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災害報道というと,「必要な人に必要な情報をいち早く届ける」という役割を真っ先に想像する人が多いと思われるが,一方で災害の記憶を次の世代に語り継いでいくという役割も期待されている(以下,長期的ニーズ).AR(Augmented Reality)やVR(Virtual Reality)の技術を使い,あたかも被災した建物が目の前にあるような実在感や,被災地に自分がいるような臨場感などにより風化しない記録として災害をありありと伝えることで,語り継ぎという長期的なニーズに応えることができる.
NHK放送技術研究所(以下,NHK技研)では,2018年からAR/VRチームを作り,AR/VR技術を応用することで公共メディアとしてどのようなサービスが提供できるかの検討を開始した.その中で災害報道を対象とすることについても中核の一つとして検討することになった.私は2013年頃からTVの表現をAR技術で拡張するシステム“Augmented TV”(1)などを研究開発していたため,チームの初期メンバーとして参画した.これまで本チームは,主に実際の災害を扱ったコンテンツの制作や提示システムの試作を通じて災害報道におけるAR/VR技術を研究開発してきた.本稿では,取組みを通して重要だったと感じられた出来事や知見について主観的な観点でお伝えしたい.
2019年,私の人生を左右するような出会いがあった.NHKの報道局に所属していて360度カメラによる撮影実績の非常に豊富な新井田カメラマン(以下,新井田さん)がAR/VRチームに参加することになったのである.新井田さんは普段ニュース番組や特集番組などで撮影や取材を担当している職員である.これまで,NHK技研の研究部に技術職以外の職員が在籍することはほとんどなかった.新井田さんの参加以降,チームのメンバーは,放送現場の最前線からどういう「絵」を視聴者に届けたいのか,現場の苦悩やニーズを聞く機会に恵まれることになる.なお,本稿に記載した全ての事例は新井田さんとともに制作・開発したものである.
ある打合せで,新井田さんがこんなことを言った.「360度カメラで,同じ場所で時間をおいて2回撮影するんですが,この二つの360度映像をどうやって編集してもその変化をうまく伝えられないんです」.なるほど,TVの場合は二つの映像を事前編集によりトランジション(画面遷移)をつけて変化を際立たせることができる.しかし,HMD(ヘッドマウントディスプレイ)に表示された360度映像では,ユーザがどこを見ているか分からない.ワイプのような局所的なトランジションでは気づいてもらえない可能性がある.
そこで私は,単なる360度映像の視聴ではなく,ユーザが能動的にトランジションを行うインタラクティブなシステム“Before/After VR”(2)を開発した.図1に示したように,Before/After VRではBeforeの半球とAfterの半球を貼り合わせたようなスクリーンを持っていて,手元のコントローラでスクリーン上の境界線を左右に動かす(ワイプする)ことができる.この設計で配慮したことは,実際の災害を扱ったコンテンツにおける被災者の感情面である.ユーザ操作によるトランジションは,ゲームのような遊びの要素が生まれてしまう懸念があった.たとえ被災者がBefore/After VRを体験した場合でも気分を害さない手法を模索し,シンプルなワイプ方式とすることで,遊びを排し,分かりやすいトランジションを実装できた.
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