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量子コンピュータにおける回路とシステム
編集チームリーダー 佐藤弘樹
近年,注目されている量子コンピュータは,何らかの量子状態を量子ビットとして扱い,この量子状態の重ね合わせや量子もつれなどの量子力学の現象を利用して演算を行っている.この量子ビットにおいて,量子力学現象を精度良く制御,測定する技術が更に発展し,加えてそれらを活用するアルゴリズム開発などが発展している.
筆者の所属する本会回路とシステム研究専門委員会(CAS研専)では,たびたびこの量子コンピュータに関する議論があり,更に深く議論をする場として,CAS研専でシンポジウム(2023年ソサイエティ大会「AP-1:量子コンピュータにおける回路とシステム」)を開催した.
本小特集は,このシンポジウム登壇者を中心にした著者に,量子コンピュータ及びその周辺について,それぞれの視点で最前線の研究について執筆を頂いたものである.
第1章では,スケーラビリティと長いコヒーレンス時間の実現に有望と期待が高まるシリコン電子スピン型量子コンピュータについて述べている.これはゲート電極による電子の閉込めと制御を行っているが,量子ビットの精度向上のために,熱揺らぎの影響を排除する必要がある.そのため,100mK以下の極低温環境が必要となる.これらの課題に対して,極低温制御LSIの開発を行い,シリコン電子スピン型量子コンピュータの早期実用化を目指していることを解説している.
第2章では,組合せ最適化問題を高速に解けると期待されているアニーリングマシンについて,量子技術による量子アニーリングから着想を得た,より安定性と拡張性が高いCMOSアニーリングについて解説している.様々な課題をアニーリングマシンで解くには,課題を定式化する必要がある.著者らのグループでは,シフト最適化ソリューションを2020年から商用化するなど,アニーリングマシンの社会適用を進めている.更にAnnealing Cloud Web(ACW)というサイトで情報発信を行っている.CMOSアニーリング若しくは量子コンピュータの社会実装に向けた知識体系化という点で,ACWは参考になる.
第3章では,線形方程式を効率的に解くための量子アルゴリズムであるHarrow-Hassidim-Lloyd(HHL)アルゴリズムについて解説している.HHLアルゴリズムは2009年に提案された,誤り耐性量子コンピュータで線形方程式を扱うための量子アルゴリズムである.HHLアルゴリズムは位相推定アルゴリズムと量子シミュレーションアルゴリズムを組み合わせることで実現しているが,このHHLアルゴリズムがその後の量子アルゴリズム理論の発展に果たした役割についても言及されている.
第4章は,一般の非線形微分方程式について,量子コンピューティングによる時間に依存しない非同次線形微分方程式の解法を議論している.連続関数は区分的線形関数によって任意の精度で包囲できることに着目し,非同次の区分線形微分方程式の解を用いて一般の非線形微分方程式の解を包囲して求めることができることが述べられている.また,著者の所属する量子コンピューティング研究センターの取組みについても述べられている.
このように本小特集は量子コンピュータのあらゆる側面について述べられている.ところで,CAS研専では以前から積極的に学生の参加を奨励し,特に毎年1月に開催される研究会では学生セッションをテーマにしている.本小特集のきっかけになったシンポジウムでは,量子コンピュータを研究している学生にパネルディスカッションの司会を務めて頂いたが,その司会を通じた報告も本小特集に含めている.CAS研専の学生参加への取組みの一環として,併せてお読み頂きたい.
最後に,本小特集の著者の皆様並びに今回のシンポジウム及び本小特集に助言を頂いた,CQ出版社新谷様,湘南工科大学岡崎教授,北九州市立大学髙島教授,東京理科大学相川教授,富士フイルムヘルスケア山脇様,オムニビジョン相原様に,この場をお借りして深く感謝致します.
小特集編集チーム
佐藤 弘樹 相川 直幸 山脇 大造 岡崎 秀晃 髙島 康裕 佐保 賢志 澤畠 康仁 真野 健
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