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学生が就職活動に関心を向け始めると,それに呼応するかのように“コミュニケーション能力(コミュ力)”という言葉も耳にするようになる.一体それはどのような能力なのかと就職関連のWebサイトを幾つか見てみると,概して「自分以外の人と双方向的な意思疎通や情報共有を図る能力」や「対人的なやりとりにおける意思疎通を協調的に実行するための自己表現能力」であると説明されている.これを高い水準で有していることが,企業の人事担当者にとっては採用のための必須条件となっているのかもしれない.一方,森岡(2018)はその「あとがき」で,コミュニケーション能力とは「社会システムや自律的な自己(あるいは他者を含めた互い)の文脈の維持を乱す誤差の調整と必要となった場合において,調整行動を駆動できる能力であること」(1)と記しているが,こちらの方が学術的には一般性がある定義のように思える.
いずれにしても現代社会の中にあっては,人のコミュニケーションに対して非常に高度なスキルの習得を要求されているのは確かであろう.しかし,これまで人のコミュニケーションの本質に何か変革が生じたわけでもない.人のコミュニケーションが究極的に求めていることは恐らく普遍的であり,その本質は何も変わっていないはずである.それにもかかわらず,上述のような“コミュニケーション能力”が現代社会の中で生きる私たちに強く求められるようになってきたのはなぜだろうか.
本稿では,人のコミュニケーションが技術の進化や発展とともに様々な様態で行われているようになってきていることを踏まえて,今後人のコミュニケーションに新しい技術としてのAIがどのような新たな可能性をもたらすかを展望する.そして人とAIとが融和したパーソナルエージェントによって“コミュニケーション能力”が拡張された,人と人との関係を紡ぐ新しいコミュニケーションのデザインについて考えてみたい.
技術の進化と発展は人のコミュニケーションの様態を変えてきた.人と人とが互いに直接言葉を交わす会話(話し言葉)は,技術を必要としない.しかしこれを実現させるためには,時間と場所を両者が共有していなければならない.この強い物理的制約から人のコミュニケーションを解放したのが技術であり,技術を応用したメディアである.
人が文字を“発明”したのは,楔形文字が使われていた古代メソポタミアやヒエログリフ/ヒエラティックが使われていた古代エジプトが存在した約5,000年から5,500年前あたりであろうと推定されている.この文字という技術は,記録という形での保存を可能としたことで,話し言葉に伴う時間の制約を取り去った.また言葉が記録されたメディア(注1)を移動させることによって,話し言葉に伴う空間の制約も取り去ることも可能とした.その後,ルネサンス期にはグーテンベルクの活版印刷が普及し,記録された文字や図版を大量にコピーする技術が生まれ,書物やニュースが大量にかつ(それ以前と比べて)高速に流通するようになった.そこから現代に至るまでの人のコミュニケーションに介在する技術の進化と発展及びメディアの発達は,あえて本稿に示すまでもないだろう.なぜならば,その技術の進化と発展とメディアの発達を学術的見地に立脚して支えることこそが電子情報通信学会の存在意義だからであり,それを述べることは本会会員に対しては“釈迦に説法”にほかならない.
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