特集 3. 分子ロボティクスを支えるDNA計算機構の温故知新

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Vol.108 No.11 (2025/11) 目次へ

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分子ロボティクス技術の進展特集

特集

     3.

分子ロボティクスを支えるDNA計算機構の温故知新

Revisiting Reaction Machineries of DNA Computing as a Foundation of Molecular Robotics

小宮 健

区切り

小宮 健 国立研究開発法人海洋研究開発機構超先鋭研究開発部門

Ken KOMIYA, Nonmember (Institute for Extra-cutting-edge Science and Technology Avant-garde Research (X-star), Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology, Yokosuka-shi, 237-0061 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.108 No.11 pp.1046-1052 2025年11月

©2025 電子情報通信学会

abstract

 センサ,プロセッサ,アクチュエータを備えた自律動作する分子システムを創製する分子ロボティクスにおいて,DNA計算によるプロセッサ機能の実現が期待される.本稿ではDNA計算の初期からの進展を概観し,有用性が期待されるものの,周辺技術の限界から当時は発展しなかったDNA計算機構に着目して,その再興可能性を検討する.これと関連して近年のDNAストレージ研究の源流の一つである,DNA計算分野における分子メモリ研究の取組みについても簡単に紹介する.

キーワード:DNA計算,制限酵素,有限オートマトン,分子メモリ,DNAストレージ

1.分子で情報を処理する

 生物は生体内の分子反応で様々な情報を処理することで生命活動を維持している.電子コンピュータによる情報処理が,その様式の面でも脳内の神経回路ネットワークが行う情報処理と接近してきているように思える昨今だが,本特集の分子ロボティクス技術で扱う情報処理は,細胞内の分子反応ネットワークが行っている情報処理に近いイメージである.AとBという2種類の分子が反応して,CとDという別の2種類の分子になるプロセスをA+B→C+Dと表せば,記号を変換する情報処理規則として捉える方も本会誌の読者には多いのではないだろうか.自然計算や人工生命といった分野では,そのように分子の反応を抽象化した数理研究が行われている.しかし,実際の分子反応では分子の種類ごとに効率良く起こる条件は異なる.そのため,ある反応で変換された分子が,同一の条件下で更に次の反応で別の分子に変換されるというように,プロセスを多段階に重ねていくことは容易ではない.通常は,分子の反応を用いて汎用の情報処理が行える計算機構を構築することは難しいのだが,その例外と言えるのがDNA(Deoxyribonucleic Acid)分子である.

 本稿では,DNAの構造形成に基づく情報処理,「DNA計算」を取り上げる.周囲の環境からセンサで情報を取得し,プロセッサで情報を処理し,アクチュエータなどの動作で応答する“自律分子システム”としての分子ロボットを創製するには,そのコア技術としてプロセッサを担うDNA計算の発展が重要である.どのような反応で計算を実装するのが適切であるか,それはどんなキラーアプリケーションをもたらすのかを議論するために,まずは多様な計算機構を実装して検証する必要があると思われるが,分子を用いた実験が行われた反応の種類は必ずしも多くない.1990年代から研究が始まったDNA計算分野で当初に報告された計算機構のうち,当時の技術では実行できる計算ステップ数などが小さかったため,今では実験を行う研究者がいないものの,近年のバイオテクノロジーや計測機器の発展によって今後の再興が期待でき,改めて注目する価値があると思われるものがある.そのような“忘れられた反応”を検討してみることで反応をデザインする発想の幅が広がり,DNA計算になじみのない研究者も新たな機構を着想する一助となるように,次章以降でそれらの具体的な反応機構を解説する.


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