふさわしいものとして高く評価できる.

区切


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