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量子コンピュータにおける回路とシステム
小特集 3.
線形方程式のための量子アルゴリズムについて
Review of the First Quantum Algorithm for Linear Systems
Abstract
線形方程式は科学や工学,情報科学などの多くの分野で現れる.2009年に提案されたHarrow-Hassidim-Lloyd(HHL)アルゴリズムは,誤り耐性量子コンピュータで線形方程式を扱うための量子アルゴリズムである.この量子アルゴリズムは,係数行列や右辺ベクトルに関するあるアクセスモデルの下で,解に対応する量子状態を,行列のサイズに関して対数の計算量で計算する.数値解を求めてはいないものの,その高速さから提案以降注目を集め,数値線形代数や機械学習に関する多くの量子アルゴリズムの提案につながった.本稿では,ブレークスルーを起こしたHHLアルゴリズムについて,実装例とともに紹介する.
キーワード:量子コンピュータ,量子アルゴリズム,HHLアルゴリズム,線形方程式,Qiskit
本稿では,のエルミート行列を係数とする線形方程式
(1)
を考える.ここでは,次元ベクトルである.線形方程式は,科学・工学・情報科学の多くの分野に現れる.そのため,大規模な線形方程式に対して,解の個々の成分を数値として求める数値解法は非常に重要である.この数値解法としてはLU分解法,共役勾配法,Krylov部分空間法などが挙げられる.このうち,Krylov部分空間法は,20世紀のトップテンアルゴリズムの一つにも挙げられており(1),線形方程式に対する数値解法は,このことからも重要であることが分かる.
近年,量子コンピュータが大きな注目を集めている.量子コンピュータは,量子力学を計算原理に組み込んだコンピュータのことであり,重ね合わせの原理等を使って計算を行う.量子コンピュータは超高速コンピュータとしての期待を集めており,実際,スーパコンピュータを使っても解くのが難しい素因数分解を高速に解けることが知られている(2).とはいえ,どんな問題も量子コンピュータを使うことで高速に解けるとは限らない.量子コンピュータが有用な場面の探索は重要であり,量子アルゴリズムの研究が進められてきた.そのような中で提案された線形方程式に対する量子アルゴリズム(3)は,キラーアプリケーションとして期待されている.
本稿では,線形方程式(1)に対する量子アルゴリズムのうち,最初に提案されたHarrow-Hassidim-Lloyd(HHL)アルゴリズム(3)を紹介する.HHLアルゴリズムは,疎行列を係数とする線形方程式(1)の解に対応する量子状態を,ベクトルの次元について対数の計算量で求めることができるものである.線形方程式という幅広い応用を持つということ,次元に関して対数ということから注目を集め,様々な分野に対する量子アルゴリズムの提案につながった.例えば,微分方程式(4)や機械学習(5),(6)に対する量子アルゴリズムではサブルーチンとして用いられている.また線形方程式,関連して行列関数などの線形代数演算に対する量子アルゴリズム自体も発展した.その中で様々な量子アルゴリズムを統一的に記述できる量子特異値変換(QSVT: Quantum Singular Value Transformation)(7)が提案されたりするなど,HHLアルゴリズムは,量子アルゴリズム理論の飛躍的発展につながるブレークスルーを起こしたのである.
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